青き馬の休暇
『さて…今日はどうするかな…』
ボルトは何もすることがなく、暇になってしまった…
『二本足で立てるか挑戦して見るか…』
などということを考えてしまったのは仕方ない…ボルトは元々人間だ。それ故に二本足で立つことを考えるのは何ら不思議ではない。
『よっと……とと!』
ボルトは二本足で立とうとするもバランスを取るのが難しく、四本足の状態になってしまった。
『人間の頃は簡単に出来たのにな…よし!もう一回!』
ボルトは諦めず挑戦し、二本足で立った。
『後は腰の力を使うだけだ!』
ボルトは腰の力を使い、二本足で立った。…そもそも人間というのは腰の力を使って二本足で支えている。よく腰を抜かすということわざを使うのは腰の力が抜けてしまい立てなくなるからだ。それほど腰の力とは二本足で立つのに重要な役割をしている。
『このまま歩いて見るか…』
何を馬鹿げたことをやっているんだ…と突っ込みたいのは山々だが実際にそんなことをやった馬はいる。
例えば五冠馬シンザンやナリタトップロードの父にして、ステイゴールドの伯父のサッカーボーイは腰の力が強くボルトと同じことをやったのだ。
「おーい!こっち来てみろ!あの馬二本足で立っているぞ!」
当然、観光客が二本足で立てる馬ということでボルトの元に集まる訳で観光客はボルトの柵の周りに集まった。
「凄え!マジで立っている!」
「写真とっていいかな?スタッフさんに聞いてみるね!」
女性観光客がそう言って近くのスタッフに写真の許可を取りに向かった。
『ま、当然だな!』
ボルトは上機嫌で柵内を歩き、見せつける。
「馬が怯えるかもしれないから、なんとも言えない…だってさ。」
「そうか…残念…っておい!」
『おいおい、そりゃねえだろ?』
ボルトは観光客のうちの一人を甘噛みして止めた。
「…これに興味があるのか?」
『そうだ!』
ボルトは頷き、カメラを見る。
「ねえ…一度撮って見る?」
「…まあ、興味がある見たいだし、携帯の動画で撮って見るか。」
そう言って観光客はカメラを直立歩行になったボルトに向けた。
『動画か…これで俺も人気者だな。そのうち俺が活躍してボルト厨とか出来そうだな…』
競馬ファンの中にはディープ厨と呼ばれる人間がいる。
その競馬ファンは『ディープインパクトこそが最強で絶対だ!』などと思って、競馬最強スレなどには必ず一人は出てくる迷惑な輩である。つい近年ではディープインパクト産駒の馬がステイゴールド産駒の馬に押されている現実を否定していた。
もちろん、無敗の三冠馬である以上はディープインパクトは強い…が中山や馬体を併せると弱いという弱点がある。弥生賞ではブエナビスタの兄とは言え、一重賞馬のアドマイヤジャパンに勝利したものの鼻差の大苦戦だったり、皐月賞ではスタートに失敗したり、そして三歳時の有馬記念ではJC二着のハーツクライに負けた…この三レースは中山で行われた。これだけあげればディープが中山に弱いか十分だろう。またそのうち二回は馬体を併せたレースだった。
また凱旋門賞も馬体を併せてしまい、直線での伸びが足りなくなってしまった(どのみち伸びてもドーピングで失格だが)…つまりディープインパクト攻略法は馬体を併せてしまえばハーツクライ並の実力があれば勝てるということだ。
ただディープ厨はあの大外の強烈な追い込みに惹かれてしまい、他の馬を否定してしまうのだ。ディープインパクトは間違いなく現役時代は最強だろう。だがそれが種牡馬の成績につながることはほとんどなく、例外と言えば海外馬のシアトルスルー、ガリレオ、そしてカーソンユートピアくらいのものだ。
ちなみに同じ無敗の三冠馬シンボリルドルフはディープとは違い、東京が弱点だった。旧4歳時のJCではその年の宝塚記念馬カツラギエース、旧5歳時の天皇賞秋では後の安田記念馬ギャロップダイナ…どちらも東京の競馬場で行われたものである。
だがルドルフはJCでは体調不良、騎手の判断ミスなどの理由で敗北、天皇賞秋は最悪とも言える大外(他の馬なら出走取消をするほど最悪なポジション)で出走…しかもルドルフ不利のハイペースで追い込み馬有利となって敗北したが当時のマイル最強馬ニホンピロウイナーに先着している。ルドルフが評価されるのはこの負けた2レースが内容のある負け方をしていることと、同世代に後のマイル最強馬ニッポーテイオーを抑え、宝塚記念を勝ったスズパレードもいることから評価されるのだ。
『ま…明日が楽しみだ。』
ボルトはそう言って二本足で歩いた。
~翌日~
先日の観光客のおかげで風間牧場には人が賑わっていた。最も先日のような一般の観光客ではなく馬主、調教師、騎手などが集まっていた。
「あれが…2歳馬にして二本足で立てる馬。ボルトチェンジか…金10億払えば譲って貰えるか?」
馬主は強い馬がいれば金になるし、その為で有れば日本の生産界も無視して外国産馬を取り入れる。ちなみに馬の価値で10億円というのは超良血馬をセリ争った結果でも滅多に出ない価値だが…風間はそれを提案されたところでその100倍の1000億円を要求するはずなので無駄である。
「あいつの話題が強過ぎてこっちには注目していなかった…もし、もう少し早ければうちに預けられたのかもしれない…」
ここで一人の調教師がそう言って残念がる…この調教師はカルシオ18を巡って他の調教師と勝負したのだが…負けてしまった。2歳馬である以上はもうボルトの調教師は決まっているだろうし、転厩させて自分のところに預けさせようにも風間は強情なので絶対に転厩させない…そう考えると非常に残念なことをしてしまったと後悔する。
「いつか武田先生や風間さんに頼んで乗らせて貰おう…」
当然こう考えるのはこの場にいた騎手達である。
理由なしで強い馬に乗らず弱い馬に乗るのはただの馬鹿でしかあり得ないからだ。
そしてしばらくすると…風間と牧場長、そして武田が現れた。
「何の騒ぎだ?」
武田は一見、集まった人々に聞くようで、ボルトに尋ねた。
『調子こいて二本足で歩いた結果こうなった。』
「武田先生!もし、この馬の主戦騎手が決まっていなければ私を主戦騎手にして下さい!」
「なるほどな…」
武田はボルトの言ったことと騎手の言ったことを同時に理解した。
「風間さん、騎乗は誰にします?」
「一人ずつ乗せて行ったらどうだ?それでボルトの力を引き出せるような騎手に任せる…武田先生。後は頼みましたよ。」
風間はそういって傍観に徹した。
「わかりました…」
武田は自分でボルトの主戦騎手を決めることにした。