第一話 目覚めたら異世界?
夢にしてはリアルだ。
私の目の前には驚いた顔をして腰を抜かした男が座り込んでいる。男は襟足の長い金髪で緑色の瞳をしている。
緑色の瞳なんて初めて見た。外国人か?半袖のクリーム色のシャツにチノパンを履いている。
なんでこんな夢を見ているんだろう。あぁ、そうだ。今日は華の金曜日。仕事が終わってから部下を連れて飲みに行ったんだった。記憶をなくすほどは飲まなかったが、いい気分になるまでは飲んだ。だから少し頭も痛いし変な夢も見ているんだな、納得。
男の後ろには壁全体を埋め尽くす本棚とたくさんの本がある。そうだ、今日は久しぶりの休みなんだから起きたら本を読もう。
「あ…あなたは……」
男が私に話しかけてきた。いつまでも驚きの表情を崩さず緑色の瞳は見開いたままだ。口もあんぐりと開いていて所謂アホ面だ。普通の顔をしていたらモテそうな端正な顔立ちをしているのに、もったいない。
「あんた、誰?」
試しに話しかけてみる。
「お…俺はここで教師をしているニグリス…です」
ちゃんと日本語で答えてくれた。その顔で日本語なんて似合わないよ。さすがは夢、ご都合主義。
「あなたは?」
「私は小池佳菜」
「小池佳菜…やっぱり……」
ニグリスはごくり、と唾を飲み込んだ。
「日本の人、ですか?」
「そうだけど?」
ニグリスは息を飲んだ。なんだ?このリアクションは。
「俺はなんてことを……」
「どうでもいいけど、私眠いから寝たいんだけど。ベッドある?」
この男の相手をするのも面倒になってきた。見るならもっと別の夢が見たい。
「ここに仮眠用のベッドが……」
ニグリスが指を指した方には小さなベッドが置いてあった。寝心地は悪そうだし毛布が乱れて置いてある。誰かが寝た痕跡だ。本当ならこんなところで寝たくないけど、まぁどうでもいいや。
私はそのベッドに横になった。あぁ、頭痛い。それに、眠い。夢なのに眠いって変なの……。
そのまま私はすぐに眠りについた。普段の睡眠時間は短いし、寝付きがいいのは取り柄なんだ。次はもっといい夢見られるといいな……
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「んっ……」
眩しくて目が覚めた。あれ、カーテンはいつも閉めっぱなしのはずなんだけどな。しかも遮光カーテン。ベッドがギシギシっと軋む。なんだろう、寝心地がいつもと……
「───っ!?」
ベッドから半身を起こすと、目の前には金色の髪の毛に緑色の瞳の男が立っていた。
「気分はどうですか?」
「……は?」
おかしい。確かに寝て目覚めた感覚があるのにまだ夢の中なんて。私は自分の格好を見る。Tシャツに短パン、いつもの寝間着だ。ちなみにいつもそうであるようにちゃんとノーブラ。ペタペタと自分の身体を触る。感覚もある。夢にしてはリアルすぎないか?
お決まりの自分の頬つねりも試してみる。痛い。それでも目の前には先の夢で出会ったニグリスが立っている。
もしかして私、やっちゃったか?ちゃんと家に帰ってきたはずだったけど、こんな外国人にお持ち帰りされちゃったのか?
「私、帰る」
とりあえず私は立ち上がった。辺りを見渡しても自分の鞄らしきものはない。
「悪いけど金、貸してもらえます?電車賃分でいいんで」
ここはどこだろう。でも、都内なら駅にさえつけばだいたいわかる。
「あ…あの……」
ニグリスはまごついている。もう、さっさとしてくれ。別に一夜の過ちを責めるつもりはないから、早く帰って貴重な休日を満喫させてくれ。いつまでもお金を貸してくれないニグリスを私は軽く睨みつけた。
「す、すみません!帰し方がわからなくて!」
ニグリスは勢い良く頭を下げた。
「じゃあもういいです。自分で帰りますから」
私は手をひらひらとさせてドアに向かった。お金がなくたって自分でなんとかできる。だって私、もう31歳だもん。
勢い良くドアを開けると扉の向こうの景色に私は氷ついた。あ、あれ?
そこには長い廊下があって、いくつも扉がある。何よここ、豪邸?一歩外に足を踏み出す。そういえば私、靴も履いてないよ。なんてこった。
「か…佳菜!」
ニグリスが慌てて追いかけてきた。いきなり呼び捨てかよ。そういえば、男に名前で呼ばれるのなんていつぶりのことだろう。
私はニグリスの方を振り返ろうとして、ふと窓の外を見た。そして、また固まってしまった。そこにはトラックがある広いグラウンドと、その先には緑濃く高くそびえる山々が見えたからだ。
な…なによ、ここ。都内にこんな広い土地が……?
「ご、ごめん!ここは佳菜にとっては異世界なんだ!俺が佳菜を日本から召喚してしまったんだ!」
ニグリスの言葉に今度は私が目を見開いて口をあんぐりと開けた。何を言っているんだ、この男は。新手の口説き文句か?
「信じてもらえないと思うけど本当だ!ここはカーストゥン王国の王立初等学校!異世界です!」