Act.9-301 ペドレリーア大陸・ラスパーツィ大陸臨時班派遣再始動〜サンアヴァロン連邦帝国の愚かな第一皇子に囁く蛇〜 scene.1
<三人称全知視点>
サンアヴァロン連邦帝国の国土はフィクスシュテルン皇国を上回り、国家としては大陸最大の規模を誇る。
しかし、サンアヴァロン連邦帝国の前身であるサンシャルズ王国は大陸に数多ある小国の一つだった。
大陸に数多ある小国の一つに過ぎなかったサンシャルズ王国が何故これほどの力を得たのか……その理由はサンシャルズ王家の中興の祖であるショルペン=サンシャルズにある。
後にサンアヴァロン連邦帝国の初代皇帝となるショルペンだが、生まれはサンシャルズ王家の第三王子だった。
基本的に第一王子が立太子するサンシャルズ王国ではショルペンは王位を継ぐことはできない。ショルペンは第一王子が立太子するタイミングで公爵位を賜り、分家を作って臣籍に降下する筈だった。
そんなショルペンにとって転機になったのはアヴァンロ王国と呼ばれる小国の王女との結婚だった。
無数の小国が勢力拡大を狙い合う時代――少しでも周辺国に対抗するため、こうして王侯貴族同士の結婚を利用して結び付きを強くしようとする戦略は一般的なものであった。要するに戦略結婚である。
ショルペルに嫁ぐことになったミシャーリア=アヴァンロ第二王女はとても聡明な王女ではあったが、「女は男を立てるべき」、「女性に智慧など必要ない」とサンシャルズ王国以上に男尊女卑の激しいアヴァンロ王国ではその才能を全く活かせずにいた。
王女としての教育よりも本を読み、知識を蓄えることに重きを置いていたミシャーリアのことをアヴァンロ王家は完全に持て余し、政略結婚を利用してサンシャルズ王国に押し付けることに成功したのである。その結果として小国割拠の時代には必須であるサンシャルズ王国との友好関係を築くことができたのだから、アヴァンロ王家にとってはこれ以上のない条件の取引であったかのように思えた筈だ。
一方、ミシャーリアはショルペルに嫁いでからできるだけ出しゃばるような真似はしないようにしようと、良き妻としてショルペルに献身的に仕えていた。
もし、ショルペルに捨てられたらミシャーリアに帰る場所はない。アヴァンロ王家も決してショルペルに捨てられたミシャーリアを迎えてはくれないだろう。
アヴァンロ王国で求められる妻としての生き方をしてきたミシャーリア――そんな彼女に転機が訪れたのはショルペルが団長を務める第二騎士団が担当することになった任務の作戦に悩んでいたショルペルの執務室に紅茶を運んでいた時だった。
「……少し危険ではありますが、この崖を利用して敵陣に奇襲を仕掛けるのはどうでしょうか?」
そこまで提案してミシャーリアは自分がとんでもない失態を犯したことに気づいて口を手で押さえた。
もし、ショルペルに嫌われればミシャーリアに居場所は無くなってしまう。今まで通り献身的な妻として仕えていれば、ミシャーリアは安泰だった。
しかし、ミシャーリアの発言はその平穏を打ち砕いてしまう類のもの。
「も、申し訳ございません!!」
「いや……ふむ、少しどころかかなり危険な作戦ではあるが、奇襲か。なるほど悪い作戦ではないと思う。崖の上から馬で駆け降り、敵陣を襲撃すればかなりの混乱を引き起こすことが確かに可能だ」
口を挟んだミシャーリアを叱責することなく考えの一つとして取り入れてくれたショルペルにミシャーリアは驚きを隠せなかった。
その後、ショルペルはミシャーリアの提案を受け入れて作戦を実行――見事に金星を上げることになる。
それ以来、ショルペルは作戦を立案する際にミシャーリアを頼るようになった。
ミシャーリアには元々軍師としての才能があった。女性が軍の指揮官になることなどあり得ないアヴァンロ王国では決して開花する筈のないその才能がショルペルとの出会いで開花し、その後もミシャーリアがショルペルに提案した作戦は全て面白いほどに上手くいくこととなった。
遂には『英雄』とまで呼ばれ、民衆から高い人気を得るようになったショルペルを臣籍降下させるのは体面上あまり良いものではないということでサンシャルズ国王も大いに頭を悩ませ、第一王子と相談を経て遂にショルペルは立太子の儀を受けることになった。
サンシャルズ王国の歴史上、第二王子以降の王太子はこれまでも居たが、いずれも上の王子達が病などで命を落とした場合など何かしらの理由があり、第一王子が健在の状態での第三王子の立太子は全く前例のないものだった。
当然、一部の貴族達からは反発があったが、それよりも『英雄』ショルペルの立太子に賛同する声の方が大きく、反発の声も次第に小さくなっていった。
国王となったショルペルはその後も自国の平穏を守るために『影の軍師』ミシャーリアの知恵を借りながら騎士団を動かしていき、遂にアヴァンロ王国を含む周辺国を全て従えるに至った。
「しかし、本当に良かったのか? アヴァンロ王国はミシャーリア……君の……」
「ショルペル国王陛下、わたくしは陛下の妻です。わたくしはサンシャルズ王国に嫁いだ身――故にわたくしにとって最も大切なものはサンシャルズ王国の平穏ですわ。アヴァンロ王国はその平穏を脅かしたのですから迎え撃つのは至極当然のこと。……陛下、わたくしのことを心配してくださりありがとうございます」
サンシャルズ王国の活躍を知り、危険視したアヴァンロ王国は周辺国と手を組んでサンシャルズ王国に戦争を仕掛けてきた。
政略結婚で繋がりがあるとはいえ、いつ戦争を仕掛けられるか分からないという不安がアヴァンロ王国からの宣戦布告に繋がったのだろう。
アヴァンロ王国がサンシャルズ王国に滅ぼされたと聞いてもミシャーリアに何の感情も湧かなかった。
それほどまでに自分にアヴァンロ王国への愛が欠片も無かったことを知り、少しだけ驚いたミシャーリアだった。
◆
さて、ショルペル国王陛下は周辺国を平定するとサンアヴァロン連邦帝国を建国して自身は皇帝になることになる。……が、ショルペルもミシャーリアもこれ以上の戦争は望まず、サンアヴァロン連邦帝国の領土拡大が行われるようになったのは二人の死後――四代皇帝の治世になってからだった。
ショルペルとミシャーリアが天寿を全うして二人の目が届かなくなってからサンアヴァロン連邦帝国はますます覇道を突き進んでいくことになったのだが、遂に皇帝ゲルネイーラ三世マヘド・シュラキュスト・サンアヴァロンの治世にこれまで戦争を避けてきたフィクスシュテルン皇国や海洋都市レインフォールに照準を定めたのである。
九代皇帝ゲルネイーラ三世は珍しく穏健派で侵略戦争にも否定的だった。そのため、ゲルネイーラ三世の治世ではこれまで一度も戦争が行われず平和な時代が続いていたのだが、突如ゲルネイーラ三世が何かしらの毒を飲まされ、昏睡状態になってしまってから状況は一変することとなる。
ゲルネイーラ三世の後を継いで政治を主導することになったのはカスティール=サンアヴァロン第一皇子――彼はゲルネイーラ三世とは異なり領土拡張論を幼少の頃より提唱してきた生粋の領土拡張主義者だった。
「世界は全てサンアヴァロン連邦帝国が支配すべきである」という考えを持っていたカスティールはゲルネイーラ三世から警戒の視線を向けられており、カスティールではなく弟で穏健派のマジュルド=サンアヴァロン第二皇子が皇太子になるべきであると考えていた。
しかし、実際にゲルネイーラ三世が倒れた後に政務を引き継いだのはカスティールだった。
その理由は、マシャルドがカスティールによって投獄されたからである。
カスティールはゲルネイーラ三世に毒物を飲ませた下手人がマジュルドであると糾弾して数々の証拠を突きつけた。
マジュルドは「自分は父上に毒を飲ませたりしていない!」必死に弁明したもののマジュルドの弁明は一切聞き届けられることはなく、ろくに調査もされないまま証拠が正しいものであると承認されてしまったのである。
マジュルドは難攻不落のエルジューク監獄に投獄され、ゲルネイーラ三世も昏睡状態――カスティールは皇帝が死んでいないため立太子することはできないものの紛れもなくサンアヴァロン連邦帝国の頂点に君臨していた。
「邪魔なマジュルドも愚かな父上も消えた。ついに私の天下だ! オーギュロー、そなたに出会えなければこれほど素晴らしい状況にはならなかっただろう」
上機嫌な様子で玉座に座るカスティールに対峙するのはとても影の薄い……ふと目を離した瞬間に見失ってしまいそうなスーツ姿の男だった。
目の下には隈を作り、髪をオールバックに纏めた男はカスティールとの邂逅時にオーギュローと名乗った。
マジュルドを皇太子にするというカスティールにとっては信じ難い話をゲルネイーラ三世から聞いた日の夜、カスティールは王城を抜け出して城下町の酒屋で自棄酒をしていた。その時にカスティールに話し掛けてきたのがこの男である。
オーギュローは特殊な毒の入った小瓶をカスティールに手渡しながらカスティールが皇帝になる道筋を示した。
ゲルネイーラ三世とマジュルド――カスティールにとって邪魔な二人を排除してしまえる方法を。
そして、カスティールはオーギュローの提案をなぞるようにゲルネイーラ三世に毒を飲ませ、マジュルドにその罪を着せたのである。
「オーギュロー、そなたに褒美を与えたい。どのようなものでも用意しよう」
「勿体無いお話ですが、辞退させて頂きたい。私はカスティール様こそ誰よりもこの大陸を統べるに相応しいお方だと思っております。貴方様に仕えられることこそが何よりも素晴らしい褒美なのでございます」
「オーギュロー、そなたは余を喜ばせるのが本当に上手だな。……では、そろそろ次の段階に進めるとしようか?」
「準備は全て整っております。まずは、フィクスシュテルン皇国と海洋都市レインフォール以外の全ての国に派兵し、二国以外の全てを支配下におきましょう。そして、満を持してフィクスシュテルン皇国と海洋都市レインフォールを制圧し、大陸統一を果たす。……全ては皇帝陛下の御心のままに」
上機嫌に高笑いをする愚かな皇子の姿を見ながらオーギュローはカスティールに気づかれない程度の嘲笑を浮かべた。
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