Act.9-149 ヴァルムト宮中伯領の危機 scene.4
<一人称視点・ローザ・ラピスラズリ・ドゥンケルヴァルト・ライヘンバッハ・ザール・ウォルザッハ・インヴェルザード・ジードラバイル・ヒューレイツ・グラリオーサ・ビオラ=マラキア・クレセントムーン>
もうここまで来てしまったラインヴェルドを追い返す訳にもいかず、クラインリヒの案内で応接室に向かう。
想定外の国王の来訪にヴァルムト宮中伯家側が準備ができていなかったので、お茶とお茶菓子の用意はヴァルムト宮中伯家の料理人達の許可を得て全てボクの方でさせてもらった。
本題に入る前にクラインリヒに人払いをしてもらい、ボクの前世とこの世界の秘密、転生後の活動について掻い摘んで説明する。
クラインリヒ、サフラン、ルークディーンにとっては常識を揺さぶられるような話だったので納得してもらうまでかなりの時間を要した。……まあ、いつものことだよねぇ。誰だって当然、この世界が創作物を元にした世界で私は未来に起こることを知っていますって言われたら衝撃を受けるのは至極当然のことだし。まあ、ボクに原作の知識を使った無双は無理なんだけど……最近は予想外の事態に振り回されることの方が増えているし。
「……兄上は、とんでもない方を好きになってしまったのだな」
「それでも、条件の一つは満たすことができた。ここから巻き返すことができると思っているよ」
「それは流石に無理なんじゃないかな? サフラン様、今からでも遅くないですからアルベルト様をお止めになった方が良いと思いますよ。仮に成立しても確実に一番には絶対になれません。ここでボクのことは忘れてもっと良いお相手を探した方がヴァルムト宮中伯家としても、アルベルト様個人としても良いと思うのですが」
「あら? わたくしは、そうは思わないわ。ここまでアルベルトのことを家族以上に考えて行動してくれる方が本当にいるかしら? 例え、全てを知っていても行動するかは別問題。……圓様がアルベルトの妻になってもらうためには越えないといけないハードルが沢山あるけど、アルベルトが決めたことなら、わたくしは母として応援したいわ」
サフランを味方につける作戦、失敗。……本当にアルベルトのことを思うなら応援せずに止めるのが正しい選択だと思うんだけどなぁ。
「今回の件、本当に申し訳なかった。全ての責任は私にある」
「まあ、そりゃ責任は全てクラインリヒさんにあるって誰の目から見ても明らかだよ。水が上から下へ流れるが如く、至極当然のこと」
「おーい、親友。満面の笑みで傷口に塩を塗り込むな。本当にドSだよなぁ、お前。俺が擁護することでもないが、こいつはただ不器用な男なんだ」
「要するに頭まで筋肉詰まっている脳筋ってことだねぇ。ちなみに、ボクは脳筋が嫌いなんだ。その癖、大した強さでもないし、アルベルトさんのツテを利用して『剣聖』を強引に呼びつけてルークディーンさんに修行をつけさせるっていう図々しさにも苛立ちを覚えるし、折角ドMルートに進まないように勉強もしっかりしましょうねぇ、って必死こいて手を打ったのに邪魔ばかりするし、もう本当にこいつ嫌いなんだよねぇ。初めて会った瞬間にコイツとは一生分かり合えないなぁ、って思ったよ」
「……親友、流石にオーバーキルだぜ。ちょっと可哀想になってきた」
ラインヴェルドの同情を買ってしまった、意気消沈したクラインリヒ。でも、さぁ、嘘偽りないボクの本音なんだよ。
「それで? 事実の確認とか、前提条件とかいいから具体的に何が言いたいの? 単刀直入に言ってくれない?」
「ヴァルムト宮中伯家として正式に謝罪したい。レイリアのこともそうだが、圓殿の力がなければ陛下の怒りによりヴァルムト宮中伯家は滅ぼされていた。……勿論、言葉の謝罪だけではなく、ヴァルムト宮中伯家にできる限りの埋め合わせをしたいと思っている」
「そうだねぇ、折角の話だし遠慮なく望みを言わせてもらうよ。このままルークディーンさんが努力を重ねていけば、プリムラ姫殿下と婚約を結ぶことができると思う。その先の話なんだけど、ヴァルムト宮中伯家への降嫁以降もシェルロッタが侍女として仕えられるように取り計らってもらえないかな?」
「本当にそれだけでいいのか?」
「ボクにとって、その約束はどんな富にも匹敵する価値があるんだ。ヴァルムト宮中伯家の協力が無ければ絶対に叶えられないものだからねぇ。今はまだいい。王女宮の中では多少ボクが泥を被ればシェルロッタをプリムラ姫殿下の侍女に留めておくことができる。でも、その後は仮にラピスラズリ公爵家の権力を使っても不可能だからねぇ」
「承知した。姫殿下が降嫁することが決まったら、必ずシェルロッタ殿を侍女として迎えよう。私としても、ラピスラズリ公爵家と王女宮に仕えている侍女殿の協力を得られるのはありがたい。……しかし、圓殿は本当に良いのか?」
「ボクはシェルロッタとプリムラ姫殿下が幸せになってくれればそれで十分だからねぇ。……協力を取り付けられたのならそれで十分。それ以上に望むことはないよ」
これでシェルロッタとプリムラ将来、引き離されないための手は打った。
ボクがアルベルトと婚約するのか、プリムラが真実を知ってそれでもボクを恨まずに受け入れてくれるのか、どちらも結局は相手次第なんだよねぇ。
だから、今のボクにできることはない。人事を尽くして天命を待つ……後は、その時が来るのを待つだけだ。
◆
ヴァルムト宮中伯家からの謝罪も終わったところで、いよいよ高難易度大迷宮の攻略に関する話をすることにした。
「さて、既にサフランさんとルークディーンさん以外には話したことだけど、今回の迷宮挑戦はビオラの戦略級生体兵器の実戦での性能調査も兼ねている。ボク達が開発した新型の生体兵器が具体的にどの程度の戦力となるのかを確認したいと思ってねぇ。ラインヴェルド陛下の主目的もこの戦略兵器がどれほどのものかを自分の目で確かめたいと思ったからなんじゃないかな?」
「レイリアの件はあくまでオマケだしな。メインはお前の開発した生体兵器――新型人造魔法少女がどれくらい強いのかを見るためだ」
「まあ、散々ボク自身が生体兵器って呼んでいるけど、彼女達は明確な自我を手に入れている。今から屋敷の外に出て転移させるけど、できるならば彼女達のことを兵器としてではなく、一人の女性として見てくれると嬉しい。……まあ、彼女達を一人と捉えるか、それとも複数人と捉えるから人によるんだけどねぇ」
「ってことは、スートランプみたいな軍勢型の魔法少女ってことか?」
「まあ、口で説明するより実際に見てもらった方が分かりやすいからねぇ。とりあえず、屋敷の外に移動しようか?」
応接室を出て屋敷の外へと向かう。ラインヴェルドはワクワクを隠そうともせず上機嫌、残るクラインリヒ、サフラン、アルベルト、ルークディーンは一体どんな化け物が出てくるのかと戦々恐々している。……そんな怯えなくても恐ろしくはないんだけどねぇ……見た目に関しては。
いや、あまりにも浮世離れした美しい存在を見た時にゾッとすることもあるし、そういう意味では恐ろしいのか。
紫のロングの髪に稲妻を彷彿とさせる白いラインが僅かに入り、美しい紫水晶を彷彿とさせる瞳が嵌め込まれた切れ長の眼は鋭く見開かれている。
その容姿はこの世の美を全て結晶させたかの如く、正しく絶世。
漆黒のスリットの入ったロングのドレスに身を包み、手には銀色に輝く細身の剣が二振り。刀身には稲妻の模様が刻まれ、青白く輝いている。
そんな美女が五十三人。寸分の狂いなく同じ容姿で見た目では絶対に見分けることはできない。手の甲に刻まれたスートと数字を確認するか、雷と聖属性以外の使用する属性と強さを元におおよその数字を割り出す以外に個体を識別する方法はない。まあ、見気を極めていれば、相手がどれほどの強さか把握できるんだけどねぇ。
その中の一人――別格の力を与えられたプリンセス・エクレールのJOKERの双剣が黒く染まった。
武装闘気を纏わせたプリンセス・エクレールの視線の先には、膨大な霸気と武装闘気を纏わせたラインヴェルドの姿が――。
「神退ッ!」
空歩で上へと跳び、上方から霸気を纏わせた『国王陛下の燦煌双剣』の右の太刀で薙ぎ払いを放つラインヴェルドに対し、プリンセス・エクレールは右の剣で斬り上げを放つ。
プリンセス・エクレールの方が断然不利な立ち位置でありながら、ラインヴェルドとプリンセス・エクレールの斬撃は拮抗し、天を割るほどの衝撃が走る。
「いや、拮抗じゃねぇ! 霸気が増してやがるッ! 吹っ飛ばされるッ!!」
「閃剣必勝」
迸っていた霸気より生じた漆黒の稲妻が剣に収束した。黒い稲妻の奔流は逆さ雷の如く空中に留まるラインヴェルドに殺到し、ラインヴェルドを貫く。
武装闘気と覇王の霸気を纏っていても防御を容易く貫いた一撃でラインヴェルドは一度死亡した。……まあ、『生命の輝石』で復活するんだけどねぇ。
天変地異というか、神話の一頁というか、そんな戦いを目の当たりにして膨大な霸気を耐えきれなかったサフランは気絶、クラインリヒとルークディーンは辛うじて耐えられたようだけど、腰を抜かして動けなくなってしまった。
「流石はアルベルトさん、よく耐えられましたねぇ」
「まさか、本当に陛下の霸気を上回るとは……話には聞いていましたが、驚きました」
「彼女は現身クラスの高級魔法少女のハイブリッドですからねぇ。流石にあれほどの力を持つのはJOKERだけですが、その潜在的な『王の資質』はノイシュタイン卿にも匹敵します。ラインヴェルド陛下の霸気は正直化け物じみているけど、今はまだプリンセス・エクレールの方が上回っているようです。しかし、未来は分かりません。人間的な成長で霸気はどこまでも強くなっていくものですから」
「……現身クラスのJOKERに、軍勢型の人造魔法少女を組み合わせたってところか。A辺りと戦ってようやく互角くらいか?」
「JOKER以外は霸気使えないからラインヴェルド陛下でも勝てると思うけどねぇ。ただし、スートランプと違ってスート毎に強さに斑があるということはない。四人のAと同時に戦ったらなかなかキツいと思うよ」
霸気が使えなくても闘気は一通り使えるし、八技も扱える。JOKERいなくても隊長クラスが出てこなければ騎士団にも勝てそうな強さなんだよねぇ。
流石に今のアルベルト相手なら厳しいかもしれないけど、五十二人を全員相手にしたら多分勝てないと思う。
「今からプリンセス・エクレールさん達に高難易度大迷宮に潜ってもらって九百九十九層まで攻略してもらう。……攻略の進捗状況は適宜『サーチアンドデストロイ・オートマトンプログラム』で確認させてもらうからよろしくねぇ」
「承知致しましたわ」
「攻略終了までは暇だし、アルベルトさん。模擬戦でもする?」
「そうですね。お願いしてもいいでしょうか?」
「ローザ殿、俺にも修行をつけてもらえないだろうか?」
「構いませんが……姫殿下を守れる理想の騎士になるためには剣よりもまずは勉学をしっかりと行うべきだと思いますよ。じゃないと、そこの脳筋みたいになっちゃいますからねぇ」
「……圓殿、父上が言葉の刃の応酬で死にかかっています」
「アハハハ、超ウケるんだけど」
「後、そこの仕事をサボる悪い大人みたいになってもダメですからねぇ。あれは、脳筋よりもタチの悪い生き物ですから」
……心を入れ替えてプリムラが心から誇りに思えるような素敵な国王陛下になってもらいたいものだけど、きっと一生無理なんだろうねぇ。
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それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
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