Act.9-281 ペドレリーア大陸・ラスパーツィ大陸臨時班派遣再始動〜暗雲立罩める生徒会選挙と四大大公家〜(3) scene.4
<三人称全知視点>
立候補した翌日の朝、寮の食堂に入ったミレーユは前日とは違う空気を敏感に嗅ぎ取っていた。
挨拶をしても一瞬気まずそうに目をそらして、小さく「おはようございます」と囁くクラスメイトの女子生徒。そして、何故かコクリコクリと船を漕いでいるエイリーンと、風邪を引かないようにと毛布を掛けて温かい視線を向けているエルシー。
「ふぁぁぁ……おはようございます」
「まだ朝ですわよね? もう寝落ちしていて大丈夫なのかしら?」
「お姉様は昨晩から東奔西走して生徒会選挙に向けた下準備……というか、必要な根回しをしていました。普段に比べて仕事量も多かったのですから、眠くなるのも当然のことですわ。……エイリーンお姉様、もう寝ていなくて大丈夫なのですか?」
「ちょっと寝たから大丈夫だよ。あっ、そうそう、ディオン様との修行も無事に始めることができました。流石は帝国最強の騎士、すぐに教えたことを会得してくれるので助かっていますよ。あの感じだと早々に修行を終えられそうですね。ミレーユ姫殿下の修行もあと数回で終わりですから、そろそろ自分の修行に戻れそうですね。そっちはそっちでやることが山積みで……日数もあんまりないですし、ある程度は形にしておきたいんですけどねぇ。後、ルードヴァッハ様への資料複製の提出も無事終わりましたわ」
「……それが寝不足の原因なんじゃないかしら? お願いしたの、確か昨日だった筈ですわよね?」
「今からそんなにオーバーワークして大丈夫なのかしら?」という気持ちを込めてエイリーンに視線を向けると、エルシーに視線だけで射殺してしまいそうな鋭い眼光を向けられてしまった。
慌ててエイリーンとエルシーから視線を逸らす。触らぬ神に祟りなし、小心者のミレーユは地雷と分かっているところに踏み込んではいかないのだ。
「ルードヴァッハへの資料複製の配送、ありがとうございましたわ。……ところで、必要な根回しって一体何をしていたのかしら?」
「ちょっとビオラ商会合同会社の大幹部三人と打ち合わせをしてきたのですよ。……今回の選挙、正直正攻法でのリズフィーナ様撃破は不可能です。この選挙は皆様のお考えの通り負けイベントですからねぇ。なので、ちょっと色々と小狡い手を場合によっては使っていこうと思いまして」
「小狡い手ですの?」
「あっ、語弊のないように補足しておきますと、別に賄賂を使って支持者の囲い込みをするとか、そういうのではありませんよ。選挙そのものは至って真面目に、真っ当に挑まなければなりません。なので、小狡い手はまた別の場面で使います。そうですねぇ……とりあえず、今後やらないといけないことを明確にしておきましょう。既に聡明なミレーユ姫殿下ならご承知のことと思いますが、ミレーユ姫殿下がこれからやらないといけないのは四つ。支持者集め、選挙公約の立案、生徒会長選挙公開討論の準備、最終演説の原稿の執筆です」
「あら? 生徒会長選挙公開討論なんてものあったかしら?」
「昨日の夕刻にリズフィーナ様に直談判し、合意を頂きましたわ」
「……本当に恐れ知らずですわね」
あの恐ろしいリズフィーナに正面から渡り合える圓の鋼のメンタルはどこに売っているのかしら? と内心溜息を吐くミレーユであった。
「とりあえず、ミレーユ姫殿下には選挙公約の第一稿の執筆と私以外の支援者集め――この二つをまずは頑張って頂くことになると思います。ミレーユ姫殿下の方が身をもって知っていると思いますが、相手は人望も実績もあるリズフィーナ様です。今回の選挙、普通に戦えばリズフィーナ様に投票する者が大多数となるでしょう。買収・供応等はもっての外、無理に味方を増やそうとするのは悪手です。まずは、ほんの僅かな人数でも確実に信頼に足る味方を集める必要があります。リズフィーナ様の鉄壁の牙城を打ち砕くのは、選挙公約と生徒会長選挙公開討論、最終演説で行うべきです。まあ、お互い知恵を出し合えば勝機も出てくるかもしれませんし、お互いまずは選挙公約を練りましょうか?」
全てが敵に回ってしまったような……前の時間軸、革命前に戻ってしまったような扱いの中で心細い気持ちになるミレーユとは対照的に絶望的な環境に置かれているエイリーンはとても楽しそうだった。
全く気負った様子もなく、余裕綽々な態度を取っている――つまり、何かしらの秘策が圓にはあるのだろう。
「……何か策があるのですわよね?」
「まあ、そうですね。その話はまたステップが進んでからにしましょう。……ですが、そこまで気になるのでしたらちょっとだけ。この選挙の舞台は学院です。ですが、私は思うのです。戦場は学院都市セントピュセルだけに限らなくても良いのではないかと」
思わず背筋がゾクっとしてしまう令嬢がしてはいけない腹黒が溢れ出した笑顔を浮かべる圓の姿に、言っていることはさっぱり分からないがとにかく敵に回すことだけは絶対にしてはいけない相手であることを改めて実感したミレーユだった。
◆
好き好んで楯突きたいとは思わない大陸最高の権威。
そこに真っ向から勝負を挑むミレーユとエイリーンの姿は奇異なものとして学院の者達に映った。
流石に露骨に嫌がらせを受けるようなことはないが、ミレーユに対する風当たりは強くなっていた。
更にミレーユがリオンナハトとアモンに会いに行っていたということも不要な憶測を生む原因になっていた。リズフィーナに勝つためにミレーユが多数派工作を行っていたという、不穏な噂を陰で囁く者までいる始末。
そんな状況でよく白昼堂々と眠れる鉄の心臓ミレーユにはない。
リズフィーナと鉢合わせしないように、そそくさと朝食を終え、一度部屋に戻ってから授業の準備をする。
ちなみにライネにはミラーナの教室について行ってもらっている。正直、今ほどライネにそばにいてもらいたいと思ったことはないのだがやむを得ないところであった。
……圓様は確実に信頼に足る味方を集める必要がある、とは言っていましたが、そんな方、本当にいるのかしら? ……そんな方……あっ、一人はおりましたわね。……味方に、なってくれますわよね?
深い深いため息を吐きながら、ミレーユは教室に向かった。
いつもであればミレーユの周りには取り巻きの貴族令嬢達が屯してくるのだが、今日は誰も近づいてこない。まあ、好き好んでリズフィーナと敵対するような真似をする者はいないだろう。
帝国貴族子女達も恐らくミレーユに投票はしてくれるだろうが、確実に表立ってミレーユの味方はしてくれないだろう。
そして、恐らく圓は彼ら帝国貴族子女達にそこまで重きを置いていない。彼らを味方についたとしてもリズフィーナの圧倒的な優勢を覆す力にはならないからだ。……まあ、とはいえ不必要な票という訳でもないのだが。
恐らく圓にはこの圧倒的な逆境をひっくり返せるだけの秘策がある。そして、そのヒントは戦場を学院に限定しないこと……つまり。
「やっぱり分かりませんわ」
気を紛らわせるように考え事をしていたミレーユだったが、考えても考えても圓の策略の正体はその輪郭すら捉えることができず、やがて考え過ぎで頭がぼうっとしてきた。
唯一味方になってくれそうなフィリィスの姿も教室にはいない。
……そういえば、割と朝はのんびりしてましたわね、フィリィス。
心細い気持ちになりながらやることがないからと授業の準備など始めるミレーユ。実にらしくない。
やがて、授業の準備が終わると完全に手持ち無沙汰になったので圓から出されていたもう一つの課題――選挙公約の第一稿の執筆に移るが、筆は一向に進まない。
――とりあえず、大事なのは帝国貴族の票をきちんと確実に固めておくですわね。確か帝国四大公爵家の方々も学院に……って、そういえば、その中に『這い寄る混沌の蛇』に与する者がいるんでしたわね!? もしかして、かなりまずい状況なのじゃないかしら!!
票を取り纏める四大公爵家の中に裏切り者がいるという可能性が浮上していたことを思い出し、ミレーユは背筋がゾクっとしてペンを落としてしまった。
ミレーユの表情が絶望に染まろうとしていた、その時――。
「ミレーユ様!」
ミレーユに歩み寄ってきた者がいた。
強い意志の輝きを宿した瞳、凛々しく纏めた朝日に輝くポニーテール。
かつて、別の世界線でミレーユに剣を向けた英雄少女が眩い光を背負ってミレーユの目の前に現れた。
「あら、マリアさん、どうなさいましたの?」
ミレーユは驚愕しつつも、何とか答える。今のミレーユに最初に声を掛けてくれるのはフィリィスだと思っていた。
予想外の状況に呆気に取られるミレーユに、マリアは決意の篭った視線を向けた。
そのマリアの姿に、かつてミレーユに真っ向から対峙した英雄少女マリアの姿が重なる。
「お話はリオンナハト王子とアモン王子から聞きました。ミレーユ様、私はミレーユ様を応援します」
「へ……?」
「今度の生徒会選挙、ミレーユ様のお手伝いをさせてください」
「ちょっ、まっ!」
既にリズフィーナとの直接対決は覚悟していたミレーユだが、それでも選挙当日までは目立たないように動きたいと思っていた。
リズフィーナとの接触も徹底的に避け、自分に向くヘイトも徹底的に削減するようにひっそりと行動してきた……まあ、効果はほとんど無かったのだが。
この生徒会選挙をできるだけ目立たずに(まあ、そんなこと無理なのだが)乗り切りたいと思っているミレーユにとって、マリアの打った手は最悪手だった。
教室内を見回すと、皆の視線がズキズキと突き刺さる。
「あ、あなた、ご自分が何を言っているか、分かっててますの?」
これ以上騒ぎを大きくするな、とアイコンタクトを送り、マリアがそれに小さく首肯する。
ようやく分かってくれたと安堵の溜息を零すミレーユだったが……。
「はい、ちゃんと分かってます。その上で言ってます」
マリアはミレーユの真意をすっかり勘違いしてしまったようだ。
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