Act.9-275 ペドレリーア大陸・ラスパーツィ大陸臨時班派遣再始動〜暗雲立罩める生徒会選挙と四大大公家〜(2) scene.2
<三人称全知視点>
「さて、脱線し過ぎたねぇ。話を戻そうか? ミレーユさんはリズフィーナさんにお願いがあったんでしょう?」
「えっ……ええ、そうでしたわ! それで、リズフィーナ様にお願いがございますの。この子をこの学園に通わせていただけないでしょうか?」
ミレーユは先ほどの頭の痛い話のことはすっかり頭の片隅に追いやり、少しばかり緊張しながら言った。
オルレアン学院に通うこと――それは、ある種の特権だ。
ダイアモンド帝国国内でも、金や地位がありながら通うことのできなかった者達が数多存在している。反対に、マリアのような田舎貴族や一般の民衆であっても、リズフィーナのお眼鏡に適えば通うことができる。
大抵のことは、我が儘で通せてしまうミレーユだが、今回ばかりは権力に頼る訳にはいかないのだ。
「妹さんをこの学園に……ね」
リズフィーナは一瞬、ミラーナの方に視線をやってから「お友達の頼みは、無下にはできないわね」と二つ返事で許可を出してくれた。
「ありがとうございます、リズフィーナ様」
ホッと安堵しつつ頭を下げるミレーユにリズフィーナは楽しそうな笑みを浮かべた。
「ふふ、それにしても、ミレーユさん、今日はやけに演技が下手ね。別に私は、ミレーユさんが言いたくないことまで聞こうなんて思わないわよ? 素直にそう言って下さればいいのに。妹さんのことをよっぽど大切に思ってるのね。だから、そんなに必死になるのね」
リズフィーナはミラーナの方に目を向けて微笑んだ。
「これから、よろしくね、ミラーナさん」
「はい、こちらこそよろしくお願いします。リズフィーナ様」
◆
リズフィーナとのお茶会を終えたミレーユとミラーナは圓と共にブライトネス王国の外れの森に転移した。
ミラーナと共に圓のスパルタの修行をこなし、目にいっぱいの涙を溜めながらミレーユは霸気コントロールの技術を磨き、ミラーナは霸気を放つコツを掴むために試行錯誤していく。
地獄のような時間は圓の「少し休憩をしようか」という声で一旦幕を閉じることになった。
「そういえば、本日は色々なことがあってお願いしそびれていたことがあるのですが」
「ん? ボクでできることなら遠慮なく言ってくれていいよ? こっちは何か対価を要求したりしないからねぇ」
「圓様達が過去に戦った『這い寄る混沌の蛇』に関する資料って閲覧させて頂くことはできないかしら?」
その質問は圓の予想から外れたものだったのだろう。少しだけ目を見開いて驚き、まるで出来の悪い生徒の成長を微笑ましがっているかのように優しい笑みを浮かべた。
「なるほど、傾向と対策ねぇ。いい考えだと思うよ。そうだねぇ、ボクが関与していない件については当事者達に声をかけてレポートを用意させてもらおう。そういや、そういった纏めた資料は作って無かったし。……まあ、とりあえず明日までに用意するよ」
「そんな簡単に用意できるものなのかしら?」
「ダイアモンド帝国の『帝国の深遠なる叡智姫』様の立っての願いを辺境伯如きであるボクが断れる訳がないじゃないか。そんなの明日までに用意するし、用意させるよ」
「この方がわたくしを立てるなんてあり得ませんわ。どう考えても格上なのはこの方ですし」とプレゲトーン王国の一件ですっかりどちらが格上かを嫌というほど示されているミレーユは胡散臭いものを見るような目を圓に向けた。
「ただ、類似するものはあるかもしれないけど、完全に一致するものがあるとは限らない。近いものがあるからってすぐに飛び付かずにきっちりと情報を集め、精査し、擦り合わせ、確実だという状況になってから行動すること。原則疑わしきは罰せずで行こうか。まあ、叡智と称えられるミレーユ姫殿下なら言われずとも分かっていると思うけどねぇ」
わざわざそんな忠告をするということは、四大公爵家の中に潜む『這い寄る混沌の蛇』を特定する最大のヒントがあるのではないかと確信したミレーユはまたしても圓を出し抜けたと思ってホクホク顔でミラーナと共に女子寮に戻った。
◆
翌日の早朝、ミレーユが教室に入り、教科書の準備を始めた絶妙なタイミングで教室に入ってきたのは一学年下のエイリーン――つまり圓だった。
「おはようございます、ミレーユ姫殿下」
「あら、エイリーン様。……もしや、昨日お願いしたものがもう出来上がったのかしら?」
「あっ、私の担当した部分だけですが完成した分をお持ち致しました。量が少し多いので後ほどライネ様にお渡しした方がよろしいでしょうか?」
「えぇ、まあそうですわね。とりあえず、一冊か二冊サンプルにお借りして、残りは後ほどライネに渡して頂けると助かりますわ」
「……そうですねぇ。では、こちらの二冊をどうぞ」
エイリーンが手渡したのは『ラングリス王国』と『旧シェールグレンド王国』と書かれた二冊の本だった。
「前者はラングリス王国の女王陛下や当時の革命軍の方々への聞き取りも踏まえていますが基本的にはスティーリアとの共著、後者はブライトネス王国の王太后様など裏事情を知る方々から再度聞き取りを行って私が書き上げたものになります。他にも情報に偏りがないようにいくつかの視点で得られた情報をできる限り偏りのないように掲載させて頂いております」
「……これって本来は数ヶ月や年単位の時間を掛けて作るようなものじゃないかしら?」
時空魔法というミレーユ達にとっては想像を絶する力を持ち、タイムリープが可能であるとはいえ情報収集から製本に至るまでこの本の作成を行ったのはほとんど圓一人である。
軽々しく頼むことでは無かったのではないかと若干後悔し始めたミレーユだった。
「ああ、情報を整理して纏めている時間はとても楽しかったのでご心配になることは何もありませんわ。まあ、いつものことですから」
「あの、貴女って実際は公爵令嬢で二つの国の主人ですわよね! そんなに身を粉にして働いていい身分じゃないですわよね!」という突っ込みをグッと堪え、ミレーユは本を受け取った。
そこに同じクラスのマリアとフィリイスが集まってくる。エイリーンから手渡された美しい装丁の本に興味を示したのだろうか?
「あっ……そろそろ時間ですわね。後ほど、執筆を依頼した方々がこのクラスに来訪なさると思いますわ。その時はミレーユ様の方で資料の受け取りをお願い致します。それでは失礼致しますわ」
そう言い残してエイリーンは姿を消してしまった。
資料を持ってくる者の人選にそこはかとなく嫌な予感がしているミレーユだったが……その予感は見事に的中。一時間目が終わった直後、廊下側の窓からニョキッとできれはお近づきになりたくない人物の顔が見えた。
「やあ、久しぶりだね。ミレーユさん」
その馴れ馴れしい声を聞いた瞬間、ミレーユの身体がビクンと震えた。
「ひぇ!」という悲鳴を必死に押し留め、ミレーユは窓の方に視線を向ける。
「お、お久しぶりですわね。ジョナサン神父。……それで、そちらの方は?」
「やあ、初めまして。僕はヨナタン。フォティゾ大教会で神父をさせてもらっているよ。よろしくね」
「もしかしなくてもジョナサン神父の前世の方ですわよね! 絶対によろしくしたくありませんわ!」という内心を隠しつつミレーユは微笑を浮かべて「よろしくお願いいたしますわ。ジョナサン様」と挨拶を返した。
「あっ……相変わらずあの人は几帳面だね。昨日急遽依頼されて突貫で作ったからあんまりいい出来じゃないけど、はいこれが依頼された本だよ。僕の方はティアミリスと二人で潰し回った『這い寄る混沌の蛇』に関するものを数冊とプレゲトーン王国で事件を僕達の視点で追ったものを一冊用意させてもらった。エイリーンさんの方は多種族同盟側から書いたものにあの件に関わっていた諜報員や革命軍の関係者に聞き取りを行って得られた情報を加筆したそうだからミレーユさん達の持っている情報と後はもう一つの視点を合わせれば多角的な視点で捉えることができるじゃないかな? しかし、あんまり関係ない事件なのに随分と気合入っているね」
「やはり、プレゲトーン王国の一件は今回の件にあまり関係ないのかしら?」
「これ言っちゃいけないことになっているけど、うん、関係ないよ」
「僕からはフォルトナ王国とフォルトナ王国の国教であるフォティゾ大教会で起きた事件について纏めておいたものをあげるよ。ああ、僕達のは後回しでいいからね」
「つまり然程重要ではないということかしら?」
「「さぁ?」」
この人達全然隠す気がないですわね……と思いながらもミレーユにとっては重点的に見るべき場所が絞れてきているという嬉しい状況であり、わざわざヨナタンとジョナサンを咎めることはしない。
「ああ、そうそう、オルレアン教会を離脱した僕と別宗教の神父のヨナタンが学院に来る条件としてリズフィーナ様に島の警備員達の戦闘指南役として僕達しばらく雇われることになったからしばらくよろしくね」
最後に大きな爆弾を落とすとヨナタンとジョナサンは職員棟の方に消えていった。
ああ、わたくしの学院生活……一体どうなってしまうのかしら?
流石にもうこれ以上厄介な人物の襲来など起きないと思っていたミレーユはジョナサンがさりげなく話していた「もう一つの視点」のことなどすっかり聞き逃してしまっていた。
「ミレーユ様、お久しぶりですね」
そんなミレーユに新たな恐怖が迫ろうとしていた。
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それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
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