急転
その一族、歪――。
僕たちはテトラの王国民証と首都民証を得るため、ゼルファノーガ卿とその息子3兄弟と相対していた。マリアという娘もいるが、彼女はとんでもない冷遇を受けていた。
そしてゼルファノーガ卿は、王国民証と引き換えに三男と結婚しろと、テトラに持ちかけた。
「ふざけるな!」
アンナは双剣の柄に手を伸ばしつつ立ち上がった。
「そんな要求は通らない! 仮に通ったとしても、アタイが絶対にテトラをお前らなんかに渡すもんか!」
「ケルベロスの狂犬……お前は何か我らに用件があるのか?」
「あんたらなんかに用はない。アタイはテトラをクソ野郎から守るために来ただけさ!」
「ならば引っ込んでいるんだな……これは政治の話だ」
ゼルファノーガ卿はものすごい剣幕でアンナを睨んだ。しかし、アンナも負けてはいない。
「テトラ……王国において治癒士は貴重な人材だ。君がカルロと結婚してくれたら、我々の一族は益々の繁栄を遂げるだろう。それだけじゃない。我々フローゼリア家は、いずれ世界の全てを掌握する。ゼンダが北を、ベリクが東を、君とカルロが南を――そしてマリアの夫が西の大国の頂点に君臨し、四方を我らフローゼリア家の旗の下に統治するのだ。
考えてもみたまえよ。君は治癒士として世界最高の教育を受けるばかりでなく、我らフローゼリア家の三男の妻となり、世界の2割を我が物に出来るのだぞ。私のたった一つの条件を飲むだけで、だ。悪い話ではなかろう……」
「いいや、悪いね」
僕は、マリアに出された紅茶を飲み干して言った。そして空のカップを、ゼルファノーガ卿に突きつけてやる。
「テトラは僕の妻だ。彼女が嫌がる以上、僕は全力であなたたちの邪魔をする」
ゼルファノーガ卿は、僅かに苛立ったように片方の眉をピクリと痙攣させ、初めて僕を見た。すると3兄弟が同時に立ち上がり、両手に魔力を溜め始めた。
「待て、お前たち」
ゼルファノーガ卿の制止で、3人は魔力を収める。
「ユキオ殿、だったかな――女が欲しいなら心配はいらない。私が王国一の美女を紹介してやる。なに、我がフローゼリア家の名を使えば、女など各地からハエのように集まってくる。必ずや君が望む以上の女を提供できるはずだ」
ゼルファノーガ卿が、僕に意地汚い笑みを浮かべて囁いた。僕がその提案を突っぱねようと何か言う前に、既にアンナが双剣を抜いていた。
「貴様……女を何だと思ってる……」
「アクセサリだ。女は男が築き上げた功績を更に輝かせる装飾に過ぎない。それが分かったら今後一切、私の館の中で武器を構えようなどとは思わないことだ」
「――貴様あああああああああああああああああ!」
アンナは跳び上がった。双剣の刃が、ゼルファノーガ卿めがけて振り下ろされる。しかし、それよりも速く、3兄弟が魔法を放った。
「ベロシティ・アンバトライト!」
「ディスタント・エグゼキューター!」
「ベクトライズ・サイフォジール!」
3つの魔法が重なり、巨大な魔力の塊となってアンナの腹部に直撃した。アンナは吹っ飛び、壁に激突する。
「ごっ……ぐっ……あぇ……」
しかし頑丈な造りの壁は破壊されない。アンナは魔力の塊に腹を抉られながら、壁にめり込ませられている。
「やめてください! お願いします! やめてください!」
テトラの悲鳴に、僕は我に返った。僕は女神の力を放った。3兄弟やゼルファノーガ卿へ向けてではない、アンナの方へだ。いや――正確には『アンナの身体を抉る魔力の塊』へ。
女神の力は女性へ向けて放つことが出来ない――なら、『魔法へ向けて放てば』、アンナを助けることが出来る。
閃光は魔力の塊を消し飛ばした。同時にアンナの身体が、バタリと倒れる。
「アンナ!」
テトラがアンナに駆け寄る。彼女は気を失っており、腹も凄まじい打撲のあとがある。骨が折れていることは確実だ。もしかすると内臓も……。
すると、ゼルファノーガ卿は僕に近づき、閃光を放った右手をガシッと掴んだ。
「ホープ・ライト――なぜ君が女神の力を?」
彼は知っているのか、この力を――まあ、かつて邪君ディノグレンの腹心だった男の末裔らしいし、不思議ではないか――。
にしても、ホープ・ライトっていうのか、あの閃光。なんだかタバコの名前みたいだ。近々『スーパー・ライト』とか言って進化しそう。
「僕は輝望皇です。女神の力で報復を受けたくないなら、そろそろいい加減にした方が――」
「……クククククッ、ハハハハハハハハハハハハ!」
僕が言い終えない内に、ゼルファノーガ卿は高笑いした。なんなんだ、この人は。
倒されてしまったアンナ。そして、交渉は最悪の結末へ……。
同時連載中の『ALTERNATIVE ~オルタナティヴ~』もよろしくどうぞ。http://ncode.syosetu.com/n9952cq/




