Act.9-180 激震走る王宮の客室、衝突する霸気、包む霸気。 scene.1
<一人称視点・ローザ・ラピスラズリ・ドゥンケルヴァルト・ライヘンバッハ・ザール・ウォルザッハ・インヴェルザード・ジードラバイル・ヒューレイツ・グラリオーサ・ビオラ=マラキア・クレセントムーン>
ドレスの上から幻想級装備の『賢神の外套』を纏い、手には極めてある高い寒冷耐性を持つ幻想級装備の『氷河鼠の手袋』を嵌め、アルベルトと共に王女宮を後にする。
ちなみに、アルベルトも同じくコートを纏い、手袋を嵌めている。その意図するところは、午後のパーティーには参加しないし、急いでいるから挨拶も速やかに終わらせたいということなんだけど……マリエッタに通じるかどうかは不安が残るねぇ。
「とても趣味のいいコートと手袋ですね」
「まあ、幻想級装備ですからねぇ。特に『氷河鼠の手袋』はボクが氷属性のレイドボスと戦う際には必ず身につけていた装備品だよ。やっぱり、性能が既製品とは比べ物にならないねぇ。良かったらあげるよ。新品を――」
「新品ですか……」
「そうあからさまにがっかりされてもねぇ。ボクにとっても思い出の詰まった大切な品だからいくらお金を積まれても譲るつもりはないよ」
「でも、お揃いの手袋を頂けるくらいには心を許してもらえたいということですね」
「ポジティブに捉えているねぇ。まあ、その理解で正しいとは思うよ。実際、出会った頃に比べたら随分と心を許している。……でも、まだまだ先は長いからねぇ」
「それでも、可能性がある限り諦めるつもりはありませんよ」
もっとその熱意を別のことに向けた方がいいとは思うけどねぇ。
【万物創造】で作り出した『氷河鼠の手袋』の複製を手渡し、アルベルトが手袋を愛おしそうに見つめる姿に苦笑を浮かべながら歩いているうちに、目的地の客室に到着した。
ノックをすればメイド(内宮に配属されている商家出身のミルーヴァ=ヤーコン)が顔を出し、ボク達の姿を認めて丁寧にお辞儀をしてくれて中に入れてくれた。
そして室内に入ると、中にはラインヴェルド達に振り回されている時以上に渋面を作っているノクトと、ドレス姿のマリエッタと、壮年の男性――オートリアスがオロオロとしている姿があって……まあ、この状況から察するにボク達の来訪を聞いて令嬢らしからぬ態度を取ったマリエッタに、事前の注意事項を伝えるべく来ていたノクトがお説教をしたんだろう。そして、お説教を聞かされたマリエッタがちょっと不満そうにして、また叱られて、どうして良いか分からないオートリアスがオロオロしている……っていう状況じゃないかな?
「アルベ……じゃなかったヴァルムト様! ローザ様も来てくださったんですね!」
ぱあっと花のような笑みで歓迎してくれたけどやっぱりアルベルトが一番なんだねぇ。
まあ身分的には当然なんだけど、マリエッタにとってはボクはついでの存在で、一応挨拶をしない訳にもいかないから、って感じなんじゃないかな? まあ、厄介な立ち位置の相手として敵視はしていると思うから、本当に眼中に無しってことはないと思うけど。
「統括侍女様、失礼致します」
「……思っていたよりも早く来てくれて助かりました」
「新年早々お疲れ様のご様子ですね。……心中お察し致しますわ」
「私も陛下相手に慣れていたと思っていましたが、まだまだ修行が足りなかったようです。もう少し忍耐を鍛えるべきですね」
「……最早忍耐でどうこうなる話でもないと思いますが。身分が下の者が自分から話し掛けてはならないとお伝えした筈ですが、三歩歩いたら忘れる鶏なのでしょうか? いえ、鶏に失礼でしたね。……もし、記憶関連の障害を患っているのであれば、その点を踏まえて教育方法を変えねばならないと思います。……問題はそれが止むに止まれぬ事情なのか、それとも本当に阿呆の子なのか、それとも阿呆の子を演じて出し惜しみをしているかですね。特に第三に挙げたものであるならば、由々しき事態と言わざるを得ないでしょう。勝手に没落するならそれも致し方無し、しかし、英雄親子は王家が功績を称えて一代限りの貴族の地位を与えた相手です。沈みゆく泥舟に同船すれば、ブライトネス王家に大きな傷を刻みつけ兼ねません。……今はまだ貴族になったばかりで右も左も分からないで済むかもしれませんが、このようなことが今後も続くのであれば……まあ、それ以上のことはこの場では申しませんが、それなりの覚悟を決め、決断をする必要があるでしょうねぇ。……申し訳ございません、王女宮筆頭侍女としても、ラピスラズリ公爵家の令嬢としても、あまりにも出過ぎたことを申しました」
「統括侍女の立場から申しますと、私はそうは思いません。これがただの公爵令嬢の言葉であれば出過ぎたものと言わざるを得ませんが、貴女ならそれが許されます。……一臣民として、国の未来を憂う忠臣のお言葉、謹んで受け取らせて頂きました。後ほど、国王陛下にも一言一句違えずお伝えさせて頂きます」
大袈裟だねぇ。ってか、あのクソ陛下なら精度の高い見気で聞き耳を立てていても不思議ではないと思うんだよねぇ。……ありそうだなぁ。
「統括侍女殿、ごきげんよう。お手間は取らせません、貴重なお時間を頂きまして感謝致します」
「ヴァルムト殿もごきげんよう。ラピスラズリ公爵令嬢のこと、よろしくお願い致します」
マリエッタに飛びつかれる勢いで詰め寄られたアルベルトが彼女から距離をとってボクと同じようにノクトにご挨拶をすれば、ノクトも表情を和らげて応じてくれた。
アルベルトはマリエッタについてもオートリアスにも言及せず……ちょっとあからさま過ぎる反応だねぇ。
場の空気は緊迫し、少し肌寒いと錯覚するほど冷たくなった。
流石に場の空気がひんやりしたことにはマリエッタも気付いたのだろう、ちょっと納得いかない様子だったけど、父親が頭を下げたのを見てそれに倣った。
今日のマリエッタは、薄紅色の髪を高く結い上げて白い花を沢山編み込み、ふわふわとした素材を使ってアレンジされた黄色のドレスを着ていた。可愛らしさと美しさが両立する、流石ヒロイン……見惚れる容姿ではあるねぇ。見た目だけは絵になると思うよ、見た目だけは。
「スターチス殿ですね、アルベルト=ヴァルムトと申します。お見知り置きを。我が父、ヴァルムト伯爵より話は伺っております。本日は叙爵、誠に目出度いことと存じます」
「は、は……次期剣聖と名高く、若くして近衛となられたアルベルト=ヴァルムト殿にそのようにお言葉を頂けたこと誠にありがたく、過日は娘がご迷惑をおかけしたと聞きこうして直接お詫び申し上げる機会を頂いた次第でして……」
「あたしは、ただ……!」
「マリエッタ!」
流石に迷惑を掛けたと言われて黙っていられなかったのか、抗議しようとしたマリエッタをオートリアスが叱った。父親の声にやっぱり納得し切れていないんだろうけど、口を閉ざしたマリエッタはしゅんとした様子でアルベルトの方を上目遣いに見ている。……ちょっとあざと過ぎない? でも、こういうあざとい表情に男が弱いというのは確かなんだけどねぇ。でも、あんまりくどいと同性どころか異性からすらも煙たがられるよ? 何事もほどほど、塩梅が大切なんだけどねぇ。
「お詫びの言葉はこれ以上必要としておりません。どうぞ、これから新たな生活を送られるにあたって守るべきマナーを知り、守り、ブライトネス王国の貴族としての矜持を持ち暮らして頂けばと思います」
「……心に、刻みます」
「それが、言葉だけで終わらないことを心よりお祈りします」
なかなか辛辣だねぇ。「しっかりと態度に示せ、言葉にすることは誰にもできる」とアルベルトは事の重大さを理解し切れていないオートリアスに言ったのだろう。一方、それは優しさというか、甘さでもあると思う。ボクなら注意はせず、本当にギリギリになって取り返しがつかないところまで来てから教えてあげるんだけどなぁ。もう、お前らは終わりだって……えっ、性格が悪いって。そんな褒めないでよ。
「スターチス殿」
「は、はい!」
「こちらはラピスラズリ公爵令嬢ローザ殿です。私とお付き合いさせて頂いておりまして、本日はご挨拶を共にと思いまして……ローザ様、そのポカーンとした表情は一体どういうことですか?」
「……まあ、確かにお付き合いさせて頂いているという表現で正しい? ですわね」
「変なところにクエスチョンマークが付いていたような気がしないでもありませんが……」
「ご紹介に預かりましたローザ=ラピスラズリと申します。王宮内にて王女宮の筆頭侍女を務めさせて頂いております。業務の都合上あまり顔を合わせることもないかとは思いますが、どうぞお見知りおきくださいませ」
「これは、その……ご挨拶が遅れまして申し訳ございません! どうぞよろしくお願いいたします!!」
「もうお父さんったら! ローザ様はお優しい方だから大丈夫だって前に言ったじゃない!」
おい、アルベルトとノクト先輩、その、「えっ、この人優しいんだっけ? 恐ろしいの間違いじゃない?」みたいな表情は何なの!? っていうか、アルベルトってボクのどこに一体惚れたの? 普通は恐ろしいと思っている人と恋人になりたいって思わないでしょう!? えっ、ボクの感覚の方が間違っているの!? 教えて偉い人!!
「こ、この方にお前がご迷惑をおかけしたんだろう?」
「もう……そりゃ、勝手が分からなくてご迷惑をかけちゃったのかもしれないけど!」
ぷっと頬を膨らませて父親に食って掛かるマリエッタは年相応に見えて可愛らしいけど。……ノクトの背後に棍棒を構えて雷を纏わせた巨大な鬼が見えるよ? ってか、その雷ってもしかしなくても霸気!? えっ、知らないうちに『王の資質』が開花していたの!? まあ、確かに全ての女性使用人を束ねる統括侍女、持っていても不思議じゃないくらいの貫禄あるけどさぁ。
「それにしてもローザ様、そのお召し物ちょっと地味じゃありません? 折角ドレス姿なんですからもっと明るいものになされば良かったのに」
「マリエッタさん、私は本日ダンスパーティに参加する訳ではありません。本日は公の場に出るつもりはありませんからさほど華やいだものを選ばずとも良いのです。まあ、それはそれとしてこのドレスは素材から厳選して作った自信作の一つでして、我ながら良い出来になったと自画自賛しておりました。特に、この落ち着いた色合いが好ましいと私は思っているのですが、どうやらご趣味が合わないようですね」
「ええ!? やっぱりダンスパーティには出てくださらないんですか!?」
「……後半はスルーですか、……はぁ。それは前もってお伝えしてあったと思いますが……ああ、遅くなりましたが、マリエッタさんもそちらのドレス、とてもお似合いです。きっと多くの貴公子が見惚れることでしょうねぇ」
間違いなく、ボクの纏っているオーラは冷たくなっている。
怒りを覚えつつも、その感情を表に出さずに面倒な客に対応するコンビニ店員に近い感情かな? 話を変えるように彼女の姿を褒めてはみたものの、本当に何を考えているんだろうか?
まさか、マリエッタからお強請りしたからって公式行事に対して直前に「やっぱり出ます!!」とかできると思ってるのかな? 主人公パワーで? んなパワーあるかよ。
「スターチス殿、本日のパーティでは決してご息女から目を離さぬように」
「は、はいぃ!?」
「そのように能天気な発言、そこかしこで仕出かしては国外からいらした来賓の方々にブライトネスの威信が問われてしまいます。黙って微笑んでいるようしっかりと何度も言っておりますが、決して、決して口を開かぬように注意しておきなさい! 今日はラピスラズリ公爵令嬢とヴァルムト宮中伯令息だからこそこの場は聞かなかったことにもしてくれるでしょうが、公式の場ではそうはいかないのですよ!?」
「ま、マリエッタあぁ……頼むよ……」
……まあそうなるよねぇ、とは思っていたけど、やっぱり「黙って微笑んでおけ」って言われていたか。まあ、突貫工事のマナーでボロを出すよりそっちの方が楽で確実だからいいよねぇ。……それすらもできそうにないのが辛いところだけど。……本当にパーティ、大丈夫かな?
「と、統括侍女様! あのっ……」
そんなボク達の所に顔色を変えたメイドが慌ててやってきて、統括侍女さまに何事か耳打ちをした。
するとノクトが珍しく慌てたような顔をして、ボクの方に視線を向けた。……あの完璧な侍女であるノクトがここまで動揺するなんて珍しいねぇ。明日は槍でも降るのかな?
ボクに視線を向けたままノクトはメイドからパスされた特大の爆弾をそのまま投下した。
「……王弟殿下並びに王女殿下がスターチス父娘と面会したいと、非公式においでです。お待たせすることは非礼になりますのでお入り頂きますが、皆失礼のないように。分かりましたね、スターチス殿、マリエッタ嬢」
この様子だとノクトは恐らく関係していない。そして、ラインヴェルドが得体の知れないマリエッタにプリムラを近づけるとは思えない。
……そもそも、マリエッタの情報を探る必要はないからプリムラを接触させて何かしらを確かめる必要はないと思うんだよ。……となると、大きな失態をさせて二人に首輪をつけてやろうって魂胆かも知れないけど、あのバルトロメオがそんなハイリスクローリターンな恐ろしいことをするかな? (ラインヴェルドをガチギレさせる方が損害がデカくなるからねぇ)……となると、プリムラが頼んでヒゲ殿下がその気持ちに答えたって側面の方が大きいのかな? いずれにしても、このタイミングでのプリムラの登場は悪手だとボクは思うんだ。
お読みくださり、ありがとうございます。
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それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
※本作はコラボ企画対象のテクストとなります。もし、コラボしたい! という方がいらっしゃいましたら、メッセージか感想欄でお声掛けください。




