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横にいる今

「あなたはどんな気持ちですか? 」

 石や砂利が話しかけてきたら誰でもびっくりするだろう。びっくりしない人もいるのかもしれないが、女性はただただびっくりしていた。冬の寒空の下で石と砂利に話しかけられるなんて誰が思うだろうか。しかも、どんな気持ちかと問われても、外は寒いし、石と砂利に声を掛けられてびっくりしているとしか答えようがない。女性は逆に何で話しかけてきたんですか? 何で喋れるんですか? と聞き返したかった。

 石と砂利は石と砂利らしく全く動かないのに同じ質問を女性に繰り返す。

「今、どんな気持ちなんですか? 」

 女性は正直に不気味と答えるべきか、自分が幻覚を見ているのではないかと疑っていると話すべきかを悩む。あまりの寒さに頭がやられてしまったかとさえ考えてしまった。石と砂利が喋っている状況は、どうひっくり返したとしても普通ではない。女性は今この場所が奇妙な空間であると誰かに肯定してもらいたかった。

 女性は石と砂利を怪訝な目で見ながらも石と砂利の質問に我ながら親切に答えた。この対応が親切でないというならばこの世の大半の人は親切ではない。

「めっちゃ寒いと思ってますね。はい」

 冬の夜に電気が点滅している壊れかけの街灯の下で石と砂利に話しかけられても、ちゃんと答えた私はとても親切な人だ。女性はなんとなく石と砂利を蹴っ飛ばしたい衝動に駆られたが我慢した。会話の成り立っている相手を蹴っ飛ばすのは石と砂利だったとしても変な気分になる。祟りとかあったら嫌だし。

 石と砂利はぐいぐいとした口調で女性に尋ね返す。

「めっちゃ寒いと思ってるんですね! 今日は寒いですよねー」

 何で普通の会話をしようとしてるんだ? 何でそんなにテンションが上がったんだ? こっちから寒いと関連した話題を出してもいいけど、今は石と砂利が私に向かって話しかけてきてるんだぞ? というか石と砂利も寒いって感じるんだな。

 女性は内心は困り顔だったが表に出さないように笑顔で話し返す。冬の寒空の下で何をやっているんだろうという疑問は尽きなかった。

「明日には初雪が降るって天気予報で言ってましたよ。そりゃ寒いですよねー 」

 石と砂利の思ってもいなかった真顔な感じの返答に女性は少しだけイラっとする。

「まだテレビで天気予報なんて見てるんですね。今、どんな気持ちですか? 」

 ネットでもそんな直球かつ素朴な雰囲気のまま煽ってきたりしないだろ。天然っぽい煽りは本物の天然と見分けがつかないから厄介。本物の天然だと悪い奴じゃないのがさらに悩ましい。女性は次にどんな風に話題を広げようかと考えていたが、すぐに気づいた。別の会話を続ける必要は全くないよな?

 女性は大げさに鼻を啜って寒いアピールをすると石と砂利の問いかけに答える。

「テレビはボーっと見れるから良いんですけどね。どんな気持ちと言うと・・・ ちょっと体が冷えてきたかなーって感じですかね」

 女性が石と砂利の顔色を窺おうとしてもやはり石と砂利でしかない。女性は冬の夜道で石と砂利を会話している自分の姿を冷静に想像した。女性は石と砂利に喋るかける人がいたとしても、楽しければそれでいいんじゃないかなと思ってしまった自分の楽観的な考え方に絶望する。これだから石と砂利に話しかけられて会話に付き合ってしまうんだ。

 石と砂利は女性の葛藤など気にする様子もなく淡々と質問を口にする。

「ボーっとできるのは良いですよねー。体が冷えると何か困るんですかね? 」

 リラックスする感情は理解できるのに体が冷えると風邪をひくかもしれないという人間の身体的な問題は理解できないのか? 女性は会話のできる石と砂利というややこしさに頭がこんがらがる。冬の寒空の下で立ち話をしようとしてくる人がいたとしても面倒くさいのに、冬の寒空の下で話しかけてくる石と砂利なんてどうすればいいのか分からない。女性はありとあらゆることが面倒くさくなり、石と砂利に単刀直入に聞いた。

「何で話しかけてきたんですか? 」

 女性はどっしりと構えながら石と砂利の返答を待つ。質問をはぐらかすなら何度でも同じ質問をぶつけるつもりだった。石と砂利が黙っている間にも冬の風が女性の鼻や顔に吹きつける。壊れかけの街灯は点滅を繰り返していた。

 石と砂利がようやく喋り出す。石と砂利の口調はまるで子供が好きな相手に告白しようと勇気を出しているかのような口ぶりだった。

「喋りたかったから・・・ 」

 女性は石と砂利の答えに納得すると大きく息を吸い込む。人間相手なら面倒くさいとしか思わないけど石と砂利なら面倒くさくても話してもらっても構わないと思える。ただし時と場所は選んで欲しかった。

「また今度、喋りましょうか」

 女性が笑顔でそう告げると石と砂利は元気に返事をする。女性はそのまま家へと帰っていった。

女性は窓から見える雪景色に驚いた。雪はいくつになっても心をうきうきさせるが実際に外を歩いてみると寒いうえに滑りやすい。さらに滑って痛い思いをしたら雪に怒りをぶつけてしまうのが常だった。女性は暖かいコーヒーを入れて飲み終わると準備を終えて外に出る。道の途中で昨日の夜の出来事を思い出したのは話しかけてきた石と砂利がいる場所を少し通り過ぎてからだった。

 女性は引き返して雪で埋もれた石と砂利を掘り返してみる。もちろん、手袋が濡れるのは嫌だったので手袋ははずした。雪を掘り返してもそこにはいつもの石と砂利があるだけで、昨日のように喋ったりしなかった。

 昨日の夜の出来事は何だったのだろう? 女性は少しだけ疑問に思いながらもいつもの日常へと戻っていった。


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