第六話 王様とMTG
私達は校舎前に既に停められていた馬車に乗り込んだ。馬車、と言っても引いているのは馬ではなく赤い竜のような生き物だ。ここは紛れも無く異世界なんだな、と再認識させられる。
馬車ではヤタが前で向かい合わせに、私とニグリスが隣に座った。
「王城では国王の他に日本文化研究の先生と異世界召喚研究の第一人者も同席されるそうだ」
座って落ち着くとヤタが説明してくれた。何だかよくわからないが、私の日本への帰宅を研究してくれそうな雰囲気はする。一応期待しておこう。
それにしても、私はこれからどうなるのだろう。日本人として実験動物みたいな扱いを受けたりして……。それもありえなくはない。もしそうなったとしても逃げ場もないのだからどうすることもできないんだけど。
ふとさっきニグリスに言われた「俺が守るから」と、いう言葉を思い出した。この隣で青い顔をしている男に何かできるとは思えないけど……それでも少しその存在に安心する自分もいた。
馬車に揺られて20分程で王城に着いた。立派な鎧を着た男の人が何人もいる。
「どうぞ、こちらに」
その中の一人に案内されて私達は城の奥へと進んだ。城の中は赤い絨毯が敷かれ、壁は白く装飾も施されている。等間隔に鎧を着た兵士が立っている。いよいよ自分の場違い感がものすごくて私はそっちに緊張してきてしまった。ニグリスはというと緊張しているようで馬車の中から既に固くなっていた。なんだか初めて営業に行く新人くんみたい。童顔だから余計そう思える。
「大丈夫?」
私は堪らずニグリスに小声で話しかけた。
「あ…うん、だ、大丈夫」
全然大丈夫そうじゃない。
「国王に会うの、初めて?」
「教員になる時に一度。でもその時は遠かったし、こんなに少人数は……」
「そんなに緊張しなくても取って食われるわけじゃないでしょう?学長さんもいるし、メインは私だろうから大丈夫だよ」
自分の身にこれから何が起こるかもわからないのに、私はどんどん冷静になってきていた。営業の時もそうだったけれど、緊張している人が一緒だとかえって落ち着いてくるのよね。
「こちらに王が参りますのでしばらくお待ち下さい」
私達は兵士に部屋に通されて兵士は退席していった。石造りの立派な長いテーブルがある部屋に私達は並んで座った。王様と会う、というと広い部屋で遠くの少し高い位置に王様が偉そうな椅子に座っている、という情景が思い浮かんでいたのだが、少し立派な会議室みたいなところで会うんだな。
隣のニグリスはふーと長い息を吐いた。
「ありがとう佳菜。少しだけ落ち着いてきた」
ニグリスは少し笑顔を見せた。その整った顔を見て私は、ちょっと頼りないけど顔はいいんだよなぁ、とこんな時なのにそんなことを思ってしまった。
特に言葉を発することもなく背筋を正して王様を待つ。この時間、本当に営業先で先方を待ってる時みたいだ。この後ここでたくさんの会話がなされるというのに待っている時間は不思議なほど静か。私はこの時間が好きなんだ。まずはどんな世間話をしようか、どう本題を切り出そうか、何を話せばいいのか、そしてどう上手く話せば自分の会社の利益になるようにもっていけるのか。
学生時代は営業なんて取引先の機嫌を取っておけばいいようなものだと思っていた。でも、実際やってみると笑顔で話す裏にそれぞれ会社の思惑があって、それをどう相手に受け入れてもらうかという頭脳バトルのようなものだ。それが面白くて私は病みつきになってしまったんだ。
その世界に戻れるかどうかはわからないのだけど。
ガチャ
扉が開いたので私達は立ち上がった。頭を下げるヤタに合わせて私とニグリスも頭を下げる。目の前に人が歩いてくる気配がして、ゆっくりと顔を上げた。
私の目の前に立っているひときわ偉そうな格好をした男の人が恐らく王様だろう。おじいちゃんを想像していたのに、目の前に立つ王様はあまりにも若い。私と同世代に見える。灰色の髪の毛は短く切りそろえられていて、鼻と口が大きい。特徴的なイケメンと言いがたいその顔は一度見たら忘れらることはなさそうだ。赤い瞳で私をじっと見つめてから、
「どうぞ、座りましょう」
と、声をかけてきた。
「失礼致します」
私は席についた。王様の向かって右隣には薄ピンク色の長い髪の毛の綺麗な女性が座った。ぱっちりとした青い瞳、ぷっくりとした赤い唇で言うことなしの美人だ。王様の向かって左隣にはかなり年のいっていそうなおじいさんが座った。顔は皺だらけ、頬には黒いシミも点在しているし、腰も少し曲がっている。目の前を見ているとまるで一つの画面には映りそうもない不思議な組み合わせだな、と思った。
「お待たせしました。私はカーストゥン王国の国王、フローレンと申します」
国王のわりにいやに丁寧だ。敬語なんか使わずに傲慢なのを想像していた。
「はじめまして。私は小池佳菜です」
「佳菜さん」
この国の人は人のことを例外なく名前で呼んでくるらしい。そういえばどの人も苗字を言わないから、もしかしたら苗字というものは存在しないのかもしれない。
「こちらは王城専属の異世界召喚者、ピュオーラです」
美人の女性が頭を下げた。
「そしてこちらが日本文化研究者のマイコレヌス先生です」
おじいさんが頭を下げた。私も合わせて頭を下げた。
「今日はわざわざご足労ありがとうございます。本来ならこちらから出向くところを」
「いえ、とんでもないです」
この王様は営業マンみたいな話し方をする。もしかしたらそういうハウツー本でも召喚して、それで勉強したのかな。
「まずは佳菜さん。カーストゥン王国に召喚してしまい、ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「いえ」
ていうか召喚したのはニグリスだし。
「これから佳菜さんが日本に戻れるようにピュオーラとマイコレヌス先生がサポートしてまいりますので、よろしくお願い致します」
「はい」
よかった。とりあえず日本に帰れるように考えてくれてる。
「ただ、既にヤタ学長からお聞きになっているかと思いますが、現状の異世界召喚というのは召喚が主ですので送還の技術はほとんどありません。なので、お時間をいただくことになるかとは思います」
やっぱりそうか。私は落胆しながらも頷いた。
「現在の研究では小さなものの送還は可能となっています。そこで、まずはご家族などに手紙を送れるように進めたいと思うのですが」
「手紙送れるんですか?」
私は食い気味に反応した。その情報は初耳だ。
「はい。場所をお聞きして、少し時間はかかるかと思いますがその場所へゲートが開ければ可能です」
「そうですか」
少し安心した。私の安否を伝えることができる。
「手紙を送りたい場所を教えていただけますか?」
紙とペンを用意したピュオーラが聞いてきた。
「あ……別に家族じゃなくてもいいですか?」
「?はい、構いませんが」
「じゃあ……」
私は会社の住所を伝えた。理由があってしばらく休職したい、ということを伝えなければ私の席がなくなってしまう。無断欠勤をすることになると心配もさせてしまうかもしてない。業務の簡単な引き継ぎもしたいし、会社に連絡を入れれば家族にも知らせはいくだろうから。
「わかりました」
ピュオーラは一度住所を復唱してからペンを置いた。
「佳菜さんを送還する準備ができるまでの間のことですが」
王様がまた口を開いた。
「このまま王立学校の初等科に住んでいただきたい、と思っているのですが、いかがですか?」
「こちらとしてはかまいません」
ヤタ学長は即座に答えた。
「佳菜さんもそれでかまいませんか?」
「……はい」
私は内心少しホッとしていた。
「それで、できたら日本文化研究にご協力いただけると助かるのですが」
おじいさんのマイコレヌスも横で頷いてじっと私を見た。
「普通に暮らしてきただけなので、何かお役に立てることがあるかわかりませんが」
「それでかまいません。こちらからの質問に答えていただくだけでありがたいですので」
「わかりました」
このおじいさんと上手くやっていけるかどうかはわからないけれど、他に特にすることもないのだからいいだろう。
「ありがとうございます。それでは週に一度程お時間をいただければ」
「はい」
「その他の時間は自由に過ごしていただいて構いません。できれば初等科の生徒に日本語の授業などつけていただけたらありがたくはありますが」
「じゅ…授業、ですか?」
私は自慢じゃないが人に何かを教えるのは得意じゃない。それに、もっと苦手なのは子供だ。初等科、というからにはきっと若い子供達がいるのだろう。
「こちらは強制ではありません。何しろ佳菜さんは日本語のネイティブでいらっしゃるわけですから、教えていただけたら助かるな、というくらいで。教師への指導でも構いませんし」
「あぁ、なるほど」
大人相手ならまだなんとかなるかも。
「そこはヤタ学長とも相談して自由に決めてください」
「わかりました」
「それでは、また何かありましたらいつでも相談してください」
「ありがとうございます」
国王が立ち上がったので私達も合わせて立ち上がった。
「それでは佳菜さん、また」
国王は笑顔を見せて部屋を出て行った。