青き馬、皐月賞の反省をする
少し短めです。
【ボルトチェンジ、一着! 二着にカムイソード! 後は離れてディープブリブリテ、ハマノシンキング三着争い!】
結果こそ人気に応え、ボルトチェンジが世界レコードを更新して勝利したが、ボルトの内心は穏やかとは言えず、冷や汗を滝のように流していた。
『恐ろしい奴だ……まさかマオウ並みの豪脚を持っているとは思いもしなかったな』
「ああ……次のNHKマイルCじゃ要マークだな」
皐月賞制覇の祝賀会という名前の反省会を開き、橘、武田、諏訪と言ったボルトのレース関係者が集まり反省していた。
『何故弥生賞を勝てたのか不思議なくらいだ。ソラを使う癖──先頭に立った際に手を抜くこと──でもあるんじゃないのか?』
「かもな……」
『1600mは奴の血統背景から考えて、かなり手強いはずだ。何せ父親が日本史上最強スプリンターのロードカナロア、母父が名スプリンターのデュランダルだ。こっちがスタミナアップの調教を重視している以上、スプリントからマイルは向こうの方が有利だ』
かたや三冠を制する為にスタミナを上げるボルト、もうかたやスピードでゴリ押しするカムイソード。
距離が短くなるほどカムイソードの方が有利になるのは明らかだった。
「だがここで勝てばダービーは怖くない。ダービーは2400mだ。距離不安でカムイソードが出なくなるかもしれないからな」
距離が短くなるほどカムイソードが有利になるということは逆に言えば、距離が伸びるほどボルトチェンジが有利になるということである。
つまり日本ダービーの舞台ではボルトに分があるということでもあり、NHKマイルCさえ勝てばダービーも楽に勝てるということでもある。
『ダービーに出ないとなると安田記念だな。NHKマイルCで勝っても更に対策してくる。しかもダービーの翌週に安田記念があるんだから疲れが取れないうちに戦うことになる』
NHKマイルCと安田記念は同じ場所、同じ距離で行われるGⅠ競走であり、違うのは日程と古馬混合か三歳限定かの違いである。
その為カムイソードがダービーを避けて安田記念に出走しようものなら更に不利な状況でボルトは出走することになる。
更に安田記念は日本ダービーの翌週に行われ、ボルトが無敗で春の変則三冠を制した場合休む間もなく二週連続──所謂連闘で出走することになる。
これがどれだけ過酷かというと、史上初の無敗で三冠を制したシンボリルドルフが当時天皇賞秋の翌週に行われた菊花賞の後に中一週──二週間後のJCに出走して敗北しており、その他日程変更前の菊花賞に出走した競走馬も同じく二週間あっても疲れを取ることが出来ず敗北している。
それよりもローテーションの間隔がない連闘をした日本の著名馬はオグリキャップ。オグリキャップはマイルCSとJCを連闘したものの、マイルCSしか勝てずJCで二着、その後の有馬記念では疲れをみせており掲示板に載るのが精一杯だった。
これだけ聞けば連闘がどれだけローテーションが厳しいか理解出来るだろう。仮に安田記念まで無敗で勝ったとしても宝塚記念にはアブソルートが待ち構えており、体力をすり減らされたボルトにとって大変高い壁となる。
もう一つオマケに言っておくと安田記念に古馬最強短距離馬二頭、トーマとロレアルゴーが出走登録しており、安田記念制覇の壁が高いことは言うまでもない。
「安田記念かどうしたものか……」
一同が悩み、熟考する。そして武田がある提案を出した。
「NHKマイルCも安田記念も1600mなんだ。ならいっそのこと、ボルトをマイルもこなせる三冠馬じゃなく、三冠を制することも出来るマイラーに仕上げたらどうだ?」
「しかし来年の天皇賞春はどうするんですか? 三冠を制したらオーナーが絶対出走させようとしますよ。スタミナをつけずにボルトをマイラーとして鍛えるのは危険では?」
『諏訪ちゃんの意見に同意だ。俺は中距離から長距離路線で戦いたい。本来NHKマイルCも安田記念も出走すること自体不満なんだぜ』
「まあ待て。お前達の気持ちもわからんでもない。だがダービーは幸いにも有力馬はボルトを除けば皆無だ」
『何故皆無と言える?』
「ボルトの親父しかりシンボリクリスエスしかり、皐月賞以外のダービーのトライアル競走で勝った馬は皆勝てていない」
『アグネスフライトは? あいつは京都新聞杯を勝った馬だろ?』
「ボルト、京都新聞杯はトライアル競走じゃないぞ。地方馬が勝てば優先出走権が生まれるが中央馬はそうじゃないからな」
『じゃあカーソンは?』
「あいつも同じく普通の重賞競走からだ」
『……ジンクスはそれだけ重いってことか。だが油断はしねえ。そうやって油断した奴から堕落していくのは知っているからな』
ボルトが前世のことを思い出しながらそう語る。ボルトの前世は神童と呼ばれながらも、その実力を出すことなくホームレスになってしまった男であり、最期は電車に轢かれ死ぬという傍迷惑極まりない人間だった。それ故に文字通り生まれ変わったボルトは怠惰や油断などというものの誘惑から逃れるようにしていた。
「まるで見てきたかのような言い方だな」
『俺のことよりもマジソンの方を気にかけておけよ。天皇賞春三連覇は誰も成し遂げてない偉業だ。同一GⅠ競走ですら三連覇以上成し遂げたのはクソ爺のJC5連覇だけで、他に成し遂げた日本馬は皆無……阪神が得意なゴールドシップですら宝塚記念三連覇は出来なかった。マジソンはそんな状況で同一GⅠ競走三連覇に挑むんだ。心中穏やかじゃねえだろ?』
ちなみにボルトはダートに興味がないので、そのように言っているがダートを含めるとGⅠ及びJpnⅠ競走で8勝以上している馬は数頭いる。
しかし日本においてダートは芝に比べると賞金が劣るだけでなく、少なくとも本場米国のダートは土であり、日本のダートは砂であり本当の意味でのダートとは言えない。ボルトがダートを軽視する理由はそこにある。
「それは確かに言えているな……」
『俺の見立てじゃクラビウスが最大のライバルになると思うが……他の連中も侮れない。いくらマジソンが長距離に強いとはいえ、油断していたら負けるぜ』
「肝に銘じておく」
そして二週間後、京都競馬場にて天皇賞春が開催された。
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