【季節短編 2021年ハロウィンSS】サウィンナイト・レディオ 上
百合薗邸の本邸、その地下には水素爆弾どころか反物質爆弾すら余裕で耐えられる高性能シェルター兼中央司令室が存在する。
まさに、百合薗グループの中枢部と言える場所で、化野學が開発した超高性能コンピュータ――ハイパー・トリプルコンピュータ「百合」もこの中に設置されている。
有事においては作戦本部となるこの部屋に、その日、百合薗圓とその腹心である忍統括の常夜月紫、桃郷清之丞、渡辺満剣、千羽雪風、土御門遥、赤鬼小豆蔲、迦陵大蔵と言った錚々たるメンバーが集まっていた。
「皆様、お待たせして申し訳ございません」
「石澤さん、鳥越さんをここまで案内してくれてありがとう。久しぶりだねぇ、鳥越さん」
「お久しぶりです、圓さん。皆様にはお初にお目にかかります。大倭警察庁警備局所属の鳥越新城と申します」
「推理倶楽部 Bengal」の二代目主宰である元陽夏樹家執事の石澤忠教が百合薗グループの中枢へと案内したのは大倭警察庁警備局所属の公安警察である鳥越だった。
「圓さんの交友関係って広いよなぁ。……というか、普通の公安警察って本名や所属を名乗らないんじゃないのか?」
「普段はそうしていますが、財閥七家の一つ桃郷家当主であられる清之丞様、《鬼斬機関》のトップである渡辺満剣様、陰陽寮のトップである土御門遥様、『調停者』赤鬼小豆蔲様、そして『情報に巣食う大妖怪』の二つ名で知られる迦陵大蔵様を前にして隠し事をする方が恐ろしいですから」
「……まあ、俺や清之丞や雪風や遙さんは別として顔の広い小豆蔲さんと、得体の知れなさ過ぎる迦陵大蔵和尚は一発で正体を見抜きそうだしな」
「買い被りだよ、満剣さん。……あたしも流石に気付けないよ。ただ、迦陵和尚は気づいていたと思うよ」
「そりゃ、僕も忍びの端くれだからね。全国に配備されている公安警察の顔と名前は全て把握しているよ」
「……圓さん、この和尚一体何者なんですか? 今のは流石にブラフですよね?」
「まあ、それくらい普通だと思うけど。割と最近調べて知ったんだけど、迦陵さんは室町時代頃に皇導院の斎嶋霽月と肩を並べるほどの化け物として裏の世界……と言っても、本当に深淵の辺りだけど、知られていたようなんだ」
「皇導院? 聞いたことがないな。……裏に関わる組織の一つか? 名前を聞く限りだと、神帝に所縁のありそうだが」
「最も歴史の深い邪馬家に残された資料によると、大倭秋津洲の黎明期、邪馬家と覇権を争った初代神帝である神煌帝に仕え、そして現在に至るまで大倭秋津洲を陰で支配する権力者の一団、それが皇導院だよ。元老院、元老衆、天導院などとも称される彼らは、帝室の守護並びに大倭秋津洲の「表」の秩序が「裏」の勢力により乱されないようにそうした者達を退治し、封印し、排除することを生業としていた。陰陽寮や《鬼斬機関》の設置以後は、国家を揺るがすレベルのもののみに対処するようになり、表側にその姿を見せることはほとんど無くなったそうだけど。……皇導院の人数は十人から一五人の間を変動しており、全員が神道系の重鎮により構成されているそうだ。その中でも四大老という皇導院中でも最も発言力の強い四家の当主がいて、この四人は初代神煌帝の時代から仕えている側近達であり、現在の神帝よりも強い権力を有する。その一人が、斎嶋霽月だよ。……この辺り、公安警察で共有されていたりするのかな?」
「されている訳ないですよ! というか、それってつまり大倭秋津洲が国として生まれた頃から神帝に仕えている方々ってことですよね。……本当にあり得るのですか?」
「十分あり得る話だよ。そもそも財閥七家のほとんどはかなり昔にまで遡れるし。……特に、仙人三家とかねぇ。まあ、正直財閥七家やボクより恐ろしい人だよ、迦陵さんは」
「僕にとっては君の方がよっぽど恐ろしいけどね」
互いに微笑を浮かべ合う圓と迦陵の並々ならぬ迫力に公安警察といってもやっぱり表側の人間である鳥越は涙目である。
「そもそも、私、今回は公安警察としてじゃなくて松蔭寺派の警察の人間としてここに呼ばれている筈なのですが」
「あー、そうだったねぇ。みんなは興味ないかもしれないけど、大倭警察庁と首都警察は現在三つの派閥に分裂してしまっている。一方は松蔭寺辰臣を慕っていた者達からなる松蔭寺派、そしてもう一方が瀬島の息の掛かった瀬島派、或いは石取寿一派と呼ぶべきか。……三つ目はどちらにも与しない中立派、あるいは無派だから気にする必要は特にないかな。鳥越さんは警察学校時代の松蔭寺辰臣さんの一年後輩で、右腕とされる方なんだよ。松蔭寺さん亡き後は松蔭寺派閥の中心人物として「推理倶楽部 Bengal」とも繋がりを持っている。その伝でちょっと石澤さんが仕事をお願いしたようでねぇ。……まあ、簡単に言ってしまえば行方不明事件だよ」
「なるほど、それで私達に声が掛かったのですね」
「流石は雪風さん。一を聞いて十を悟ってくれてとても嬉しいところだけど、一応説明させてもらおう。「推理倶楽部 Bengal」にかなりの数の行方不明捜索依頼が舞い込んだ。そこで鳥越さんに調査を依頼したんだけど、確認したところ失踪者はここ一年の間で約二十万人。場所はまちまちで関連性は微妙に思えるんだけど、四年間で失踪者は八万ちょっとだからこれは流石に多い」
「……まあ、異常事態だよな」
「警察内部でもこれは異常だという認識が持たれたんだけど、場所もバラバラで全国各地、管轄も違うから捜査は難しい。そもそも、二十万人全てが同一理由で失踪したというのもでき過ぎていると思うでしょう? まあ、そんな訳で積極的な捜査は行われず仕舞い。……しかし、「推理倶楽部 Bengal」に送られた行方不明捜索依頼には奇妙な共通点があることに石澤さんが気づいたんだ。失踪したと思われる時間は全て夜から明け方に掛けて、いずれも近くでラジオが鳴りっぱなしになっていたという。流石に聞いていたラジオの局までは一致しなかったんだけどねぇ。……霊力には電波に近しい性質があるって、前に雪風さんに教えてもらったと思うんだけど」
「……えぇ、ラジオに干渉する形で何かしらの怪異が人間を攫った可能性は確かに考えられると思うわ。……でも、本当に怪異の仕業なのかしら? 正直、前例はないわ。これだけの短期間に攫っているとしたら怪異の中でも上位の存在だと思われるけど、でも、そういう上位の鬼はテリトリーを決めていて、そこに入ってきた人間を襲って血肉を喰らい、力を得るというのが普通。わざわざ危険を冒すのは血気盛んな若い鬼か、何らかの目的があるものに限られる。……赤鬼さんは鬼の側から見て今回の件についてどういう見解を持っているのかしら?」
「……あたしを悪鬼の代表扱いされるのは心外だよ。そもそも人間を襲って血肉を食らったことはない。あたしの知り合いの怪異も大体は人と敵対する道を選ばなかった者か、過去にそういうことをしていても現在は改心して人間に手を出すのをやめた者達ばかりだよ。……例えを上げると保険会社でライン部長として働いている玉藻久遠さんや、櫛名田法律事務所で代表弁護士として活躍している八岐智美さん、故人だけど社長秘書から出発して、その後、本部経理部経理課主任、本社営業本部総合広報課係長、と着々と地位を高めて最終的には本社専務取締役にまでなった絡新婦の天蜘蛛菊夜さん、この辺りかな? いずれも、人と敵対したことはないか、もう敵対する気はないと聞いているよ」
「ほう、天蜘蛛さんか。随分と懐かしい名前だね」
「迦陵さん、知っているんだ。彼女、以前若い鬼斬に手酷くやられたから極力目立たないように動いているって聞いていたけど」
「彼女が亡くなったのは……確か、僕の記憶が確かなら七夕の日だった。丁度その日、僕はさっき名前の上がった斎嶋さんと一緒に天蜘蛛さんと会う約束をしていたんだ。……彼女とは室町時代に戦った経験があってね、彼女の強さは僕達も承知していた。この国が瀬島派に蝕まれている。しかし、それを皇導院だけでは止められないところまで来てしまった。そこで、天蜘蛛さんにこちら側について戦ってもらえないかと打診するつもりだったそうだよ。……まあ、彼女は戦いの世界から既に去っているから交渉は困難を極めることが予想されていたけど。それでも、一応会ってくれることになったから芽はあったと僕は思っている。……場所は山城ホテル、圓さんも気づいていると思うけど、例の山城ホテル爆破事件が起こった日だよ」
「……なるほどねぇ、思わぬ話が聞けて良かったよ。月紫さん、この話はくれぐれも斎羽さんには内密に。……まさか、斎羽朝陽さんの死の要因が、皇導院が秘密裏に戦力を増やそうと天蜘蛛さんに接近しようとしたことに気づいた瀬島派が事前にその企てを潰すために天蜘蛛さんを殺そうとして田村勲を使わせた、なんてことが知られたら余計話が拗れるからねぇ。ただ、斎嶋がつまらない企てをした結果としてあれだけの人が死んだ。……そりゃ、神帝さえ生き残れば大倭秋津洲が滅ぼうと問題がないと思っている連中だけどさぁ、もう少し思慮ある行動をしてもらいたいものだよ。……この仮はいつかボクが代わりに返すって皇導院に伝えてもらっていいかな?」
「承知致しました、圓様」
「……伝えておくよ。まあ、どの道、皇導院との戦いは避けられないと思うけどね。瀬島派と同じくらい皇導院は財閥七家、いや、それ以上に百合薗圓、君を敵対視している。神帝の権力を脅かす君達のことが心底恐ろしいようだよ」
「その時はどっちにつくのかな?」
「そりゃ、勿論、圓さんだよ。僕は死にたくないからね。時代が誰を中心に回っているかを見定められないほど僕も耄碌はしていない。いくら昔のよしみだったとしても、泥舟に乗るつもりはないよ」
この一連の物騒な話を聞いていたやや一般人寄りの鳥越は心の中で「帰りたい」と呟いた。
◆
その日の夜、百合薗圓、常夜月紫、桃郷清之丞、渡辺満剣、千羽雪風、土御門遥、赤鬼小豆蔲、迦陵大蔵というメンバーは百合薗邸の圓の部屋に集まっていた。
「……なんというか、女子の部屋って感じだな」
「「私の部屋より女子力が高い!?」」
「さて、夜は長いしゆっくりしよう。お茶淹れてきたよ」
全員の好みに合わせて珈琲、紅茶、緑茶のいずれかと、お茶菓子を持ってきた圓。
部屋のテーブルの上に並べ終えると、圓はラジオを付けた。
「スカイセンサー5800か、なかなか懐かしいラジオだね」
「一時期絶大なブームを起こしたという有名なラジオだよねぇ。いくつかラジオを持っているんだけど、お気に入りの二つのラジオの一つがこれなんだよ」
「ちなみに、もう一つは?」
「化野さんが作ってくれた超高性能ラジオ。なんと、通信傍受機能まで搭載。デジタル変調の瞬間解析機能も搭載しているから、普通にどんな通信も傍受できるよ。まあ、今夜は必要ないから持ってきてないけど」
「……流石は化野さんですね」
陰陽師という一般人の常識からかけ離れた職業についている遥にとっても化野の科学というものは理解し難い領域に達している。
そして、それは雪風達にとっても同じようで、月紫と迦陵以外の面々は揃ってほとほと呆れたという顔になった。
「それじゃあ、しばらくお茶会をしよっか」
圓達がお茶会を始めたのは午後九時。それから午前一時五十九分まで続いた。
流石にお喋りだけではネタが尽きてしまったので、ポーカーと花札に興じていた圓達だったが……。
『……ザザッ、ザザッ……がとう……います。……どうも……ご愛顧……がとう……います。当……園……ラン……ークはリニューアルオープンいたします』
「……なんの宣伝かしら?」
『……大自然も満喫できる夢と魔法の国として皆様にご好評頂いております。……皆様のお越しを心よりお待ちしております』
「なんだろうねぇ? ……雑音が多くて聞き取れないけど、多分、遊園地の宣伝かな? いいねぇ、遊園地。行きたいねぇ」
「ちょっと圓さん! これ、どう考えても――」
『ありがとうございます。ありがとうございます。では、特別に皆様を当施設にご招待させて頂きます』
ラジオから白い霧が噴き出し、瞬く間に部屋を包み込む。
霧が晴れると、その部屋には誰の姿も無くなっており、無人の部屋でスカイセンサー5800がザーッと音を立てていた。
◆
目の前には夜の中でも燦々と輝くイルミネーションがされた遊園地。
圓は一人、その無人の入園ゲートに立っていた。
「……さて、と。見事に分断されてしまったようだねぇ」
『――ザーザー、おやおや、何を仰ります? お連れの皆様は初めからいらっしゃるではありませんか?』
「圓ちゃん、ほらほら一緒にジェットコースターに乗りに行こうよ!」
「咲苗って見かけによらず絶叫系が好きよね。……圓さん、申し訳ないのだけど咲苗と一緒にジェットコースターに乗ってあげてくれないかしら?」
「そう……だったねぇ」
ゲートの奥で柊木咲苗が手を振っている。その隣では五十嵐巴が申し訳なさそうな顔をしつつも咲苗の願いを叶えたいと二人で過ごせる時間を作ろうとしていた。
(……強力な暗示を掛けられたようだねぇ。しかし、怪異も愚かだ。記憶を読み取って上手く利用したようだけど、ボクのことを圓と呼ぶ訳がないし、二人とデートなんてことには絶対にならない。……あの聖代橋曙光と荻原鋼太郎が絶対に絡んでくる。……これはボクの願望の顕在化なのか、まあ、詮索は後でいいか。――座標は掴めた。後の捜査はお願いして、しばらくは百合鑑賞と洒落込みますか。……月紫さんと一緒が良かったんだけど、絶対にこの二人と相性悪いし、恐らく出てこないと思うけど)
素早くスマートフォンを操作して陽夏樹燈にメールを送ると、圓は咲苗と巴の後を追う。
「二人とも、ちょっと良いかな?」
「ん? どうしたの? 圓ちゃん」
「二人と一緒に遊園地を満喫したいなぁ、と思って。いや、勿論、ボクは二人の百合を遠くから眺めていられたらそれで十分なんだけど?」
「……私は不満だなぁ。圓ちゃんとデートしたい」
「……そういうことだから、咲苗とデートをしてあげてもらいたいのだけど。でも、意外だったわ。圓さんってあんまりこういうの好きじゃないって思っていたから」
「そうかな? ボクってテーマパーク好きなんだけどねぇ。じゃあ、百億万歩譲って三人でデートってことでいいかな?」
「……むぅ。でも、圓ちゃんが言うなら仕方ないか」
ムクれる咲苗を巴と二人で宥めてから、圓達はまずジェットコースターへと向かった。
◆
常夜月紫はずっと違和感を感じていた。
すぐ隣には大好きな圓がいる。二人での誰にも邪魔されないデートは月紫にとっては何よりも幸せだ。
……しかし、何かが、何かがおかしいのだ。
(……私は、幸せなのよね? 幸せよ……幸せな筈。圓様と二人でデートができて、満ち足りている筈……でも、何なのかしら? この違和感は……私は、何か大切なことを、忘れてしまっているような?)
「どうしたの? 折角二人で遊園地に来たんだし、楽しく遊ぼうよ。……いつも月紫さんには寂しい思いをさせちゃっているからさ。だから、その分の埋め合わせをしたくてねぇ。……手、繋いでも良いかな?」
メリーゴーランドのイルミネーションに照らされる圓が差し出す手を月紫は自分でも不思議な胸の疼きを感じながら取った。
メリーゴーランドでデートをした二人は続いてお化け屋敷へと向かう。
『ぎゃぁぁぁー!!! 助けて、だしゅけでぇ! ももがみしゃぁんッ!!』
お化け屋敷に着いた直後、出口から一人の少女が飛び出してきた。
身体が透き通るように薄く、その周囲には青白い炎が揺れている。白いワンピースを纏った少女は僅かに浮遊している。
その幽霊の特徴と、幽霊にも拘らず怖がりという性格から圓から以前話を聞いた半端な鬼斬能力を持つ探偵の助手を務める朽葉灯里、享年十四歳だと理解した月紫は、事情を聞くべく灯里の前に立ちはだかった。
「止まりなさいッ!」
『ひっ、ひぃ! な、なんなんです!?』
「事情を説明しなさい! 一体何故貴女がここにいるの!」
『だ、誰なんです!? あ、貴方はおっかない百合薗圓さん!?』
「おっかないですって!?」
「まあまあ月紫さん落ち着きなよ。久しぶりだね朽葉さん。まさかこんなところで再会するとは思わなかったよ」
『私だって思わなかったですよ!! そもそも、ラジオを聴いていて気づいたらお化け屋敷の中にいるし、暗くて怖くて走ったら百上さんとも離れ離れになっちゃうし』
「ラジオ? ……そう、そうよ! 私達はラジオを聴いていて……そう、怪異の調査をしていたのよ! それで、ラジオから声がしてきて」
「月紫さん、何を言っているの? ボク達は二人でデートに来たんだよ。……朽葉さん、百上さんならお化け屋敷から出てきたみたいだよ」
『えっ!? 本当だわ! 百上さん!! 怖かったよー!!!』
百上の元に駆けて行く朽葉を見送った後、圓は月紫へと手を差し出す。
その手を――月紫は取らなかった。
「貴女は、一体誰なの?」
「何を言っているのかな? ボクはボクだよ」
「……全て思い出したわ。貴女は、私の大好きな、忠誠を捧げた圓様じゃない」
『残念でございます、残念でございます。貴女はお客様になっていただけないようです。お帰りはあちらでございます』
あのラジオと同じ声が月紫の耳朶を打った瞬間――遊園地が、そして圓が急激に遠くなっていった。
深い霧が立ち込め、その中をビデオを逆再生するように後ろへと引っ張られて行く。そして――。
「……月紫さんも外へ出されちまったのか」
先程の煌びやか遊園地と比べ物にならないほど寂れた深夜の遊園地……だった廃墟。
無数のヘリのライトに照らされた光の中で声を掛けてきたのは桃郷清之丞だった。他に渡辺満剣、千羽雪風、土御門遥、赤鬼小豆蔲、迦陵大蔵、百上宗一郎。更には陽夏樹燈と斎羽勇人の姿もある。
「これは、どういうことかしら?」
「遊園地の真相に気づかれたから追い出されたってことだろうね。……僕は斎嶋さんと行動を共にしていたんだけど、流石に彼と二人で遊園地ってあり得ないからね。すぐに気づいて問いただしたら追い出された。厄介な怪異だね、これは」
「俺と満剣と雪風さんはこの三人のメンバーだったが、俺と一緒にいた御剣と雪風さんが偽物だった。二人も同じ状況だったらしい。怪異の調査のことは鬼斬だから暗示を掛けられても忘れなかったが、執拗に遊園地の探索に向かわせないように動いていたから問いただしたら……退治する前に追い出された」
「私は蘆屋祓齋さんと一緒でした。まず二人でデートのシチュエーションになることはないので、すぐに偽物だと気づけました」
「あたしは玉藻久遠さんと八岐智美さんと一緒だったよ。でも、あの久遠さんが夜の遊園地に来るなんて絶対にあり得ないし」
「朽葉がお化け屋敷を怖がらなかった時点で察した。……だが、本物の朽葉はどこへ行ったんだ?」
「百上さんね、圓様から話は聞いているわ。その朽葉っていう幽霊の子なら猛スピードでお化け屋敷を出てきたタイミングで会ったわよ。貴方の偽物と一緒にどこかに行ったみたいだけど……」
「……心配だな。無事だと良いんだが」
「となると、分かっている範囲だと囚われているのは圓様と朽葉さんか。あー、月紫さん、圓様からは無事だって報告が入っているから安心してくれ。俺と陽夏樹は圓様から座標を送られてここまで急いで飛んできたんだ。そして、圓様から依頼された調査もついさっき化野さんと柳さんから報告が上がった」
「流石は圓様ね。それで、ここは一体どこなのかしら?」
「武蔵国のベッドタウンである白銀市の山奥、かつて遊園地白銀ランドパークがあった廃墟です。このテーマパークは一年前、遊園地白銀ランドパークが融資を行っていた管理会社が提示した『一ヶ月で三十万人の入場者が無ければ閉園を求める』という目標を達成できず、閉園を余儀なくされたようです。後には莫大な借金だけが残り、その借金を全て背負わされることになった支配人は闇金に追われる日々に耐えかねて家族を巻き込んだ無理心中を図り一家死亡という最悪の結果を迎えました」
「……では、その支配人の怨念が悪霊化したということかしら? 『一ヶ月で三十万人の入場者が無ければ閉園を求める』……それが未練? ということは、行方不明を遊園地に閉じ込めたのは三十万人の入場者を強制的に集め、閉じ込めておくため?」
「雪風さんの推理には納得がいくところもありますが……霧を利用した援軍の侵入妨害、私達でも感知できない巨大な異界の構築、記憶で作った再現性の高い幻と記憶改変で疑いを無くす……これほどのことをたった一人の亡霊の力だけでできるでしょうか?」
「遥さんの意見に僕も同意するよ。『一ヶ月で三十万人の入場者が無ければ閉園を求める』という与えられたノルマ、この遊園地を守ろうと従業員達は必死で働いた筈だ。『一ヶ月で三十万人の入場者』に対する並々ならぬ執念、そして果たされなかった強烈な未練。僕は支配人個人の悪霊というより、この地に溜まった強力な執念が怨霊の集合体となり、この【不在の遊園地】を創り上げたのだと思う」
「圓様も同じようにお考えのようです。……しかし、困りましたね。圓様の座標はすぐ近くを示しています。しかし……」
「えぇ、私達にも異界は見えないわ。一体どこにあるのかしら? 近い筈なのに全く感じ取れない、面倒極まりないわね」
「たった今、圓様から指示のメールが送られてきました。直ちに遊園地に突撃するように……と」
「いや、だからその突入方法が分からないんだって。圓さんも無茶を言うよな」
清之丞の言葉に御剣達も同意する。今回は大蔵もお手上げらしい。
「目に見えず、音も聞こえず、感じ取れない……ただそれだけ」
「えっ!?」
「と、圓様のメールに書かれています」
「それってつまり、見えていないだけ、聞こえていないだけってことですよね。なるほど、そういうことですか」
「なるほど、確かに言われてみれば簡単な話ね。視覚操作と聴覚操作……感覚操作とも言うべきかしら? その力で遊園地の異界を隠していた。それが、真実なのね」
「そうと分かれば簡単だな。遥さん」
「分かっているわ。結局は陰陽術の奇門遁甲と同じ感覚に作用する力。それを破る術は勿論あるわ」
その場の全員に陰陽術を掛けた遥。その結果、目の前にあの絢爛豪華な遊園地が姿を見せた。
「これが……遊園地」
「まるで重ね合わせたみたいに……あれが、異界の入り口か」
「百上、お前はどうする? 鬼斬としては半端ものだ。朽葉がいなければ大した戦力にはならない。ここで陽夏樹さんと斎羽さんと待っているべきだと俺は思うが」
「朽葉がまだ中に囚われている。俺の手で彼女を助けたい」
「だよな。それじゃあ、突入は俺、御剣、雪風さん、遥さん、赤鬼さん、迦陵和尚、月紫さん、百上、このメンバーで行う。分かっていると思うが、相手は推定大怨霊級の怪異だ! 油断するなよ!」
◆
『ああ、ああ、なんてことでしょう。おかえりになったお客様が、何故ここにいるのです。当施設は再入場できない筈ですのに』
「さぁ? なんでか少しは自分で考えてみたらどうかな? 遊園地の亡霊さん?」
『な、なんでお客様が。お客様は、さっきまでお連れ様と一緒に遊園地を……』
「ボクがさぁ、気づかないと思った? というか、杜撰じゃない? もっとやり方あったでしょう? 折角記憶読み取れるならもっと高性能の幻を作りなよ」
月紫、清之丞、御剣、雪風、遥、赤鬼、迦陵、百上がエントランスに突入した直後、圓は刃を月光の光で輝かせながら遊園地のお土産屋の屋根の上に立ち、亡霊の当惑から出た言葉にダメ出し混じりに返した。
『残念でございます。残念でございます。三十万人の入場者、我々の悲願は達成を目前として……仕方ありません。ここは、何処にもない遊園地。皆様におかれましては、私共同様、何処にもなくなって頂きます。そして、我々は再び悲願に向かって進み続けることにしましょう』
「――ッ!? おいおい、マジかよ! 置物とか、マスコットキャラクターとか、色々なものが襲い掛かって――」
「……まるで遊園地のパレードみたいだね」
「感心している場合じゃない。百上、とっとと朽葉を探してこい!」
「桃上一刀流・桃李成蹊」
猛烈な踏み込みと同時に、裂帛の声と共に百上は朽葉を探しに駆け抜けて行く。
「木剋土、土剋水、水剋火、火剋金、金剋木……陰陽五行の力を束ね、一線を引け! 陰陽境界」
「……痺れてもらうよ。おっ、予想外。効いているみたいだね。案外、弱いみたいだ」
「神境。纏幻の秘儀――鬼火灼天」
「桃郷一刀流奥義・浄土桃斬」「渡辺流奥義・颶風鬼砕」
「千羽鬼殺流・禄存-樹斬-」
百上が朽葉を発見して、側にいた百上の偽物を倒す――その前に、遊園地の亡霊が嗾しかけた全戦力は壊滅した。
嗾しかけられた中には遊園地に囚われた者達を惑わせていた幻影達の姿もあった。そのため、ようやく騒ぎに気づいた囚われの身だった行方不明者達は状況を理解できずパニックに陥る。
『ももがみしゃぁんッ!!』
「大丈夫だ! 俺は手を離さない! もう二度と!」
「落ち着いてください! あのエントランスを潜れば外に出られます! 後ほど状況を説明しますので、今は慌てず、そして冷静に非難をしてください!」
遥達の必死の呼び掛けは、しかしかえって逆効果になった。我先に助かりたいと走る者達。そのスタンピードは激しさを増し――。
『ここは、何処にもない遊園地。皆様、ご愛顧
どうもありがとう……ございました。当、遊園地はまたどこかでリニューアルオープン致します。……しかし、このまま皆様にお帰り頂く訳には参りません。こちらは、最後の贈り物でございます』
遊園地がぐにゃりと歪み、消滅する。
行方不明になっていた客達は夢の跡の廃墟に放り出され、そして――。
「……季節外れのジャック・オー・ランタン。名付けるなら、『何処にもいないジャック・オー・ランタン』かな? 今日が十月三十一日か十一月一日なら良かったんだけどねぇ」
「サウィン祭までまだ一ヶ月近くあるね。しかし、凄い化け物だね。まるで遊園地のキメラだ。回転木馬の頭と、ジェットコースターの線路と、城の尖塔と……ゴタゴタしている。気持ち悪いね」
『私からの贈り物でございます』
青い焔がジャック・オー・ランタンの周りを回転し、猛烈な焔の弾丸と化して圓へと迫る。
「渡辺流奥義・颶風鬼砕」
圓は鋭い風の刃をイメージした霊力を武器に宿し、勢いよく抜刀して横薙ぎすると同時に爆発させて周囲全てを斬り捨てる渡辺流奥義で猛烈な焔の弾丸を搔き消すと、ジャック・オー・ランタンに斬り掛かる。
「常夜流忍術・飛斬撃!!」
「桃郷一刀流奥義・浄土桃斬」
「渡辺流奥義・颶風鬼砕」
「千羽鬼殺流・禄存-樹斬-」
「神境。纏幻の秘儀――鬼火灼天」
「痺れてもらうよ。こっちだよ? ついて来られるかな? ほら、こっちだよ? それじゃあ効かないよ? ほらほら、どんどんいくよ? 追いつけるかな?」
「朽葉、力を貸してくれ」
『分かりました、百上さん』
「『桃上一刀流・桃李成蹊』」
圓、月紫、清之丞、御剣、雪風、遥、赤鬼、迦陵、百上、朽葉――総攻撃を浴びたジャック・オー・ランタンはかなりのダメージを浴びた。しかし、流石は大怨霊、高位霊でも消滅するほどの力を浴びても消滅せずに耐えている。
『何故……何故、邪魔をするのです。貴方さえ、貴方達さえ現れなければ、ノルマは達成できていたというのに。――せめて、せめて道連れにして差し上げます! これが最後の、本当に最期の贈り物でございます!』
ジャック・オー・ランタンの霊力が上がっていく。既に《那由多の融怨》の力を一瞬上回るほどの膨大な霊力は、奔流と化して圓に殺到する。
その瞬間、ジャック・オー・ランタンは消滅した。恐らく、全ての力を引き換えにして最後に道連れにしようとしたのだろう。
「膨大な霊力だ。なるほど、浴びたらどんな防御手段を使っても死ねるね。でも、攻撃方法が単純だよ。……もう少し理性を持って攻撃していたら厄介な相手だったけどねぇ。《那由多の融怨》以上の」
圓はあっさりとジャック・オー・ランタンの攻撃を躱した。
狙いを失ったジャック・オー・ランタンの最後の一撃は誰も殺すことなく空中で四散し、消滅する。
「なんか、最後は呆気なかったねぇ」
こうして、大規模な失踪事件はなんだか味気ない解決を迎えたのだった。
◆
後日談を話そう。あの後、行方不明者達は記憶の操作を受けた上でそれぞれの家へと返された。
鬼斬や陰陽師――裏の世界のことは知られてはならない。こうした隠匿手段が講じられるのはいつものことである。
そして、例の夢の跡の廃墟だが……。
「付き合ってもらって申し訳なかったねぇ、化野さん」
「構いませんが……しかし、本当によろしかったのですか? 白銀ランドパークの廃墟を購入してしまって」
「流石に浮かばれないでしょう? 支配人の長年の夢だった子供達に夢を与える遊園地を作りたい……ここはその思いの結晶だった。結果として、その気持ちはノルマの達成という執念に呑み込まれて道を誤ってしまったけど、でも、このままだと支配人さんの家族と『何処にもいないジャック・オー・ランタン』が浮かばれないと思わない? まあ、ボクにできることは限られているけど、できるだけのことはしたいよねぇ。……しかし、遊園地の経営か。そういったのが得意そうなのはデジマーワールドの運営母体、株式会社デジマーワールドの代表取締役社長の安住孟彦さんかな? 化野さん、アポイントメントを取ってもらえないかな?」
「承知致しました」
その後、安住は恩人(デジマーワールドの経営難の際に救ってもらった恩がある)である圓の頼みを快く引き受け、白銀ランドパークの経営も引き受けることとなった。
白銀ランドパークの再開発は百合薗グループの招集した企業によって進められており、圓達が失踪した現在でも圓達が打ち出した方針に従って着実に進められている。
お読みくださり、ありがとうございます。
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もし何かお読みになる中でふと感じたことがありましたら遠慮なく感想欄で呟いてください。私はできる限り返信させて頂きます。また、感想欄は覗くだけでも新たな発見があるかもしれない場所ですので、創作の種を探している方も是非一度お立ち寄りくださいませ。……本当は感想投稿者同士の絡みがあると面白いのですが、難しいですよね。
それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
※本作はコラボ企画対象のテクストとなります。もし、コラボしたい! という方がいらっしゃいましたら、メッセージか感想欄でお声掛けください。




