人間の中
天使が題材なので洋画を意識して書きました。
思い浮かんだままにざっくりと。
この世界で人と関わりあわないように、静かに暮らすことはたやすい。
自分は普通の人間ではないと、常に思っているだけでいい。
本屋から出て、通りを歩いていると、一人の男が目についた。
その男は車道の向こうの道、こちらと違い通行人はない。
そこを一人、すれ違う形で歩いてくる。
自分とよく似た雰囲気だと思った。
相手もそうなのか、ふと目があったが、そのまま道を違えた。
これっきりだなと思った。己の生きざまとして当然だ。
当然をくつがえそうとする日々に憤慨するが、何度も同じシチュエーションに見舞われることに、ある疑いが生まれたならば、仕方がない。
その男と同じ道を歩いて、まるで待っていたかのように洋服屋のタイルの壁にもたれて、こちらを見る男に向かって行った。
近くで見ると益々似ている。
近づき過ぎたというのか胸がざわめく、目が痛くなる。
相手もそうなのか、ふたりの間をかっ切るように唾を飛ばすと、攻めてきた。
「お前、天使か?」
「お前は悪魔だろ?」
うなずき聞き返すと返事はない。
仕方ないので睨み合い、たまらず十字を切る、彼は煙草を吸い、その場を後にした。
アパートに帰ると、狭いキッチンダイニングでコーヒーを飲んでいる同居人の老人が笑いかけてきた。
上司の大天使が、しばらく君の監督をするから体を借りよう、と選んだ八十なんなんとする男性だ。
しかし、彼本人に任せても問題ないと決め、事を説明すると老人は光栄です、とひざまづいた。
上司の眩さに自分もひざまづいていた。
そんな可愛い部下に、上司は私は忙しい、連絡は直接行わず連絡係を必ず通すように、とつれない台詞を残して行ってしまった。
老人は孫の体を借りている天使に、協力を約束してくれた。
孫が納得しているならいい、孫の為になる、といった老人のスタンスに、自分もそこをセールスポイントにしようと思っていたので、親近感が沸いた。
老人は先んじて勝手に納得し、新米天使の気持ちを楽にしてくれた。
流石、上司が自身の代わりに選んだ監督役だ。
そんな老人に天使はさっそく
「すぐそこで悪魔に逢ったよ」
と言うと、老人は目を丸くした。
「大丈夫、俺の方が少し上だよ」
「そう願うね」
老人は殆ど囁く様に、わざと軽やかに歌う感じでそう言った。
老人のその優しさが心の底にしみていく。
追っていくように、一瞬意識は混濁して、深淵まで引きずりこまれる。
事態は深刻かも知れない。
「あれ?大掃除?まさか引っ越すの?」
気を取り直して老人に視線をやると、テーブルに段ボールを置いて日用品を詰めている。
「このアパートの203にね、急だが、今からその体の持ち主の従兄弟がこの部屋に越してくるぞ」
「従兄弟が?」
「そう、かなり荒れた生活をしていて、家を追い出されそうなのを察知して、自分から私のところに移り住み定職を見つけると宣言したそうだ」
老人は終始うつむき、面目ないといった様子だ。
ちょっと見ない間に昔は違った、と呟いた。
「朝方、親から電話がきてな、本人が早荷造りしてるから頼むと、なにがしかくれるとさ」
「現金で?」
「油断するとそれをもって逃げられるな」
「俺に監視させるわけか、大丈夫、直ぐに改心する。ベッドでバイブルを読んであげるよ、朝には言うさ家に帰るって」
「そんで教会に連れてって、か」
二人は笑った。
凄いミュージックと共に車のエンジン音がアパートに近づき、止まった。
老人が窓の下を見た。
「そうこうしている内に来たようだ」
車が遠ざかるのを聞きながら、窓の下を覗いたが、彼の姿はもうなかった。
ドアがノックされ、老人と目配せする。
老人は姿を隠すように、玄関から見えない壁にもたれて微笑んだ。
最初が肝心という、彼と自分のやり取りを遮りたくないのだろうか。
ドアを開けた。
どこか似ていると思ったんだ。
お馴染みの顔が、今は互いに驚愕している。
老人を振り返る。
「悪魔が」
消える声で訴えた。
老人が言った。二人の間に立って。
「待て待て、人間の中には天使と悪魔がいるという。つまり、天使と悪魔は人間を仲介にしたならば同居」
「できない!」
二人は同時に断言した。