Act.9-293 ペドレリーア大陸・ラスパーツィ大陸臨時班派遣再始動〜暗雲立罩める生徒会選挙と四大大公家〜(4) scene.4
<三人称全知視点>
「やぁ、ミレーユ姫殿下。ご機嫌麗しゅう」
「あら、ご機嫌よう。サファルス殿。お父上はご壮健かしら?」
「それはもう、皇帝陛下のご寵愛を頂きましてますます励んでおります。いや、しかし、それにしても本日も実にお美しい。このサファルス、いつも姫殿下の魅力に心を奪われてしまうのですよ」
「まぁ、お上手ですわね。おほほ……」
などという歯の浮くようなやり取りをしながらミレーユは一気に気を引き締めた。
『這い寄る混沌の蛇』に繋がる裏切りの公爵家――四大公爵家の裏切り者候補の一人がミレーユの眼前に現れたのである。
確率は四分の一(といいつつ、それ以外の家が『這い寄る混沌の蛇』と何かしら繋がりを持っている可能性を圓は否定していないため、実際には他にも何らかの薄い繋がりがある可能性は否定し切れないのだが)、決して低い確率ではない。そして、初っ端からその四分の一を引いてしまっている可能性もないとは言い切れない。
ミレーユは『這い寄る混沌の蛇』の刺客と戦うつもりでサファルスとの面会に応じることにした。
「それで早速なのですが……姫殿下、お人払いをお願いできますか?」
サファルスは教室内の者達に視線を送る。
それだけで幾人かはいそいそと教室の外に出始める。
ダイアモンド帝国の四大公爵家の権威は周辺の小国の王族を軽く凌駕するほどのものなのである。
「ミレーユ……」
「大丈夫ですわ、アモン。みんなのことをお願い致しますわ」
そう言いつつそれからそのすぐ隣にいたエルシーとマリアにも一応頷いて見せる。
剣の腕が立つアモンとマリア、強力な戦力を学院に連れてきており、更に自身も高い戦闘能力を誇るエルシー、三人には是非とも交渉の席に同席してもらいたかったが、致し方ない。
「では、私はそろそろ失礼させて頂きますわ。これから王女宮侍女の仕事に向かわなければなりませんので」
「こちらまで手伝って頂いて本当に感謝しても仕切れませんわ。お忙しい中、本当にありがとうございます」
「いえいえ、お姉様が協力すると決めたのに私が何もせずに、という訳には流石に参りませんわ。……ああ、そうでした。フリストフォルは学院に残していきますので」
「何かあればフリストフォルがミレーユの身を守るべく動くため、護衛については問題ない」と言外に示してからエルシーは教室を後にした。
それに続く形でエルシーの言葉の裏に隠された意図を読み取ったアモンとマリアも安心して教室を後にする。
「あっれれぇ? まさか聞こえなかったのかな? そこのメイド、君もだよ」
「この者はわたくしの専属メイド。わたくしの手足であり、わたくしの一部ですわ。あなたはこのわたくしの手足を捥いでしまおうとでも仰っているのかしら?」
サファルスの視線に晒され、背を震わせるライネを庇うようにミレーユはサファルスの前に立ち、サファルスを睨んだ。
「いえいえ……そんなつもりは毛頭ありませんよ。姫殿下がそう仰るなら、わたくしめとしては、何も申すことはありません」
恭しく頭を下げてみせるサファルスだが、影に隠れた彼の表情には「何故、メイド如きのために……」という不満が滲んでいた。
一方、ミレーユに庇われたライネはというと、感動のあまり眼をウルウルとさせていた。ミレーユは『這い寄る混沌の蛇』の刺客かもしれない相手と二人きりだなんて御免被るという気持ちでライネを巻き込んだのだが、ライネはミレーユが心から信頼していることを改めて認識し、感動が溢れたらしい。……まあ、ミレーユがライネに全幅の信頼を置いているのは間違いないのだが……。
「それで、ご用件はなにかしら?」
「我がブルーダイアモンド家は姫殿下の会長選挙を全面的に支持し、応援させて頂きます」
「まぁ、それはとても良いお話ですわね。今日は、わざわざそれを言いに来てくださったのかしら?」
「いえ、それだけではありません。僭越ながら、今回はミレーユ姫殿下に一つ助言させて頂きたく参りました」
「はて? 助言?」
予想外のサファルスの言葉にミレーユは首を傾げつつ、サファルスの意図を読もうとする……しかし、勿論、ミレーユにサファルスの意図など分かる筈も無く、更に話を聞くことにした。
「フォルトナ王国などという小国の貴族令嬢如きの言葉に耳を貸していてはこの選挙に勝利することはできません」
キッパリと断言するサファルスに「なるほど、圓様とわたくしを分断するのが『這い寄る混沌の蛇』の作戦なのですわね」とミレーユはサファルスの意図を見破った気になった。
「何故あのような小娘の言葉を――」
「仰りたいことはよく分かりましたわ。ご忠告ありがとうございます。……そうですわね、では、エイリーン様との同盟を解除したとして、サファルス殿、貴方はどのような方針をわたくしに提案してくださるのかしら?」
「勝つための秘策は勿論あります」
「まあ、それはどのようなものかしら?」
「簡単なことです。リズフィーナ様の欠点を徹底的に突けばいいのです」
サファルスが提案したのはネガティブキャンペーンという手法だった。自身の政策の出来の良さではなく、相手の粗を探して攻撃の材料とする。マイナスの効果の強い手法ではあるが、確かに有効な手段ではある。
「しかし、あのリズフィーナ様にそのような欠点など本当にあるのかしら?」
「何、簡単な話ですよ。存在しなければ作ってしまえば良いのです。リズフィーナ・ジャンヌ・オルレアンは高潔な聖女。故にちょっとした汚点がついてしまえば、それだけで大きな痛手となる。実に造作もない簡単な裏工作ですよ。是非、この俺にお任せ頂きたい。オルレアンのような小国の公爵令嬢ごとき、我ら偉大なる帝国貴族の手に掛かれば一捻りですよ。あっはっはっは! それで選挙に勝った暁にはわたくしめを生徒会役員に――」
欲望を垂れ流しにしながらふんぞり返り、高笑いをしながら得意げに自己アピールをし続けるサファルスをミレーユは満面の笑みで見つめ――。
「お出口はあちらですわよ」
ミレーユがサファルスを言葉で一刀両断した瞬間、教室の空気は凍りついた。
◆
「まっ、まさかミレーユ姫殿下はわたくしめよりもあのフォルトナなどという小国の貴族令嬢の手を取るというのですか!?」
「そう驚くことでもありませんわよね? ごくごく自然な判断だとわたくしは思いますけど。……まず、この選挙でリズフィーナ様に勝つためにはダイアモンド帝国の貴族子女の投票――ご協力が必須ですわ。票の取り纏めをして頂くためにはサファルス殿達――四大公爵家のご協力は必須。それなのに、ここでサファルス殿の提案を蹴るのは悪手ですわね」
「ミレーユ姫殿下、恐れながら言っていることとやっていることが異なるようにわたくしめには思えるのですが」
言外に「姫殿下は本気でご乱心しているのか!?」と言うサファルスを無視し、ミレーユは話を続ける。
「仮にダイアモンド帝国に、ライズムーン王国、プレゲトーン王国の票が集まればわたくしにも勝機が出てきますわ。それに、サファルス殿の提唱する方法が加われば……確かにリズフィーナ様に勝つことができるかもしれませんね」
「では、何故――」
「サファルス様はそれが圧倒的な勝利だと本気で思えるのかしら? 弱点を捏造するなどいう罪まで背負うのに、得られる戦果があまりにも小さいとわたくしは思ってしまうのですわ」
エイリーンが提唱した方法ならダイアモンド帝国、プレゲトーン王国、ライズムーン王国に留まらず多くの者達の賛同を得られるだろう。リズフィーナの支持者や他ならぬリズフィーナ自身も利益を考えればミレーユに投票せざるを得なくなる。
あれほどの魅力的過ぎる提案を聞いた後ではサファルスの提案はあまりにもハイリスク・ローリターンなものに思えて、普段のミレーユなら素直に素晴らしい提案だと信じてしまいそうな話も全く旨味を感じなかった。
「どうせ勝つなら圧倒的な大差をつけ、リズフィーナ様に勝利したいのですわ。エイリーン様はそのために必要な最後のピースをわたくしにプレゼントしてくださいました。サファルス様にはそれ以上のものを果たして提案できるのかしら?」
「ま、まさか……ミレーユ姫殿下は本気であの夢物語のような選挙公約を本当に実現できるとでも思っていらっしゃるのですか?」
「そうですわね……サファルス殿の仰る通り、あの選挙公約は実現できる筈もない夢物語に思えるかもしれませんわね。そもそも、今回の選挙、最も勝利の可能性が高い方法がリズフィーナ様の立候補の取り下げですから、元々圧倒的な勝利など不可能な話なのですわ」
「……はっ? リズフィーナ様が立候補取り消し? それこそあり得ないことでは?」
「それがどうも起こる筈だったみたいですわよ。わたくしにあって、リズフィーナ様にないもの、それが明暗を分ける筈だった。ですが、それも立候補取り消しが不可になったことで取り消された今、トーマス教授の依頼である選挙戦の圧倒的な勝利のためにはエイリーン様の協力が必要不可欠なのですわ」
「……そのためなら、わたくしめの提案を蹴っても良いと? わたくしめを敵に回して、本気で選挙に勝てるとでも?」
「勝てると思いますわ。得られる莫大な利益を考えれば、この選挙、わたくしに投票する以外に選択肢がありませんもの。ダイアモンド帝国も、プレゲトーン王国も、ライズムーン王国も、その他様々な国々も……それこそ、オルレアン教国のリズフィーナ様の支持者達も。……まあ、それでも完全にリズフィーナ様の支持をゼロにはできないのでしょうから、やっぱりリズフィーナ様は恐ろしいお方ですわよね」
あれほど魅力的な提案を用意しても、完全にリズフィーナの支持はゼロにできないと圓は断言した。
しかし、それは裏を返せばどんなに金子を積まれても、それでもリズフィーナの味方をする者達がいるということ。それは、リズフィーナにとっては何よりも得難い宝となる筈だ。
まさか、ついでにその事実にも気づかせようなどと……一石で二鳥どころか、三鳥、四鳥を狙っているなどとは思いもよらないミレーユは我が物顔でエイリーンの提案をそのまま自分の言葉のようにサファルスに話して聞かせた。
今のミレーユは無敵なのだ。その身にある溢れんばかりの自信は圓の提案に勝るものなどないという圧倒的自信から来るものである。
「サファルス殿。あなたの狡猾な企みに乗ることはできませんわ。お引き取りくださいませ」
「こっ、後悔しても知りませんよ? この俺の策に乗らなかったことをッ!」
悔しげに捨て台詞を吐きながら去っていくサファルスをミレーユは満面の笑みで見送った。
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それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
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