Act.9-157 冬の日、庭園にて――。 scene.1
<一人称視点・ローザ・ラピスラズリ・ドゥンケルヴァルト・ライヘンバッハ・ザール・ウォルザッハ・インヴェルザード・ジードラバイル・ヒューレイツ・グラリオーサ・ビオラ=マラキア・クレセントムーン>
お仕着せのままでデートはボクの場合許せないので、ノクトの執務室に行った後で着替えてからアルベルトと合流している。
ワインレッドのワンピースの上からコートを着用。生足が出ないように黒のタイツを穿いている。周りには手袋にマフラーと完全防備の人が多いけど、絶えずマナオーラを展開して寒さから身を守っているから厚着する必要ないんだよねぇ。まあ、それが無くともボクって割と寒いの得意だから生身でも耐えられるんだけど。
「マナオーラを使っているから寒くはないかな。アルベルトさんはどうです? 寒いなら場所を変えた方がいいと思うけど」
「私の方も大丈夫です。……ただ、圓殿の装いが少し寒そうだったので」
「まあ、そうですねぇ。必要ないけど手袋やマフラーで完全防備した方がいいですか? あんまり寒そうな格好していると周りに寒そうだって感じさせるかもしれないし」
これでも今年の王城は室内に限るけどかなり快適な場所になっているんだけどねぇ。
全ての宮に据え置きの冷房と暖房……エアコンを導入し、夏は扇風機、冬は魔力式ファンヒーター、炬燵に、魔力式ストーブ、床暖房と快適な仕事ができる環境が整っている。
じゃあ、暖かい室内でデート……っていうと、どこでするんだよ? って話になる訳で。王女宮でするのは絶対に違うし、それ以外の宮はご迷惑が掛かるし、ってことで、庭園しか選択肢がないんだよねぇ。まあ、王宮の外に……って選択肢もあるけど、アルベルトは仕事の休憩中であって休みじゃないからいざという時駆けつけられるように王宮詰めしていないといけない。
消去法で庭園なんだから、寒いよね、別の場所にしようよ? って言っても他に代案がある訳でもない。別に困っている訳でもないし、ここでデートすればいいんじゃないかな? というか、庭園でデートしたくないならそもそもデートそのものをやめてしまった方がいいと思うし。
「新年祭が近づいて、慌ただしくなってきましたね」
「宗教組はニコラオス聖祭と聖夜祭の準備でかなり忙しいそうだねぇ。以前はブライトネス王家も儀式に参加していたようだけど、新年祭が次の日にあるってことで大変過ぎると陛下から当時の教皇に王家抜きの形にできないかという提案があってその形になったそうだけど、本当に王家が関わらない形になってくれて良かったよ。その分、聖夜祭の方はかなり形を変えて大規模なものになったようだけど。近年はニコラオス聖祭にも力を割かないといけないから多少は楽になったみたいだけどねぇ……結果的に実質仕事が倍に増えているから、逆に忙しくなっているような気がするけど。まあ、いいんじゃないかな? 有り余る宗教熱をぶつけられる行事があって」
「……あちらはあちらで大変そうですね」
「まあ、『当日はぁ〜、アスカリッドさんとデートしたいので休ませてもらいますしぃ〜、大変そうなので準備も休ませてもらいますわ〜』っていうエリーザベトさんの宣言も通っちゃったくらいだし、そこまでブラックな状況でも無さそうだから大丈夫でしょう」
……まあ、ボクが「エリーザベトさんについては恋の方が優先だから、絶対に邪魔はしないように。邪魔したら……分かっているよねぇ?」と軽く脅しておいたのが効いただけかもしれないけど。
「新年祭の方は、新たな一年の始まりに感謝する一年の行事ごとの中で最も大切な行事ですから、王女殿下も入念に式典の内容を確認しておいでです」
「ルークディーンはパーティで王女殿下にお会いできることが嬉しくて堪らない様子でした」
「王女殿下も楽しみにしておられますよ。ルークディーン様が待ち望んでいることをお伝えすればきっとお喜びになられるでしょうねぇ」
「私の方も、王女殿下が楽しみにしておられると手紙で書いてルークディーンに伝えないといけないな」
「そうそう、肝心なことを忘れていた。午後からのパーティーですが、ファーストダンスのお相手にルークディーン様が選ばれているよ。まもなく、婚約の話も正式に結ばれるだろうし、少なくとも陛下は王女殿下のお相手にルークディーン様を、と考えておられると国の内外にアピールするつもりなんだろうねぇ」
「それはとても嬉しい話が聞けました。……それに内心ホッとしましたよ」
「ヴァルムト宮中伯家の破滅ルートは回避済みだよ。あの陛下も流石にここから不慮の事故に見せかけて……ってことにはならないと思うし。それに、既に互いを思い遣っているお二人だからねぇ、逆にこの話が無くなる方が不自然だとボクは思っているよ」
「……私もルークディーンに負けないように相思相愛の関係になりたいですね」
「そう思うなら頑張ってください。まだまだ先は長そうですよ」
「……そう、ですよね」
アルベルトを落ち込ませちゃったけど事実だから仕方ないよねぇ。それでも、アルベルト――君はボクの心を変えてみると誓ったんだ。
最大の障壁は崩れたし、少しずつだけど好感は持ってきている。まだまだ先は長いと思うけど、最近は本当にアルベルトが成し遂げられるかもしれないって思うようにはなってきているんだよねぇ。正直、こんな心境の変化が起こるとは思ってもみなかったけど。
勿論、アルベルトには内緒だよ。まだまだ先は長いし、それに他の可能性だってまだ残されているんだから。
◆
そろそろ休憩時間も終わるというタイミングで「おーい! アルベルト!!」という声が聞こえ、落ち込んでいたアルベルトが一気に不機嫌な表情になった。
「……ちっ。リジェルか」
「おいおい、舌打ちって酷くないかッ! 休憩時間に悪いとは思ったけどよぉ! どうしても紹介したくてさあ!! って……あれなんかこれデジャブなんだけど、お前なんでそんな怖い顔してんの、あ、ちょっと待っていやほんとデート中だったとか知らなかったんだよマジで悪かったって!」
「折角ご友人もいらしたようですし、私はそろそろ戻らせて頂きますね」
「筆頭侍女様もどうか残ってください! じゃないと俺、この場でアルベルトに八つ裂きにされそうなんだけど!!」
「墓前には花を添えさせて頂きますね」
「既に死んだ扱い!? ってか、そういえば初対面ですよね!! アルベルトからよく話を聞いているからあまりそんな気はしないですが!」
「奇遇ですねぇ、私もです」
そういえば、直接会う機会って無かったねぇ。正直、そこまで見所がある近衛騎士って訳でもないし、ファイスみたいなチャラ男臭がするから避けていたんだけど。
「……それでご用件は?」
「なぁ、アルベルト。筆頭侍女様が怖い顔してんだけど」
「私、軽薄そうなタイプの人間が嫌いなので。公爵家のメイドに『よっ! 貧乳』って声を掛けて殴られるヒースさん然り、スカート捲りを卒業してバストチェックを始めたセクハラ野郎のファイス大臣補佐然り、青少年の成長に悪影響しか及ぼさないチャールズさん然り……コンクリートで固めて母なる海に放流したくなりませんか?」
「普通はならないから! ってか、俺死んじゃうから!!」
「リジェルの生死はどうでもいいから、要件あるなら早く言ってくれないかな?」
「彼女! 英雄の! マリエッタを紹介しようと思って連れて来たんだよ!! ただそれだけで殺されるとか意味分からないんだけど!!」
リジェルの背後に可愛らしいワンピースを着た引き攣った表情の女の子の姿がある。
つい先日、様子を見に行って、しばらくは関わらないようにしようと思っていたマリエッタの姿がそこにあった。
「悪役令嬢……ローザ=ラピスラズリ。何故、貴女が、ここに」
「ん? 悪役令嬢?」
「い、いえ! な、何でもないです!!」
「何でもなくないだろ?」、初対面でいきなり悪役呼ばわりとか、相手の第一印象が最悪になるに決まっているだろ! っていう表情になるボクとアルベルト。
……まあ、悪役令嬢っていうのは間違ってないけどさぁ。でも、君に取り憑いているソレだって悪役令嬢じゃないの? ソレに取り憑かれている君もあんまり大差ないと思うんだけど。まあ、君は無自覚だと思うけどさぁ。
「あたし、マリエッタ=スターチスと言います。はじめまして!」
さっきの無かったことみたいにして自己紹介を始めたけど……失敗に失敗重ねて失敗のミルフィーユでも作る気なのかな?
「……リジェル、何も教えていないのか?」
「いや、教育係が教えてるもんだとばっかり。……えぇと、マリエッタちゃん、その挨拶はちょっと……」
「はい、なんですか? リジェルさん」
「うっ、笑顔が眩しい!」
うん、気持ちは分かるよ。美少女の笑顔を前に何も言えなくなるのって。ボクだってソフィスに上目遣いで「お願い♡」ってされたら絶対に断れなくなるし。まあ、ソフィスは色仕掛けに頼らずにもっとストイックに仕掛けてくるタイプだけどねぇ。
しかし、これは本当に『貴族の常識』を理解していない線の方が濃厚になってきたぞ。ゲームの内容と現実の細やかな作法の大なり小なりというのはあまりにもかけ離れ過ぎているし、寧ろ完璧にできた方が不自然。まあ、そうだけどさぁ……教育係は何をやっているのやら。始めてからあまり時間が経っていないとはいえ、挨拶なんて初歩の初歩だよ。
ここは、一応、筆頭侍女としてボクが教えてあげるべきなのかな? ここで注意しないのは寧ろ不自然。……彼女が反省し、次に活かしてくれる可能性も億に一つもあるなら、多少角が立つとしてもボクが言うべきところだろう。
「マリエッタさん、とお呼びしてもよろしいですか?」
「えっ、ええ……は、はい!」
悪役令嬢ローザ=ラピスラズリがこの場にいることもシナリオから外れている。それに、典型的な貴族令嬢というイメージのローザが見下すこともなく割と友好的な態度を取っている。このギャップに大いなる違和感を抱いて困惑しているんだろうねぇ。
「何故、私の名前をご存知なのかは存じませんが、お初にお目に掛かりますわ。私はローザ=ラピスラズリ、公爵家の出身で現在は王女宮で筆頭侍女として勤めさせて頂いております」
「王女宮……筆頭侍女……」
内心で「どういうことなのよ! あの悪役令嬢のローザが王女宮の筆頭侍女!? というか、王女宮ってあのデブスな肉饅頭のいるところよね? あそこの筆頭侍女をしているってことなの! というか、本当にどういう状況! シナリオから外れ過ぎじゃない!」と驚きまくっているのが見気を使うとあっさりと読めた。
……デブスな肉饅頭ねぇ、それ、プリムラの前で言うなよ? 絶対に言うなよ!
「統括侍女様より貴女の事は伺っておりますが、その挨拶は少々問題があるかと思います」
「……えっ? なんでですか?」
「まず貴女の身分ですが、貴族になるのは陛下より貴族位を与えられてからのこと。いずれ与えられることであっても、今現在で名乗ることは相応しくありません」
「えっ……で、でも貴族になるんだからそのつもりで行動しなさいと言われていて」
「それは貴族としての矜持を抱き、それに相応しい行動をするようにという意味合いだと思います。ノブレス・オブリージュという言葉をご存知ですか? 高貴さは義務を強制するという意味合いの言葉ですが、まさにこの言葉を体現しなさいということですね。貴族というものは上下関係が厳しく、特に親しくもないのに身分が下位の者から上の方へいきなり声を掛けるなどは失礼であるといった暗黙の了解があるのです。貴女のお父上が授与する予定の爵位は男爵位、貴族位としては下位となります。まだよく分からないことが多いかと思いますけれど、教育係の方に師事して学べば大丈夫ですからご安心ください。……初めの頃は分かっていたいのも致し方なしと思って頂けるかもしれませんが、時が経てばそれも無くなります。そのことを肝に銘じておくと良いかと」
確かに挨拶一つで無礼と言われれば貴族の作法としては無礼なんだろうけど、マリエッタはまだ何も知らない筈だからねぇ。それを咎めるのも流石に大人げないかなと思う。
無知は罪というけど、いきなり断罪するほどの事をしでかしたわけじゃないからね。これが大貴族とかだったら正直どうなるか分からないけど。
ラインヴェルドなら「アハハハ! お前打首!」みたいなことしそうだなぁ……まあ、他の貴族ならその時は表情に出さす穏便に済ませたふりをして、後々で社交の場の話の種にして没落させに掛かるかもしれないけど。
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それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
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