Act.9-300 ペドレリーア大陸・ラスパーツィ大陸臨時班派遣再始動〜妖魔襲来と混沌潜伏の海洋都市レインフォール〜 scene.3
<三人称全知視点>
「こっ、これはどういうことだ!? な、なな、何故!?」
ビヴロストが驚くのも無理のないことだった。
柩に収められていたのはアシュガン――であるならばここにいるアシュガンは一体何者なのか。
どちらが本物かビヴロストには見極めることができない。しかし、わざわざ死体をアシュガンの姿に偽装したというよりもアシュガンを殺して何者かにアシュガンが成り代わっていると考えた方が自然だ。
……まあ、ミーフィリア達がアシュガンに罪を着せるためにアシュガンの死体に偽装したという線も完全に消える訳ではないが……。
「これは一体どういうことでしょうか? アシュガンの死体はバラバラにして棄てた筈なんですけどね」
そして、その線はアシュガン自身がアシュガンの死体をバラバラにして遺棄したことを自ら証言したことで完全に立ち消えることになる。
「……まさか、これほどあっさり自白するとはな」
「往生際が悪いのは嫌いでして。面倒ですし、先に名乗っておきましょうか? ……俺はラム=バカルディ――混沌の指徒の一人だ」
「混沌の指徒……なるほど、貴方の上司は冥黎域の十三使徒ロベリア=カーディナリスなのですね」
「――ッ! そこの諜報員、なんで俺の心が読める!? 裏の見気は完璧の筈!!」
「裏の見気は見気封殺とは違い抵抗の能力――それを上回る見気を防ぐことはできませんわ。我々、諜報部隊フルール・ド・アンブラルの諜報員の見気をあまり舐めない方が良いと思いますよ」
「くっ、本当に厄介な奴らだぜ」
「何も知らぬまま死ぬのは良い気分ではないと思いますので先にネタバラシをさせて頂きますが、そちらの死体は本物ではなく魔法を使った幻影ですわ。……まあ、でも貴方の記憶を読み取って死体を遺棄した場所は特定できましたから、死体を復元することも可能ではありますけどね」
「ちっ……完全に嵌められたってことか。もうちょっと駆け引きすれば勝てたかもしれないが……」
「まあ、その場合は正攻法ではなく闇討ちをするつもりでしたけどね。……ミーフィリア様、ここは私にお任せください」
「お前一人でこの俺を倒せるとでも? 良いだろう! 俺の即死魔法で殺してやる!! 俺の正体を知った奴は皆殺しだ!! 死滅の光波!!」
スカートの中に手を伸ばして黒い刀身の仕込み小刀を取り出し、そのままラムに接近するレミィシアに向けてラムは掌を向け、即死魔法の光波を放った。
レミィシアは即死魔法を直撃で受ける……が何かが砕け散る音と共に生存し、刃に闇の魔力を纏わせた。
「ちっ! フランシスコのジジイめ! 余計なものを作りやがって! ってか、お前らがそれを使うのかよ! 正義の味方じゃねぇのか?」
「貴方は私達を正しく認識していないようですわね。私達は決して正義の味方ではありませんわ。圓様を含めどちらかと言えばダークサイド寄り……というか、そもそも諜報員が正義の味方な訳がありませんわよね? でも正義の味方ではない私達だからこそできることもあるのですわ……例えば、貴方達のような邪教徒を狩ることは倫理に雁字搦めにされた正義の味方にはできないことですわよね!! 暗黒の巨刃」
レティシアの纏わせた闇の魔力は刀身を大きく超える範囲まで拡大し、巨大な闇の薙刀へと姿を変える。
巨大な闇の薙刀は二度目の即死魔法を放とうとしていたラムの胴体を真っ二つに切り裂いた。
掌に集まっていた即死魔法の光が四散していき、ラムの瞳からも光が消えて完全に物言わぬ死体と化す。
その光景をビヴロスト達は青褪めた表情で見ていた。
「レティシア殿、死体処理を頼む。では、ビヴロスト卿、話を進めようか」
「この状況で……話を……ですか?」
凄惨な光景を見させられ、今にも吐きそうになっているビヴロストにミーフィリアは冷たい視線を向ける。
最初こそ対等だった交渉はラムが撃破された時点で完全にミーフィリアが主導権を握る状況になっていた。
騎士団が廃止された国ではあるが、ビヴロストを守る護衛がいない訳ではない。しかし、その護衛達も練度はあまり高くはなく、妖魔の討伐も難しい戦力だった。
そんな戦力で妖魔達を簡単に討ち滅ぼしたミーフィリア達に勝てる筈はない。
勿論、そんなことは分かり切っていた話だ。そのため、ビヴロスト達は話術でミーフィリア達と渡り合うつもりでいた。
商人は話術が命――得意分野の話術であればミーフィリア達を上手く御せるのではないかと甘く見積もっていたビヴロスト達だがその思惑は見事に外れてしまっている。
引くに引けない状況になり、ビヴロストは覚悟を決めた。
ここから交渉は一気にビヴロスト達にとって不利な内容になっていくだろう。ならば、できるだけ多くの譲歩を引き出して海洋都市レインフォールの損失を減らすしかない。
「先ほど私は破壊すべきは『這い寄る混沌の蛇』が望む土壌の方であると考えていると言ったのを覚えているだろうか?」
「えぇ……確かに仰いました」
「その土壌……混沌の生まれる原因は一体何なのか、聡明なビヴロスト卿ならば分かるのではないか?」
「――ッ!? 我々に隔離島のティ=ア=マット一族を解放しろと仰っているのですか!?」
「その通りだ。やはり話が早く進むことは良いことだな」
「これは海洋都市レインフォールの問題です! 貴女達には関係ないこと……」
「関係なくはない。我々にとっても『這い寄る混沌の蛇』は敵だ。海洋都市レインフォールだけが滅ぶのであれば自業自得で済むが、海洋都市レインフォールの行いはこの大陸、更には別大陸――我々の住むベーシックヘイム大陸にも悪影響を及ぼす可能性がある」
「では、仮に隔離島のティ=ア=マット一族を解放するとしましょう。それを海洋都市レインフォールの民が納得すると本気でお思いですか? 我々は労働力を失うことになるのですよ! その埋め合わせを多種族同盟が補填してくれるとでも仰るのですか? それに、彼らを解き放つことは民衆の不安を煽ることになるのですよ! その民衆の怒りは他ならぬティ=ア=マット一族に向けられるでしょうし、ティ=ア=マット一族を解き放った我々にも向けられることになるでしょう」
「それは、私が先ほど述べた推測だな。……では問わせてもらう。ティ=ア=マット一族が隔離島からほとんど逃げ出し、残っているのはごく僅かな子供と子供達のために残った女性達のみ……真に厄介な大人達が逃げ出している状況は既に民にとって不安な状況なのではないのか? 今、ティ=ア=マット一族を解放したとしても君達に損はない筈だ。寧ろ、未来の『這い寄る混沌の蛇』を減らせる可能性があるのだから利益の方が大きい話なのではないだろうか?」
「つまり、ミーフィリア様は多種族同盟がティ=ア=マット一族を保護するべきであるとお考えなのですね。……まあ、ミーフィリア様は国家の君主ではありませんから、多種族同盟に意見を奏上してどこかの国に保護してもらおうとお考えなのだと思いますが……」
「私が言い出した話だ。勿論、私が責任を持ってティ=ア=マット一族を保護させてもらいたいと思っている。幸い、稼ぎはしっかりとあるからな。多少の人数なら養っていくことはできるだろう。……流石にずっと面倒を見ることはできないから自立できるまで支援ということにはなるがな」
「折角ミーフィリア様がそこまで仰ってくださっているところに水を差すようで申し訳ないのですが、アネモネ様はこのような状況になることを予見しておりました。『勿論、ティ=ア=マット一族はビオラの方で保護させてもらうよ』と仰られておりました」
「……流石はアネモネ閣下だな。……素人の私よりもやはりアネモネ閣下に一任すべきか」
「ちょ、ちょっと待ってください! まだ我々は了承しておりません! 何を勝手に話を――」
ミーフィリアと死体処理を終えたレティシアが話を進めていく中、慌てたビヴロストが二人の話に割って入る。
「どちらにしろ、造船ギルドはもうおしまいだろう。ティ=ア=マット一族の労働者達は逃げ、後に残されたのは子供達のみ。造船ギルドの長も命を落とした。……人の口に戸は立てられない、造船ギルドに邪教徒が潜入していたこともいずれ民衆達に広まることになるだろう。そして、ここまで邪教徒達に好き勝手されたレインフォール公爵殿にも批難の目は向けられることになるだろう。……全てはここまで状況が悪化するまで放置してきた貴殿の責任だ。例え妖魔が攻めて来なくても遅かれ早かれ海洋都市レインフォールは滅んでいただろうな。……最早意味のない隔離島へのティ=ア=マット一族の幽閉と過重労働の強制……取りやめてはくれないだろうか?」
「わ、私は一体何を間違えたというのだ……わっ、私は……」
「最早意味のない隔離島へのティ=ア=マット一族の幽閉と過重労働の強制を取りやめてはくれないだろうか?」
放心状態のビヴロストをミーフィリアが睨み付けるとビヴロストは憔悴しきった表情で小さく頷いた。
「レインフォールは……もう、もうおしまい……おしまい……」
「造船ギルドは長が成り代わられていたことで完全に信用を失ったでしょうし、ティ=ア=マット一族という労働力を失いました。造船ギルドの崩壊は痛手でしょうが、本来は正規に賃金を支払うべきところを奴隷のように扱っていたのですからそれで国が回らなくなるということはないでしょう。本来の形に戻るだけなのですから。……まあ、民衆はなかなか納得してくれないでしょうけどね。かなり遅くはありますが、私はやり直すことはできると思いますよ。長い時間を掛けてゆっくりと信頼を築いていけば、良い国を作れる筈です」
「……私には……私にはもう、無理だ」
「でしたら、海洋都市レインフォールを全てビオラ商会合同会社に売却するのはどうでしょうか? 既に複数の領地とビオラ=マラキア商主国、クレセントムーン聖皇国で国と領地を運営している実績があります。間違いなく海洋都市レインフォールを今以上に栄えさせることができると思いますわ。ちなみに、既にアネモネ閣下とビオラの大幹部の了承は得ております」
妖魔の出現、ティ=ア=マット一族の脱走、造船ギルド長の成り変わり――相次ぐ事件で疲弊し、今後想定される民からの批難の声を想像したビヴロストは自分が責められる事態になる前に売国を決意する。
フィクスシュテルン皇国から独立し、圧倒的な富を手にしてきた海洋都市レインフォール――その独立の歴史はこうして幕を閉じることとなった。
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