29話 涙痕
「そうだ。刻印の持ち主よ。約束、忘れないでください」
最後に一言だけ残し、紅蓮、いや、黒蓮は立ち去ってしまった。
道理で朝紅蓮を見た時、どこかで会ったような気がした。
普通の状況なら、同じ人とは気付かないはずがない。
でも、夜中、それにあの八門の陣の中であれば、顔には狐面をかぶっていたので見えなかったのはともかく、姿までよく見えなかった。
しかも、身体は同じだったが、紅蓮と黒蓮は同じ人ではなさそうだ。狐面の少女の正体は、黒蓮みたいだった。
これはもしかして、二重人格ってことか?
それとも、二人の魂が一つの体を使っているってこと?
珍しいことだが、あり得ないわけでもない。
「もう、兄さん。何ぐずぐずしてるの?私、ちょっとお姉さんの様子を見に行ってくるから」
気が付いたら、レンカが神社の奥へ歩いていこうとする。
「待ってくれ!僕も行くから、後ろについてきて」
慌てて止めようとするが、やっぱり行ったほうがいい思い、一緒に葵姉さんの様子を見に行こうと決めた。
「なんで?」
「ここは何だか怪しいから、気を付いたほうがいい」
「もう!分かったの。兄さんは心配性だな」
…
「あれ、おかしいの。お姉ちゃんここにいるはずだけど」
神社の敷地内、その奥に、明らかに周りとは雰囲気が合わない部屋がある。
「葵姉さん、どうした!?」
葵姉さんは一瞬で驚いた顔をしていた。
ほほにかかる涙…、葵姉さんらしくはないはずだったが…
その悲しみの証が確実に存在する。
「…大丈夫よ。家に帰ろう。私の家に」
畳に正座していた葵姉さんが立ち上がり、手で涙痕を拭いた。
「大丈夫じゃなさそう。兄さんもそう思うでしょ」
「いや、……葵姉さん、案内、頼む」
結局、聞かなかった。
何かがあったのは間違いないが、葵姉さんが自ら教えたくはないなら、無理矢理に言わせるわけにはいかないだろう。
…
こうして、葵姉さんについていって、僕とレンカは葵姉さんの家に着いた。
先、一度来たことがあるところだった。
小御門という門札を書いてあり、広い庭のある和式住宅。
「朔夜君、レンカちゃん。ようこそ、私の家に」




