Act.9-276 ペドレリーア大陸・ラスパーツィ大陸臨時班派遣再始動〜暗雲立罩める生徒会選挙と四大大公家〜(2) scene.3
<三人称全知視点>
女性にしては短かった髪はいつの間にか肩まで伸びていたが、金色から白金色へと鮮やかにグラデーションをしていく特徴的な金髪と少年とは思えない少女のような美貌、白磁のような白肌――闇に溶けそうな黒のワンピースの上から純白のエプロンを纏ったその少年は微笑を浮かべながらミレーユに声を掛けた。
プレゲトーン王国で出会った頃から少しだけ見た目が変わっているが、あの革命軍のアジトでミレーユに鮮烈な印象を植え付けた人物をミレーユが見間違える筈はない。
けたたましく脳裏で鳴り響く警鐘を無視し、「お久しぶりですわね、アノルド様」と挨拶を返すことができた自分をミレーユは自分で褒めたい気持ちになった。
「貴様、従者の分際で大国ダイアモンド帝国の姫君であらせられるミレーユ様に馴れ馴れしい口を……従者なら従者らしく立場を弁え――」
偶然廊下を通り掛かったダイアモンド帝国の貴族子息の一人がミレーユと対等に会話をするアノルドを見つけ、立場を分からせようとアノルドに近づいた。
相手は少女――自分の力でも十分に組み伏せることができると思い上がっていたのだろう。
しかし、その貴族子息の言葉は途中で途切れてしまう。
まさか反撃に出られると思っていなかった首筋に突きつけられた禍々しい大鎌の切っ先を目視した貴族子息は目の前に迫る死の危険を目視し、震え上がった。
「しかし、大変ですね、大国の姫って。組織がでかくなると、こうして大局を捉えられず、国の利益など度外視で良かれと思ってやらかしてしまう軽率な鉄砲玉がどうしても増えてしまう。身の程を弁えない鉄砲玉一人の軽率な行いによって国が滅ぶかもしれない……そのような恐怖に怯えるって大変でしょう? ああ、本当に王になれなくて良かったと今更ながら思いますよ」
廊下で起きた騒ぎを聞きつけたリオンナハトとアモンが近づいてくるのを見気で察知したアノルドは鎌の切っ先を貴族子息の首元に向けたまま二人の方に視線を向ける。
「お久しぶりですね、リオンナハト殿下。アモン殿下とはお会いするのは初めてでしたか? 『瑠璃色の影』のアノルドと申します」
「……プレゲトーン王国の革命軍のアジトに現れ、『這い寄る混沌の蛇』諸々プレゲトーン王国を滅ぼそうと動いていた者達の一人だ」
「あのベルデクトさんの配下ということだね。……何故、この場にいるのかな?」
「僕は昨日ラピスラズリ公爵家のお嬢様にお願いされて急遽徹夜で書き上げた資料をミレーユ姫殿下にお渡ししに来ただけなのですよ? それなのに、『従者の分際で大国ダイアモンド帝国の姫君であらせられるミレーユ様に馴れ馴れしい口を聞くな』、『従者なら従者らしく立場を弁えろ』とそこの帝国貴族子息様に高圧的に言われた挙句、組み敷かれそうになりましてね。身の危険を感じたので、相手もやる気満々だし、ミレーユ姫殿下には少し申し訳ないような気もするような、気もしないような気もしますが、だったら殺しちゃってもいいかな? って思いまして」
「その帝国貴族も大概だが、だからといって殺すのはやり過ぎなんじゃないか」とリオンナハトとアモン、そしてミレーユの思考は一致した。
しかし、相手は合法的な殺戮はどんな美酒よりも美味いと語るベルデクトの配下達――流石に戦闘使用人全員が殺戮狂という訳ではないと圓も話していたが、いずれも殺しに一切の躊躇をしない性格破綻者である。そのような相手に大義名分を与えればどうなるかは目に見えている。
「しかし、リオンナハト殿下。見違えましたね。かなり霸気が上がっている。そして、そこに比肩するアモン殿下の霸気も実に素晴らしい。二人となら素晴らしい死闘を演じられると思いますが、どうですか? 僕と死闘と言う名の舞踏をしませんか?」
完全に興味を失った帝国貴族子息を捨て置き、床を踏み抜いて加速――リオンナハトとアモンに迫る。
リオンナハトとアモンは同時に裏武装闘気で剣を作り出してこれに応戦しようとする……が。
「【伯爵家の白い影】ですか……そういえば、あの方の護衛についていたんでしたっけ? 流石はアクアマリン伯爵家の暗殺者、なかなかの使い手のようですね」
「お嬢様の大切な人――あの人から可能性があるって言われていたけど、やっぱり戦いになっちゃった。……引いてもらえないかな?」
「うーん、どうしようかな? 闘気の練度はほぼ互角みたいだし……場数は僕の方が上かな? まあ、多少僕の方が有利な立ち位置。まあ、相性云々で引くって考えにはならないかな? ……というかさぁ、こっちは大きなご褒美間近でつまらないお使いを頼まれて、わざわざ海と湖を越えて学院に上空から不法侵入したらよく分からない帝国貴族に組み敷かれそうになったんだよ? 一歩間違ったらセクハラで一生残る心の傷ができるところだったんだよ? つまり、この程度じゃ僕の気が治らないってこと!!」
これ以上の交渉は不可能と断じたフリストフォルは俊身と神速闘気を組み合わせてアノルドの懐に飛び込む……が。
「体格差があれば成立したかもしれないけど、僕って小さな女の子みたい小柄だからね。大禍鎌斬!!」
アノルドは素早くバックステップで距離を取るとフリストフォルの頭目掛けて鎌の切っ先を振り下ろした。
「アノルド様、フリストフォル様、双方武器をお納めください」
アノルドの眉間に銃口をフリストフォルの首筋に小さなナイフを突きつけた黒いパンツスーツ姿の美女の言葉でアノルドとフリストフォルは双方武装を解除した。
「た、助かりましたわ! アフロディーテ様」
「いえ、当然のことをしたまでです。……私と同じ大陸の出身が皆様にご迷惑をお掛けしたこと、謹んでお詫び致しますわ」
同性すら惚れてしまいそうな魔性の微笑を浮かべたアフロディーテはアノルドが完全に戦意を喪失したことを確認すると一瞬にしてミレーユ達の目の前から姿を消した。
「ああ、もう暴れる気はないよ。……しかし、まさかこれほど短時間であれほどの成長を遂げているとはね。凄いなぁ、ビオラの裏の戦力は」
「こちらとしてはありがたいことだが……アノルド、君なら対処できたのではないのか?」
「まあ、できないことは無かったですけどね。闘気と八技の技量はあちらに軍配が上がったでしょうが、こちらも色々と拗れて引くに引けない状況になっていました。渡りに船だったので潔く負けを認めたのですよ。……しかし、彼女が諜報員になってからそう時間は経っていない筈。やはり、彼の方の配下達の成長は著し過ぎる気がします。それに、もう一つ奇妙なことがありますね。……フリストフォル、先程のアフロディーテが近づいてくるのに気づきましたか?」
「……気づかなかった」
「やっぱりか。僕ら暗殺者が――気配のプロが気づかないってやっぱりおかしいよね? 裏の見気だって決して万能な技術じゃない」
「……裏の、見気? 見気に裏があるのか?」
「ああ、リオンナハト殿下達はまだそこまで習っていないのか? その辺りは段階が進めば教えてもらえると思うよ。……しかし、見気の扱いに自信がある僕や、恐らく見気を最も得意としているフリストフォルが出し抜かれたとなると見気そのものを封じる技術を開発している可能性もあるよね? まだまだ奥が深いみたいだ」
◆
フリストフォルは危険がないと分かると速やかに姿を消した。
リオンナハトとアモンはアノルドに対する警戒を完全に解くことができず、ミレーユの用事を見届けようと廊下の窓から教室に視線を向けていた。
「色々とゴタゴタしちゃったけど、はい、これが僕の徹夜の努力の結晶だよ」
「ありがとうございます……申し訳ございませんでしたわ。私が無理を言ったばっかりに」
「まあ、こういう無茶はよくあるのでお気になさらず。プレゲトーン王国の件を僕達の視点で書いたものが一冊と後は僕達『瑠璃色の影』の活動を纏めたものが数冊になります。できるだけ客観的にしつつもグロ描写は抑えたつもりですが、まあ、内容が内容ですからね。食事中に読むことはお勧めしません。僕達はミレーユ姫殿下と違って合理的で最短距離を選びますが……でも、個人的にはミレーユ姫殿下のやり方は嫌いじゃありませんよ。だから、これからも自分の信じた道を突き進んでください。その先には明るい未来が待っているでしょうから」
「それでは、僕もそろそろ失礼します」と学院から去ろうとするアノルドを制したのはフィリイスだった。
「アノルド様はどこかの国の王族だったのではありませんか?」
予想外の発言にミレーユはフィリイスが何を言っているのか分からなかった。
しかし、その発言は正しかったようで、アノルドの表情が一瞬だけ抜け落ちる。しかし、すぐに微笑を浮かべ、「フィリイス様、素晴らしい推理ですね」とフィリイスを褒め称えた。
「貴族の学び舎である以上当然の流れかもしれませんが、下級貴族のことを従者と見ている人も多いようですね。……個人的には同じ学び舎で学ぶ以上は上も下もないと思いますが。……もし、血統が全てというなら元王族の私はそこの帝国貴族よりも立場が上ということになるのでしょうか? それとも没落した以上はただの平民なのでしょうか? まあ、どっちでも別にいいですけどね。ローグロードは母方の姓で正式にはアノルド・デューグモントと申します」
「……デューグモント王国の王族だったのですわね」
かつてダイアモンド帝国とライズムーン王国――二大大国に比肩する強大な力を持つ国家があった。それが、デューグモント王国だ。
しかし、数年前に起こった内乱で王国は半壊――王族はその争いで全滅し、クーデターを実行したランファルド子爵家、大臣のユルフィチョフ=ボリュエナム侯爵率いる宰相派、オルパドル宮中伯を中心とする中庸派に分裂し、争いを続けていたが、ある日を境に王国の民が全滅する血の惨劇事件が発生し、関係者全員死亡という形でデューグモント王国は滅びを迎えることになった。
「十八王子だった僕は母親が元国王付き侍女だったこともあってあまり良い立場ではありませんでした。兄達に見向きもされることもなく、表舞台に一度も出ないまま死ぬ筈だった僕はあの血の雨が降る祖国でベルデクト様に見出されました。何も才能のないと思っていた僕の暗殺者としての才能を見出して、暗い牢獄みたいなあの国から救い出してくださったあの方の役に立ちたい、それが僕の願いの全てです。……少々無駄話をしてしまいましたね。……ああ、そうそう、これから僕達はラスパーツィ大陸に赴きますのでしばらくお会いすることはないと思います。どこかの神父達みたいにこの国には留まりませんからご安心ください。それでは、失礼致します」
お読みくださり、ありがとうございます。
よろしければ少しスクロールして頂き、『ブックマーク』をポチッと押して、広告下側にある『ポイント評価』【☆☆☆☆☆】で自由に応援いただけると幸いです! それが執筆の大きな大きな支えとなります。【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしてくれたら嬉しいなぁ……(チラッ)
もし何かお読みになる中でふと感じたことがありましたら遠慮なく感想欄で呟いてください。私はできる限り返信させて頂きます。また、感想欄は覗くだけでも新たな発見があるかもしれない場所ですので、創作の種を探している方も是非一度お立ち寄りくださいませ。……本当は感想投稿者同士の絡みがあると面白いのですが、難しいですよね。
それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
※本作はコラボ企画対象のテクストとなります。もし、コラボしたい! という方がいらっしゃいましたら、メッセージか感想欄でお声掛けください。




