Act.9-290 ペドレリーア大陸・ラスパーツィ大陸臨時班派遣再始動〜暗雲立罩める生徒会選挙と四大大公家〜(4) scene.1
<三人称全知視点>
生徒会選挙の開幕を飾る行事は、大聖堂で行われる開会宣言ミサである。
立候補者の紹介に宗教を取り入れたような行事であり、学院の大聖堂に全校生徒を集めて行われる一大式典は極めて厳格で格式高いものとなっている。
生徒会選挙というセントピュセル学院においては神聖な儀式と認識されている行事を執り行うために、候補者は聖衣と呼ばれる清らかな服を纏うことになる。
純白の生地で作った薄いベールに純白のワンピースと衣装も比較的地味な服装に固定され、髪にはアクセサリーは勿論のこと簡単な髪留めすらも付けることが許されない。
その上、座る位置も司式をする司祭の真ん前――全校生徒と向かい合う位置となれば、流石に皇女であるミレーユもなかなかのプレッシャーを感じてしまう。
それに加え、この場には他にもいくつかプレッシャー要因があった。
一つ目は――。
「おっ、儀式に間に合ったみてぇだな!」
「いいタイミングに到着できたみたいだぜ!」
「……ラインヴェルド陛下、オルパタータダ陛下……なんでここにいやがるんだ?」
圓が淑女の仮面を振りかぶって投げ捨て、ジト目を向ける中、厳粛な雰囲気をぶち壊しにして現れたのはラインヴェルドとオルパタータダの二人だった。
ダイアモンド帝国に比肩――或いは凌駕する大国のタチの悪い国王達の登場に、ミレーユの表情も強張る。
「厳粛な儀式ですからねぇ、大人しくしましょうねぇ」
「――いきなり特大の霸気ぶつけてくるとか怖ぇんだけど!!」
「……陛下達も私達もオルレアン神教会の信徒じゃないですけど、だからといって他宗教の儀式を蔑ろにするような真似はするべきじゃないと思うのですわ。互いに譲歩の心を持ち、相手の信教を認め合うことができれば、この世から宗教戦争は消えて無くなります。……まあ、実際にそんなことは無理ですけどねぇ」
「まあ、そりゃ、同じ神崇めているのに本地だ垂迹だって宗教論争が勃発するんだから、互いに譲歩の心を持ち、相手の信教を認め合うことなんて到底無理だよなぁ。況してや、唯一神を崇める宗教となれば……レイティア最高司教には本当に頭が上がんないぜ」
「……というか、本当に何しに来たんですか? とりあえず、儀式の間は静かにしていてください」
分厚い神聖典のような書物を抱え、ミレーユ達とは対照的な黒いドレスを纏ったエイリーンがラインヴェルドとオルパタータダにジト目を向けた。更にその隣にはトーマスの姿もある。
ラインヴェルド、オルパタータダ、トーマスという大物が集結し、彼ら三人と相対するミレーユに掛かるプレッシャーは並大抵のものではない。
それに加えて――。
「なんだか久しぶりね。ミレーユさん」
リズフィーナの柔らかな笑みの中にある明らかな敵意を感じ取り、ミレーユはぎこちない笑みを浮かべた。
あの日、ミラーナのことをお願いに行って以来、リズフィーナとは顔を合わせていなかった。呼び出しを受ければ致し方ないと思っていたものの、そうでなければできるだけリズフィーナに会わずに済ませたいというのが本音であった。
ミレーユのその切なる願いは今日に至るまで叶えられ続けてきたのだが……流石にこれから一時間近くリズフィーナと隣り合って座っていなければならないと思うと、ミレーユの背筋がゾクゾクっと冷たくなる。
「私はね、ミレーユさん。最初、本当に残念だと思っていたの。貴女には私の下で生徒会の仕事をしてもらい、そこで経験を積んで、ゆくゆくは次の生徒会長に……って思っていたの」
少しだけ悲しげに俯くリズフィーナの独白を聞き、ミレーユは少しだけ申し訳ない気持ちになってしまう。
「でもね、今はとても楽しみでもあるの。ラングドン先生や圓さんが仰っていた私に足りないもの――ミレーユさんもそれに気づいて選挙戦に立候補してくれたんじゃないかしら? 今の私にそれが何なのか分からないのだけど、きっとそれが何かを知るために今回の選挙でミレーユさんと戦わないといけないんじゃないかと思っているの。この戦いが終わった時、私はミレーユさんの期待するようにその答えに到達できればいいのだけど」
その表情に浮かぶのは不安――生徒の模範のようなリズフィーナの欠点を見つけるというのはなかなかの難題だ。
そして、それは恐らくリズフィーナ自身が気づいていない――無意識下にあるものである。その気づきが得られるかどうか、圓もトーマスもリズフィーナがこの選挙で気づくことができると確信しているようだったが、未来を知らないリズフィーナにとっては不安しかない。
「この選挙、私の方が圧倒的に有利な筈よ。でも、圓さんはこの選挙に勝てると本気で思っているようだった。私に勝てるというその秘策がどのようなものなのか、私、とても楽しみにしているの。ミレーユさんがどんな選挙公約を出すのか、とっても楽しみよ」
そのリズフィーナの言葉を聞いて、ゆっくりと血の気が引くミレーユだったが……その恐怖心を途中で踏ん張って耐え切ったミレーユは口を開いた。
かつての世界線では実現しなかった、リズフィーナへの返答――それが、圓、アモン、リオンナハト、フィリイス、マリア、ライネ――多くの仲間達の存在に支えられたミレーユに勇気を与えたのだ。
「わたくし一人なら勝てないかもしれないと諦めていたかもしれませんわ。ですが、私には圓様を筆頭に力を貸してくれる仲間がいます。一人では勝てなくても、みんなの力を借りて束ねればリズフィーナ様にも勝てるとわたくしは信じていますわ」
そのミレーユの姿はリズフィーナにとっては眩しいものだった。
沢山の仲間に囲まれたミレーユと孤独な強者であるリズフィーナの姿は対照的は実に対照的で、その眩しいミレーユの姿がリズフィーナの心を抉る。
「ああ、私もミレーユさんの側にいて、共に戦えたら」……などと思ってしまう。
その芽生えた気持ちを振り払い、リズフィーナはミレーユと共に儀式に臨んだ。
◆
やがて式が始まった。
神聖典が読み上げられ、聖堂の蝋燭に火が灯される。それから起立して聖歌を皆で歌い、祈りの文章が読み上げられ――そうした儀式を全校生徒の視線を受けながらこなしていかなければならず、注目の的になっているミレーユの表情はあまり芳しいものではない。
「ミレーユ姫殿下はリズフィーナ様に挑むという前代未聞の行いをしたのですから、身の程知らずと思われる者も少なくはないでしょう。まあでも、そういう人達ばかりではないというのも事実。全身白の衣装は見方によっては花嫁衣裳のようでもありますし、年頃の女子の着る花嫁衣装というのは、それだけで神秘的かつ美しい、何とも言えない魅力を放つものですからねぇ。それに、ライネさんの尽力で磨き上げられたミレーユ姫殿下の魅力に、更にベールによる補正が掛かるのですから、リズフィーナ様には届かずとも高い注目度を誇るのは当然です。それに、リズフィーナ様が聖衣をお召しになる機会は少ないですが、ミレーユ姫殿下は滅多に着ませんから、珍しさという補正も掛かります。……まあ、だからなんだって話なのですけどねぇ」
「全くだ。重要なのは見た目ではなく中身――学院をより良いものにできる人材であるかどうかに掛かっている。それを見極めるのが有権者の役割だ」
「今回の選挙、もし一つのテーマがあるとすれば孤高の個人力か、仲間の力か……ということになるでしょうねぇ。方や、一人でなんでもやってしまい、誰かを頼るということを本当の意味ではできないリズフィーナ様。方や、今まで築いてきた絆を使って実績も人望もある――まさに最強の敵であるリズフィーナ様に挑もうとするミレーユ姫殿下。この構図こそ、リズフィーナ様にとって最も足りないものが何かを示していると思うのですが……まあ、過去のトラウマもありますし、リズフィーナ様が本当の意味で誰かを信頼して力を借りようとするのは難しいことなのかもしれませんねぇ」
人々から崇め奉られるリズフィーナに友人は友達がいなかった。
それを特段寂しがることは無かったが、自分が特別扱いされるのは何故だろうと疑問を持っていた。
自分はオルレアン教国唯一の「聖女」だから特別扱いされるのは当然なのかもしれない。しかし、それは他の人にも言えることではないのだろうか?
神聖典を読み解いていけば、「全ての人は神から個別に設計されてそれぞれが違う特別な形を帯びている唯一の存在」という思想に行き当たる。リズフィーナはこの神聖典と現実の違いに悩み、当時、リズフィーナの専属家庭教師を学院の教員と兼任していたトーマスに質問をしたこともあった。
そんなある時、彼女の前にとある大貴族の令嬢が現れた。
その貴族令嬢はリズフィーナに友達になりたいと提案し、リズフィーナはやっと自分を特別扱いしない、普通の友達になってくれる相手に出会えたと喜んだ……が、彼女は決してリズフィーナの思っていたような人物では無かった。
ある日、その貴族令嬢が従者を棒で殴っているところを目撃してしまった。
結局、その貴族令嬢は「神に選ばれて寵愛を受けている選ばれし存在である」と思い上がっているだけだったのだ。
神を信じて敬い、その寵愛を受けた信徒の共同体を一つの家族のようなものだと考え、貴族や平民、奴隷などは全て役割の違いに過ぎないと考えているリズフィーナにとって、その貴族令嬢のことは当然受け入れられる筈もなく、リズフィーナは再び孤独になってしまったのである。
「……リズフィーナの元友人のことか。確かにあれはリズフィーナの心を深く傷つけるものになった。……まあ、それ以前にリズフィーナの持つあの行き過ぎた潔癖な性格と正義感を改善しないことにはどうしようもない訳だが。……自分の正義、正しいと思っているものだけで判断せず、様々な視点から多角的に物事を見て裁定を下すのが為政者の仕事だ。ただ一方だけの話を聞いて判断することも、自分の常識に当て嵌めただけで判断することも正しい行いではない。リズフィーナもリオンナハトも為政者としてはまだまだ未熟ということだな」
「私は別に未熟者のままでいいと思うのですよ。それだけ成長の余地がある訳ですからねぇ。……独裁政治は決して悪いだけのものじゃないと私は思うのです。民主主義なら会議で何日も掛けて決めることを即断即決で動けるのですから、仕事は早い。しかし、どんな有能な指導者も耄碌する……そうなると誤った道に進む可能性が大きくなります。例え未熟者であっても、誤った道を選ぼうとした時にしっかり止めてくれる仲間が、友人がいる――それがとても大切なことなのだと私は思います」
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それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
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