Act.9-294 ペドレリーア大陸・ラスパーツィ大陸臨時班派遣再始動〜暗雲立罩める生徒会選挙と四大大公家〜(4) scene.5
<三人称全知視点>
「クソッ! あの小心者の阿呆姫! 何も現実を解っちゃいない! お花畑みたいな考えでいやがって! 折角、この俺が勝たせてやるって言ってんのに!!」
怒り冷めやらぬ様子でグチグチと怒りの愚痴を垂れ流しながらサファルスは廊下を歩いていた。
そうした怒りを発散するように人や物に当たり散らす者も多いが、痛いのが嫌いなサファルスが暴力に訴えることはない。
「この俺の完璧な企みがリズフィーナ様にバレているだと? いやいや、そんなことある筈ないだろう? 狡猾な企み? 上等じゃないかッ! 相手に勝つのに必要な策を打たねば勝てるものにも勝てない。潔癖に汚い手を嫌った結果、勝てなければ何も意味がないではないか!!」
遂に怒りを大爆発させ、壁を殴ろうとして……やっぱり痛いのは嫌だからと躊躇してやめたタイミングでサファルスは背後から聞こえた声に呼び止められ、反射的に背後を振り返った。
「ああ……あの貧乏田舎貴族の娘か。許しもなくこの俺に話しかけるなんてミレーユ姫殿下の寵愛を受けて調子に乗ったかな?」
マリア・レイドール――レイドール辺土伯爵家の令嬢というダイアモンド帝国最底辺の貴族令嬢がダイアモンド帝国最上位――四大公爵家の一角であるブルーダイアモンド公爵家の令息であるサファルスに声を掛けてきたという屈辱的な状況に怒りを覚えたサファルスがマリアを睨め付ける。
「ミレーユ姫殿下を邪魔しないでください。姫殿下は貴方達とは違います。卑怯なことはお嫌いな筈です」
「なるほど、先ほどの話を盗み聞きしてたのか。流石は卑賤の家の出だ」
「確かに私は田舎者の辺土伯の娘です。でもミレーユ姫殿下は、貴方達とは違い身分の違いに囚われない方ですから」
「……なるほど、言ってくれるじゃないか。これは少しばかりお仕置きが必要かな」
「――あまり慣れないことはしない方がよろしいのではありませんか? 痛いのはお嫌いでしょう? サファルス・アジュール・ブルーダイアモンド」
脅しつけるように一歩だけマリアに近づいたサファルスだが、そこで唐突に足は止められてしまった。
「……エルシー=グラリオーサッ! 小国フォルトナの下級貴族風情がこの俺を呼び捨てにするなど許されることではないッ! 取り消してもらおうか!!」
「あら、もしかして辺境伯と宮中伯の意味も理解していないのかしら? 実質、侯爵相当と爵位なのですけどね。まあ、序列的には由緒正しいダイアモンド帝国の四大公爵家には劣る地位ではありますが。……先ほどのミレーユ姫殿下とのやり取り、私も聞かせて頂きました。フォルトナ王国などという小国の貴族令嬢如き……私のお姉様のことを随分と愚弄してくださいましたわね。お姉様とミレーユ姫殿下が知恵を出し合った公約を本質も理解しないまま侮辱して、どれほど素晴らしい方針を打ち出すかと思えば、あのような低俗な方法をそれはそれは愉しそうにお話になられるとは。……あのような分かりやすいデストラップなど、踏むのはど阿呆ぐらいですわよ」
「……ッ! ぐっ……黙って聞いていれば散々俺を貶しやがって! 痛いのは嫌いだ! しかし、それでもここまで言われて黙っているつもりはない!! お前に帝国貴族の偉大さを理解らせてやる!!」
激しい怒りを拳に込め、サファルスは放つ――へなちょこパンチを。
その拳は軽々とエルシーに受け止められ……。
次の瞬間、サファルスは凄まじい霸気を浴びせられ意識が飛びそうになった。
学院の壁には無数のヒビが入り、漆黒の稲妻が学院の一角を駆け巡る。
「なっ……ななっ! 何が起きて――」
「この程度の霸気で怯えるなんて、その程度の器なのですわね、ガッカリですわ」
「あの! エルシー様! もうおやめ下さい!!」
「エルシー殿……いや、ソフィス=アクアマリン伯爵令嬢! 霸気を収めてくれ!!」
「アモン・プレゲトーン第二王子、貴方はミレーユ姫殿下が目の前で侮辱された時、同じことを言えますか! 私の最愛の人が……許せる訳がありませんわ!」
「……仕方ない。マリア君、力を貸してくれないか? 二人掛かりでも正直止められる気がしないのだが、流石にこのまま刃傷沙汰になるのを黙って見ている訳にはいかないからね」
「……ソフィス様のお気持ちも分かりますが、ここは怒りをお鎮めになってください!!」
あわや一触即発、サファルスが最も嫌いな戦闘が勃発するかと思われた時、眩い輝きがサファルスの視界を塗り潰した。
「はいはい、そこまでだよ。ボクのために怒ってくれるのは嬉しいけど、ちょっとやり過ぎじゃないかな?」
どこからともなく現れたエイリーンにサファルスが驚く中、エルシーは「でも、圓様だって月紫様に暴言を浴びせかけられていたらこれ以上に暴れてしまうのではありませんか?」と悪びれた様子もなく聞いてエイリーン――圓を苦笑いさせていた。
「さて、サファルス・アジュール・ブルーダイアモンド。君はボクに色々と聞きたいことがあるんじゃないかと思う。ボク達が何者なのかとか、学院の壁を破壊したあの力は一体何なのか、とか、一瞬で現れることができたのは何故なのか、とかねぇ。諸々の質問には生徒会選挙が終わった頃に時間を作って答えさせてもらうよ。とりあえず、今はボクとミレーユ姫殿下の邪魔をしないで頂きたい。ご安心を、ボクもミレーユ姫殿下も本気でリズフィーナ様に勝つために戦略を立てている。ちゃんと秘策は用意させてもらっているよ」
「ふん、まさかあの公約を本当に実現できるとでも?」
「それをどう実現するかが腕の見せ所なんじゃないか? できないと決めつけるのは簡単だ。でも、本当に方法はないのかな? 今回の選挙戦で勝つ方法を色々と模索する中でボクとミレーユ姫殿下はその方法を見つけることができた。まあ、信じるも信じないも君次第だよ。それじゃあ、ボク達はこれで失礼するよ。ああ、そうだった。一つリズフィーナ様への伝言を頼まれてくれないかな? 君に足りないものが何なのか見つかったって? 多分、選挙当日まで顔を合わせないと思うからねぇ。それじゃあ、リズフィーナ様によろしく伝えておいてねぇ、サファルスさん」
そして、エイリーンはエルシーを連れ、現れた時と同様に唐突に学院から姿を消してしまった。
◆
「クソッ! クソッ! クソッ! クソッ! アイツら揃いも揃って莫迦にしやがって!! クソがッ!!」
部屋に戻ったサファルスは、ベッドの上に置いてあった枕を殴った。殴っても痛くない枕しか殴れない痛いのが嫌いなサファルスの姿は、殴れる相手にしか殴られない小心者のミレーユに似て……これ以上はやめておこう。
「俺は生徒会の役員にならなければならないんだ。……それなのに」
サファルスが生徒会役員に拘る理由――それは、サファルスが書いた手紙にあった。
甘い甘い、読むだけで砂糖を吐きそうなその手紙――ラブレターの送り先は、勿論サファルスの許嫁である。
貴族社会では家のためにと、望まぬ結婚を強いられるケースも数多く存在しているのだが、サファルスとその許嫁の関係は親同士が勝手に決めた婚約者であるにも拘らず相性抜群であり、相思相愛だった。
それは、もう、同じ空間に置いておくと胸焼けすると両家の家族がゲンナリするレベルのラブラブっぷりのバカップルだったのである。
相手は流石に四大公爵家には劣るものの伝統と格式のある侯爵家であり血筋的には申し分なく見た目も可憐でお淑やかという優良物件。
更にサファルスのことを尊敬できる立派な青年と思う程度には目が腐って……おっと、メガネが曇っていた。どこのルードヴァッハなのだろうか?
それ自体は何も問題ないのだが、問題だったのはサファルスが「生徒会役員になる」などと大口を叩いた手紙を許嫁に送ってしまったことだった。
「今さら、あれは間違いだったとでも言えというのか? そんな恥ずかしいことができる訳がない!」
「……いや、大丈夫だと思うっすよ。姉さんってあれで結構適当なところありますし」
そんなサファルスにやる気のない言葉を掛けるのはサファルスの許嫁――リティシア・ワージェス侯爵令嬢の実弟でサファルスの従者であるダリスだ。
姉のコネによってサファルスの従者としてセントピュセルに来て大陸最高峰の教育を受けられるという幸福を享受しているダリスにとってサファルスは恩人なのだが……時折、姉に対する思慕の念を募らせたり、姉へのラブレターの内容で悩みまくる将来の義兄の姿を見せられるという地獄を味わうことと果たして釣り合いが取れているのかと思うことは多々あった。
「いや、だが、やはり面子が……クソッ! おのれ! ミレーユ姫殿下! エイリーン=グラリオーサ!! 揃いも揃って俺の邪魔を……うぐぐぐ」
ダリスにとっては居た堪れない時間は……ダリスが思っている以上に早く幕を閉じることになった。
礼儀正しくノックする音が響き渡り、ダリスが扉を開けると、そこに立っていた男は表情一つ変えぬまま伝言を伝える。
「失礼致します。サファルス・アジュール・ブルーダイアモンド様、リズフィーナ様がお見えです」
静かに告げられたその言葉はサファルスの耳に死の宣告として届いた。
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