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叶わぬ思い……

 そう簡単には叶いません。

 僕は、今や100匹以上ものゴブリンに取り囲まれていた。突破するのは容易い……と言いたいところだが、生憎と僕は手負いだ。この足で、この数を振り切るのは困難である。

 逃げられないなら、奴らが諦めるまで戦い続けるか、さもなくば皆殺しだ。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 僕は両手から閃光を放ち、ゴブリンを一掃していた。森を覆い尽くさんばかりの群れが、たちまち消滅していく。

 だが、やはり数は一向に減らない。森の奥から、木の上から、倒した以上の数のゴブリンが戦線に加わり、僕の包囲網を強化していく。

 テトラが拐われた方角を見失わないよう、僕はなるべく体の向きを変えずに戦っていた。おかげで行くべき道は未だ捉えられているが、代わりにゴブリンの襲撃を退けるのがギリギリな状況だった。


 あの賊共は、全て計画していたのだ。僕たちが馬車を使うことも、馬車を襲撃することも、テトラを拐って森へ逃げ込むことも、追ってきた僕がゴブリンたちに苦戦することも……全部、仕組まれていた。

 僕は、憎しみをぶつけるように閃光を放った。直撃したゴブリンは、しかし消滅しなかった。初めて、女神の力がゴブリンを一撃で葬らなかった。


『いけません!』


 僕が驚き焦っていると、頭の中に女神セアが現れた。


『負の感情を抱いてはいけません! 私の力は善良なる力……怒りや憎しみ、悲しみや絶望を心に抱えてしまったら、力は半減してしまいます! 善良な心で……必ず妻を助けるという正しい心で戦わなければ……』

「そんなこと言われたって!」


 僕の苛立ちは更に増した。この状況で、憎しみをなくせと言われても、到底無理な話だ。今は、何かを憎んでいなければ、気が済まない。

 頭では分かっている。憎しみを追い払い、善良で正しい気持ちを、平静を取り戻そうとしている。けど、出来ない。僕の掌から放たれる閃光は、2、3発当たってようやくゴブリン1匹を倒すまでに威力が落ちてしまった。


「ちくしょう!」


 それが僕を焦らせ、焦りが憎しみになった。憎しみの矛先はセアにも向いた。なんでこんな面倒な力にしたんだ――。


『グギイイイイイイイイイイイイイイイイイ』


 背後から、1匹のゴブリンが僕に飛びかかった。僕はそれを見もせず、後ろに手をかざして閃光を数発放った。

 ――放とうと、した。しかし、閃光は放たれない。僕は慌てて背後を振り返った。掌から閃光は放たれない。何故だ!? どうして閃光が……。


「しまった!?」


 僕は気づいた――僕に飛びかかってくるゴブリン。奴は――『彼女』は、メスだ。


「あああああああああああああああ!」


 足の怪我で回避が間に合わない。僕はかざした手を引き戻し、拳を握ってゴブリンに思いきり殴りかかった。だが、僕のパンチはかわされ、メスのゴブリンが僕の顔面にしがみついた。


「放せえええええええ! 離れろおおおおおおおおお!」

『グゲッ! グゲゲゲゲゲゲケゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲ!』


 僕がじたばたしてもメスのゴブリンは顔から離れず、むしろ嬉しそうに体を押しつけ、頭に抱きつくのだった。

 僕が半狂乱で乱射は、オスのゴブリンたちに無差別に当たったが、数発続けざまに当てなければならない今の威力では、あまり意味のある攻撃ではない。

 その時、僕の足場が『抜けた』。


「うおお!?」


 地面があるはずの場所に、穴が掘られていた……ゴブリンは、罠を張ることも出来るのだ。メスのゴブリンは、これを狙って……。

 理解した時には、全て遅かった。足下を見下ろすと、どこまでも続く暗闇。更に、穴の周りには鋭い木の杭が全面に敷かれ、落ちる獲物が抵抗するのを防いでいる。

 止むを得まい――と判断する間もなく、僕は咄嗟に、木の杭が設置された土の壁に手を着いた。


「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 僕の両手に、木の杭が容赦なく突き刺さる。貫通し、無数に穴が空けられ、肉が裂かれ、杭の尖端が血を滴らせて僕の方を向いていた。

 落下が止まった拍子に、顔に貼りついていたメスのゴブリンが、奈落の底へ落ちていく。しばらくして、ザクザクと何かを突き刺すような音と、ゴブリン特有の汚い悲鳴が、遥か下から聞こえてきた。

 落ちたら、死――。


『ギギャアアアアアアアアアアアアアアアアア!』

『ゴエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!』

『ガギョオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』


 すると、地上から、ゴブリンたちが穴に飛び込んできた。それぞれが大きな石を両手に抱えて、僕の脳天めがけて、歓喜の叫びをあげて落ちてくる。

 僕は今、両手を塞がれている。穴を空けられ、それを塞がれている。突き刺されている。閃光は、ゴブリンに放てない。

 仮に手が自由になっても、これじゃあ使い物にならない。


「くそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 僕の怒号は、穴の中で反響するだけだった……。

 はい。通常であれば余裕で倒せる奴を相手に、怪我をしていて苦戦しているという展開、いいと思います。なんでこんな奴に手こずらなきゃいけねえんだよ、っていうキャラクターの焦りとか、苛立ちみたいなものが垣間見えるとワクワクするんです。

 チャチャッと倒してさっさと目的を遂げるのもいいんですが、やっぱり手枷足枷やハンディを負った状態で勝ってこそ、キャラクターの真の実力が窺えると思うんですよね。


 同時連載中の『ALTERNATIVE ~オルタナティヴ~』という作品では、主人公、今のところ大抵は苦戦していますね。苦戦であったり、なんか思うように戦えなかったり。

 でも、それを乗り越える強さを持った人物たちです。チート能力や無双系ではありませんが、いつだってガチな彼らの戦いの方も、よろしければどうぞ。http://ncode.syosetu.com/n9952cq/

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