Act.3-12 屋敷と城下町の案内と義弟の不安(と書いて自意識過剰と読む)
<一人称視点・ローザ=ラピスラズリ>
翌朝、仕事は昨日のうちに終わらせてやって来たジェーオとアンクワールに押し付けたから問題ない。
そういえば、一年前はダブル中年太りのジェーオとアンクワールだけど一年間の間にナイスミドルの二人組になっている。……まあ、ダイエットクッキーの被験体にしたからねぇ……一號と二號?? どっちがどっちか分からないけど。
そういえば……。
『……圓さんの後ろに鋭い目の白い服を羽織った男が見える』
『姐御、なんで両手の甲を見せるようにピンと指を伸ばしているんですか……怖いんですが』
ダイエットクッキーを毎日食べるだけの簡単なお仕事を提案した時、何故かブルブル震えていたけど……別にダイエットクッキーの被験体にしただけで大したことはやっていないんだけどねぇ。化野さんが背後に見えたとか……心外だよ。ボクはあんなにマッドじゃない。
「まだ屋敷の中を使用人さんに案内はしてもらっていないんだよねぇ?」
「……はい」
「別に責めているんじゃなくてねぇ……うん、どこから回ろう? ついでに街とかも回った方がいいと思うしねぇ」
とりあえず、まずは屋敷を回って要所要所で解説して、最終的に調理室に行く……というところまで脳内で纏め終えると、ネストに割り当てられた部屋から庭方面に廊下を進みつつ、「ここは誰の部屋だ」とか「何に使われている部屋だ」とか……そういうことを説明していたんだけど。
「……何やっているの? 痴話喧嘩??」
廊下の一角で若い執事の男の胸倉をリボンの似合うメイドが思いっきり掴んでいた。
「あっ、おはようございます、ローザお嬢様。痴話喧嘩とかじゃありませんわ。この男の朝一番の挨拶が『よっ、今日も貧乳だな』だったのでムカっときて胸倉を掴んでいるだけです」
「ああ……なるほど」
「納得しないでくださいよ……ほら、昨日ナンパしたお姉さん達がみんな立派なものをお持ちだったから、アクアの俎板を見て安心したというか……というか、お嬢様、目が笑ってなくて怖いんですが。これ、本当にまずい……ネスト様でしたね、自己紹介前に恐縮ですが、この二人止めてください!!」
ああ、全くダメだねぇ……何がダメかって、アクアに気があるのに取っている態度が的外れなんだよ。
まあ、アクアにとってヒースは対象外だし……ところで。
「ほら、ネストが困惑しているでしょう? ……さて、アクア、これどうする? 埋める??」
「それいいですね。庭に埋めて土に返しましょう」
それだけの言葉を交わしてヒースを素早く鉄鎖で縛ると庭に運んでいき……。
「【練金成術】」
【練金成術】で土に干渉して大穴を作ると、そこにヒースを入れて顔が出るところまで土で埋め直した。
「あの……お嬢様、それを一体どうするつもりですか?」
統合アイテムストレージから取り出した『雷神の鉄槌』を振りかぶったまま小首を傾げるボクに引き攣った顔のヒースが青い顔をしながら聞いて来た……いや、分かっていることを聞かれてもねぇ。
というか、ネストが怯えちゃったか。……でも、こういうセクハラ男はボコしておかないといつか図に乗るからねぇ。
「えっ、本当は分かっているよねぇ? 掲げられて高まった位置エネルギーは運動エネルギーに変換されて……鉄槌!!」
「なんで朝っぱらから仕事増やすんですか! それ直すの俺なんですよ!!」
そう言いながら投げてきた備中鍬に似た農具を『雷神の鉄槌』で打ち返し、統合アイテムストレージに収められていた「100万トンハンマー」……という名の風船細工を振りかざした。
……あっ、ヒースが気絶した。……この人、どこかのホロホロ女と同レベルの精神力なのかな? それでよく戦闘使用人が務まるよねぇ。
備中鍬に似た農具を投げてきたのはカッペ=マージェスト。麦わら帽子に袖の長い服と長ズボンという見た目の茶髪のイケメンの庭師だけど、その正体はブライトネス王国の辺境で花屋を営みながら、裏で様々な暗殺依頼を請け負って来たプロの殺し屋。
何故か農具を使って殺すことを極めたプロの農具使い……よく村人Aみたいな格好をして潜入しているんだけど……イケメンだから無駄に目立つ。絶対モブじゃないよねぇ、って奴、そもそも攻略対象になってもおかしくない見た目だから、ヤバイよねぇ。
「……というか、お嬢様のせいで庭が削られたの、結構根に持っているんですよ。……代わりに香辛料の育成っていう面白い仕事をもらえたので、それについては感謝していますが……あれ、難しいんですよね。こういう難題だからこそ、燃えるんですよね。……ところで、ヒースってどうします? 畑の肥やしにします? ここ畑じゃなくて中庭ですけど」
「ボクが錬成を応用してサクッと埋めて、芝とかもきっちり直しておくので、カッペさんは自分の仕事に戻ってもいいですよ」
「……それならそれで、庭師としてどうかな、と。……ローザお嬢様なら俺よりもきっちり仕事しそうですし……って、何やっているんですか!?」
ああ、地面の鉱物を錬成して作った即席パンチマシーンでヒースにアッパーみたいなのを喰らわせて吹っ飛ばしたんだけど、ちょっと派手過ぎたみたいだねぇ。
鉱物を分散させてから庭を埋め戻し、「後はよしなに」とカッペに任せた。
カッペはぶつぶつと文句を言いながらも、嬉しそうに庭を直していく……。
「……おい、なんでヒース坊がこっちに飛んできたんだ?」
あっ、ヒースを回収してくれた奇特な人がいたみたいだ……。
庭師長の立ち位置にある白髪の老人で気難しくてほとんど人と交流をしない性格と思われているが、実際は真面目で直向きに仕事と向き合う職人肌。
処刑人の一族ウィズリー家出身で、首切り包丁と呼ばれる二メートルを超える巨大な刀で、血を吸うことで刀身を修復・強化する妖刀を武器にするパペット=ウィズリーだねぇ。
「まあ、折角来てもらったし紹介しておくよ。庭師長のパペット=ウィズリーさんと、庭師のカッペ=マージェストさん。リボンが似合うメイドのアクアさんと、さっき吹っ飛んできた残念イケメンが執事のヒース=グラナスさん。ヒースさんのお姉さんがメイド長を務めるヘレナ=グラナスさんなんだけど……まあ、見かけたら紹介するよ」
「…………ネスト=ラピスラズリです。……よろしくお願いします」
……ああ、パペット達がそれとなくネストのことを観察しているねぇ……本当に次期当主に相応しいか。
乙女ゲームにおいては、傲慢な義姉と勘違いした義母が障害だった……だけど、今世ではボク達が障害ではなくなった代わりに、ラピスラズリ公爵家の公爵――当主を継ぐ素質があるかどうか、それを使用人やカノープスに判断されるというそれはそれで大変な試練が待ち受けている。……間違いなく乙女ゲームの時よりハードになっている気がするんだけど。
「それで、ローザお嬢様……ヒース坊は別にいいとして……。やっぱり、香辛料の育成は厳しそうです。特に、カルダモンが」
「そもそも、設定か何かが影響しているのか、元々気候的に香辛料そのものとの相性が悪いみたいだからねぇ。どうしてもエルフや獣人族の特産品にしたいっていう強固な意思というか、強制力が働いているみたいだけど……まあ、カルダモンは大倭秋津洲でも育成が困難だったからねぇ。科学の粋を結集して、なんとかというところだけど……効率が悪過ぎて量産するのは困難だし、あの王様もなんとなくエルフや獣人族との交易のサポートをしてくれそうな嫌な予感がするから、そのうち香辛料の方はなんとかなると思うよ。……とりあえず、魔法によって急速に失われた地味を回復する方法として提案しておいた『土ごと発酵』……あれなら、魔法農耕とハイブリッドでも……やっぱりできるだけ魔法に頼らないようにした方がいいかもしれないねぇ、どうしても早期に収穫したかったり、物凄いエネルギーを必要とする植物だったりしたら致し方ないけど」
「……しかし、その分皺寄せがくるでしょうな。やはり、組み合わせ……その都度、臨機応変に対応すべきでしょう」
米や小麦、麦などの主食を含め、農作物を魔法によって土地の生命力を無理矢理に引き出すことによって無理矢理育てるという方法がこれまでこの国……というか、人間の国では行われてきたらしい。
それでは先細るだけだと考えたボクはまずはパペットに農地を冬穀(秋蒔きの小麦・ライ麦など)・夏穀(春蒔きの大麦・燕麦・豆など)・休耕地(放牧地)に区分しローテーションを組んで耕作する三圃式農業、イングランド東部のノーフォーク州で普及した輪栽式農法のノーフォーク農法、などなどを提案、試験的に実験しつつそれをデータ化して纏めていった……んだけど、何故かその情報がラインヴェルドにまで伝わって、それなら実際に改革をしていこうという流れになったみたい。……当然、反対する魔法師も中には存在した。農作業における魔法師の需要というものも実際に存在していたからねぇ……まあ、ラインヴェルドがあの人にしては珍しく丁寧に「こうこうこういう理由で」と説明して、それでも断固として反対してきた者達については「クソつまんねえ奴らだな」とバッサリ切り捨てて、それからどうなったかは闇の中。
……この国の深淵を覗いちゃったみたいだよねぇ。まあ、このラピスラズリ公爵家も深淵の一つなんだけどさぁ……それも、【ブライトネス王家の裏の剣】と呼ばれるような深淵の親玉みたいな存在なんだけど……というか、もう悪役令嬢とかそのレベルじゃないよねぇ? ……死神令嬢??
「それじゃあ、ボク達はそろそろ行くよ。ネストに屋敷の案内をしないといけないからねぇ」
「……申し訳ございません、ご迷惑をおかけして」
「謝る必要はないよ。お姉ちゃんというものは頼るべきものだろう? もう家族なんだから遠慮する必要はないさ」
……まあ、家族として認められたとしても、ラピスラズリ公爵家の当主に相応しいと認められるか否かはここからが本番なんだけどさ。
その後も屋敷の色々な場所を回りながら使用人達を紹介し、調理室でジェイコブとペチカと合流してからは三人で軽い昼食を用意して、ネストと二人で屋敷の外に向かった。
そしてそこからは城下町を歩きながら色々なところを巡って……。
「とりあえず、こんなところかな? 楽しんでもらえたと嬉しいんだけど」
「…………なんで、お姉様……姉さんはそこまで僕にしてくれるの? 僕は……父さんが娼婦と一夜の過ちを犯して生まれてしまった子供で、貴族には相応しくない……卑しい子供……それに――」
ネストには確か強力な風の魔力を持っているけど、その力を上手く制御できないという設定があった。
ソーダライト子爵家の当主と娼婦の間に設けてしまった子供であり、そのことから義母や異母兄弟からイジメられていた……んだけど、ある日魔力を暴走させてしまい、そこから「化け物」として扱われるようになる。
そのことをネストは怯えながら、屋敷の庭でボクに聞かせてくれたんだけど……。
「で、言いたいのはそれだけ??」
「それだけ……って、僕の力が暴走したら姉さんが傷を負っちゃうことになるんだよ!」
「はっ? 何を言っているんだい? 自分のことを化け物だなんて……随分と自意識過剰だよねぇ……化け物っていうのはこういうモノのことを言うんだよ」
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それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
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