Act.9-298 ペドレリーア大陸・ラスパーツィ大陸臨時班派遣再始動〜妖魔襲来と混沌潜伏の海洋都市レインフォール〜 scene.1
<三人称全知視点>
海洋都市レインフォールの要所であるミロルカスケード港は海洋都市レインフォールに攻め込んだ妖魔の軍勢を率いる凶禍瞳龍によって半ば支配されていた。
ミロルカスケード港を有するミロル市の市長ケロル=ネッツァルファを中心にミロル市の中心人物達は我先にと隣市に逃げ込み、ミロル市の住民達の一部も運が良い者達は逃げ延びることに成功した……が、大半の住民は妖魔の襲撃で命を落とし、残る住民達もミロル市で最も頑丈な建物である市長邸に逃げ込むか、自宅等に息を潜めて姿を隠しており、いつ妖魔達によって殺されてしまうかも分からないというかなり危険な状況に陥っている。
そんな危機に直面したミロル市に救世主達が到着したのは妖魔の襲撃から十二時間が経過した頃だった。
凶禍瞳龍によって統率されていたことで妖魔達の被害を受けた地域が分散するということは無かった……が、その皺寄せがいったように妖魔達の通った街や村は見るも無惨な状況に成り果てており、ミーフィリア達もこれまでの道中で妖魔の襲撃に遭ってしまった者達を救いきれなかった悔しさを何度も味わうことになった。
運良く生き残れた僅かな住民達に食事を与え、最低限生きていける物資を手渡し……その度に自分達にできることの少なさを突きつけられる。
ミーフィリア達の支援を受け、痛ましい惨状を背に笑顔を見せる住民達を見ていると居た堪れない気持ちになる。
海洋都市レインフォールに入ってからずっと辛い旅が続いた……が、それも間も無く終わろうとしている。
『まさか、我々に歯向かってくる人間がまだ居たとはな……』
「かつて貴様らを葬った妖魔討伐軍の姿と重なって見えたのか? 凶禍瞳龍」
『……くっ、あの時、人間如きに散々な目に遭わされた屈辱は今も忘れてはいない! かつて、我々にとって母なる存在である白面金毛九尾の狐様は甘いお考えをもっていた。その傾世の美貌で大和国を腐敗させ、穏便に我ら妖魔達の世界を作ろうとなされた。しかし、それは間違いだったのだ! 新たに命を与えられた今の我の成すべきことは一つである! 矮小な人間を皆殺しにして妖魔だけの世界を作り上げる! 我らの邪魔はさせん!!』
ミーフィリアの煽りにあっさり乗り、凶禍瞳龍達の注意はミーフィリア達に向けられることになった。
ミーフィリア達が妖魔たちの注意を引きつけている間、生き残りの救助をミーフィリア達と共に馬車で海洋都市レインフォールまでやってきた諜報員達と海洋都市レインフォールに派遣されていた諜報員数名が行ってくれる手筈になっている。
海洋都市レインフォールに派遣されていた諜報員の数はそもそも少なく、現在も潜入任務で持ち場を離れられない者が何人かいる。そのため、想像以上に後手に回って多くの犠牲者を出してしまったことを諜報員達は悔恨し、罪の意識を感じているようだ。
まあ、実際には諜報員達に海洋都市レインフォールの民を守る義務などはなく、海洋都市レインフォールの民を守り妖魔を討伐することは完全に諜報員達の善意に基づく行為のため、彼女達が責められる理由はないのだが。
もし、罪を犯した者がいるとすれば市の住人達を守るという義務を果たさず、妖魔と一度も矛を交えないまま隣市に亡命したケロル=ネッツァルファとその側近達の方だろう。
「ミーフィリアさん、ここはアタシ達に任せてもらえないかしらー? 弓月さんも千聖さんもかなり戦えるようになってきたし、アタシと菊夜さんでフォローするから問題はない筈よー」
「そうだな……この先の戦いを考えると凶禍瞳龍は丁度いい相手かもしれないな。雪菜殿、黒華殿、桃花殿、篝火殿、美結殿、小筆殿――ここは沙羅殿達に任せて我々は雑兵の処理を行おう」
「分かったわ。……沙羅さん、菊夜さん、弓月さん、千聖さん、増援が必要になったら遠慮なく言うのよ」
雪菜、黒華、桃花、篝火、美結、小筆、ミーフィリアの七人はその他の妖魔の討伐に動き出し、凶禍瞳龍の目の前に残ったのは沙羅、菊夜、弓月、千聖の四人だった。
たった四人で倒せると判断されたことに凶禍瞳龍が不服そうに沙羅達を睨む。
『いい度胸だ! その判断が間違いだったと後悔させてやる!! 竜炎咆哮』
先に攻撃を仕掛けたのは凶禍瞳龍だった……が、沙羅は動じた様子もなく鞘から剣を抜き払い、霊力を変化させた炎を剣に纏わせる。
「日輪赫奕流・焔喰ノ太刀! アタシに焔は効かないわよ!!」
「飛蝶雷!!」
霊力で創り出した炎を利用して炎を吸収する日輪赫奕流の技の一つで凶禍瞳龍のブレスを無効化した直後、無数の蝶の形をした雷撃を放ったのは千聖だった。
戦闘経験のない千聖では武器の使い方を覚えるのに時間が掛かってしまう。そこで、闘気と八技の習得と並行して行われたのが魔法の会得だった。
小さい蝶は一貫すると弱々しく思えるが、その身に込められた雷撃は凄まじく、直撃と同時に放たれる放電は油断していた凶禍瞳龍を唸らせ、本気で戦わなければならない好敵手だと判断させるほどのものだった。
そして、それ以上に凶禍瞳龍の目に危険な存在だと映ったのは弓月だった。
虐めを受けて塞ぎ込んでいた弓月を渡月は連れ出して様々な場所に連れて行った。その果てに参加したサバイバルゲームで弓月は自分でも思っても見なかった才能を発揮する。
その手にあるのは諜報部隊フルール・ド・アンブラルの諜報員の一人から贈られた対物ライフル。
かつて戦車の進歩により装甲を貫けなくなり、対戦車ライフルから対物ライフルへの名を変えたこのライフルだが、武装闘気を徹甲弾に纏わせて貫通力を強化することで実際に現代の戦車の装甲を容易に突破できるほどの威力を出すことができる。
まだまだ練度が低いとはいえ、弓月は武装闘気を弾丸に纏わせることができるレベルに到達しており、彼女の対物ライフルから放たれる一撃は妖魔力を漲らせて全ての能力値を上昇させる妖魔増強で強化された凶禍妖魔の身体すらも容易く吹き飛ばすほどになる。
『くっ、クソッ! 俺の、俺の腕がアァ! 許さねぇ! 許さねぇ許さねぇ許さねぇ! 殺す殺す、絶対に殺してやる!!』
右腕を吹き飛ばされ、怒りを露わにしながらも凶禍瞳龍は冷静だった。
痛みに耐えながら妖魔達に自らを守るように指示を出し、自らは妖魔力を百の瞳に集中させる。
「あら? 部下の妖魔達を盾にするなんて随分と可哀想な作戦を指示したのねー。敵ながら同情してしまうわー」
『五月蠅い! 五月蠅い五月蠅い! コイツらは勝利のための礎になるんだ! 俺の役に立てるのならコイツらも本望だろう! てめぇら、時間を稼げ! 俺の必殺技――百目光線ですぐにこの虫唾の走る人間どもを殺してやるからよ!!』
「でも、それだと自分の部下達も巻き込むことになるんじゃないかしら?」
『五月蠅い五月蠅い五月蠅い!! てめぇらは俺の指示だけ聞いていればいいんだ! アイツらを足止めしてここで散れ!!』
菊夜、沙羅、弓月、千聖が揃って怒りで我を忘れた凶禍瞳龍に呆れる中、妖魔達は凶禍瞳龍の無謀な指示に忠実に従って菊夜達に襲い掛かってきた。
例え実行できたとしても最後は敵諸共必殺技で抹殺されてしまうことが確定している哀れな妖魔達に少しだけ同情しつつも決して手心は加えない。
「沙羅さん、こっちも高威力の攻撃で迎え撃つわよ」
「分かったわー! あれを撃つのねー!!」
絡新婦としての本領を発揮し、蜘蛛の脚を出現させた菊夜が糸を束ねて槍を作り上げて構え、沙羅もそれに合わせて剣を構え直す。
『貴様、妖魔だったのか!? 何故だ! 何故人間の味方をする!!』
「私は妖魔じゃなくて妖怪よ! ……全く、別の種族かどうかぐらい見分けなさいよ。……妖怪だとか人間だとかそんなこと関係ないわ。私は私、自分の正しいと思った道を進むだけ。――凶禍瞳龍、貴方はここで私と沙羅さんが倒すわ! 貴方のとっておきごと粉砕してね!」
『やれるものならやってみろォォ!! 百目光線!!』
「弓月さん、千聖さん、下がってー!! 行くわよー、菊夜さん!!」
「「威国覇槍!!」」
沙羅は構えた剣に、菊夜は糸を束ねた槍にそれぞれ膨大な武装闘気と覇王の霸気を乗せて凶禍瞳龍目掛けて同時に打ち出す。
「砕城覇槍」が城を一つ滅ぼす程度の一人で放つ廉価版であるならば、「威国覇槍」は国一つを威するほどの力を持つの凄まじい威力の篭った槍の形状の衝撃波である。
ちなみに、「覇槍」と名のつく技はその攻撃の威力と規模によって名称が異なり、一人で放てる技の限界は通常、城一つを威するほどの「威城覇槍」、城一つを粉砕するほどの「砕城覇槍」、二人以上の人数で放てる技は「威国覇槍」、「征国覇槍」、「威陸覇槍」、「征陸覇槍」、「威海覇槍」、征海覇槍」、「威界覇槍」、「征界覇槍」に分類される……と一応区分されている。まあ、実際のところ多種族同盟上位陣が現在の時点で使用できる最大威力の「覇槍」は「威国覇槍」なので、「征国覇槍」以降はあくまで理論上のものでしかないのだが……。
勿論、この技の名称は武装闘気のみの威力で判断されるため、覇王の霸気を纏わせて強化した場合には名称はそのまま通常よりも強化された一撃となる。
まあ、覇王の霸気で強化されていてもいなくても、凶禍瞳龍に耐え切れるような一撃ではないのだが……。
放たれた槍の形状の衝撃波は沙羅達に嗾しかけらた妖魔、「百目光線」と名付けられた無数の光条、そして凶禍瞳龍自身の身体を丸ごと呑み込み、一瞬にして消し飛ばした。
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