Act.9-295 ペドレリーア大陸・ラスパーツィ大陸臨時班派遣再始動〜暗雲立罩める生徒会選挙と四大大公家〜(4) scene.6
<三人称全知視点>
サファルスが連れて行かれた先はサファルスにとっては憧れの場所である生徒会室だった。
しかし、その感動に浸る余裕はサファルスにはない。
その理由は呼び出しておいて来客にもてなしを行わず自分だけ紅茶を楽しんでいるという最大級の非礼をサファルスに対して行うリズフィーナとその背後に青い顔をして控える少女にあった。
リズフィーナほどの高位貴族令嬢が礼儀を知らぬ筈がない。そのリズフィーナがわざわざサファルスに対して当てつけのように非礼を行う訳はサファルス側に相応の非があるからである。
そして、その非というのはリズフィーナの背後の少女に関係するとすれば、サファルスが選挙で行おうとした裏工作に関係ある筈だ。何故なら、生徒会室でビクビクしている少女は、リズフィーナの悪口を喧伝するためにサファルスが買収した筈の人物なのだから。
「さて、困ったわね。こういう時、ミレーユさんや圓様はどういう対応をするのかしら? ……あの方なら殺処分なんて恐ろしいことを本気でお考えになって実行しそうね。罪と罰の天秤が壊れてしまっているようだから。……あの方のことは考えないようにしましょう。……こんな時、私のお友達なら、ミレーユさんなら一体どうするのかしら?」
「……はっ、はて、何のお話なのかわたくしめにはさっぱり……」
「この後に及んで言い訳とは……呆れたものね。なんだか、色々と裏でやろうとしていたみたいだけど……もう少し隠れてやらないと身を滅ぼすことになるわよ」
言い逃れをしようとして目を泳がせたサファルスの瞳にしっかりとリズフィーナは澄み切った視線を合わせた。
「でもどうするべきかしら? 私はね、悪人は裁かれるべきだと思うの。勿論、人は過ちを犯すものだわ。本来、そこに慈悲は与えられるべきなのかもしれないけれど、貴方は公爵家の長男でしょう? 国は違えど私と同じ身分。当然、その身分に相応しくしっかりと自分の行いには責任を取らなければならない。そのぐらいのことは、貴方だって分かっているんじゃないかしら?」
リズフィーナの澄み切った極寒の視線に突き刺され、サファルスは震え上がった。
高が小国の公爵令嬢とサファルスが軽んじた少女はあらゆる罪を許さず裁きの剣を突き付けてくる神の代理者――断罪者であった。
しかし、そこでリズフィーナの表情が僅かに和らぐ。
「でもミレーユさんはきっと貴方のことを許すんでしょうね。ここは学び舎――未熟な者達が良き大人になるために学ぶ場所。沢山の間違いを経験して、その度に罰を受けて学び、成長していく場所……それなのに一度の過ちで退学になどしたら可哀そうってきっと貴方のことを憐れむ筈だわ。今回の被害者は私ということになるのかしら? でも被害者になり損なってしまったわね。マリアさんの時と同じ。被害者の心を慰める必要がないのであれば過ちを犯した者に悔い改めを迫ればいい……ミレーユさんは本当に優しい人だわ。私にはとてもできないことだわ」
罰を曖昧にすることは腐敗の温床になる。犯人への罰が軽ければ被害を受けた者の心の痛みが和らぐこともない。
だからミレーユのようにあの犯人達を許そうとする者をリズフィーナは軽蔑する。
罰は罰――権力を持つ者は悪を裁き不正を正すべきだとリズフィーナはずっと思ってきた。
しかし、ミレーユはその叡智により悪が成される前に、あるいは被害が大きくなる前に動き、犯人にやり直しの機会を与えられる状況を作り出す。
それはリズフィーナが考えもしなかった優しいやり方であり……リズフィーナが憧れさえ抱くものだった。
「何が『できない』だ。何故、やろうとしないのにできないと決めつける。全く、貴様は全く成長しないな。リオンナハトの方はもう少し柔軟に考えられるようになってきたというのに……嘆かわしい」
「……トーマス先生」
「貴様に先生と呼ばれる筋合いはない」
ノック一つせず、突如として生徒会室に現れたトーマスはリズフィーナですら萎縮してしまうほどの膨大な霸気を纏い、絶対零度の視線を向けた。
「なるほど、貴様が言いたいことも理解できぬ訳ではない。罰を曖昧にすることは腐敗の温床になる……それは確かにその通りだ。しかし、そうして厳しくしていった先に待つのは果たして平穏で平和な世界であると貴様は思うのか? 水清ければ魚棲まずという言葉がある。あまりにも清廉潔白だと人に好かれないということだ。そうして罪は罪、思考停止で人を裁くのは大層楽だろう? 何も考えなくて済むのだからな。しかし、罪を犯すのにもそれなりの理由がある。法律や道徳だけで判断するのではなく、多角的に物事を見て適切な判断を、罪に対する罰を決めるべきであると私は考える。まあ、そこのブルーダイアモンドの小僧に関しては情状酌量の余地はないがな。だが、その結果として実害が出た訳でもない。実行されていないのであれば、罪に問うこともできぬだろう?」
「……えぇ、トーマス先生の仰る通りだわ」
「もう少しミレーユ姫を見習って柔軟に考えられるようになれ。このまま行けば貴様に待っているのは破滅だぞ。貴様の理屈では一度の失敗で人は裁かれることになるのだからな。まあ、貴様が道を踏み外した時はこの私が責任を持って貴様を殺してやるから安心しろ」
「……全く安心できない話ね。今でも私のことを恨んでいることだけはよく分かったわ」
「ふん、ろくに話も聞かずに断罪され、命を落とし掛けたのだからな。反論は力ではなく言葉ですべきだ。異端者のレッテルを貼って私の言い分を聞かずに裁こうとした貴様の罪、決して消えた訳ではないからな。覚えておけ」
完璧に見えたリズフィーナの弱点を知り、サファルスが驚く中、トーマスは更に話を続ける。
「さて、貴様の莫迦さ加減は改めてよく分かった。その無駄な堅物な性格につける薬はないということがな。……仕方ない、もう一つの方を改善することができたか確認させてもらおう。莫迦な貴様に問おう、貴様に何が足りないのか……ここまでの選挙で分かったか? ミレーユ姫にあって、貴様にないものだ」
「仲間……かしら?」
「ふん、莫迦でもここまで見せつけられれば理解できるということか。貴様は全てを自分一人の力でやろうとする。貴様はミレーユ姫のことを友と呼んだ。しかし、それは名ばかりの関係だ。友とは重荷を分かち合い、苦楽を共にする……そういう関係ではないのか? 過去のトラウマで貴様が誰かを本当の意味で信頼できないことは理解している。だが、そろそろ貴様が友と呼ぶ者を、ミレーユ姫を認めてもいい頃ではないのか? 貴様は莫迦だ。肝心なことは理解できていないが、残念なことに能力は人並み以上だ。莫迦だがな。全てを一人で抱えようとせず、貴様がやるべきことは分担だった。友に助けを求め、力を借りることだった。貴様の顔、随分と疲れているように見えるぞ? 私が声を掛けずともミレーユ姫は貴様を気遣い、貴様の重荷を共に背負うという気持ちで選挙戦に立候補をした筈だ」
「……それが……ミレーユさんの思い」
「今回の選挙に挑むミレーユ姫の気持ちもそれほど大差のないものだと私は思う。まあ、今回の選挙は本来の史実のものとは違いリズフィーナの公約をなぞるものではなく、間違いなく超えていくものになると思うがな」
完璧な公約を打ち立てた筈のリズフィーナを超えていく――それを一欠片も疑わずに信じ切るトーマスにリズフィーナもサファルスも驚きを隠せない。
「トーマス教授!」
「なんだ? ブルーダイアモンドの小僧」
「ミレーユ姫殿下は俺の提案を蹴りました。そして荒唐無稽なことを仰られたのです。ダイアモンド帝国も、プレゲトーン王国も、ライズムーン王国も、その他様々な国々も……それこそ、オルレアン教国のリズフィーナ様の支持者達も挙ってミレーユ姫殿下に投票すると。そんな方法が本当にあるのでしょうか?」
「さあな? 私には分からん」
「……そ、それはどういう……」
「私も二人から策は聞いていない。しかし、『帝国の深遠なる叡智姫』と『ブライトネス王国の智聖』だ……きっと想像を遥かに超えた妙手を打ってくるに違いない。私はそれをこの目で見ることをとても楽しみにしているんだ」
絶対にミレーユとエイリーンが負ける筈がないという確信がトーマスにはあった。
その方法までは流石に思いつかないが、きっと想像を超える方法がリズフィーナに勝利を収めることになるだろうという信頼がトーマスにはある。
「それでは、生徒会選挙当日に学院で会おう。そろそろ臨時班も本格的に動くようになるだろうから、こうして会いに来るのも次で最後になるだろうな」
そう言い残し、トーマスは現れた時と同様に一瞬にして姿を消した。
「トーマス先生は見届け人だから余裕な態度を取れるのでしょうけど……少しはそんな二人と一人で戦うことになる私の身にもなってもらいたいわね。全く……困っている私のことを笑いに来るなんて本当に性格の悪い先生だわ」
「本当にそうでしょうか? 私にはとても良い先生のように思えたのですが。……本当に嫌いな相手ならわざわざこうして会いに来たりはしないのではありませんか?」
サファルスの言葉にリズフィーナはハッとする。
一生恨んでも仕方がないほどの行いをしたのに、それでもトーマスはリズフィーナの前に現れ、不機嫌そうにしながらも進むべき道を示し、挙句にはミレーユにリズフィーナの成長のためにと頭まで下げた。
リズフィーナのことが本当に嫌いならリズフィーナに会わないという選択肢を取れたというのに……。
「ずっと孤独だったと思っていた私も……本当に孤独だった訳ではなかったのね」
サファルスが去った生徒会室で、リズフィーナは恩師の愛と友の優しさを染み染みと感じながら少しの時を過ごした後、気持ちを切り替えてミレーユの示した公約に目を通し始めた。
そこにはもう孤独と疲れに苛まれていた孤高の聖女の姿はない。
ミレーユの気持ちを受け止め、真っ向から戦う意志を固めた、色々なものから吹っ切れたリズフィーナの姿がそこにはあった。
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