Act.9-262 ペドレリーア大陸・ラスパーツィ大陸臨時班派遣再始動〜図書館の幽霊〜 scene.1
<一人称視点・エイリーン=グラリオーサ>
学院都市セントピュセルに到着した日の翌日、四月一日に行われたのはセントピュセル学院の入学式だ。
他の行事と同じように儀式的な側面を持つものが多く、ボク達が思い浮かべるような入学式とは大分内容が異なる。
神に捧げる聖歌に、新入生をこの学園の生徒として迎える重要な儀式である「香の儀式」……オルレアン神教会らしい儀式の数々を終え、続いて生徒会長であるリズフィーナの挨拶に移る。まあ、ここからは生徒会長の挨拶、学院長挨拶と学校行事らしい感じになっていくんだけどねぇ。
問題はその挨拶の内容だった。……いや、留学生の件に触れないって方が色々と不都合があるんだけどさぁ。
「今年は海を越えた先にあるベーシックへイム大陸にある多種族同盟と呼ばれる国際秩序の一員であるフォルトナ=フィートランド連合王国から四名の留学生がこの学舎にお越しくださいました」
オルレアン秩序から脱退し、フォルトナ王国に吸収されたフィートランド王国。
学園に在籍しているフィートランド大公子息達も相当肩身の狭い思いをしていると話を聞いていた。
だけど、彼らに対する風当たりよりもフィートランド王国を吸収した、得体の知れない別の大陸の秩序の一翼を担うフォルトナ=フィートランド連合王国からの留学生に対する風当たりは更に強くなる。……まあ、そりゃフィートランド王国はかつての同胞――同じオルレアン秩序の仲間だったけど、ボクらは完全な異分子だからねぇ。
リズフィーナは「仲良くするように」と言外に言っていたけど、すぐ受け入れてもらうことなんてできないよねぇ。……まあ、想定していた通りなんだけど。
入学式が終わった後はそれぞれ教室へ移動する。配慮があったからか、ボク、エルシーの姿のソフィス、リーシャリス、ガラハッドは同じクラスに配属された。
「……私達と極力関わり合いたくないと壁を作っている方が半数、特別扱いをされている私達に良くない感情を持っているのが半数ということでしょうか?」
教室までの移動中に見気を使って周囲の感情を読み取ったソフィスの言葉に首肯する。
このうち半数は近いうちに突っかかってくることになるだろう。……ボコボコにするのは簡単だけど、リズフィーナの顔を立てるとなるとあんまり滅茶苦茶はできないし、どうしたものかな?
まあ、しばらくは様子見だろうし何かあってから対処の方法を考えればいいかな?
◆
<三人称全知視点>
「……ああ、やっぱり、夢ではございませんでしたわ……」
怒涛のように巻き込まれることが決定してしまった『這い寄る混沌の蛇』との戦い、その後の圓との修行と霸気を会得するまで終わらない修行の日々の始まり。
その全てが決して夢ではなかったことを授業が終わった後に寮のミレーユの部屋に姿を見せた圓に半ば強引に引っ張られて参加した修行で思い知らされ、ヘトヘトになって戻ってきた(魔物相手にひたすら威圧を打ち込むという厳しい厳しい悪夢のような修行だった)ミレーユは昨日の出来事を諦め、受け入れ……そうして動き出した。
圓は一切のヒントを与えてくれない。これから起こることを全て知っていながら自分は部外者でいなければならないというミレーユにとっては謎過ぎる理屈で決して力を貸してくれないのである。
しかし、圓が来たということは何かが起こるということである。近い未来にやってくる何かしらに対処するために動く必要があるのは明らかだ。
とはいえ、基本的にミレーユは面倒くさがりである。ズルをして楽ができるならばズルをする道を選ぶのがミレーユ道。
「何か、指針が欲しいですわね。これからの危険を上手く乗り切るような……そうですわね、あの日記帳みたいなものがあればいいですわ」
ついつい、そんなことを考えてしまうがかつてミレーユの指針であった血染めの日記帳は消滅してしまった。
そんな都合のいいものが果たしてあるだろうか? ……いや、あるといえばあるのだが、あの鬼畜な性格の後輩は決して口を割ってくれないだろう。
「何か他にないかしら?」
ミレーユはあるかどうかも分からないもう一つのズルの方法を求めて……とりあえず図書館に足を運ぶことにした。
男子寮と女子寮の連結部分にあたる共用の建物部分に存在する図書館は普段はそれなりに人で賑わっているのだが、今日は入学式当日だからだろうか? 室内にはミレーユだけしかいなかった。
探し物をするには、都合のいい状況ではあったのだが……。
「さて、ここからどうしましょうか?」
当てもなく図書館にやってきたミレーユはフラフラと図書館を歩きながら棚を調べてみるが、ミレーユの一助になってくれそうな本はどこにもない。
「……まぁ、そうですわよね。あんまり期待はしていませんでしたけど……ああ、あの日記帳ほどでなくても構わないけれど……本当に何かのないかしら? 行動の指針になってくれそうなもの……導になってくれそうなものが。どこからか降ってきてこないものかしら」
不毛なことを呟き、悲しげなため息を吐いて踵を返そうとしたミレーユだったが、その都合の良過ぎる願いが天にでも届いたのだろうか? ミレーユの視界を一瞬にして黄金の輝きが塗り潰した。
「なっ、何ですのッ!? 一体何が……」
じりじりと床を後退り、光から離れるミレーユ。
ある程度のところまで後退すると、改めて怪しげな光の方にミレーユは視線を向けた。
徐々に弱まっていった光は人影のように見える。
誰もいない筈の図書館に現れた光が幽霊なのではないかという考えがふとミレーユの脳裏に過ぎった。
「お……おほほ、い、いやですわ。そそそ、そんなのいる訳ないですわ。ばばば、バカバカしいですわ!」
そう、ミレーユの中身は二十歳過ぎの大人の女性なのである。見た目は子供で頭脳は大人なのである。幽霊とか、お化けとか、そんなの信じている筈がないのだ。
消えつつある光の中、人影のようなものが、突如、ミレーユに近づいていく。
這いずるように近づいてくるのを見たミレーユは……口をパクパクさせながら逃げ出した。
脇目も振らず一目散に図書室を後にしたミレーユは全速力で自室に帰り、ベッドの中に飛び込んだ。
◆
それからしばらく平穏な日常が続いた。……いや、ミレーユにとっては毎日授業終わりに地獄のような修行に巻き込まれているのでとても平穏な日々とは言えないのだが、圓が予想していた大きなトラブルもなく(グラリオーサ達が配属された一年生のクラスはかなり緊迫した空気が漂ってはいるのだが)、表面上は穏やかな日々が続いていた。
その日、ミレーユは同じダイアモンド帝国出身の貴族令嬢達(要するに取り巻き)と共に中庭で昼食を取っていた。
食堂でサンドイッチを作ってもらい、ミレーユ達はピクニック気分である。
春の日差しはポカポカとなんとも心地よい。
ずっと続いてくれたらと思ったその平穏は――楽しい歓談の時間は、そう長くは続かなかった。
昼休みも半分を過ぎた頃、ミレーユの取り巻きの一人であるクレインドール伯爵令嬢のルーナドーラが徐に口を開いたのだ。
「そういえば、ミレーユ様。お聞きになりまして?」
サンドイッチを食べることに夢中になっていたミレーユはルーナドーラが醸し出す、危険な雰囲気に気づけなかった。
「……何でも、出た、みたいなんです」
「出た、とは? ……一体何がですの?」
声を潜め、ミレーユの興味を引こうとするかのようにルーナドーラは溜めてから――。
「幽霊……」
それはとてもとても、恐ろしげな声で言った。
「……はぇ?」
衝撃のあまり「ぽかーん」と口を開けるミレーユに構わず、ルーナドーラは話を始めた。
「私のお友達が実際に見たらしいのですけれど……夜、女子寮を歩いていた時、見たっていうんです」
そこで言葉を切って、上目遣いにミレーユを見つめ――。
「ボロボロの格好をした女の子の幽霊を!」
「そっ、そういう無駄な演出はいりませんわッ!」などと絶叫を上げつつも、ミレーユは浮かべた笑みを崩すことはなかった。……まあ、よくよく見れば顔が僅かに引き攣っていたのだが。
「噂では恋敗れて自ら命を絶った女生徒の幽霊とも、湖で溺れた町民の子供の幽霊とも言われてるようで……」
「まぁ、怖い! ミレーユ様、やはり幽霊とかっているのでしょうか?」
きゃあきゃあ言いながら怖がる取り巻きの少女達。
その一人に話を振られたミレーユは「そうですわねぇ、お話としては楽しいかもしれませんけれど……残念ですが、それで怖がることができるほど子供ではございませんわ」と余裕たっぷりの笑みを浮かべて、首を振った。
「ふむ、なかなか興味深い話をしているようですねぇ」
余裕ぶって怖くないと言いつつも実際はかなりビビっていたミレーユは一番幽霊の存在を否定してくれそうなフィリイスに会いに行こうとその場を立ち去ろうとしたのだが、その場にフィリイスとマリアを伴ったエイリーンとエルシーが現れた。
会いに行こうとしたフィリイスに会いに行く手間が省けた一方、鬼畜過ぎる性格の圓や圓と共にやってきたソフィスまで一緒に来たことに少しだけ嫌な予感がしたミレーユだった。
お読みくださり、ありがとうございます。
よろしければ少しスクロールして頂き、『ブックマーク』をポチッと押して、広告下側にある『ポイント評価』【☆☆☆☆☆】で自由に応援いただけると幸いです! それが執筆の大きな大きな支えとなります。【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしてくれたら嬉しいなぁ……(チラッ)
もし何かお読みになる中でふと感じたことがありましたら遠慮なく感想欄で呟いてください。私はできる限り返信させて頂きます。また、感想欄は覗くだけでも新たな発見があるかもしれない場所ですので、創作の種を探している方も是非一度お立ち寄りくださいませ。……本当は感想投稿者同士の絡みがあると面白いのですが、難しいですよね。
それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
※本作はコラボ企画対象のテクストとなります。もし、コラボしたい! という方がいらっしゃいましたら、メッセージか感想欄でお声掛けください。




