Act.9-240 旧ノスフェラトゥ王国の吸血鬼至上主義の吸血鬼達 scene.2
<一人称視点・ローザ・ラピスラズリ・ドゥンケルヴァルト・ライヘンバッハ・ザール・ウォルザッハ・インヴェルザード・ジードラバイル・ヒューレイツ・グラリオーサ・ビオラ=マラキア・クレセントムーン>
さて、このままだとちょっとまずそうだし、王女宮の仕事を安心してやるためにもまずは面倒そうな吸血鬼問題を片付けようかな? と、コップと皿を片付けながら考えていたタイミングで王女宮筆頭侍女の扉が開き、右手をメイナに、左手をヴィオリューテに引っ張られながらも全く動じていないソフィスが姿を見せた。
「ちょっとメイナ! もっと頑張って押さえなさいよ!」
「む、無理よ! ヴィオリューテこそもっと踏ん張ってよ!」
「本当に何なのよこの馬鹿力! あっ、もう無理!!」
「ゔぃ、ヴィオリューテ!! 急に離すと……うわぁわぁわぁわぁ」
ヴィオリューテが遂に踏ん張りきれなくなって手を離し、バランスを崩してバタンと転け、引っ張るバランスが崩れたことでメイナも耐えきれなくなって転けた。
……なんというか、申し訳ない気持ちでいっぱいになるねぇ。メイナ、ヴィオリューテ、ボクの婚約者候補がご迷惑をおかけしてばかりで本当に申し訳ございません!
「話は全て聞かせてもらいました!!」
「……そう、聞いちゃったのねぇ」
「聞いちゃったのか」
「ど、どういうことなのよ!? 見気で聞いたのでしょうけど、一体何があったのよ!? 急に走り出して止めるのが大変だったのよ!!」
「ヴィオリューテ、落ち着いて!」
「メイナ、ヴィオリューテ、今回は本当にご迷惑をお掛けしました。この埋め合わせは必ずさせて頂きます。……少々混み合った話をしていまして、申し訳ないですが退出してもらっても良いでしょうか?」
「……そういうことね! 分かったわ! 行くわよ、メイナ!!」
「えっ、ちょ、ちょっと! ローザ様! アスカリッド様! 失礼しました!!」
ヴィオリューテに手を引っ張られたメイナが退出するのを待って扉を閉める。
……さて、戦力はボクとアスカリッドとソフィスの三人ということになるのか。若干、というか、かなりオーバーキルな面子な気がするねぇ。
なんて思っていた頃もありました。……いや、まさかその後メンバーが更に増えて、エリーザベト、エイレィーン、セルーシャ、ジョナサンを加えた七人になるとは……どこぞの国に戦争でもしに行くのかな?
まあ、内情を知らないセルーシャは「こんな少人数で本当に勝てるのでしょうか?」なんて言っていたけどねぇ。
◆
<一人称視点・リーリエ>
ソフィス、アスカリッド、エリーザベト、エイレィーン、セルーシャ、ジョナサンと共にクレセントムーン聖皇国の聖都にある天上の黒百合聖女神聖法神聖教会の総本山に転移する。
空を埋め尽くすほどの吸血鬼達と睨み合うように地上には白夜、アレッサンドロス、マルグリットゥ、カムノッツ、アリシータを中心とする天上の黒百合聖女神聖法神聖教会の全戦力が展開されている。
流石にこれだけの数(しかも、その大半が吸血鬼が苦手とする光属性系統を扱える聖職者達である)を相手にすれば被害が甚大になると判断して吸血鬼達は迂闊に動くことができず、あの程度の吸血鬼なら余裕で殲滅できる天上の黒百合聖女神聖法神聖教会側もボクの到着を待って判断を仰ぐべきであると判断し(白夜が無理矢理引き留めている状況なんだろうねぇ)、膠着状態が続いていたようだ。
『リーリエ様、瑣末なことでお呼び立てすることになってしまい、申し訳ございませんでした』
「瑣末な……こと? あの様子だと吸血鬼のほぼ全戦力が集結しているわよね?」
『……リーリエ様、その方は?』
「白夜、殺気を向けなくていいよ。この方はノスフェラトゥ王国のヴァンピール大公家当主――セルーシャ・ネフェルティ・アトレ・ヴァンピール様だよ。彼らの暴走は彼女も預かり知らなかったことで、今回の件について伝えると同行を願い出たんだ。さて、ここからはボクが直接話をつけるよ。白夜、戦力を後退させてもらってもいいかな? それと、念のためにセルーシャ様の護衛を」
「うむ、その護衛は我とエリーザベトとエイレィーンの三人で引き受けよう。その後の話し合いにはオルゴーゥン魔族王国の代表として出席させてもらうが、その前の戦いに参加する必要はどうやらなさそうじゃからな。こういうことは戦闘狂達に任せるとしよう」
「それ、ボクとジョナサンの方を見て言うのやめてくれない? 本当に心の底から傷つくよ?」
「圓殿はその程度のことで傷つくようなメンタルはしていないだろう?」
「……アスカリッドさんといい、エイレィーンさんといいボクに対してかなり酷いこと言っている自覚ある? ボクだって普通に凹むし、落ち込むし、悲しくなるんだよ? ボクって普通の女の子だからねぇ」
「普通の……女の子? えっと〜、女の子、でしたっけぇ〜?」
「……もういいよ」
アスカリッドもエリーザベトもエイレィーンも酷いなぁ、というか、前世の性別も前々世? の性別も男だったけど、精神的には割と前世も女っぽいところあったし、今の性別に至っては純正の女の子なんだけどなぁ。と思いつつ、吸血鬼達の方へと歩いていく。
その少し後ろには従者のようにソフィスが付き従い、ジョナサンは少し後方で剣に手を掛けて邪悪な戦闘狂の表情を浮かべていた。
「貴様がリーリエか?」
「なっ、貴様だと!! リーリエ様、あの蚊共を一匹残らず撃ち落とす許可を!! 必ずや全て一撃にて沈めて見せますので!!」
「アレッサンドロス、下がっていてねぇ。君らまで相手にすることになるとちょっと面倒なんだよ。……さて、ボクがリーリエだよ」
「ふっ、貴様が野良の吸血鬼か。高貴な吸血鬼でありながら人間や下等な亜人に味方をするか? くだらない。そんな愚かな貴様に我らが有難い役目を与えてやろう。姫さまをあの邪悪な神から救い出し、世界を支配する我らの吸血鬼王国の礎を築くという有難い役目をなッ!!」
……なんというか、これもう会話成立しそうにないねぇ。
お話で解決を……なんて甘い考えを抱いていたけど、それが無理なことがよく分かった。
「もうこれはやっぱり撃ち落として交渉のテーブルにつけるしかないねぇ」
「無理だとは承知していますが……穏便に解決することは……」
「セルーシャさん。分かっていると思うけど、亜人種に対する差別発言、人間に対する侮蔑の言葉……多種族同盟加盟国の国家君主としては今のノスフェラトゥ王国の元近衛騎士団騎士団長ヴァルター・カガルフォルド・ゼペッシュの発言は見過ごせない。彼を止める吸血鬼がいれば対処方法を変えたけど、その様子もないしねぇ。ここはボクが出て連中を一度ボコボコにした方がいい。まあ、それで理解できぬなら君以外の吸血鬼を皆殺しにするしかないかもねぇ。まあ、セルーシャさんには酷な話だけど」
「圓様のお手を煩わせるまでもありませんわ! あの吸血鬼の面汚し達は私が全て地に落とします!」
「ソフィス伯爵令嬢、相当やる気みたいだねぇ。ねぇ、圓さん。アイツら殺さない程度にボコすのはいいんだよねぇ」
「……はぁ。ソフィアさん、ジョナサンさん、お任せします」
怒り心頭に発しているソフィスと暴れたいジョナサンをボクが止められる筈もなく、ソフィスとジョナサンが戦線に立つのをボクは見送った。
「おい、人間二人で俺達吸血鬼様を相手できると思っているのか?」
「……魂魄の霸気《黒百合の眷属》! 《血動加速》!!」
ソフィスは吸血姫化と同時に血液を操る能力を利用することで体内の血管を走る血液を加速させ、爆発的な瞬発力を得る《血動加速》を発動――吹き出した蒸気を纏いながら空歩を使って一瞬にしてヴァルターに肉薄。
「JET掌勁」
血流を加速させたことにより生じた圧倒的な速度をそのまま威力に変えて上乗せし、掌底から発勁を放つ。
勁の技術に武気衝撃を組み合わせた一撃は流石に手加減されていたこともあってヴァルターの身体にほとんどダメージを与えなかったもののヴァルターの意識を容易に刈り取ってしまうほど強大で、意識を失ったヴァルターはそのまま地面に高速で撃ち落とされた。
「なっ!! ヴァルター様が、一撃で!?」
「次はどなたですか?」
「吸血鬼だと……しかし、先程まで人間だったではないか!? 一体どんなカラクリ――」
「それを答える義理はないかと。……JET追拳!!」
ソフィスは魔法を使う遠距離戦闘を得意としているけど、剣が使えないということもない。技量は騎士達にすら及ばないものの、それをカバーしてしまえるほどの力がある。武装闘気などの練度の他に、《血動加速》の恩恵も大きいよねぇ。
そして、どうやら拳術もある程度は習得しているらしい。闘気などの技術と勁などの武術を組み合わせてかなりレベルの高い武術を構築していることが僅かに戦いを見ているだけでも分かった。……ってか、剣を使うよりも格闘の方が強いんじゃないかな?
「追拳」そのものは単なるパンチに見える一撃だ。しかし、上手く武装闘気をコントロールすることで腕の周囲に見えない武装闘気の領域を作り出して拳の当たっていない部分にもダメージを与えることができる。
攻撃を回避できたと油断した瞬間に一撃を浴びることになるから奇襲技としてはかなり厄介な部類に属すると思う。……まあ、タネが割れればそもそも接近戦を回避するという選択をされてしまうんだけど。
まあ、吸血鬼達ではソフィスの動きを捕捉し切れていないし、そもそも回避なんてできないけどねぇ。……というか、普通に殴ってもその速度なら撃破できるんじゃないかな?
ソフィスはその後様々な体術を作って吸血鬼の半分を撃墜、ジョナサンが鼻歌を歌いながら残る半分を撃墜し、一先ず襲撃を仕掛けてきた吸血鬼達を拘束、リーダーであるヴァルターを総本山の会議室に連れて行き、残る面々は内部にいくつかある礼拝堂に放り込んだ。
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