出会いの記憶はほろ苦く
丼で流れてきたワードで電波を受信したので形にしてみました。
「ぬぁぁぁ疲れた~~~!!!」
引越し作業を終えた私はセンパイの部屋にあるベッドに飛び込んだ。
「あのさぁ・・・引っ越して早々にあたしの部屋に来ることはなくない?早く部屋に戻って生活できる環境を作りなさいよ」
部屋の主であるセンパイ、私の彼女の沙友理が言う。正しいのだけれども、今はこうしていたい。
「いいじゃん・・・せっかく久々に会うことができたんだもん。しかも二人きりだよ?」
「そうだけどさ?今日寝るところはどうするのよ。まだベッドで寝れる状態になってないんでしょう?さっさと戻って寝れるようにだけしてきなさいっ!」
沙友理が近づいてきて私をベッドから引き剥がそうとする。
「今日はこっちでねるぅ~」
枕にしがみついて抵抗する。すると、枕を取り上げようと沙友理が枕を掴みにかかる。沙友理が前傾姿勢になり、吐息が聞こえるほど顔と耳が近くなる。自分の鼓動が早くなるのを感じる。
久しぶりだから良いよね?動くためにすっと腰を引く。そして、
「おわっ!!」
一気に枕ごと沙友理を引っ張り寄せる。沙友理がバランスを崩しバランスをとるために跳ね、片手が胸をかすめ、耳と顔が離れる。
「・・・・・」「・・・・・」
私が下、沙友理が上の状態になる。沙友理が顔を赤らめつつ目を泳がせる。
「そういう顔好き」
ぽろっと口から言葉がこぼれ落ちる。
「結が悪いんだからね」
とろけた頭に荒い呼吸の音だけが入ってくる。
「久しぶりだからってやりすぎ・・・」
我慢できなかったのは私じゃなくて沙友理の方だった。
「だって・・・1年も我慢したんだよ?誘ってきたのが悪い」
「そっか・・・1年も経ったんだねぇ・・・途中で何回か会っていたとは言えど」
受験生の身ではゆっくりデートする暇なんてなかった。
「結、私達の出会いを覚えてる?」
上を向いて呼吸を荒げていた沙友理がころりと体をこちらに向けた。
「覚えてるよ・・・」
私達の出会いは桜が咲こうかという初春、卒業式の準備を終えたその日。
私達のいた高校は卒業式の後ではなく、卒業式の準備が終わったタイミングで好きな人に告白するという流れがあった。私もその流れに乗って卒業する先生に告白しようと準備をしていた。初めてのラブレターは緊張で震える手のせいで何枚もダメにした。
その先生はあまり目立つ方ではなかったけれども優しく、笑顔が私には眩しい人だった。調べた限りでは彼女もいないらしく、狙い目だった。
卒業式の準備を終えた私は急いで荷物をまとめる。先生を探すために。先生は放課後になってしばらくは校内を歩いているらしい。噂によると付近にいる野良猫と戯れているとのこと。
昇降口で靴を履き替えて外に出て、校庭を眺める・・・と、校庭の隅、体育館の方角に先生の姿を見つける。大声を出して先生を呼び止めたい気持ちを抑えてそっちに向かう。
木の陰に隠れて先生がいる方を見る。噂通りに猫がいる。
微笑む先生。あぁ・・・あの優しい笑みを私に向けてほしい。
「にゃー」
先生に撫でられてゴロンと寝転がる猫、かわいい。今はあの猫と入れ替わりたい。
どのタイミングで出ていこう・・・タイミングがつかめない。緊張で脚が震える。神様、私に勇気をください。
どうしようかあたふたしながら数分が経った。まだ動けない。先生はまだ猫と戯れている。
すると猫がなにかに気づいて立ち去る。先生が少し寂しそうな顔をする。そういう顔もいいなぁ・・・。先生とデートしたら帰り際にそんな顔が見れるんだろうなぁ・・・
「やっと来ましたか、思ったよりも時間がかかりましたね」
先生が立ち上がって視線を向けた方向を見ると、一人女子生徒が立っていた。『生徒会長』・・・
「ちょっと明日の原稿の手直しが入っちゃって。ごめんなさいね」
「誰にも見られてないかい?」
「えぇもちろん。抜かりはないわ。書記の家守も副会長の早乙女も先に帰りましたわ。・・・っ!」
先生がいきなり会長の唇を奪う。会長がカバンを取り落とし頬を紅潮させる。そして先生の右手が会長の太ももそ登っていく・・・。
「もうっ気が早いんだから。誰かに観られていたらどうするんですの?私の推薦は取り消されるし先生はクビになりますよ?」
身を捩って先生を引き剥がしながらそんなことを言う会長。満更でもない表情。吐き気がする。
「そんなことを言っておきながら待ってたんだろう?ほら」
手がスカートの中に・・・
信じられない。
胃液が食道を昇る。無意識に後ずさりをする。物語でよく見る描写のように木の枝を踏んで『ペキッ』と音を立ててしまう。
「「誰!?」」
こうなったら定石のごとく逃げるしかない。あふれる涙と胃液を抑えながら逃げる。追ってくる気配はない。
吐きそう!というかもうすぐそこまで来てる。幸か不幸か近くにはトイレがある。もう少しだ。
トイレに駆け込み、音が漏れるのも構わず勢いに任せて吐く。吐く。先生への思いも一緒にさっきの記憶も全部吐きたい。でも気持ちは吐けない。涙が止まらない。
胃が空になっても吐き気は止まらない。顔中液体でぐちゃぐちゃだ・・・
トイレットペーパーを手に取り口を拭き、もうひとまき手に取り鼻をかむ
『ズズズズズズズッ』
ひどい音だ。今の私に近寄る人間なんていないだろう。明日どんな顔で卒業式に行こう。在校生だからいなくても良いかもしれないけれども、行かないと担任に何を言われるか。いっそ死んでしまおうか。
「うっ・・うっ・・」
まだ涙が止まらない。どうしてあんなやつに惚れてしまったのか自分の情けなさに涙が止まらない。悲しと言うよりはひたすらに無力感を感じる。
ようやく落ち着いたところで携帯を確認すると、20分も経過していたらしい。帰ろ・・・。
『っ・・・』
開けっ放しのドアのほうに人の気配を感じる。もしかして追いかけてきて見つかった・・・・?まずい・・・。ミステリーモノではこういう場面になると殺されるか監禁されて口封じされるまでが流れだ・・・。さて、どうする。
諦めてゆっくり振り向く。
想像と違い、立っていたのは先生でもなく、会長でもなかった。そこに立っていたのは泣きはらした目をしつつこちらを気遣うような表情をした副会長だった。
「あなた、大丈夫?こんな顔の私が言うのもなんだけど」
拍子抜けして緊張が和らいだせいで腰を抜かして涙が出てきた。
「あららぁ・・・困ったわね。とりあえず、立てる?」
手を差し伸べる副会長。ありがたく差し伸べられた手を掴み立ち上がる。が、バランスを崩して副会長を壁に押し付ける格好になってしまう。
「あっ・・・!ごめんなさい!」
後ろに飛び退くが、仕切りに退路を阻まれて転けそうになる。
「あなたって危なっかしいのね」
宙に浮いた腕を捕まれ引き寄せられる。王子か?
「って感じだったよね。あのときの沙友理はかっこよかったなぁ」
「なに?今の私はそう見えないって?」
「そうは言ってないよ。でもあのときはほんとに助かったよ」
あのときの沙友理は『生徒会長』に振られた直後だったのだ。よく人の心配ができたものだ。
「もうこんな時間じゃない!」
スマホ片手に沙友理が言う。わぁほんとに結構時間が・・。
「これはもうベッドとか言ってられる時間じゃないね?泊まらせてね?」
「あなた、最初からこれを狙ってたでしょう?仕方ないわね、夕飯作るから手伝って」
「はーい」
今日から始まる新生活が楽しみだ。
教師逮捕ネタを仕込みたかったのですが、漫画のコマの隅にあるようなネタにしたかったので、文字では無理と判断して省きました。