Act.9-291 ペドレリーア大陸・ラスパーツィ大陸臨時班派遣再始動〜暗雲立罩める生徒会選挙と四大大公家〜(4) scene.2
<三人称全知視点>
「それが、親友が一人でなんでもできるのに色々と部下に仕事を回す理由なのか?」
「……うーん、ちょっと違いますねぇ。そもそも、私は天才じゃなくて凡人ですからねぇ。努力をしたところで超二流にしかなれない――努力した天才、超一流には何をやったって届かないのです。……じゃあ、リオンナハト殿下やリズフィーナ様が一流かと言われるとまあ、その辺りはどう答えようかと迷うことになるのですが。天才は確かに文明の発展、大胆な革新――そういったものには必要不可欠かもしれませんが、私は組織においてそういった人材は不要だと考えています。誰かがいなければ立ち行かなくなる組織――ワンマン企業の未来はお世辞にも明るいとは言えません。その方がご存命で、素晴らしい判断をできるうちはいいですが、その人がいなくなってしまったら? その瞬間に組織は崩壊することになります。だから、分業してそれぞれがそれぞれの判断で仕事ができるように……つまり、会長に権力が集中しないようにと色々と考えているんです。まあ、会長にしかできない仕事とかもありますし、皆様の邪魔にならない範囲では動かせてもらっていますけどねぇ」
「……まあ、それにしてはちょっと働き過ぎじゃないかと思うけどなぁ」
「趣味関連が大きいのと……後はラインヴェルド陛下が王女宮筆頭侍女に任命したり、学園で教員をしろと言い出したり、そういうのが大きいのは間違いありませんねぇ」
「まあ、反省も後悔もしてないけどな! だって、お前に任せるのが一番安心できるじゃないか」
そんな風に圓がトーマス、ラインヴェルド、オルパタータダとやり取りをしている間に式典はいよいよ佳境に入る。
「それじゃあ、そろそろ準備しようかな?」
そう言いながら、圓は持っていた一冊の本の鍵穴に金色の鍵を差し込んだ。
◆
やがて式典はいよいよ佳境に入り、いよいよ候補者の宣誓のタイミングになった。
「それでは立候補者は双方、神の前に誓いを立ててください」
凛とした声を上げ、宛ら歌うようにリズフィーナの宣誓がなされる。
それに続いて、ミレーユも席を立って顔を上げた。
自分に集まる視線によって生じた緊張を深呼吸で解消してからミレーユ自身も宣誓の言葉を発する。
「わたくし、ミレーユ・ブラン・ダイアモンドは、セントピュセル学院生徒会長に立候補致します。そして、正々堂々とこの選挙を戦いにゅ――」
そして、とてもとても大切なところで噛むという恥ずかしいミスを犯したのだが……。
「……こっ、ことを誓います!」
何事も無かった風を装って無理矢理最後まで続けた。
大勢の前で噛んで胸を張れるほどの胆力などある筈のないミレーユはすっかり涙目になっていた……が、その表情は次の瞬間、驚愕の色に染まる。……まあ、どちらの表情もベールに覆い隠されているので見ることができた者はいなかったのだが。
『リズフィーナ・ジャンヌ・オルレアン、ミレーユ・ブラン・ダイアモンド――双方の宣誓、このわたくしが確かに聞き届けました。お二人の生徒会選挙での奮闘、とても楽しみにしています。この生徒会選挙とペドレリーア大陸の未来に幸多からんことを』
リズフィーナの表情もまた驚き一色に……いや、司祭達聖職者を中心に驚きが大聖堂を侵食していく。
これまでも神が地上に降臨したという話は神聖典の記述や民間伝承に存在してはいるが…….しかし、それとはまた違う肉眼での神の降臨の目撃。
リズフィーナが声を掛けようとした瞬間、オルレアン神教会の唯一神である女神は柔和な笑みを浮かべ、ふっとその姿を黄金の輝きと共に掻き消してしまった。
こうして前代未聞――女神の降臨によって祝福された異例尽くしの生徒会選挙が始まったのである。
◆
「ふふふ! 遂に、遂にだよ! 遂に俺にもビックチャンスが来た!!」
セントピュセル学院の一角に存在するサロンの一室にて――。
ダイアモンド帝国の上位貴族の専用サロンと化しているそのサロンでお茶会は密かに開かれていた。
広い部屋の中心に存在感を放つように置かれた大きな机の上には溢れるばかりのお茶菓子が乗せられている。
そのお茶菓子の量に比して、集う人数は二人と少ない……まあ、上限が四人なので、仮に全員集結しても少々お茶菓子の方が多いように思えるのだが。
しかし、もし彼らの正体を知るものがいれば
あるごく一部の者達を除いて瞠目することになっただろう。特にダイアモンド帝国の貴族であれば絶対に無視することなどできない者達がこのサロンには集結していた。
彼らこそダイアモンド帝国の中央貴族を束ねる者達――帝国四大門閥貴族、四大公爵家の血筋を引く貴族子女達だからである。そして、現在『這い寄る混沌の蛇』との関係が噂される容疑者達でもあった。
「あら、今日はルヴィさんはいらっしゃらないのね。折角、四大公爵家の親睦を深めようというのに勝手なお方だわ。それに、シュトリンの小娘……新参者の癖に休むなんて随分と生意気ね」
自称ミレーユの親友でグリーンダイアモンド公爵家の長女であるエメラルダ・ヴェール・グリーンダイアモンドが毒付きながらも緩やかにウェーブを描く豊かな髪を靡かせながら溜息を吐き、優雅に紅茶を一啜りする。
「……って、おいおい! 何をそんなに落ち着いているんだい? エメラルダ君。君、俺の話をちゃんと聞いていたのかい?」
そんなエメラルダに余裕など皆無の表情で食って掛かるのは青い髪の少年だった。
切り揃えた髪は時間を掛けて丁寧に整えているらしく、激しく動いても崩れる様子はない。
ブルーダイアモンド公爵家の長男――サファルス・アジュール・ブルーダイアモンドに、エメラルダは冷たい視線を向け、心底迷惑そうな顔をした。
「ちょっと、サファルスさん。あまり大きな声を出さないでくださる?」
「やれやれ……君。もしかして全くこの状況の意味が分からないのか? セントピュセルの生徒会に入れるかもしれない名誉なんて、なかなかあるもんじゃないんだよ? 莫迦みたいな例の不文律のせいで我々帝国貴族はセントピュセルの生徒会に入ることはできない。しかし、ミレーユ姫殿下が生徒会長になってくれさえすれば、きっとそんな不文律は無視して俺達を生徒会役員に任命してくれるに違いない」
とそこまで興奮して捲し立てるような口調で言っていたサファルスだが、小さくため息を吐くと声のトーンを少しだけ落とした。
「それにしても、リズフィーナ様に喧嘩を売って立候補なんてするとは驚いた。こう言ってはなんだが、我が国の姫殿下はあまり頭がお宜しくはないようだ。挙句、あのような海を隔てた大陸の得体の知れない……なんだったかな? 小国フィートランド王国を併合した新参者のなんちゃらという国の貴族令嬢の言葉に耳を傾けるとは……まさか、あのような下賤な者の言葉を本当に信じている訳ではないだろうが……」
フォルトナ=フィートランド連合王国のことを思いっきり軽んじる(実際はダイアモンド帝国を秒で粉砕できる圧倒的戦力を揃えた超軍事国家である。更に、フォルトナ=フィートランド連合王国の辺境伯と宮中伯を兼任する貴族の令嬢を名乗る令嬢の正体は多種族同盟の議長にも指名されるほどの超有力者で、自身も二つの国を支配する王なのだが、サファルスがそのようなことを知る筈も無く……)サファルスの物言いに、エメラルダが澄まし顔でツッコミを入れる。
「ちょっと……不敬じゃないかしら? サファルス。いくら貴方が四大公爵家の人間であっても皇女殿下を貶すようなことを口にするべきではないのではなくって?」
「そうか? 君だって姫殿下は民衆に馴れ馴れしくし過ぎだと悪口を言っていたのではないか?」
「私のは正当な批判で貴方のは誹謗中傷よ。一緒にしないで頂けるかしら? 私のお茶会を欠席して民草であるメイドの実家に遊びに行くなんて言語道断。貴い血筋に相応しい振る舞いを考えて頂くのは当然のことよ」
「まぁ、君の言うことも分からないではないがね。だが、俺の話にも少しは耳を傾けてくれよ。このままではミレーユ姫殿下は確実に負けるよ」
「あら、やっぱり不敬だわ。我が国の姫殿下が小国の公爵令嬢なんかに負けるとお思い?」
「オルレアンを小国呼ばわりとは君だって随分不敬だと思うけどねぇ。……いいかい、エメラルダ君。ミレーユ姫殿下ははっきり言ってやり方が下手過ぎる。本来はもっと静かに、目立たぬように裏工作をすべきなんだが、ミレーユ姫殿下は教室で騒ぎを起こし、派手に敵対派閥を作り出してしまった。気づいたら勝ってたぐらいで丁度いいというのに駆け引きが下手過ぎるんだよ」
姑息な笑みを浮かべながら自らの考えを開示するサファルス。奇しくも彼の姑息な考えは、あの騒ぎの渦中にあったミレーユの思考と奇跡的に一致したのである。……まあ、それはつまりサファルスが莫迦にするミレーユとサファルスの思考は同レベルということであり……これ以上はサファルスの名誉のために閉口するとしよう。
「それに、だ! エメラルダ君! 君はミレーユ姫殿下の生徒会公約を見たかい!?」
「まだ見てませんわ」
「ならばこれを見給え……エメラルダ君、君はどう思う?」
「あら、素晴らしい選挙公約じゃない。これのどこが悪いのかしら?」
「まさか、エメラルダ君はこの全てを本気で実行できると思っているのか? セントピュセル学院と雖も生徒会で動かせる財源には限りがある筈だ。このような夢物語の生徒会公約など実現できる筈がない! この選挙で実現のできない嘘の公約など許されるものではない。況してや、あの女神の降臨が起こった選挙だぞ! どんな禍が起こるのか!? ダイアモンド帝国に禍が降り注ぐ可能性も!?」
「……あらあら? サファルスってそんなに信心深かったかしら?」
「とにかく、今回の選挙は色々とおかしい。学院を追放されたラングドン教授とグラリオーサの小娘、あの二人がミレーユ姫殿下は大いに困惑させ、破滅へと導こうとしているのだけは間違いない! まぁ仕方ない。ここはこの俺が直々に姫殿下を正しい道に戻す手伝いをしてやろう! その代わりといってはなんだが、生徒会長の座に就いた暁にはこの俺を副会長に推薦してくださるように掛け合ってみるとしよう。ちなみに君はどうするつもりかな? エメラルダ君。グリーンダイアモンド家の意向はどうなっているのか、聞けるものなら聞いておきたいのだが……」
「興味ないですわ。生徒会なんて。まぁ、ミレーユ姫殿下がどうしてもと仰るならやってあげないこともないけれど。しかし、父様もだけど随分と役職に拘るものね、殿方というものは。私にはとても理解できないわ。まぁ、精々頑張りなさい。別に手助けはしないけど邪魔もしないから」
「そうかい。それじゃお言葉に甘えようかな」
こうして策謀家を気取る二人は意味深な笑みを浮かべて笑い合う。
本物の策略家の思惑など分かる筈もないサファルスはその後、一欠片の正義感と大きな欲望を抱えてミレーユに会いに行くことにした。
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それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
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