走れ! 妻の元へ!
走ります。
馬車に間に合ったまではよかったが、テトラがいつぞやの賊に拐われてしまった。僕はだだっ広い平原を、負傷した片足を引きずって縦断する。
森までは、まだ距離がある。急がないと……急がないとテトラが……。
『キエエエエエエエエエエエエエエエ!』
痛みを堪えて走っていると、そんな奇声が聞こえた。見ると、小柄で額に角の生えた、人間の老人と猿の容姿とが合わさったような外見の生物が、木の枝を振り回して僕に近づいてきていた。
あれは――街のことやテトラの行く学校のことを調べている期間、度々遭遇しては襲われ、退治していた――ゴブリンだ。
小さな体でありながら、自分よりも大きい相手を前に臆さず立ち向かい、殺して血肉を喰らうモンスターだ。石や木片を加工して武器を作るほどの知能があり、腰にボロボロの布切れを巻くなど衣服の概念も僅かに認識している種族だ。
そんなゴブリンが、僕に襲いかかってきていた。
『キエエエエエエエエエエエエエエエ!』
ゴブリンの中でも頭が悪い個体なのか、その辺に落ちていたのであろう木の枝を、何の加工もせず武器としている。
悪いけど、僕は今、お前の相手をしてる場合じゃないんだよ。
「どけ!」
僕は右手をかざし、ゴブリンめがけて閃光を放った。女神の力だ。閃光が直撃すると、ゴブリンは跡形もなく消滅した。女性相手には発動しないという女神の力も、モンスターには有効だ――オスに限り。
僕は足の激痛に苛まれながらも、森へと急ぐ。しかし、僕はそうしていると気づいた。ゴブリンが集まってきている。森から、平原の彼方から、草葉の陰から、続々と。
さっきのゴブリンの叫び声と、僕の足から流れ出る血が、この群れを呼び寄せてしまった。
『グゲエエエエエエエエエエエエエエエエ!』
『ゴガゴ、ゲアアアアアアアアアアアアア!』
『ギギギギギギギギギギギギギギギギギギ!』
数十体ものゴブリンの集団に、僕は取り囲まれた。
「どけええええええええええええええええ!」
閃光を辺り構わず乱射し、ゴブリンが次々に消滅していく。僕は、周囲の一定ラインにゴブリンが侵入するのを阻み、森へ走る。ゴブリンは僕に触れることさえ叶わず消し飛んでいくが、その数はなぜか減る気配がない。
僕は森に入ると、ジメジメした樹皮の大木を縫うように走り、追いかけてくるゴブリンたちを蹴散らしていった。
こんなことをしている暇はない。何としてもテトラを救わなければならない――僕の頭には、それしかなかった。
だから、気づかなかったんだ。森の中に入っても、ゴブリンの数は減らなかった。いや、むしろ増えていったんだ。木の上や森の奥から、新たにゴブリンたちが出てきた。のこのことテリトリーに入り込んだ僕を、一片のカスも残さず喰らうために。
この森は、ゴブリンの巣だった。
ゴブリン。ありきたりですね。多くは序盤に出てくる弱キャラとして扱われるように思えますが、塵も積もれば山となると言いますか。束になったら粋がるというか。束になんなくても粋がるような奴らが集まったら流石にキツいというか。
ともかくそんな具合で、ゴブリンと戦います。
同時連載中の『ALTERNATIVE ~オルタナティヴ~』という作品では、【クラウズ】というオリジナルの怪物を主な敵として登場させています。
敵の『種族』の習性を考えている時間って結構楽しいんですよね。これはゴブリンだって同じです。ゴブリンと一口で言っても、世間には色々なゴブリンが蔓延っているわけで。
原点はあるのでしょうが、それを踏襲しつつ独自にアレンジを加えたり、全く別種のゴブリンをゴブリンとして登場させたりするのもアリで、何にせよ楽しいです。
というわけで。新しいモンスターを創出せしめた『ALTERNATIVE ~オルタナティヴ~』、よろしければぜひどうぞ。http://ncode.syosetu.com/n9952cq/




