Act.9-265 ペドレリーア大陸・ラスパーツィ大陸臨時班派遣再始動〜図書館の幽霊〜 scene.4
<三人称全知視点>
「……それで、何故あなたがここにいるのですの?」
呆然とする少女を窺いつつ、ライネに少女の服を見繕うように指示を出し、服の用意を終えたライネと少女と共に共同浴場に向かったミレーユを湯の中で待っていたのはエイリーン……というか圓だった。
「さて、なんでだと思う?」
「……そうやってはぐらかさないでくださいませ」
「学院都市セントピュセルにいる生徒、教員、その他諸々の顔と名前は学院に来たタイミングで全て頭に入れたんだけど、どうにも見気で察知できた人数と知っている人数が合わなくてねぇ。学院に誰かがいることは察していたんだ。あの幽霊の話を聞いた時に、恐らくその誰かが噂の種の人物なんじゃないかって思っていた。ほら、噂っていうものは何もないところからは生まれないからねぇ。どんな話にも種となるものは存在する。そこに尾鰭背鰭がついて肥大化するものだからねぇ。……とりあえず、そこまで害も無さそうだからミレーユ姫殿下に任せようと思ってしばらくミレーユ姫殿下とその何者かが接触するタイミングを待っていたんだ。廊下で鬼ごっこは楽しかった?」
「本当に性格がドS過ぎますわ!! 見ていたのなら助けてくださいまし!!」
ミレーユから洗髪薬と洗身薬、香油を受け取って少女を磨いていくライネを視線を向けた後、ミレーユは圓にジト目を向けた。
「まあ、そう睨みなさんなって。ボクも今回の件は手を貸していいか悪いか結構微妙なラインでどうしようかと思っていたところだったんだ」
「……ん? それはどういうことかしら?」
「ボクが知っている物語には怪談話の件は登場しないってこと。つまり、ボクにも予測不能な何かが起きている。……でも、それを悪い兆候だとボクは思っていないけどねぇ」
「何故断言できるのですの?」
「……君はダイアモンド帝国の帝室の関係者なんじゃないかな?」
「……何故、それを? そもそも、貴方は一体?」
ミレーユと親しげに話す少女の記憶にも記録にもない人物に少女は首を傾げる。
「初めまして、ボクはエイリーン=グラリオーサ。フォルトナ=フィートランド王国で辺境伯と宮中伯の地位を賜っている貴族の娘……ということになっているけど実際はブライトネス王国の公爵令嬢ローザ=ラピスラズリだ。まあ、それも生まれ変わった姿であって、前世の名である百合薗圓と呼んでくれた方がしっくりとくるんだけどねぇ」
「……はぁ」
どの名前が正しいのか全く分からない説明に更に頭が混乱する少女だが、それよりもミレーユとライネの混乱の方が大きい。
「ダイアモンド帝国の帝室に連なるってどういうことですの?」
「なんとなく予想がつくけど、それは君の口から説明してもらった方がいいんじゃないかな?」
「あ、ごめんなさい。えーと、遅くなりましたが、お初にお目にかかります。ボクはミラーナ。ミラーナ・ブラン・ダイアモンド――ミレーユお祖母様の孫娘です」
「…………はぇ?」
「なるほど、娘かと思ったけど孫娘の方か」
状況を理解できていないミレーユとライネとは違い、圓は納得気に頷いた。
「ミレーユ姫殿下と同じ白金色の髪。切れ長の瞳の色は違うけど、ミレーユ姫殿下の血族の可能性がかなり高い見た目をしているからねぇ。でも、ボクの知る限りミラーナのという皇族は存在しない。だから、可能性があるとすれば未来の世界なんじゃないかと思ってねぇ」
「……ですが、未来の世界から来るなどあり得るのでしょうか?」
ライネの至極当然の問いに、圓は意味深に笑い「どうもダイアモンド帝国の姫はクロノスの加護を受けているようだからねぇ。タイムスリップも別段あり得ない話ではないんじゃないかな?」と意味不明なことを口にした。
流石にその言葉の意味はミレーユやタイムスリップを経験しているミラーナにも理解できない。
「まあ、ダイアモンド帝国の姫は時の神の加護を受けている可能性が高いと思ってもらえたらいいかな? ボクの持つ【鑑定】にはそういった表示が出ているんだ。……しかし、なるほど、加護というパターンもあるのか。試しに使って分かったことだけど、へぇ……なるほどねぇ。……ああ、ごめんねぇ、こっちの話だよ。とりあえず、ミラーナ様の言葉は信じてもいいのではないかとボクは思う。ボクの見気でも彼女が嘘を言っていないことは明らかだからねぇ」
「……ということは、本当に、ここは過去の世界だというのですか? じゃあ、本当に、ライネお母様とミレーユお祖母様なのですね」
ミーアはミラーナの方に近づき、無言でミラーナの華奢な肩をぐいっと掴むと笑みを浮かべた。
「お・ね・え・さ・ま、と呼んで頂きたいですわ!」
「え? でも、おば……」
「お姉さま、いいですわね? お姉さま」
「え? え? でも、あ、痛っ! 痛いです。肩に指が、食い込んで……」
「練習してみるのがよろしいですわね。わたくしに続いて言ってみなさい、ミラーナ。はい、ミレーユお・ね・え・さ・ま」
「ミレーユ……お姉……さま?」
恐怖の故か、フルフル震えだしたミラーナを見てミレーユはようやく離れた。
「……いや、君も充分にドS属性あると思うけどねぇ、ミレーユ姫殿下。……さて、そうなると後は時間軸だねぇ。未来って言っても世界は無数に分岐する。その辺りをしっかりと把握できる魔法って作れたりしないのかな? まあ、ぶっつけ本番でやってみてダメだったらダメだったか? 時空鑑定!」
『統合アイテムストレージ』から時空属性の指輪を取り出した圓は時空属性の魔力を迸らせてミラーナを包み込むように展開した。
「な、何をするんですか……あれ?」
「よし、成功。……表示されたみたいだねぇ」
ミラーナの目の前にはミラーナの名前と年齢と性別、そして謎の数列が書かれたプレートのようなものが浮かび上がっている。
「……これ、一体何なんですの?」
「ミラーナさんを鑑定した結果だよ。……しかし、なんだろうねぇ。数字がバグって変動している。比較のためにボクにも時空鑑定を掛けてみるか。……やっぱり、数字は固定だねぇ」
「あの、だから一体何なのですの? これは」
「人は死ぬと魂のみが転生するって話はしたよねぇ。その遍歴を知ることができるのがさっき開発した時空鑑定という魔法だよ。まあ、実際は魂を対象にどの時間・空間からどの時間・空間へと移動したかを確認することができる。例えば、ボクの場合は同じ時間軸の過去から同じ時間軸の未来の別の場所に転生し、その後、別の世界に転移した後、別の世界の過去の別の場所に転生した……って表示されているでしょう?」
「全く分かりませんわ」
「まあ、数列の読み方の法則性を流石に一眼では分からないと思うし、そこまでしっかりと読むべきところじゃないから気にしなくていいよ。問題なのはそこじゃなくて、ミラーナ様の数列にある文字化け」
「な、なんなのですの!? これ……何が書いてあるのかさっぱり分かりませんわ!」
途中までは普通に数字や文字の羅列だが、途中からまるで文字化けしたように不鮮明な何かにミラーナのデータは彩られている。
圓のものと比較してみると一目瞭然、明らかに何かがおかしい。
「ミラーナ様、一体貴方の知るダイアモンド帝国では何が起きていたのですか?」
「ミラーナ、話しなさい。一体何がございましたの? 何故、帝室の一員であるあなたが追われねばならなかったんですの? ……こう言ってはなんですけど、あなた、帝室に連なる者とはとても思えないような見た目をしていましたわよ?」
ボロボロの粗末な服、伸び放題で手入れのされていない髪、やせ細った体――ミラーナは帝室の一員どころか貴族の娘にすら見えない悲惨な状態だった。
「ダイアモンド帝国は……もうありません」
「ダイアモンド帝国がもうないってどういうことですの!?」
ミラーナから告げられた衝撃の事実にミレーユとライネが驚愕する中、圓のリアクションはそこまで大きくなかった。
そこに違和感を抱きつつも、ミレーユはミラーナに説明を促す。
「ボクの曽祖父――ミレーユお姉様のお父様が亡くなった後、ミレーユお姉様は帝位を継ぎませんでした。そのために帝位を継ぐのは、四大公爵家の一つということになったのですが……二家同士が互いに手を結んで対立。帝国内の各貴族は、ごく一部を除き、どちらかの陣営に入り、帝国は二つに割れてしまいました」
「……なるほどなるほど」
「あら、そんなに驚いていない様子ですわね。わたくしもライネもこんなに驚いているというのに……他人事だからですの?」
「いや、概ねボクの知っている史実通りだからねぇ。ミラーナ様がこの世界に来たから何かしら大きな変化があるんじゃないかと思ったけど、なるほど、そんなに大きな変化も起こらないのか」
「えっと……つまり、ミラーナがこの時代に来るのは圓様にとっては想定外だけど、それ以外は想定内……ということですの?」
「流石は『帝国の深遠なる叡智姫』、話が早くて助かるよ」
「……あの、ミレーユお姉様、この方は一体何者なのでしょうか? ボクと同じ未来人……ではないのですよね?」
疑問を尋ねるミラーナに圓は世界の真実と自身の過去について語った。
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