2話 謎の人
不安…
何だ。この強烈な不安は…
眠れない。
一応、予備の布団を利用したが、普段寝るベッドではないと、落ち着いて寝られないか。僕は。
昔はこういうことはなかったはずだが、この一年間、僕もずいぶん変わったかもしれないな。
そもそも、知らない女の子を家に泊まらせるなんて、非常識だろう。
それに、この子はどうしてここに来たのか?先、誰かに言われたって言ったはずだった。
まあ、それはさておき、もう一つの問題は、なぜこの子が初めて会った僕のことを兄さんって呼ぶのか?
その口調からすれば、その兄さんという呼び方は、ただの年上の男子に対する呼び方ではなく、まるで本当に繋がりがある兄のように扱ってくれた。
これは一体…なぜだろうか?
だめだ。こんなことをこれ以上考えすぎると、より眠れなくなる。
この子のことは、とりあえず明日にしよう。
…この時。
何かの柔らくて暖かいものが僕の布団に入り込んだ。
「っ!何を?!」
布団に入ってきたのは、白髪の少女だった。
「兄さん。一緒に寝よう」
少女は、耳元で囁いた。
正直、その一瞬、僕は心が動揺した。
だが、見知らぬ少女にこんなことをするなんて、許さない行為だと思う。
たとえただ一緒に寝るということだけだとしても…
たとえそれは向こうから自発的だとしても…
「すまないが、お一人でべっどで寝てほしい」
「兄さん、冷たい。子供の頃よく一緒に寝るのに…」
何言っているのか、この子。
別に冷たいわけでもない。
ただ、いきなり訳の分からないことを言われて、訳の分からないことをされて、さすがに受け入れないだろう。
それに、あまりに近付きすぎると、お互いに傷つけて合ってしまうから。
「ごめん…僕は…」
「分かったの。兄さんはきっとあの時のことを…」
その話がまだ終わっていないまま、この子は深い眠りに落ちているようだ。
あの時ことって、どういうこと?
少女に詳しく聞きたいが、もう寝たし、明日にしようか。
…
夜中、ふと眩しい光に目が覚めた。
気が付いたら、少女の体が青く光に包まれている。
知らず知らずにびびっており、動けなくなる。
この光は?!
霊力の具現化による光、見たことがない…
こんな光景を見たら、自分の目を疑ったことを禁じ得ない。
僕は立ち上がり、少女に近づき、その様子を確かめようとする。
この時、僕の右手の甲から、刻印か紋章みたいな図案ははっきりと現れてきて、この逆五芒星に見える刻印から同じような青い光が差してくることに気がついた。
これは、もしかして、共鳴している!?
だが、右手から変な感覚は感じられない。
この刻印を見ると、なんとなく前の出来事が思い出された。これはどうにも見過ごせない――
…
数日前。
「早く行かなきゃ。」
疲れた体に鞭打ち、道を走っていた。バイトに間に合うように。
…
「赤いバラの花言葉は『愛情、情熱、美、愛する』って、ちゃんと覚えておきなさい」
と店長さんに教わり、仕方なく軽く頷いた。
「もう夜遅いから、君、帰ってもいいよ」
「では、失礼します」
僕は家――借りた狭いアパートへ帰り始めた。
そんなに遠くない距離だが、歩くたびに道が長く感じられる。
これからは僕はどうすべきか。この先はどうなるか。迷った。
今後もこのスラム街に暮らし続けるのか。
重い足を引きずる。一歩一歩、歩いている。
やっぱり夜道が怖い。特にスラム街の路地裏には、その未知なる暗闇に何かがあってもおかしくはない。そう思ったまま、右斜め前方にある路地から一人が走ってきた。
月の光で、目の前に真っ白でこわばった顔が目に入った。それは人の顔に見えるはずがない。
「朔夜!」
白い仮面を被っているやつに行く手を遮られた。そんなぎこちない声に名前を呼ばれ、驚かせずにいられない。少し警戒し、よろよろと数歩後退していた。
「なぜ僕の名前を?お前は誰だ?まさか、一族のやつか」
「失礼、別に悪意はないが、ただ、受け取てほしいものがあるだけ。お前にも、そしてれんかにも欠かせないものだ」
受け取てほしいもの?
レンカって、だれなのか?知らない人の名だ。
いきなりわけが分からないことを言われ、頭が少々混乱した。
「レンカ…誰?知らねえ。そもそもなんでお前の言う通りにしなければいけないんだ?」
「はあー、まだ思い出さないのか。まあいい、とにかく言うことを聞け、でないと、お前を絶対行かせない。こっちも急いでるからさ」
「なぜか分からんが、どうやら話通じないみたいだな」
父に教わった体術はまだおろそかにしないはずだ。これは霊力のない僕がかつて一族の一人として唯一の誇りなんだよなぁ…
ちょうどこいつで小手調べにやってみようか。
四肢に力を入れ、空気の震えを感じてきた。
目の前のやつの身を観察する。
弱点を見つけた。
心臓への一撃!
同時に、空気の爆発音が聞こえていた。
思い掛けなかったのは、僕の空気を切り裂くという拳は、簡単そうに右にさっと避けられた…
まだだ!
すぐに体の向きを変え、左足でやつの首へキック!
あっという間に、僕の足は掴まれ、体が空に投げ出された。
僕はあえなくも地面に倒れてしまった。
「ちっ、そんな…、ばかな」
痛くて怖くて全身冷や汗をかいた…。
なぜ…、僕の動きが、まるで見透かされたようだ…
いや、むしろ考えが見透かされたというような感じ…
「くっ、やっぱり、一族のやつか。お前は。まさか、僕の知ってるやつか?!」
こういう可能性しか考えなかった。さもなくば、僕の動きを見抜くことはありえないんだ。
やつがしゃがんできわめて大げさな声で言い始めた。
「一族に復讐したいだろう!自分の価値を証明したいだろう!ならば、この刻印を受け取れ、さもなければお前は必ず後悔する!」
その時、やつに負けた納得できない気持ちと重なり、過去に受けた屈辱を思い出し、悔しくて悔しくてたまらなかった。
僕の半信半疑の間に、やつは目の前の空で逆五芒星のように見える刻印を描き、そして強引に僕の体にその刻印を通り抜けさせた…
同時に、僕の右手の甲にその青色の逆五芒星の刻印が浮かんできたが、あっという間に消えてしまった。
…