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少女と創世の夢の話

作者: 蜂子

区切りの良いところまで書けたから・・・供養させてください・・・(バタリ

「殿下ぁ! 盾なんかみつかりません!」

 瞳を潤ませながら叫ぶこの少女は結城希夢という。齢十六の女子学生である。学生らしくセーラー服を着込む少女の手には、学生らしかぬサーベルと肘膝と胸についた防具。そして、少女がいるのは居る筈の学び舎ではなく砂漠の遺跡である。入口からかなり入り込んだ通路に希夢はいる。遺跡の中は灼熱の砂漠の中にあるのだが、太陽の光が入らないためか肌寒い。

 そんな半ベソをかく希夢の隣、否、肩から希夢の言葉にテノールの声が反応を返した。

「いや、キム。ここにあるよ」

 希夢の肩に乗る、肩口までのエメラルドグリーンの髪を持つ妖精族のような姿の青年が遺跡の奥底を指差す。瞳の色はデーシェ海を思わせる深い青。茶色のローブと冒険者のような動きやすそうな青色の上着とベージュのズボンという服装だが、しっかりとした作りと上等な布を使っているのが見てとれる。

 この青年はカル=イェーガー・ハートライト・メルギメド・クラウンディーネ。現在は妖精種ほどの小人のような姿であるが、クラウンディーネ王国ハートライト王朝の王太子である。そして、もちろん種族は人間である。

「えー! 奥に行くの?!」

 希夢の素っ頓狂な声を聞きつけたのか、遺跡の奥底の暗闇からモンスターが出できた。

 二足歩行をしている緑色の毛を持つ双瘤ラクダのようなモンスターと真っピンクな身体に青い縞模様の入ったサソリのようなモンスター。ラクダ(仮)の背中のふたこぶの部分からは紫色の棘が突き出しており、サソリのしっぽと同様に猛毒である。まさにグロテスクな配色だ。その棘から垂れ流されている毒がジュと音を立てながら砂を溶かした。

 その光景をみた希夢はあわわわと左手で口を押える。

「キム、創生の盾を手に入れないとここから出れないから」

 そんな希夢にさらりと王子が死亡宣告を出す。希夢はその言葉に目を見張り、ぐずっと鼻をこすって横暴だとわめく。しかし、王子の言うとおり、盾を見つけて渡さないとここから帰れないのは希夢も知っている。

「いやだー! ココ、モンスターいっぱいなんだもん!」

 希夢は今日も半べそを掻きながら、サーベルを振り上げてモンスターに斬り付けた。



「ぎゃ、ラクダっ!」

 勢い良く起き上がるセーラー服の少女の反動でガタッと座っていた椅子が大きな音を立ててずれた。パサリと椅子にかけていた紺色のローブが落ちる。

 その直後に、学校中に授業終了のベルが鳴り響いた。

 その少女の目の前には先ほどまで広がっていた砂漠はすでになく、目の前にはぎっしりと文字の書かれた黒板があった。ぴくりと口元がひくつき、少女の眼が遠くなる。

 この少女こそ、先ほど砂漠でモンスターと戦闘していた結城希夢であった。

 あーやってしまったと、希夢はぼーとした頭で机の上をみる。半分、いや数行しか書いてないノートが目に入り、はぁとため息をつく。

 脱力したようにすとんと椅子に座り、ついでにもう見たくはないとノートを閉めると希夢の机に人型の影ができた。

「ミス・ユウキ。良く寝ていたようで。たった今、授業は終わりましたよ」

 ミセス・ラングレーが眉間に皺を寄せながら、希夢の前に立っている。そして、こめかみをとんとんと叩きながら、その女性ははぁと溜息をついた。

 ミセス・ラングレーは真っ黒なローブを着た初老の女で、最近白髪が目立ってきたと噂の魔法歴史学の先生であった。 そして、その原因のひとつはこの希夢でもあったりする。

「あは・・・は・・・」

「笑い事じゃないですよ、また貴女は寝て!」

「ごめんなさい、見逃してください!」

 ガタリと立ち上がり、希夢が瞳を潤ませながら頭を下げる。

 周りからはくすくすと笑い声と呆れるような目線が希夢に降り注ぐ。

「次、やったら反省文ですからね!」

 眉を限りなく吊り上げていても、なんだかんだで優しいミセス・ラングレーは何度目かになるおなじみのセリフを言って教室から出て行った。

 それを見送ると、ほっと希夢から安堵のため息が出る。ミセス・ラングレーには悪いが、希夢だって好きで寝ているわけではないのだ。

 そんな希夢に近づく人影がまたひとつ。

「またやったのね、キム」

 金髪の少女が笑いをこらえるような声で話しかけてきた。

 笑いをこらえているといってもこの少女の笑いは悪意の持ったものではないため希夢はそこまで不快にはならなかった。

「アイネぇ・・・だってさ、仕方ないじゃないの。自分の意思じゃないもの」

「そりゃ、ラングレー先生の授業を自分から寝ようだなんて誰もしないわよ」

 あんた何回目よ? と、呆れた顔でアイネが言う。

 そう、希夢がミセス・ラングレーの授業で寝るのはこれが初めてじゃないのである。といっても、2回目でもない。ちゃんと数えたことはないが、5回は優に越しているのだった。今やクラスメイトの皆もまたやったかと呆れるばかりである。

「ていうかさ、ラクダって何よ。ラクダって!どんな夢をみてたのよ、あんた」

 アイネが思い出したように笑いながら聞いてきた。

 希夢は冷や汗が出る。

 (そうだ、創生の盾を見つけて遺跡から出て、気を抜いた瞬間にラクダモンスターに襲われて・・・)

そこで、希夢は間一髪のところで目を覚ました。

「そ、そんなこと言ったっけ? ラングレー先生が恐くて、夢の内容なんて忘れちゃったよ! それにね、たぶんしばらくはこんなことなくなると思うし・・・」

 創世の盾は見つけたからという言葉は飲み込み、本来の性質から嘘をつくのが苦手な希夢は目を泳がせながら誤魔化す。

 この夢の内容も、なぜ頻繁に寝てしまうかその理由も誰にも言ってはけない――。

 希夢に課された絶対的な命令だった。

 一方、アイネはため息をついて、今日こそはなぜ寝てしまうのか問いただそうと眉を吊り上げた。なぜなら、希夢はミセス・ラングレーの授業だけでなくアイネと被っている授業だけでもここ最近、頻繁に居眠りをいている。授業がつまらないのかと思えばそうではなく、寝ない時の希夢はとても真面目な生徒なのだ。何かの病気なのかもしれない。とアイネは心配だった。

 しかし、それはガラリという教室のドアの開閉音によって阻まれた。

「キム・ユウキ。帰るぞ」

教室のドアのほうから希夢を呼ぶ険のある声が聞える。

振り向くと騎士科の制服を着た黒髪の切れ目の青年が希夢を睨みつけていた。ついでに希夢に周りの女子生徒の嫉妬の眼差しも指す。

希夢たちの通う王立魔法学園には魔法科の他に騎士科が存在する。

「ジェイド・・・」

「・・・あら。時間通り。迎えが来たわよ」

 ちらりとアイネが教室の時計に目をやると、希夢が受講している最終授業終了から三十分丁度。

 希夢がばたばたと荷物をまとめ始めた。

 アイネはふぅとまた呆れ顔をしながら、答えはこないだろうと分かっているもうひとつの質問を小声で希夢に投げかけた。

「本当にジェイド・ティオールとどういう関係なのよ、キム」

 いつものことだから今や誰も不満を口に出すことはないがアイネの疑問はクラス全体、いや学園全体の疑問だった。

 ジェイド・ティオールは学園の成績からも家柄からも学園卒業後は王太子であるカル・イェーガー王子の筆頭近衛騎士になるだろうと言われており、加えて容姿も端麗であることから良家のご令嬢にとってはぜひとも結婚したい男子学生の筆頭である。

 そのジェイドが毎回放課後になると、他国の留学生とはいえこのぱっとしないような少女である希夢を迎えに来る。疑問だった。

「う、それは・・・」

 アイネの言葉がちくちくと希夢の胸に刺さる。

 疑問には思うが、アイネはジェイドを好いているわけではないし希夢が嫌いというわけではない。しかし、毎回繰り返される希夢の煮え切らない言葉にやきもきしていた。

 今日こそはこれについても聞いてやるぞと息巻くのだが・・・

「キム、早くしろ!」 

「はーい! ごめんね、アイネ、行かないと怒られちゃう!」

 このジェイドの鬼のような顔と、希夢のおびえた顔をみると気が引けてしまっていつも聞き出せないでいる。

「分かったわ、また明日ね」

「またね!」

そう言って、教室から出た希夢はジェイドに遅いと凄い剣幕で怒られている。希夢は少し涙目になりながらペコペコと頭を下げている。

やっと歩き出した二人だがジェイドの歩幅に間に合わず希夢は小走りになる。

毎度の光景にあんな空気のふたりならば周りの女子が望むような関係だなんてことはないだろうと皆が思うのだった。


* * *


「ジェイドさーん・・・ちょっと待って!」

 今だに小走りでジェイドを追いかけて息が上がりかけている希夢が声を荒げた。

「ジェイド! 速いってば!」

 しかし、小走りの原因のジェイドと言えば聞く耳を持たずに歩き続ける。

 毎度のことだが、ジェイドの自分への扱いはひどいと希夢は思うのだ。騎士科のくせに騎士道の「き」の字もない。騎士というのは親切心と誠実さがなくてはいけないのではないか!

 希夢はむっと眉間に皺を寄せ、唇をへの字に曲げたがちらりと振り返ったジェイドと言えば「ふん」と鼻を鳴らしただけで歩みを緩めることはないのだった。

 そうこうしているうちに目的地である転送陣の間までたどり着く。周りには二人以外に誰も居ない。静寂だけが漂う場所だ。それもそのはずだ。この転送陣の間は立ち入り禁止なのだから。

ジェイドが首から提げた青い石のついたペンダントを大扉の隣のパネルに近づける。そして、ジェイドが横に避け、くいっと顎で「お前もやれ」と希夢に促した。希夢はジェイドの態度にむすりとしながらも同じように色違いの緑色の石のついたペンダントをパネルに翳した。そして、ガチャリという鍵の開いた音がした大扉が音を立てながら一人通れるほどの隙間を開ける。ジェイドと希夢の二人が大扉に入ると同時に扉は閉まり、静けさが戻っていった。

 扉を通ると、暗闇の中に地面が所々青白く光っている。大理石の床にかかれているのは転送陣だ。

 陣の中心に立つと、陣と二つのペンダントが一層光り、二人を包み込んだ。光が収まった頃、瞑っていた目を開けると、いつも通り広がるのは白亜の部屋だ。床にかかれた陣が段々と光を失い、消え去っていく。

 鉄格子の嵌った窓から近くに見える蔦薔薇の巻きついた塔はクラウンディーネ王国では一つしかない。それは国の中心、王族の住まうアルスター城にある建国当初からある塔。

 

 ほっとため息をつくと、コツリと足音が響き声が掛けられた。

「おかえりなさいませ、ジェイド様、キム様」

 メイド服の初老の女が微笑を湛えながら、二人に歩み寄る。

「ジュリエッタさん、ただいま帰りましたー!」

 そう言って希夢はピシリと敬礼をした。

 ジェイドは呆れ顔で希夢を見やり、次いで扉の方向を見た瞬間にピシリと背を正してから膝を折った。

「ふふ、キム、ジェイドお帰り」

 さらりと肩口まで伸ばしたエメラルドグリーンの髪を揺らしながら長身の青年が二人に向かってにこりと笑いかけた。

「殿下、ただいま帰還致しました」

「カル殿下、ただいま帰りました。さっき振りです」

 ジェイドは跪いたまま頭を垂れる。一方、希夢はきりりと眉を吊り上げて、先ほどと同様にぴしりと敬礼する。

さっき振り。といっても会ったのは現世ではなく夢の中である。先ほどと違うのは服装が旅装から金の刺繍の煌びやかな礼服に変っているというところ、そして体の大きさか。そう、目の前にいる青年こそ、希夢と夢の砂漠の遺跡の中で一緒にいたカル=イェーガー王子そのものだった。夢の中では希夢の肩に乗れるくらいの大きさだった体なのだが、現世では小柄ではあるが希夢の頭が胸の位置にある位の身長がある。

「ご苦労だった。創生の盾は我が手中に戻ったよ」

 そういうとカル=イェーガーはもう一度にこりと笑った。 

「さて、二人とも着替えておいで。制服のままではお茶も出来ないからね」

「ハッ」

「はーい」

 その言葉にジェイドのきびきびとした返事と正反対に間延びした希夢の返事が返される。

 アルスター城のいつもの光景だった。


 希夢は季国に国籍を置く留学生だ。彼女は魔法の才能を見出され、最先端の魔法教育が施されるクラウンディーネ王国に留学してきた。

 とされている。

本当のことを言うと季国にも魔法学校はあるし、留学しなくても魔法のことについて学ぶならば母国の魔法学校に通えばいいのである。希夢と同じくらいの成績のものはいるし、むしろ希夢よりも優れたものも多くいる。

というのに、希夢が魔術王国であるクラウンディーネに留学にきたのにはもちろん理由がある。


・・・この話は追々。

次、希夢たちが夢の世界―アヴァロン―に旅立つときにでも。


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