第三話 これって手品じゃないの?
宿舎から少し離れた大きな建物の中に私達は入った。あまりにも大きい。長い廊下を歩いていると部屋の上には「1-1」などクラスを示すと思われる看板もついている。本当に学校っぽい。何かの理由で私を騙すにしては大掛かりすぎる。
私はニグリスにただついて歩いた。建物の三階の奥に目的地はあった。おおきな扉。横には「学長室」とある。
「学長先生、ニグリスです」
ニグリスは扉をノックした。
「入れ」
低い声が中から聞こえてきた。
「失礼します」
ニグリスに続いて私も部屋に入った。本の匂いがする。その通り部屋の壁には本棚があって、たくさんの本が並んでいる。その本棚の前にいかにもな机が置いてあり、そこに学長とおぼしき男性が座っていた。良く言えばがっちり、悪く言えば太めの体型、薄茶色い長い髪の毛をポニーテールにしてまとめている。学長というから年寄りを想像していたが、意外と若そうだ。学長は青い瞳を私に向けた。
「はじめまして、私はこのカーストゥン王国の王立初等学校の学長をしているヤタと申します」
三度目ともなるともう何とも思わなくなってきたが、やはり学長のヤタは流暢な日本語を喋った。
「小池佳菜です」
これが初めて合うお客様なら愛想笑いをするけれど、この人はそうではない。私は笑顔も浮かべず名前だけ名乗った。
「佳菜さん、この度は誠に申し訳ありません。私からご説明させていただきます」
例に漏れずヤタも私のことを名前で呼んできた。ただ、ヤタの言葉はビジネス的だ。仕事をしているような感覚に陥る。
「ここはカーストゥン王国。日本とは異なる世界の小国です」
この人もやはりここが異世界だと言いはるつもりのようだ。
「我らの国は日本の文化を研究しており、定期的に異世界召喚を使って日本の書物などを輸入しているのです」
「異世界の人が日本の研究?なんでまた日本を?」
我ながら変な質問をしていると思う。しかし、ヤタの話しからボロを見つけて嘘を暴く、それが今私がやらなければならないことだ。
「カーストゥン王国には遥か昔、日本から佳菜さんと同じように召喚されてきた日本人がいました。それまで独自の言語と文字を持たなかった私達は、その日本人から日本語を学びました。それからカーストゥン王国の公用語は日本語となり、勉強のための書物として日本の本を輸入し続けているのです」
「はぁ……」
大真面目な顔でよくそんなことが言えたもんだ。
「異世界召喚で持ってこれるものは少量に限られます。そこで普通は本や食べ物など小さなものになるのですが、今回ニグリスの行った異世界召喚で何故か人間である佳菜さんがこちらに来てしまったのです」
「はぁ」
もう「はぁ」としか言いようがない。
「それで、どうやったら私は帰れるんですか?月曜日には仕事があるので帰してもらいたいんですが」
「それが……私達は先程も申しました通り小さなものしか召喚ができません。こちらから日本へ送ることができるものはさらに小さなものに限られてしまうのです。なので、人間を送り帰したという前例はありません。昔カーストゥン王国に召喚されて来て下さった日本人も帰る方法がなく、生涯をこの国で過ごしました」
「それじゃあ私も帰れない、ってわけ?」
「はい……」
ヤタは申し訳無さそうに顔を歪めた。
「もちろん佳菜さんを日本に帰せるように最善は尽くさせていただきます。あれからだいぶ経ち召喚技術も向上はしていますから可能性はゼロではありません。ただ、現状前例もないですし少なくともお時間はかかってしまうかと……」
「あの」
私は背筋を伸ばしてヤタに向き直った。
「申し訳ないんですけど、私はあなた達のお話が信じられません。突然召喚した、なんて言われても私にはその感覚もありません。それに、異世界があるだなんて聞いたこともありません」
「それはおっしゃる通りだと思います」
ヤタはしっかりと私の目を見た。
「まずは佳菜さんにこの事実を信じていただくことが先決ですね。ニグリス、異世界召喚の準備を」
「は…はい」
後ろに立っていたニグリスが戸惑ったような声を挙げてヤタの近くにあった鏡に向かった。
「佳菜さんには異世界召喚を実際に見ていただこうと思います」
「……はぁ」
ニグリスは鏡を持って私の前に背を向けて座った。
「佳菜さんもどうぞ座ってご覧ください」
私は言われた通りに座る。これからどんな手品を見せてもらえるのかしら。
二グリスは鏡を立てて置いて何やらぶつぶつとつぶやき始めた。すると、ニグリスの顔を写していたはずの鏡が光って別の何かを映し出した。暗い。何かの袋の山が見える。これは……ゴミ捨て場?
鏡はTVのようにゴミ捨て場を映していてニグリスはそれを凝視している。私もじっと見てはみるが、どこからどう見てもゴミ捨て場だ。破れた袋から飛び出した生ごみを見ていると臭ってきそう。人生でこんなにゴミ捨て場を凝視したのなんて初めてだ。
鏡は捨てられた週刊誌を映し出した。
「……ではこれを」
ニグリスはそう言うと鏡の中へ手を伸ばした。手は鏡を突き抜けて向こう側へ入っていく。鏡はまるで水面のように波打って何も見えなくなる。
「よしっ!」
ニグリスはそう言うと一気に手を引き抜いた。すると、ニグリスの手には週刊誌が握られていた。鏡は元通りニグリスの顔を映している。
「これが異世界召喚です」
「……はぁ」
ニグリスから受け取った週刊誌を眺めながら私は呆然とした。ただのゴミ漁りじゃん。何これ。
「これでここが異世界だということを信じて……」
「まだ信じられません」
私はヤタの言葉を遮って答えた。こんな手品、マジシャンだったら簡単に出来そうだ。
「そうですか……」
ヤタは首の後ろを擦った。
「学長先生、それでは佳菜にカーストゥン王国の街を見ていただくのはいかがでしょう!?」
「……なるほど!」
ヤタはニグリスの言葉に顔を明るくした。
「それではニグリス。案内を頼めますかな?」
「はい、もちろんです」
私不在のまま話は勝手に進んでいく。でも、外に出られるならまぁいいか。都内じゃないとしても逃げ出してタクシーでも捕まえれば駅まで連れて行ってくれるでしょう。ここが日本なら、ね。
「では佳菜さん。今日はカーストゥンの街の観光をしてみてください。私とはまた明日、お話しましょう」
私は頷いて立ち上がった。なんだか疲れてしまった。酒でも飲みたい。
「行きましょう」
ニグリスに連れられて私は学長室を後にした。