Act.9-296 ペドレリーア大陸・ラスパーツィ大陸臨時班派遣再始動〜加速するラスパーツィ大陸の臨時班〜 scene.2
<三人称全知視点>
サンアヴァロン連邦帝国と海洋都市レインフォールを比較すれば、フィクスシュテルン皇国の皇都からより近いのは海洋都市レインフォールだ。具体的にはサンアヴァロン連邦帝国までの四分の一程度の距離にあるため、馬車を乗り継げば二日ほどで到着できる。
まあ、時空魔法を使えばどちらも一瞬なのだが……。
しかし、菊夜達は四日経っても未だにフィクスシュテルン皇国を脱出出来ずにいる。その理由はフィクスシュテルン皇国の各所を襲う妖魔の討伐をしながら海洋都市レインフォールを目指しているからだ。
「いやぁ、本当に助かりました。皆様に来て頂けなければと思うとゾッとします」
妖魔討伐を終えたミーフィリア達にお礼を述べたのはフィクスシュテルン皇国のデルフェイヌ伯爵領領主のムジャクだ。
領主を継ぐ前には皇国近衛騎士団で副団長を務めていたほどの剣の使い手で現在も武闘派の領主として知られているムジャクだが、流石に妖魔討伐の経験などある筈もなく大多数の種族の異なる妖魔から成る混成大襲来にかなりの苦戦を強いられていた。
「我々の暮らしているベーシックヘイム大陸では魔物の出現は日常茶飯事だが、ラスパーツィ大陸には人間以外の外敵は存在しないそうだな。騎士達も他国の侵攻は警戒していても、こうした災害級の妖魔の襲撃への対応は流石に難しいだろう。よく、突然の襲撃でも恐れることなく戦えたものだな」
「私を含め、この街で暮らす者達はみんなこの街が好きですから。未知なる敵への怯えは確かにありましたが、それでも戦わなければならないと覚悟を決めて戦ったのです。……まあ、ミーフィリア様達がいらっしゃらなければ総玉砕になっていたかもしれないですけどね」
デルフェイヌ伯爵領が住人達にとって大切な居場所であったことは勿論だが、それでも未知の敵の襲撃に対する怯えはあった筈だ。
それでも騎士達が戦うことができたのは誰よりも率先して剣を取って妖魔に立ち向かったムジャクの存在があったからだろう。
「では、そろそろ私達は――」
「本当は色々とおもてなしをさせて頂きたいところですが……この街以外にも妖魔に襲撃されている街がいくつもあるのですよね」
「ああ……私達もできる限り多く救いたいが……」
諜報部隊フルール・ド・アンブラルの諜報員達も各所で妖魔討伐に乗り出している。
ミーフィリア達以外の妖魔討伐班も妖魔を討伐しながら目的地を目指しているが、それでも全ての妖魔に襲撃されている場所を防衛するのは困難だ。
「この一件が片付いたらもう一度デルフェイヌ伯爵領に足を運んで頂けないだろうか? その時は伯爵領を挙げて盛大におもてなしをさせてもらおうと思う」
「今回の襲撃で残念ながら街の建物もいくつか壊れてしまったようだな。その時に復興して活気溢れる街に戻った伯爵領都の姿を見られることを楽しみにしておこう」
ムジャクとミーフィリアはこの騒動が終わった後、再び相見えることを約束して領主の館で別れた。
デルフェイヌ伯爵領での戦いが終わったばかりだが、すぐに次の目的地に向かわなければならない。
「雪菜殿、黒華殿、桃花殿、篝火殿、美結殿、小筆殿は戻ってきているようだな。残りは菊夜殿と沙羅殿か……」
「ごめんなさい、遅くなったわ」
遅れて戻ってきた菊夜と沙羅の後ろには見慣れない二人の少女の姿があった。
沙羅の僅か後ろに立ち、菊夜に警戒の視線を向ける二人の姿に見覚えはなく、ミーフィリア達は警戒の視線を向ける。
「沙羅殿、菊夜殿……彼女達は一体何者なのだろうか?」
「疑問に思うのは当然だわ。二人は美島弓月さんと漆原千聖さん。……かつて、アタシの祖先――葛葉渡月の親友だった二人よ。まさか、こんなところで会うことになるとは思わなかったわ」
弓月と千聖――二人が生きていたのは普徳年間の頃である。
一方、圓が生きていたのは黎光から萬葉に掛けての時代であり、沙羅が生まれたのも黎光年間に含まれる。両者は二百年程度の隔たりがあり、普通であれば渡月の記憶を受け継ぐ沙羅と弓月、千聖の二人が再会することはあり得ない筈だった。
「アタシ……というか、渡月が菊夜さんに呪いを掛けられて女性に生まれ直した後、弓月さんと千聖さんは嫌がる二人を無理矢理手折らんとしてほとんどストーカーと化した聖代橋達を恐れて転校した。ここまでは菊夜さんも知っていることだし、圓さんに話したからみんなも知っていると思うのだけど、どうやらその後弓月さんと千聖さんは転校先の街で火災に巻き込まれたそうよ。黄虎高等学校の大火災って新聞に載るほどの大事件だったわね。その火災で死者は百人を超えたそうだけど……そういえば事件の被害者の数と炭化した死体の数が一致しないということが書いてあったわね。二人によるとどうやら炎に包まれて死を覚悟した次の瞬間、目を開けたらこのデルフェイヌ伯爵領に居たそうだわ。お金もなく着の身着のままで放り出されてしまったようだけど言葉は通じたから、そこから住民のご厚意で宿の部屋を貸してもらい、仕事を探してここまで二人で頑張ってきたそうよ」
「それは災難だったな」
時間もあまりないので馬車の中で話をすればいいだろうと判断したミーフィリア達はその後速やかに馬車に乗り込み、馬車の中で沙羅から弓月と千聖に関する話を聞いた。
「驚いているのは私達の方よ。沙羅さん……渡月君に記憶の封印を解いてもらってあの事件のことを鮮明に思い出すことができたし、その後、渡月君に掛けられた呪いについても聞いたわ。世界改変の呪いの影響で残念ながら渡月君のことは思い出せていないのだけど」
「まさか、蓮華森迦楼奈さん……渡月君の子孫の沙羅さんがあの絡新婦と一緒にいるとは思わなかったわ」
「別にあの時の行いが間違っていたとは思わないわ。……全ては迦楼奈がヘタレだったのが良くないのよ」
「責任転嫁するんじゃないわよ。どこかの百合好きさんが趣味拗らせてあんな呪いを掛けなければこんなのことにならなかったわ! それに、アタシ達のいる裏の世界に表の人間である弓月さんや千聖さんが関わるべきじゃない。陰陽師の協力を得て二人の記憶を封印してもらった……あの判断に間違いはないと今でも思っているわ」
「まあ、でも全て無駄になったってことよね。結局、二人とも異世界に召喚されてしまった。本来は黄虎高等学校の大火災で死んでいる筈だし、どちらにしろ二百年も前の人達だから既に鬼籍に入っている。もう諦めて腹を括りなさい。弓月さんと沙羅さんの百合カップリング、私は最高だと思うわ!!」
「……相変わらずねー、菊夜さん。でも……いつもの調子が少しずつ戻ってきているようで本当に良かったわ。……でも、そういうのは周りがどうこういう話でもないと思うのだけど。ほら、弓月さんにも迷惑でしょう?」
「沙羅さん、昔みたいに弓月って呼び捨てにしてくれないかしら? ……悔しいけど、私はまだ渡月君、貴方のことを思い出せないわ。でも、貴方のことを思うと胸が苦しくなる。必ず思い出すわ……私が貴方にもらった幸せを、全て。だから、全てを思い出すことができたら……」
「あの……それでしたら圓さんを頼ってみるのはどうでしょうか? あの方は記憶に関わる魔法も得意としているようですから、きっと弓月さんのお力になってくださると思います」
沙羅達の話を黙って聞いていた雪菜が遠慮しがちに意見を述べた。
「まあ、それが一番だろうな。今の圓殿の置かれている状況は地獄そのもの……マルチタスクで司令塔をしながら学院にも通い、王女宮でも侍女として務め上げ、ビオラの会長や君主、領主としてもしっかりと働くという八面六臂という言葉すら緩いと思えるような激務をこなしておられるが、あの義理堅い性格の圓殿なら時間を作ってくれる筈だ。弓月殿がそれを望むのであれば私の方から話を通しておこう」
「だったら、私にもお願いできるかしら?」
「よろしくお願いします、ミーフィリアさん」
「承知した」
弓月と千聖の失われた記憶を取り戻す算段がついたことで、ひとまず問題の一つが片付いた訳だが、弓月と千聖にはもう一つ大きな問いが残っていた。
それは、何故自分達を襲った菊夜と渡月の子孫である沙羅が行動を共にしているのかということである。
その疑問に答えるため、沙羅は菊夜と共に次の目的地(妖魔の襲撃を受けている街が目的地になるため具体的に決まっている訳ではない。諜報員から情報が入った場合に向かう先が変わることもあるが、基本的には海洋都市レインフォールに向かって真っ直ぐである)に到着するまでの間に菊夜と共に過ごした記憶と、菊夜と沙羅の運命を変えることになったあの事件に関する話をした。
「……貴女にも色々とあったのね」
「ごめんなさい、ずっと菊夜さんのことを悪い怪異だと思っていたわ」
「貴女達にとって私は悪い怪異……それは決して覆ることではないわ。趣味を優先した結果、私は貴女達の関係を引き裂いた。……責任は感じているわ。私も大切なものを失って……ポッカリと空いてしまった虚しい心の痛みを知ったから、余計にね」
「結局、菊夜さんは弓月さんのことも千聖さんのことも最後まで傷つけようとはしなかった。鬼斬りの因縁もあったし……そりゃ、趣味を優先したことは最悪だったけど、でも悪いのが全て菊夜さんだとは思っていないわ」
「菊夜さん、私達にできることは限られていると思うけど……それでもできる範囲で朝陽さんを取り戻す手伝いをさせてもらいたいと思うわ」
「……弓月さん」
「そうね……貴女のことを完全に許せた訳じゃないけど、渡月君の親友の大切な人、取り戻すのを私も手伝わせてもらうわ」
「千聖さん……二人とも、本当にありがとう」
朝陽との繋がりが断ち切られてからずっと不安そうな顔をしていた菊夜の表情に少しずつ希望が戻ってきたのを実感し、沙羅はかつての親友達と菊夜を見ながら微笑を浮かべた。
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それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
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