光が晴れたなら
頭がガンガンする。
確か俺は放蕩息子の手を取って・・・光に包まれて・・
自分が床に倒れていることに気付く。
なんなんだ
まったく理解できない
目を開くとそこには美しい世界が広がっていた。
だがそれが天井に描かれている美しい絵であることはすぐわかった。
さっきまで死んでいた聴力が戻ってきた。
周りからはガヤガヤと喧騒が聞こえる。
上半身を起こし周りを見渡す。
まさに荘厳という言葉が正しいだろう。そう思えるほどに美しい、宮殿の玉座の間のような、昔旅行で行ったヴェルサイユ宮殿を思わせるような空間が広がっていた。
だがそれよりも遥かに気が向くのは自分、正しくは自分たちから距離取ったところに立ち並んでいる詰襟の軍服?やモーニング?のようなものを着た男たち。
何故自分<たち>としたかというと俺のとなりに例の放蕩息子忠臣くんがまさに豚の如く寝転んで気を失っているからだ。
耳を澄ませば周りの男たちは
「そんな、まさか・・」
「出てくるとは、」
「なるほど興味深い・・・」
「早く研究会のバ科学者共を呼んで来い・・」
「戦局が・・・」
などということを規律なく話していた。
ふと前を向けばそこには他より一段高い場所があった。
その上には玉座とでも言えばいいのか、というかそうとしか形容できないような豪華絢爛な椅子が置いてあった。
恐らくその椅子の主であろう人間は椅子には座らずに立ちこちらをキラキラした双眸で覗いていた。
主であろうその人間は一言で言えば白馬の皇子様そのものだった。
何故人間と言い性別を断定しないかと言えばそのあまりに美しく端正な顔立ちからは女性という可能性すら十分に考えられたからだ。
長い金髪、蒼い目、鼻筋が通った高い鼻、純白で且つ血色の良い肌とワンポイントの涙黒子、真っ白で左右に赤いラインと金の刺繍が入った詰襟の軍服、その軍服には煌びやかな勲章と大綬、身長は180は確実にあるだろう。
何よりもその体から漏れ出る高貴なオーラには身震いすらした。
「余はマルシア帝国第四皇子にして正統皇太子フィリル・ド・マルシャーヌだ。そなた、何か話せるか?」
よくわからない。
マルシア帝国なんて国は聴いたことがない。・・・
ん?ん?まてまてまてまて!!!!!!!!!
ん?皇子?皇子?
このTHE眉目秀麗は皇子といったか?
さっきは白馬の皇子様みたいだなとは思ったがマジもんの皇子様だとは思わんかったぞ!
というか、なんでそんなキラキラした目でこっちを見ているんだ?
「何も話せぬのか?」
「いえっ、話せます。」
咄嗟に答えてしまった。
このあとどう話をつなげばいいのか・・。
「おお、そうかではな、まずはな、そうだな・・」
「殿下。落ち着きなさいませ。」
皇子様の横に立っていたモーニングを着て立派な髭をこしらえた老人が声を上げた。
「貴族諸賢も落ち着きたまえ。殿下の御前ですぞ。」
さっきまでの喧騒がぴたりと止む。皇子様もバツの悪そうな顔をしながら王座のような椅子に座った。
「お客人よ、貴殿も混乱していることであろう。まずは別室でゆっくりと状況について話そう。」
「はい。是非。」
「うむ、ではまず貴殿は歓談の間に。近衛、ご案内して差し上げろ。そこで未だ気を失ってる御仁はとりあえず小鳥の間に運び必要な処置を施して差し上げろ。」
「こちらへ。」
芸術作品のような詰襟の軍服と帽子を身に着けた兵士が俺に言う。
「は、はぁ。」
俺はそういいながら成るがままに連れられていった。
ちなみに例の豚は担架に乗せられて俺とは別の扉から連れて行かれた。
その巨大な部屋から出る間際に先ほどの老人の声で
「諸賢、召喚は大いに成功した。これにてわれらの陣営はさらに優位に立てる。諸賢は一層・・」
なんて言葉が聞こえてきたのが俺をさらに不安に駆り立てる。
どこか、確か歓談の間だとか言う場所に連れて行かれているのだろう。
俺の前後に兵士が一人ずつ。手にはライフルを持っている。
「あのぉ~~」
「・・・・・・」
「すみません」
「・・・・・・」
何だこいつ等。無視にもほどがあるだろ。
ずいぶんと豪華絢爛な廊下(そういうにはあまりにも広く美しすぎるが)を歩かされている。
ところどころにある扉の前や門のような途中の大扉には衛兵らしき男たちが立っている。
衛兵たちは全員同じような身長で、微動だにしない。
俺の前後の兵も一定のリズムで軍靴を鳴らしている。
窓から見える外は雪景色だ。
そして乾燥しきった空気。
そんなことを思ってる場合ではない。
ここはどこだ?
こいつ等は誰だ?
マルシア帝国なんて聞き覚えがない。
なんてことを考えていると前の兵士が急に止まる。
「ぬぉ!」
思わず変な声が出た。
すると兵士はおもむろに目の前のドアをあけると態度で部屋に入れと伝えてくる。
わかった。観念したよ。
そんなことを思い、部屋に入ると
バタム と重厚な音をたてて扉が閉まった。というか、閉められた。
なんなんだこいつ等は。無礼にもほどがあるだろう。
にしても、この部屋は一言で言えば応接間と言うのが正しいだろう。
そんな部屋だ。
まあ、俺が今まで見てきた応接間の中でダントツ豪勢だがな。
俺みたいな素人が見てもわかる名画、名工の数々が当然のように並べられている。
机を挟んで向き合うように並べられたソファーには当然のように金細工が施されている。
窓から見える庭は美しい雪化粧をしているが、それがなくても十分に美しいだろう。
座るのは気が引ける。
というか、座っていいのか?
こういうのは相手方を待つべきなんじゃないのか?
先に座るのは無礼か?
はっと自分の乱れた服装に気付く。
ネクタイは緩みシャツは外に出ている。
メガネは傾き、スーツはよれ、肌蹴ている。
直しておくべきだろう。
そう思い自分の身だしなみを整える。
にしても、本当にどこだ?
あの光はなんなんだ?
あの老人、確か、召喚の成功とか言ってたな・・・・・まさか。
まさか俺は異世界にでも召喚されたのか?
そんな馬鹿な。
そんな、ライトノベルじゃあるまいし・・。
そんなことがあってたまるか。
だがしかし、だとしたなら話がつながる。
センター世界史満点の俺が知らない国、なぞの光、召喚という言葉。
だとしたらあのモーニング姿の男たちの動揺にも説明がつく。
マジか、マジなのか!
この俺がよりにもよってこの俺が!
こういうのはクソデブヒキニートとかの担当じゃないのか・・。
!!???
もしや!
あいつか!あいつなのか!
あの放蕩息子、あいつのせいか!
あいつの召喚に巻き込まれたのか?
だとしたら最悪だファックだ!
くそーーーーーーーーーーーーー!!!
最悪だ。俺の今までの努力が全てパァだ・・。
そんなことを考え悲嘆にくれいていると、
コンコン
とノックの音が聞こえてきた
「失礼します。」
ノックのあとに透き通るような声と共に扉が開いた。
おっ・・・・。
一瞬脳内が真っ白になった。
そこにはメイド服姿のめちゃめちゃかわいいの女性が立っていた。
美人過ぎる彼女は
「お飲み物をお持ちしました。」
そんなことを言って紅茶と茶菓子の乗ったケーキスタンド、ティーポットを机に置くと
「座っていただいて結構で御座います。」
そんな言葉を残して去っていった。
こんな感覚いつ振りだろうか。
胸がぎギュッとする。
やべぇ~
身だしなみを整えたのは正解だったな。
とりあえず座るか。
そんなことを思い、椅子に腰掛ける。
頭がぽわ~~とする。
紅茶をすする。
恐らく高級品の紅茶なんだろうが味はよくわからない。
不思議な気分に寄せられている。
こう、「一目ぼれ」言葉が頭をよぎる。
生まれてこの方一度もしたことがない。
それも、どこかもわからぬ土地で、誰かもわからぬ女性に。
もういいかもな、あんな女性がいるならこの世界でも。
そんなことが頭をよぎる。
コンコンコン
ノックの音が聞こえる。
あの女性かな?
少し心が躍る。
今度は話しかけてみよう。
なんと話しかけようか?
そんなことを思いながら立ち上がる。
キィ~~
という音と共に扉が開く。
そして入ってきた人物に俺は失望する。
気持ちが沈む。
入ってきたのはモノクルをかけた白髪頭に口ひげ蓄えた老人だった。
さっきの老人だ。
入ってくるや否や
「座っていただいて結構ですよ。」
そういうとズカズカと入り込み自分はどっぷりと椅子に座った。
その後ろをチョコチョコと秘書官らしき優男がついていき後ろに立った。
自分も座り、老人と対面する。
「混乱なさっていますかな?」
「はぁ、まぁ。それなりに。」
「でしょうな。そうでしょう。では、まず自己紹介から始めましょうか。私はマルシア帝国正統皇太子政府宰令官グラリアント・ド・マキッドといいます。爵位は侯爵です。宰令閣下かマキッド侯とおよびください。こちらのものは筆頭宰令秘書官のアーノルド・ド・パーツです。準男爵です。頼れる男ですよ。」
「ど、どうも。アーノルドです。」
「すみません、浅学なもので。宰令官とはどういった役職なのでしょう。」
「あっ、それは私から。」
アーノルドが説明してくれるようだ。
「現在、我々の君主であられますフィリル・ド・マルシャーヌ殿下は諸事情によりお隠れあそばした先帝陛下の帝位をお継ぎになっておられません。ゆえに、皇帝の大権である大臣や卿を任命を行う立場に無く、爵位の下賜も同様です。で、皇太子であらせられる殿下は皇帝陛下の職務の代行を行う為、臨時政府を組織されておられます。その臨時政府で殿下を補佐するのが宰令官です。通常時における宰相です。」
「そういうことです。」
「ご丁寧にどうもありがとうございます。私、善哉薫といいます。善哉が性です。いちおう規律管理室室長を拝命しています。」
「そうですか、すみません。浅学なものでそれがどのような爵位なのか存じかねます。是非ご教授願いたいですな。」
「いえ・・これは爵位ではなく役職でして、私は爵位を持ち合わせておりません。」
「ん?・・そうですか、そうですか。爵位は持ち合わせていない。ご家族に貴族はおりますかな?」
「いえ・・私の国には貴族というものがありませんので。」
「ふむ。そうですか、そうですか。いや結構なことです。」
「はぁ・・」
なるほどな、この老人、貴族でないことをあまり快くは思ってないようだ。
まぁ、ありがちなことだな。
会社でも出身校や家柄で派閥化していた。
この老人もそういう類の人間なのだろう。
だがここは恐らく異世界、しかも異文化・異人種の国。
ここは、機嫌を取っておいてもいいだろう。
なんてったって早い話が宰相だぞ宰相!
国政の実質トップだ。気に入られていて損はないだろう。
俺だってあの出世争いに勝ち残った人間だ。うまいこと言って見せよう。
「ですが、宰令閣下。」
「ん?なんですかな?」
「我が祖国では確かに貴族制度はありません。ですが廃止されたと言ったほうが正しいでしょう。」
「ん?といいますと?」
よし、あの老人の目の色が変わった。
「戦争に負け、貴族制度は廃止されました。ですが戦前、わが善在家は子爵位を賜っておりました。」
「おお!それはそれは!」
まぁ、何十年も前の話だがな。
この家柄のおかげでいろんなお偉いさんにかわいがられたりしたもんだ。
公職追放で没落もいいところだがまさかここでも役に立つとは、ご先祖様に足を向けて寝られんな。
「すばらしいですな!高貴な血筋のようで。すばらしい。」
「いえ、最早失われた地位と名誉です。財産も全て没収され、今やもう見る影もありませんよ。」
窓の外を見つつそんなことを言い、老人いや、マキッド侯の顔を見ると目にうっすらと涙が見えた。
嘆いているのか?
一瞬、そうは思ったが油断は出来ない。
一国の宰相(正しくは宰令官らしいが)まで上り詰めた男だ、しかも最悪なことに老人ときた。
老練な男は油断ならない。
社会人として交渉役として幾度も経験してきた、絶対の理だ。
「そうですか、そうですか。なんともまぁ、その思い・・なんとも辛いことでしょう。」
「痛み入ります。」
「そうですか、そうですか。・・・。」
「あのぉ、申し訳ありませんが現状を少しご説明いただければと・・。」
<諸事情>とか<臨時>とか、色々と怪しげな言葉も聞こえたしな。
「ああ、すみません。ご説明差し上げろ。」
マキッド侯は後ろの優男、アーノルドにそういった。
アーノルドは机に地図を広げ説明に入る。
「まずは、経緯からご説明いたします。」
・
・
・
「以上です。」
なるほーどーーーーーーー。
アーノルドの説明は甘美な言葉で飾られすぎてて要領をあまり得なかったが、オブラートから出して要約すると。
・この国の名前は神聖マルシア帝国。
・その神聖マルシア帝国は複数の陣営に敗れて現在内戦の真っ最中。
・で、この陣営の名前は「正統皇太子政府」。首班はフィリル・ド・マルシャーヌ。第四皇子らしい。
・で、最悪なことにうちの皇子には正当性が無い。勿論、皇子であることじゃなくて次の皇帝として
だ。
・そしてこの陣営は只今、財政・軍事共に苦境に立っている。
・そんな中、古代の魔術道具「召喚の絨毯」で俺達を召喚したそうだ。
というわけだ。
うん地獄。
こりゃ~地獄だ。
正当性も軍事力も財力も無い自称皇太子とか救いようが無い。
まぁ、これで合点がいく。
「藁おも掴む」そういう気持ちで俺達を召喚したわけだな。
まぁ、ここまで酷いと召喚したい気持ちもわかる。
「なるほど。おおよそわかりました。ありがとうございます。」
「いえこちらこそ。」
「そこでですな、ゼンザイ殿にたってのお願いがございましてな。」
「はい。なんでしょうか?」
おっと、めんどくさいことになってきた。
これから社会人になるであろう、又はなっている諸君に教えておこう。
上役なり上司なり何なり、地位の高い、しかも年の取った男が真剣な顔で、真摯な態度で、腰低く言ってくるとき。
大体こういうときの<お願い>はまともなもんじゃない。
絶対だ。
「いえ、無理であれば断っていただいて結構なのですが。」
絶対に断れない。断らせないことの裏返しだ。
しかもこういうとき、出来る男に限ってしっかり退路を断ってくる。
俺はこの世界に召喚されたわけだ。帰る家も家族も無い。
退路は無い。
絶対に貧乏くじだ。
「我が政府では現在、異世界の知識や優秀な人材を欲しています。ゼンザイ殿はとても聡明な御仁のようで、是非我が政府の一員として、陛下の臣下に加わっていただけたら嬉しいのですが。」
なるほど、登用のお誘いか。
正直嫌だ。明らかに泥舟だ。
誰が好き好んでぼろぼろの陣営になんか入りたがるんだ。
こんなものに乗って沈んでしまうなんてなんとしても避けたい。
だがしかし!断れない。最悪だ。嫌だ。
「そうですか。あの、具体的にはどのような形になるのでしょうか?」
「おお、加わっていただけるのですな。」
くそっ。そんなに言質を取りたいかクソモノクル。
いいだろう。明言してやろうじゃないか。
どうせ明言するより他に道は無いわけだし。
「ええ、加わる上では是非仕事も知りたくてですね。」
「ええ、でしょう。そうでしょう。ありがとうございます。ポストですがね、まぁ、宰令官付常務専門諮問官あたりでどうでしょうか。爵位についても臨時のものを用意させます。」
「あの、ゼンザイ殿。宰令官付常務専門諮問官というのはですね。宰令官専属の専門諮問官つまり、相談役です。」
「アーノルド卿ありがとうございます。」
「ありがとうございます。あの、それとですね、私は正式には貴族ではなく騎士階級ですので<卿>はちょっと。」
「ああ、すみません。浅学なもので。」
「まぁ、よいですよ。彼もゆくゆくは男爵、子爵と上り詰めていくのですから。将来の貴族ですよ。彼の父君も貴族でしたしな。」
ああ、なるほど。
彼もなかなかどうして苦労してきたみたいだ。
父は貴族<でしたしな>。過去形ということは今は貴族でないということか?いや、マキッド侯に限って旧貴族の没落した家の子なんぞに目をかけることはまず無いだろう。即ち彼は次男や三男などで爵位を継承できなかったわけだ。
にもかかわらず、準男爵位を受けている。おそらく内戦になる前に。
身内に貴族がいるとはいえ若いの立派なもんだ。
「それではよろしくお願いします。」
「ええ、正式には後日書面と共に。」
「はい。恐れ入ります。」
「いえいえ、こちらこそありがとうございます。では、私はこれにて。色々、多忙なもので申し訳ありませんな。」
「いえいえ、こちらこそお手数かけさせてすみません。」
「それでは。」
「はい。」
そして、クソモノクル改めマキッド侯とアーノルドさんは部屋を出て行った。
はぁ、疲れた。
ああ、泥舟に乗ってしまった。
最悪だよクソが。
なんだって、こんなつぶれかけの陣営の味方をせにゃならんのだ。
恐らく、この感じだと時代は17、8世紀ってとこか。
まて、こんな時代に人権なんてものは無い。
ということは・・・もし負けたら俺はどうなる。
死刑か!死刑なのか!
いや、そんな甘いもんじゃないだろう。
だって人権が無いんだ。
市中引き回しの上、打ち首獄門か。
絶対に非人道的な拷問とかがまってるに決まってる。
くそっ、そうはさせるか。
絶対に生き残ってやる。
負けてたまるかよ!
「すみません。ゼンザイ様。お部屋の準備が出来ました。」
そんなことを考えた俺に声がかけられた。
あの、女性だった。
ああ、この人がいるならこの陣営も悪くない。
そんなことを少しだけ思った。