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第二話 落ち着け、私

「……異世界?」


 ニグリスの発した言葉を私は繰り返した。この男は何を言っているんだろう。頭おかしいのか?


「とにかく学長に会っていただきたいんですが」


 ニグリスは必死さの中に真剣さが交じる顔で私を見つめた。これが演技だとしたら相当な演技派俳優だ。私を引き止めて何をさせたいのかはわからないけれど、私だって状況がわかりかねている。学長、というときっと目の前のニグリスよりも偉い人が出てくるのだろう。それならそいつと話をした方が早く帰れるかもしれない。その分危険でもあるけど……なるようになれ、だ。


「わかった。でも、その前に着替えたいんだけど」


 私は自分の着ているTシャツをヒラヒラとさせた。何しろノーブラだし、スースーするよ。


「あ、そうですよね……」


 ニグリスは私の身体を上から下まで眺めた。あなたからしたら31のおばさんかもしれないけど、これでも一応女なんだけどな、失礼な。


「ニグリス!」


 遠くから女性の声が聞こえた。見ると、肩につかないくらいの薄い緑色の髪の毛をピョコピョコ揺らして白いノースリーブのふんわりしたワンピースを着た女性がこちらに向けて走って来ていた。とても悪の組織に組みしているようには見えない穏やかな雰囲気だ。


「この方が……」


 女性は赤い瞳を私に向けた。この人もどう見ても日本人ではない。じゃあ外国人?それにしても、緑の髪の毛なんて見たことないよ……


「ナターシャ、いいところに!佳菜に洋服を貸してあげてほしいんだけど」


「洋服ね、わかった」


 女性は私に向き直って、


「私はナターシャと申します。よろしくお願いします」


 と、丁寧に挨拶してくれた。この人も綺麗な日本語を喋る。その顔で、やっぱり違和感があるよ。


「小池佳菜です」


 私も一応挨拶をした。


「それじゃあ私の部屋に案内しますね。……って靴も履いてないじゃないですか!」


 ナターシャは私の足を凝視した。


「そうだった。じゃあ俺が運ぶよ」


 運ぶ?運ぶって……

 私が言葉を理解する前にニグリスは私に近づいてふわっと抱き上げた。所謂お姫様抱っこ、だ。


「ちょ…ちょっと!」


「すみません。少しの間我慢しててくださいね」


 二グリスはそう微笑むと私を軽々と担いだまま廊下を歩き出した。


「私、自分で歩けるけど!」


「宿舎までは一旦外に出なきゃいけませんから」


 ニグリスは聞き入れてくれない。私は仕方なく甘んじてそこに落ち着くことにする。と、いうか私、こんなことで何を動揺してるんだろう。ここ10年くらい男性にこうして触れられたことがないからって、私は31の大人なんだ。別にこんなこと、余裕だし。

 私はそう自分に言い聞かせた。しかし、耳は赤く周りの景色は目に入ってこないままだった。


 建物を出て少し歩いて別の建物に入った。階段を登り二階に着くとニグリスは私をようやく解放してくれた。


「ここです」


「じゃあ俺は下で待ってるから」


 ニグリスはそう言ってさっさと階段を下りて行ってしまった。あ…お礼言ってないや。まぁいいか。


「どうぞ」


 ナターシャに招かれて私は部屋に入った。部屋の中はベッド、クローゼット、机と椅子が置いてあるシンプルな部屋だった。ただ、カーテンやベッドシーツなどが薄いピンクで統一されているところがなんとも女性らしい。私の部屋とは大違いだ。


「この服をどうぞ」


 ナターシャに差し出された服は、襟も袖もついているが白いワンピースだ。首元にはリボンがつき、スカートのドレープは赤くなっていてワンポイントになっている。


「これ…着るの……?」


 もう何年もスカートなんて履いていない。その上こんな可愛らしい服装なんて生まれてこの方したことがない。


「すみません、佳菜さんのサイズに合いそうな服がこれしかなくて」


 確かにナターシャは私より背がだいぶ低い。これしかない、というなら仕方がないか。こんな服を着ているところを会社の男共に見られたらひっくり返られそうだ。


「ブラはある?」


「あ、えーっと下着、ですよね?すみません、日本みたいなのはここにはなくて……ワンピースの下にこれを着てもらえれば透けないと思います」


 ナターシャはキャミソールも貸してくれた。


「日本みたいなの…か。あのさ、あなたもここが異世界だって言うわけ?」


 二グリスはここが異世界だと言ったけれど、ニグリスより比較的常識のありそうに見えるナターシャはどう答えるだろうか。


「佳菜から見たらここは異世界、ということになりますね」


 ナターシャもごくごく真面目な顔のままそう答えた。こいつもグル。当たり前か。

 私は貸してもらった洋服を着た。スカートは膝丈だ。スースーする。あえて鏡は見ない。見たら自分でもひっくり返りそうだ。下には貸してもらったブーツを履いた。ウエスタンブーツ、というやつだ。これも今まで履いたことがない。


「よくお似合いですよ。よかったらその服一式差し上げます。私には少しサイズが大きかったので」


 ナターシャにお世辞を言われた。そんなおだてても騙されないんだから、私は。

 私達は部屋を出て下に降りた。そこにはニグリスが待っていて、私を見てニッコリと微笑んだ。


「かわいいね、佳菜」


「なっ……!」


 かわいい?かわいいって言った?


「じゃあ俺達は学長のところへ行ってくる。ありがとう、ナターシャ」


「いいえ。それではまた」


 私はニグリスについて歩き出した。男にかわいいなんて言われたの何年ぶりだ?と、いうか言われたことあったっけ?もう、動揺しない、動揺しない。

 そう言い聞かせる私の耳はやっぱりまた赤くなっているのだった。

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