Act.9-282 ペドレリーア大陸・ラスパーツィ大陸臨時班派遣再始動〜暗雲立罩める生徒会選挙と四大大公家〜(3) scene.5
<三人称全知視点>
臆する様子の全くないマリア。
決して折れる折れることのない頑なで真っすぐな意思を感じ取り、ミレーユは不意に前時間軸のことを思い出した。
――そういえば、この人って、革命軍の聖女でしたわね。
弱体化していたとはいえ、あのダイアモンド帝国という強大な権威に真っ向から喧嘩しようと考える輩である。
……まあ、遅かれ早かれ対抗候補として真っ向からリズフィーナ様と対峙することになるのですから、もう色々と気持ちを切り替えて諦めて腹を括るしかないのかもしれませんわね。
圓は「まずは、ほんの僅かな人数でも確実に信頼に足る味方を集める必要があります」と言っていた。
決してそれが何者か口にはしなかったし、ミレーユはそれがフィリィスのことなのではないかと思っていたが……もしかしたら、圓はこの状況を想定していたのかもしれない。
「そこまで言うのであれば、よろ……」
「……しくお願いしますわね」と続けようとしたミレーユだったが、その言葉を遮るようにマリアの後ろから数人、ミレーユの元へと歩み寄ってくる者の姿があった。
「ミレーユ姫殿下」
「あら、あなた達は……」
男子二人に女子二人という面々――それはかつてダンスパーティーでマリアの監禁を術者に実行させた帝国貴族子女達だった。
何故彼らが……と疑問に思っていると、その前に男子生徒が膝をついた。
「ミレーユ姫殿下、サヴォワード男爵家のウォロスです。あの時の御恩をお返し致したく参上しました。我々も姫殿下を支持致します」
それに続いて、他の三人も同じように恭しく、ミレーユの前で膝をつく。
全く状況を理解できずミレーユが内心あたふたしていることに気づかないウォロス達はそのまま話を続けた。
「退学させられるところだった私達を、姫殿下は庇ってくださいました。あの日以来、勉学に励み、様々な奉仕活動に身を粉にしてきました。それも全て今日、この時のため……。私達が勝ち得た信頼を、ミレーユ姫殿下のために用いることができるのであれば、これ以上の喜びはありません」
それから四人はマリアにそれぞれ頭を下げる。
「あの時はごめんなさい。マリアさん」
「我々を許してもらえるだろうか?」
その謝罪を受け、マリアは優しい笑みを浮かべる。
「過ちは誰にでもあるものですから。もう、気にしてません。それにミレーユ様のもとに馳せ参じ、共に戦う仲間じゃないですか」
全てを受け入れ、呑み込んで、なお笑みを浮かべられるそのメンタリティ。
ミレーユはマリアの中に確かに聖女の慈愛を見た気がした。
「ああ……ありがとう。君の寛容さに応えるためにも、誠心誠意、ミレーユ姫殿下を応援させてもらうよ」
ミレーユを中心にして素晴らしい友情のワンシーンが展開されていく。
更にこうなるとミレーユの取り巻き達も黙っていられない。
そもそもが普段からミレーユを慕い、共にあることを望んだ者達である。
前回の時間軸とは異なり、最低条件として『ライネが専属メイドをやっていることになにも言わないこと』というのが定められている。それを許容できる者という簡単なようで実はかなり難しい条件をクリアできた頭がそれなりに柔軟で、それ以上にミレーユと一緒にいたいという相応の気持ちを持っている一握りの精鋭達なのだ。
相手がリズフィーナでなければミレーユと距離を取ったりはしなかっただろう。
「ミレーユ様、もちろん、私たちも応援します」
次々と仲間が増えていき、ほんの少しだけ寂しさが紛れたミレーユだった。
◆
「なるほどねぇ……マリアさんを皮切りに、かつてマリアさんを監禁した貴族子女達とミレーユ姫殿下の取り巻き……おっと、友人達。それから、ミレーユ姫殿下に多くの支持者が集まってくる姿をまるで保護者のように見ていたフィリィスさんが合流……まあ、随分と味方が増えたねぇ」
「フィリィスってそんなことしていたんですの!? というか、やっぱり想定内でしたのね」
「うん、まあ、そりゃねぇ。……さて、ボクに声を掛けてきたってことはとりあえず第一稿は完成したんだねぇ」
「えっ……えぇ。残念ながら、わたくしにはこれが限界でしたわ」
フィリィスのアドバイスを参考に、植物紙に書き出した内容は次の通りだ。
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一、食堂のおやつを増やす。
二、紅茶に入れるジャムの充実。
三、入浴施設の拡張(蒸し風呂などに興味あり)。
四、冬のキノコ鍋パーティー。
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ミレーユの欲望純度百パーセントの一見、紙の無駄遣いに思える四つの公約候補に一通り目を通し……。
「……さて、とりあえずミレーユ姫殿下の用意した第一稿は横に置いておこうか?」
そう言って、机の隅に紙に置いた。
流石にさらりと目を通しただけで全部却下されてしまうのはあんまりではないか……と、授業の合間を縫って必死に考えた紙の無駄遣い……ゲフンゲフン……ミレーユの思考の結晶に悲哀に満ちた視線を向ける。
そんなミレーユをガン無視して、エイリーン――圓は一枚の資料を見せた。
「これはそう遠くない未来にミレーユ姫殿下も知ることになるものだから先出しさせてもらうよ。これが何かって見れば分かると思うけど、リズフィーナ様の公約の内容を簡単に纏めたものだよ。具体的には古くなっていた学校施設の大胆な改修と、不要な行事を廃止と新たな行事を計画――この二柱で構築されているよ」
ミレーユは必死で書き出したミレーユの思考の結晶に一瞬だけ視線を動かし――。
「こ、こんなの絶対に勝てませんわ!!」
「まあ、今のままなら勝つなんて不可能だよねぇ」
「わ、笑い事じゃありませんわ!!」
「さて、話を進めていこう。選挙公約には大きく二つのパターンがある。堅実なものか革新的なものか、この二つだ。……まあ、保守か革新かと言い換えてもいいかもしれない。と言いつつ、実際はそこまで極端に分けることはできず、グラデーションになるんだけどねぇ。今回、リズフィーナ様が出すと思われる選挙公約はやや革新寄りな面があるものの基本的には保守的である。そりゃ、相手は現職でこれまでの実績があるリズフィーナ様だからねぇ。一方、ミレーユ姫殿下の方は政治手腕が未知数、実績ゼロだ。よほど画期的な、生徒達の心を掴むような公約を打ち出す必要がある。まあ、真っ当な公約ではまず太刀打ちできない。今、ミレーユ姫殿下がボクに見せてくれた選挙公約は決して的外れなものじゃないんだ。実は方針としては良い線をいっている」
まさか、自分の考えた選挙公約が褒められると思っていなかったミレーユは圓の称賛の言葉を聞き、一瞬だけポカーンとしてしまったが、すぐに「わたくし、褒められましたわ!」と有頂天になる。
「まあ、それを突き詰めていった先にあるのは……そうだねぇ、例えば大貴族を優遇する公約とかになる」
「なっ、それはちょっとまずいんじゃありませんの!?」
「現在のオルレアン学院の状況、生徒会の動かせる予算と労力、それらの制約の中にあってできることというのは限られてくる。その中で差別化できることは優先順位くらいだ。そして、リズフィーナは現職の生徒会長――当然、何ができて何ができないかは完璧に熟知している。向こうは今打てる最善手を打ってくるから、まあ、真っ当に戦えば絶対に勝てない相手なんだ。じゃあ、どうすればいいか……それが極端な選挙公約ということになる。一部のものを優遇する選挙公約……まあ、悪の選挙公約とでも言おうか? そういうものを出さなければ勝利はできない」
「……そ、それってつまり勝ち目はないんじゃ」
「そうだねぇ。オルレアン学院の中で戦えばリズフィーナ様に勝つことは不可能だ。オルレアン学院の抱えるリソースが二十だとしたら、その二十のリソースを把握し、ほぼ完璧に使えるのがリズフィーナ様。悪の選挙公約に頼らない真っ当な方法で戦う場合は差別化ができず、どうしてもリズフィーナ様に軍配が上がる。じゃあ、もしこちらが使えるリソースが三十なら? 四十なら? 五十なら? ……百なら?」
「例え、十のリソース? を取りこぼしても、四十あるなら三十残ることになりますわよね? リズフィーナ様が……そうですわね、二十は流石に無理だとしても十九くらいはあったと仮定しても……よ、余裕で勝ててしまいますわ」
なるほど、確かにスタート地点がリズフィーナと違えばミレーユがいくらポンコツだったとしても勝利することはできる。
しかし、問題はその足りないリソースをどこから持ってくるかという点だ。
「まあ、色々と気になると思うけど話を少し戻させてもらうよ。今回、ボクが考えているのは保守と革新の両方を選挙公約に取り入れるというものだ。保守はリズフィーナ様と同じく、学校施設の改修と新たな行事を計画。革新の方にはミレーユ姫殿下の提案を採用するのが良いんじゃないかと思う。入浴施設の拡張……は、学校施設の改修に含まれるから革新案からは除外して、『食堂のおやつを増やす』と『紅茶に入れるジャムの充実』は食堂のメニューの拡充に統一、冬のキノコ鍋パーティーはそのまま公約に入れちゃおうか? 別に生徒会長の我儘の一つや二つ、公約に入れたって許されるでしょう? 学校施設の改修に関しては後でミレーユ姫殿下に姫殿下のサポートメンバーを集めてもらって意見を聞かせてもらい、それを元に調整するって方針でいいかな? それと、新たな行事の計画については考えてきたよ」
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◆新たな行事の計画
→毎年開催されている剣術大会を拡大し、総合武術大会を開催。剣士の部の他に無手の部、馬上競技の部など。
→新たな行事として文化芸術祭を開催。毎年、各地の芸術家(画家や音楽家などその道のプロ)を招いて芸術を鑑賞する他、志望した生徒も企画を行うことができる。
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ミレーユの「学食スウィーツ増産計画」など児戯にも等しいと思えるほど完璧な行事計画がそこにはあった。
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それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
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