ドキドキ
今回は皆さんに少しでもドキドキしてほしいなとか思ってます。例えるなら、初恋のあの日のような……。
テトラとその『家族』との絆を目の当たりにした僕は、村人たちに決闘の開催を告げると言って家を空けたテトラの両親を、テトラの部屋で彼女と共に待っていた。
決闘は一時間後――その時は着実に迫っていた。
「なっ、なんだかドキドキしますね……こういうの」
「えっ……そっ、そぉかなぁ……?」
変なところで見栄を張る僕。実際、僕の心臓の高鳴りは、この部屋に入ったときから既にピークに達している。
純白の壁にはポスターなどの不純物が一切なく、タンスや勉強机のデザインも奥ゆかしく、テトラのなんとも形容し難い清廉潔白さを可視化しているようだ。本棚には難しそうな分厚い専門書の類いが並べられているが、おそらく治癒士にまつわるものなのだろう。
更にベッドからイイ匂いがしてきているのも相まって、僕の鼓動はオーバーヒートなのだった。
「そっ、そんなにドキドキすることもないんじゃないですかぁ……?」
それを包み隠すように、僕は気丈に振る舞ってみせた。
「だだだ、だって……お、男の人が入るの、初めてなんですもの……」
嗚呼……越えたわ、ピーク。
「――テトラさん」
「はっ、はぃい!?」
「僕から話があるんです……」
僕はそう切り出した。長老やテトラのご両親、たくさんの村人から、僕はテトラのことを教えてもらった。テトラの職業、テトラの生い立ち、テトラの想い――今度は、僕の番だ。
僕には、まだ誰にも知らせていないことがある。それを今、初めてテトラに打ち明けるのだ。
「……さっき、輝望皇のことを話してくれましたよね」
「は、はい」
「その……なんて言ったらいいか……僕は輝望皇です」
「……え?」
「輝望皇なんです、僕……」
僕はその証明と言わんばかりに、掌から閃光を出した――さっき森でテトラを助ける時に発現した力だ。
僕の右手で、踊るように煌めく女神の力を見て、テトラは目を真ん丸にした。
「ええええええええええええええええええ!?」
テトラは叫んで引っくり返った。
「ええ!? で、でも輝望皇様は歴代ずっと女性で、女神様に選ばれた優秀で善良な人でなければいけなくて――まっ、まさかユキオさんは女の子!?」
「いや違うわ」
動揺し過ぎて頭がとっ散らかってるな。でも、慌てふためくテトラも、なかなかどうして可愛かった。
「テトラさんを助けた時、女神に会ったんです。で、この力が……」
「そ、そういえば確かに、あの時もこれと同じ閃光が……」
テトラはようやく落ち着いてくれたらしく、今は何とか納得しようとしている様子だ。
「――てことは私、輝望皇様に決闘を申し込んじゃったの!?」
今度は違うことでじたばたするテトラ。忙しない女の子だ。
「なんていけないことを……ごめんなさい、女神セア様……ごめんなさいごめんなさい……私なんかが輝望皇様と結婚しようだなんて……」
何やら窓の外を向いて独り言を呟くテトラ。こればかりは少し怖い。僕は必死でテトラを宥め、どうにかして彼女を元の場所に座らせた。この世界の女神観が、なんとなく分かった気がした。
その時、部屋のドアがノックされた。テトラは数回深呼吸をして、平静を取り戻してからドアを開けた。
「ユキオさん、テトラ。時間よ。村の広場でみんなが待ってるわ」
テトラのお母さんが言うと、テトラは『うん!』と元気に答えた。お母さんが去ると、テトラは複雑そうな表情で僕を振り返った。
「じ、じゃあ……行きましょうか、ユキオさん――いえ、輝望皇様……」
顔を伏せて部屋から出ようとするテトラを、僕は引き止めた。彼女の手を掴み、正面から向き合う。
「そんな呼び方はしないでください」
僕はありのままの本心を言った。
「僕も突然こうして輝望皇に選ばれてしまって混乱してます。だけど、僕は輝望皇である前に僕自身なんです。まだ輝望皇を名乗れるほど大層な人間でもないし、今まで通り接してくれませんか?」
テトラの表情は次第に軟化していった。
「――はい! 分かりました、ユキオさん!」
テトラに笑顔が戻った。
ついに決闘の時が訪れます。次回、乞うご期待!
同時進行で連載中の『ALTERNATIVE ~オルタナティヴ~』もよろしければどうぞ。http://ncode.syosetu.com/n9952cq/




