Act.9-279 ペドレリーア大陸・ラスパーツィ大陸臨時班派遣再始動〜暗雲立罩める生徒会選挙と四大大公家〜(3) scene.2
<三人称全知視点>
前の時間軸で不潔な地下牢での生活という地獄を味わったということもあって、ミレーユに高貴な姫君特有の潔癖症はない。
しかし、だからといって……踏んでしまったことへのショックが全くないという訳ではなく、テンションはダダ下がりになっていた。
とぼとぼと俯きつつミレーユが向かった先は学院の裏手の細道だった。その先にはアモンが剣の素振りをしていた砂浜がある。
目的地はその砂浜だ。
「ああ……相変わらず美しいところですわね」
耳に届くのは微かな波の音。寄せては返す小さな波によってきらきらと輝く白い砂粒が形を変える。
眩いばかりに美しい砂浜――その波打ち際で、二人の王子がそれぞれ剣を構え、一人の女子生徒に切っ先を向けている。
絹のような白髪を風に靡かせながら、ルビーのように美しい双眸を鋭く見開く少女の手には漆黒の剣が二振り。
宛ら鳥が翼を大きく広げるように剣を構えた女子生徒――ソフィスは一瞬の踏み込みと同時にミレーユの動体視力では剣が通り過ぎた後に生じるキラキラとした剣が大気を擦過した際に生じる光を捉えることが精々の神速の斬撃を繰り出し、ソフィスと相対していたリオンナハトとアモンは一撃で致命傷を負ってしまった。
しかし、その傷は瞬時に跡形もなく消え去ってしまう。
見間違いかとミレーユは目を擦るが、何度見てもリオンナハトとアモンがその身に受けた筈の切り傷は影も形もない。
直前まで「この場所をアモンと二人だけの秘密の場所にしたかったのに。……案外アモンも乙女心が分からないんですのね」などと不貞腐れていたミレーユもこの理解不能な状況を前に完全に思考が吹き飛んでしまった。
「おや? ミレーユ姫殿下」
白い砂浜に点々と茶色の足跡がつくのを想像し、それはちょっと嫌だからと裸足になって王子達の方へと向かっていたミレーユを呼び止めたのはカラックだった。
「あら、こんにちは。カラックさん。ご機嫌いかがかしら?」
白く美しい砂浜に映える裸足――そのまま波打ち際まで走っていって無邪気に水掛けに興じるような、どこか無防備で保護欲を刺激されるような魅力を増し加えていたミレーユの姿に一瞬だけ見惚れていたカラックは「ん? どうかしましたの?」と上目遣いに見つめてくる天然小悪魔のミレーユに若干苦笑いを浮かべた。
「今日のソフィス嬢の修行を終えた後、いつものようにリオンナハト殿下とアモン殿下が二人で鍛錬をしようということになったのですが、そこでソフィス嬢から提案を受け、急遽こうして二対一の試合をすることになったのですよ。なんでも圓様から教えて頂いた剣がようやく多少は扱えるようになってきたので、少し実戦をしてみたいということだったのですが……まさか、リオンナハト殿下とアモン殿下を同時に、しかも一撃で撃破してしまうとは」
「本当に驚きですわね。……あの剣、きっとディオンでも耐えきれませんわ」
ミレーユが恐れる帝国最強の騎士――ディオンの剣もミレーユの目で捉えることができた。まあ、捉えることができても対処できる訳ではないのだが。
しかし、先ほどのソフィスが放った斬撃は違う――そもそも、その姿を捉えることすらできない。
「……やはり、まだまだ修行が足りませんわね」
しかし、リオンナハトとアモンに勝利したソフィスの表情は決して明るくない。
ソフィスは自身に剣士と呼べるほどの技量はないと自覚している。圓式基礎剣術の会得には成功したことでその斬撃のレベルは人外の領域まで上がったが、肝心の中身――剣を扱う技術はまだまだリオンナハトやアモンに遠く及ばない。
今回の勝利は圓式基礎剣術の技術を持っているか持っていないかの一点で決したものに過ぎない。
もし、実際に同じ土俵でリオンナハトとアモンと戦えば確実に負けていただろう。
「今の自分に何が足りないのか分かりましたわ。試合を引き受けてくださり、ありがとうございます」
「こちらこそ、いい刺激になったよ」
ソフィスとの試合が終わった後、リオンナハトとアモンはすぐに試合を始めてしまった。
この場にミレーユがやってきたことにどうやら気づいていないらしい。
鍛錬に夢中な王子達を一瞥してから、エルシー姿のソフィスはミレーユとカラックの方へとやってきた。
「ミレーユ姫殿下、ご機嫌よう。……つまらない試合を見せてしまいましたね。未熟な剣でお目汚しをしてしまい、申し訳ございませんでした」
「……あっ、あれで未熟なのですの!?」
「……乗せる気持ちは人一倍強いつもりですが、技術はお二人の殿下に遠く及びません。まだまだ成長途上ですが、いずれはあの近衛のホープにも勝てるようになりたいと思っています。……まだまだ先は長いですけどね。ところで、ミレーユ姫殿下はどうしてこちらに?」
「ずっと聞きたいと思っていたのですが、どうしたんですか? こんなところに」
「ええ、少しリオンナハトにお話ししたいことがありまして……」
「お話ですか?」
「ええ。でも、ちょっぴり許せませんわね。わたくしが来ているのに気づきもしないなんて。あ、そうですわ。いきなり声をかけて驚かせてやるというのはどうかしら」
「あっ、それはいいアイディアですね。これだけ近くにいるのに見気でミレーユ姫殿下のことを察知できない未熟者二人を驚かせてしまいましょう!」
◆
砂を巻き上げながら、アモルが踏み込む。
「はぁっ!」
裂帛の気合を込めた一撃を、リオンナハトは正面から受け止める。
プレゲトーン王国で出会った帝国最強の騎士ディオン、そしてブライトネス王国やフォルトナ王国の人外クラスの剣の使い手達。
そんな強敵達との邂逅を経て、互いに高みを目指すために共に剣術の研鑽に勤めている二人の王子達に視線を向けながら、カラックは「……確かにどちらも技量は上がっているが、すぐ近くにまで迫っているミレーユ姫とソフィス嬢に気付けないのは流石にまずいんじゃないかな?」と感想を零した。
ミレーユがそーっと砂浜の上を歩き、その後ろをソフィスが八技の一つ――「絶音」を駆使して追う。
ある程度まで近づいたところで、ミレーユは少し大きめの声でリオンナハト達に言葉をかけた。
「精が出ますわね、お二人とも」
「え? あ、ミレーユ? いつの間に?」
先に気づいたのはアモンだった。
ミレーユの方を見て笑みを浮かべたものの、すぐに頬を赤らめて、視線を逸らす。
そんなアモンの態度に首を傾げつつ、ミレーユは汗拭き用の布タオルを手渡した。
「運動をした後の殿方には、良い匂いを付けた汗拭き用の布を渡す」というライネの教えを忠実に守っているミレーユである。
その後ろでは「ミレーユ姫殿下、女子力が高いですね」とエルシーが感心していた。
「あ、ああ、すまない。ありがとう」
ミレーユの無防備な姿を間近にし、ちらちら落ち着きなく視線を惑わしつつも、ミレーユから受け取った布で顔を拭う。
それを横目に、リオンナハトはカラックの方に向かおうとした。その背中はちょっぴり悲しげである。
普段ならリオンナハトへの意趣返しとして華麗にスルーするミレーユだが、今回ミレーユの目的はリオンナハトである。
少しでも印象を良くして交渉を上手く運びたいミレーユは愛想の良い微笑みを浮かべ、リオンナハトにも汗拭き用の布を手渡した。
「リオンナハトも、汗を拭かないと風邪をひきますわよ」
「ああ、すまない」
リオンナハトはちょっと意外そうな顔をしてから、汗拭きを受け取った。
「ところで、どうかしたのかい? ミレーユ、こんなところに。まさか、ボク達の剣術の鍛練の見学という訳でもないんだろう?」
「ふふ、そうですわね。それも楽しそうですけれど、実はリオンナハトにお願いがあってきましたの」
「俺にお願い?」
「リオンナハト。貴方、生徒会長選挙に立候補するつもりはございません?」
「……はぁっ!?」
数秒思考が停止した後、珍しく素っ頓狂な声を上げたリオンナハト。
勿論、カラックとアモンもミレーユの言葉に衝撃を受けていた。何一つ反応を示さないのはエルシーだけである。
ミレーユの次の一手を圓から聞かされていたのか、それともミレーユならそういう手を打つだろうと思考を読まれていたのか? どちらもあり得そうな話である。
「リズフィーナ様と生徒会長の座を巡って争えということか?」
「ええ……ですが、そう驚くこともございませんでしょう? 別にオルレアン公爵家の者が生徒会長を務めるとは決まっていないのですし。皆に名乗り出る権利が与えられてしかるべきですわ」
若者の集まる学校という場所では、当然ながら様々な問題が生じる。
しかし、それが普通の子供ならともかく王侯貴族の子女となれば問題の意味が変わってくる。
問題の処理を誤れば国同士の軋轢……場合によっては武力衝突にまで発展しかねない。
そこで必要となってくるのが調停役である生徒会長だ。
では、その生徒会長をいかにして選ぶのか? その方法として選ばれたのが選挙だった。
多くの支持を集め、当選した生徒会長の睨みがあれば流石の王侯貴族の子女達も黙らざるを得ない。
逆に言えば、多くの支持こそが生徒会長の権力の源なのである。
本来、生徒会長選挙とは当代の生徒会長がその莫大な権力を持つに相応しいかを問うための場であったのだが……。
――今やその制度は形骸化している。
リズフィーナ・ジャンヌ・オルレアンが生徒会長をするのは当然のこと――そのように、カラックの聡明なる主、リオンナハトですら思い込んでいたのだ。
秘密結社『這い寄る混沌の蛇』への共闘を訴えるリズフィーナ。
この非常事態にあって、リズフィーナは自らが絶対的な支持を集める存在であることを証明しなければならない。
慣習通りリズフィーナが生徒会長になる……という理由でリズフィーナが生徒会長に就任したというふわふわとした理由でリズフィーナが生徒会長に就任して本当に良いのだろうか?
自分達が選び支持した人であるならば、その選択の責任は有権者一人一人にある――その当たり前でありながらずっと忘れ去られていた事実をミレーユは思い出させようとしているのだろう。
そして、そのためにはしっかりとした対抗馬が必要だ。
選ぶ価値のない、選択肢にすら入らない対抗馬ではなく、しっかりとリズフィーナと対峙できる対抗馬が――。
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