Act.9-280 ペドレリーア大陸・ラスパーツィ大陸臨時班派遣再始動〜暗雲立罩める生徒会選挙と四大大公家〜(3) scene.3
<三人称全知視点>
――正式な手順を経て選ばれるのであれば、その結果としてリズフィーナを蹴落としたとしても致し方ないとまで考えているのだろうか?
現在の生徒会長選挙の在り方に疑問を持っているトーマスや圓は寧ろ、リズフィーナを蹴落として新たな生徒会長を建てるべきだと考えているのだろう。
食堂で起きた騒動に関する情報はそこに居合わせなかったカラックの耳には僅かにしか届いていなかったが、その場でトーマスは圓とミレーユを組ませ、リズフィーナを生徒会長の座から転落させることを提案していたようだ。
「大切なことが何も理解できていないリズフィーナに敗北を味わせることで、大切なことが何かを気づかせてやって欲しい」と願い、圓とミレーユのタッグを組むことを提案したトーマスも、シナリオの内容を知る圓もミレーユが負けるとは微塵も思っていない様子だった。
寧ろ、ミレーユの勝利よりももう数段ステージの違う話をしていたように得られた僅かな情報からは推測できる。
……しかし、それなら何故ミレーユ姫ご自身が立候補しないのだ?
抱いて当然なカラックの疑問はすぐに解消されることとなる。
「大丈夫ですわ、リオンナハト。あなたならばきっとその重責をこなすことができますわ」
ミレーユはまるでリオンナハトを励ますようににっこり優しい笑みを浮かべて言った。
◆
無駄に終わる努力をソフィスが優しい微笑で見守る中、男心を知り尽くした(とミレーユは思い込んでいる)恋愛軍師ライネ直伝の手練手管を駆使して全力のお立てを、ヨイショを仕掛けるミレーユだったが……。
「すまないが、ミレーユ。その話を受けることはできない」
その言葉がミレーユの努力を全て水泡に帰してしまった。
真面目腐った顔でミレーユの提案を拒否するリオンナハトにミレーユは一瞬思考が完全に停止してしまうが……。
「えっ……いや、ちょ……」
「悪いがミレーユ、君の狙いは分かっている」
挽回を図ろうと必死に言葉を選ぶミレーユにリオンナハトが更なる追い討ちを掛けてきた。
その言葉でミレーユは自分が厄介ごとを押し付けようとしていることがバレてしまったのではないかと嫌な予感を抱き、ミレーユ背筋に冷や汗が浮かび上がる。
「プレゲトーン王国でのことの挽回をさせようというつもりだろう?」
「はぇ……?」
とりあえず、最悪の事態は回避できたと胸を撫で下ろしながらも、「この人何を言っているんだろう?」と首を傾げるミレーユ。
そんな態度に気づいていないリオンナハトは話を続ける。
「生徒会選挙をしっかりと成立させることの意義を分からせた上で、リズフィーナ様の対抗候補という大役を俺に務めさせ、それをもって名誉挽回の機会にしろという意図なのだろう? だが、俺にも意地というものがあるんだ。流石に名誉挽回の機会まで用意されては流石に立つ瀬が無さすぎる」
そう言い残し、颯爽と去っていたリオンナハトをミレーユはぽかーんとした表情で見送った。
「折角のミレーユ姫殿下のご厚意を無に帰すとは、瑣末なプライドのために随分と悪手を打ちましたね」
「仕方ないさ。男っていう生き物はその瑣末なプライドに拘ってしまうものなんだよ。それも、彼は誇り高きライズムーン王国の王子だからね。でも、ミレーユの思いやりの気持ちはしっかり伝わったと思うよ」
「さて、ミレーユ姫殿下。無駄な悪足掻きの時間はおしまいです」
にっこりと微笑を浮かべるエルシーが少しずつミレーユと距離を詰めてくる。
「この生徒会選挙において、誰よりもリズフィーナ様の対抗馬として出場することの重要性を理解しておられるのはミレーユ姫殿下ではありませんか? それに、ラングドン教授からの依頼もあります。ライズムーン王国の誇り高き王子が参戦しないのであれば、最早可能性があるのはミレーユ姫殿下しかおりません」
「ミレーユ。もしも君が立候補するというのなら、ボクは全力で君を応援しよう。リズフィーナ様に対抗して立候補をするなら、きっと全校生徒から奇異の目で見られることだろうが、少なくともボクは最後まで君の味方だ」
ミレーユの両手を掴み、真剣な顔で見つめてくるアモンと猛烈なプレッシャーを放ってミレーユを見つめるエルシー。
完全に退路が立たれたミレーユはその場で観念し、その後速やかに圓の元を訪れ、生徒会選挙での共闘を要請した。
◆
「もう既に噂が駆け巡っているねぇ。ダイアモンド帝国の姫とフォルトナ=フィートランド連合王国の伯爵令嬢が手を組んでリズフィーナ様と生徒会選挙で戦おうとしているって。……うーん、辺境伯も宮中伯も厳密には侯爵位と同等なんだけどなぁ?」
「でも、実際は二つの国の君主なのよね。……それで、何故このタイミングで私に会いに来たのかしら? 圓様?」
本当はミレーユに自分の生徒会に入って欲しかった。
その願いを踏み躙る切っ掛けとなったエイリーンの面会となれば、リズフィーナの表情が翳るのも至極当然のことである。
「選挙に入る前にいくつか提案をしておきたくてねぇ。ミレーユ姫殿下がミラーナ様のことをリズフィーナ様に紹介したあの日のことを覚えていますか? あの日、ボクはミレーユ姫殿下に協力する対価を提示した。まあ、それと似たようなものです。リズフィーナ様、一つ賭けをしませんか? 今回の生徒会選挙、もしボクもミレーユ姫殿下が勝った時、リズフィーナ様にボクのお願いを一つ聞いてもらいたい。無論、こういう賭け事はフェアでなければならない。もし、ボクが万一リズフィーナ様に負けることがあれば、ボクはリズフィーナ様の願いを一つだけ叶えるとしよう。これでどうかな?」
「……確かに圓様、貴女は恐ろしい方だわ。多種族同盟において絶対的な権力を有しているのだから。でも、ここはセントピュセル学院――貴女の武器は何一つ通じないわ」
「まあねぇ、寧ろボクがミレーユ姫殿下を味方することがかえって形勢を悪くする可能性もある。……でもさぁ、リズフィーナ様。忘れていない? ボクはねぇ、転生者だ。今世ではラピスラズリ公爵家の力を使わずに成り上がったし、前世に至ってはゼロからのスタートだった。今回だってゼロから始めればいいだけのこと……いや、違うか。ボクには百合薗圓として生きた経験とローザ=ラピスラズリとして生きてきた経験がある。エイリーン=グラリオーサの無さ過ぎる人望を補填できるぐらいの力は持ち合わせているつもりだよ。……というか、ボクに対してそんなに威圧感を向けなくでもらいたいんだけどねぇ。正史において、ミレーユ姫殿下はリズフィーナ様の対抗馬として選挙に出た……その事実は今と大して変わらないでしょう?」
「ミレーユさんにはミレーユさんのやりたいことがあって生徒会選挙に立候補した。それは、この世界でも圓様が正史と呼ぶ世界でも変わらないということなのね」
「まあ、でもあのまま選挙をやったところでミレーユ姫殿下には勝機は皆無だったんだけどねぇ」
それは、ずっとリズフィーナの中にあった疑問だった。
いくらミレーユであってもリズフィーナに生徒会選挙で勝利できる筈がない。
しかし、圓は生徒会長にミレーユが就任することを微塵も疑っていない。
つまり、ミレーユが生徒会長に就任できる何かしらが今回の生徒会選挙では起きたということだ。
「これはミレーユ姫殿下にも既に伝えてあることだ。その結果じゃラングドン教授は納得してくれないからねぇ。……前にも言ったけど、今のリズフィーナ様は肝心なことを理解していない。正史においては、生徒会選挙の終盤でリズフィーナ様はその肝心なことが何かを理解し、自分は生徒会長に相応しくないと身を引き、ミレーユ姫殿下を生徒会長に押し上げるんだ」
「なるほど……そういうことだったのね」
「だからねぇ、ボクはその可能性を排除しに来たんだ。リズフィーナ様、今回の生徒会選挙からの離脱は許さない。……立候補者の立候補取り下げを今回の選挙に限りできないようにしてもらえないかな? それが、二つ目のお願いだ」
「ほ、本気なの!? それが、ミレーユさんの唯一の勝ち筋だって、貴女は言っていたのよ! それなのに――」
「徹底的に勝ち行くって言ったでしょう? 確かに、リズフィーナ様は強敵だ。そもそも、現職は実績があるから有利だし、生徒会長はリズフィーナ様以外あり得ないという固定観念がセントピュセル学院にはある。まあ、その固定観念を、形骸化してしまった生徒会選挙を本来の形に戻すのが目的の一つなんだから当然だよねぇ? 一方、こっちはミレーユ姫殿下はともかく、ボクは何処の馬の骨かも分からないフォルトナ王国の貴族令嬢……どっちが有利かなんて目に見えている」
「それなら――」
「リズフィーナ様、随分とボク達のことを舐めてくれるじゃないか。『帝国の深遠なる叡智姫』とボクの経験の智が合わさればリズフィーナ様を真正面から勝利することも可能であると、物事の浮き沈みを色として視認する超共感覚――盛衰色視はそう言っているんだ」
圧倒的に不利な状況に置かれている筈なのに、圓は微塵も勝利を疑っていなかった。
その鋭い眼光に、瞳に宿る希望の光に、リズフィーナはたじろぐ。
それと同時にそれだけの信頼を寄せられるミレーユのことが羨ましいと思った。
「最後に……三つ目の要望だ。生徒会選挙の投票前に最後の演説があったよねぇ? その前に生徒会長選挙公開討論の場を用意してもらえないかな?」
「公開討論……つまり、私とミレーユさんで討論を行うと?」
「いや、リズフィーナ様には申し訳ないけど、そこではボクもミレーユ姫殿下の陣営として討論に加わらせてもらうよ。いや、ボクだけじゃない、ミレーユ姫殿下を支持するサポーターからも何人か参加してもらおうかな? って思っている。ラングドン教授はボクとミレーユ姫殿下の共闘でリズフィーナ様と戦って欲しいと思っている。流石に最後の演説はミレーユ姫殿下の晴れ舞台だけど、その前まではボク達も全力でフォローさせてもらいたいからさ」
「……分かったわ。三つとも了承するわ」
「ありがとう。それじゃあ、ボクは行くよ。真っ当にやったら絶対勝てないリズフィーナ様に勝つって言っちゃったからねぇ。これから忙しくなるなぁ」
そう言いながらもどこか圓は楽しそうだ。
ミレーユと圓、そしてミレーユを慕う多くのサポーター……多くの仲間に囲まれたミレーユの姿を思い浮かべるとリズフィーナの心は冷たくなる。
圓の去った生徒会長の執務室は少しだけ肌寒かった。まるでリズフィーナの心の中のように。
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それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
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