青き馬、皐月賞に出走する
お久しぶりです。
牝馬限定GⅠ競走。つまり牝馬のみが出られるGⅠ競走のことで日本では阪神JF、桜花賞、優駿牝馬、秋華賞、ヴィクトリアマイル、エリザベス女王杯が挙げられる。その内、桜花賞、優駿牝馬、秋華賞の三つのレースは牝馬三冠と呼ばれるレースで三歳牝馬のみが出られるGⅠ競走であり古馬は出走することが出来ない。
しかし牡馬牝馬混合のGⅠ競走は国内だけでも17個もあり、牝馬限定GⅠ競走が7つであることを考えると牝馬限定GⅠ競走が余りにも少なく感じてしまう。
ボルト達の馬主である風間はその点を指摘し、JRAに牝馬限定GⅠ競走の数を増やす──具体的には春古牝馬三冠、または秋古牝馬三冠が出来る──ように呼び掛けているが暖簾に腕押し。
その理由は至って単純で牝馬が牡馬に決して劣る存在ではないからだ。
クリフジ以降、牝馬は競走馬として活躍出来ない。そのイメージが付着したのは牝馬三冠の称号を最初に獲得したメジロラモーヌである。メジロラモーヌが有馬記念で惨敗し「牝馬は牡馬には敵わない」というイメージがついてしまった。
一応マイルCSでタカラスチールやパッシングショットが牡馬を打ち負かしているのだが、当時のマイル戦は評価が低かっただけでなくタカラスチールは一度きりのフロック、パッシングショットはオグリキャップ不在のレースであり評価が別れてしまった。
牡馬に敵わないというイメージが払拭したのは94年。ヒシアマゾンが有馬記念等で牡馬と互角に戦えることを証明したことから始まり、97年にはエアグルーヴが牡馬牝馬混合のGⅠ競走である天皇賞秋を制覇し、98年にはシーキングザパールが海外の牡馬牝馬混合のGⅠ競走モーリス・ギース賞を制覇、そして遂にはウオッカが日本ダービーを制覇してしまい、牝馬は牡馬に劣らないことを証明してしまった。それ以降も牝馬は1000mから2500mまでの距離で活躍し続けている。
もし、彼女達がいなければ牝馬を競走馬として活躍させる為に牝馬限定のGⅠ競走を増加することをJRAが検討したかもしれない。
閑話休題
そのように牝馬のレベルが牡馬に近づいてきた日本競馬で牝馬三冠は皐月賞、日本ダービー、菊花賞の牡馬三冠──牡馬三冠と表しているのは牡馬のみが挑戦出来る三冠である為──と比べると前座のような扱いでも劣る存在ではない。分かりやすく例えるならボクシングのミニマム級世界チャンピオン防衛戦がヘビー級の8回戦の前座であるようなものである。
それ故に牡馬三冠に牝馬が挑戦することが少ないのも事実であり、牝馬は牝馬三冠に挑戦するのが当たり前であり昨年牡馬三冠に挑戦したリセット陣営が異常なだけである。
そんな牝馬三冠の最初のレース、桜花賞は1600mと距離が短く、マイラーの多い牝馬からしてみればある程度実力があれば手に届くレースといえる。その桜花賞が今、最大の賑わいをもたらしていた。
【二歳女王か、新勢力か!】
桜花賞、最後の直線。競馬初心者にとって最も見ごたえのある場面がこの直線である。応援している馬が逃げ切るかそれとも差し切ってゴールするかが観客に取って何よりも知りたい情報である。
特に近年は直線でよーいドン、つまり一瞬の切れだけで勝負するレースが多くなりこの直線だけで決まるレースが多くなってきた。
緩急入り混ぜてレース全体で翻弄するマジソンティーケイのお陰で牡馬牝馬混合のGⅠ競走はそうならずに済んだがマジソンのいないレース、特に牝馬限定のレースはマジソンが確実に出られないことや牝馬の持ち味が末脚にあることもあり、その傾向が特に強い。
【ミドルテンポだ、ミドルテンポがまとめて交わした!】
『速いな……おい』
【桜花賞を制したのはミドルテンポ! やっぱり二歳女王は強かった!】
ボルトの同厩舎の競走馬ミドルテンポがその傾向が強い桜花賞を制した。
『幸先の良いスタートだな、なぁボルト?』
ボルトチェンジの隣でそうからかう競走馬は阪神大賞典三連覇を果たしただけでなく三度目の阪神大賞典を大笑点させたマジソンティーケイ。同じ祖父を持つゴールドシップに似てきたのはやはりメジロマックイーンの血が強かったからだろう。
『これで天皇賞春でこけたらゴールドシップの再来と呼んでやるよ』
『馬鹿言ってないでてめえは皐月賞に備えておけよ。なんなら皐月賞馬の先輩としてアドバイスしてやろうか?』
『確かに無敗で皐月賞を制した競走馬のアドバイスはありがたいが、この程度で躓く程度なら俺は所詮それまでの馬だったってことだ』
『よく言ったボルト。それでこそあの風間さんが期待している馬だ。皐月賞くらいは楽勝だが油断はするなよ』
『当たり前だ。カムイソードやディープブリッ──ぶはっ!』
ボルトが吹き出し、一時呼吸困難に陥るがどうにか呼吸を整えて正常に戻る。
『やっぱりディープブリブリテは天敵だ……不意討ちに名前が出てきたら吹き出してしまう』
『ディープブリブリテ』
『ぶごはっ』
マジソンの不意討ちにボルトが再び吹き出す。しかし呼吸困難には陥るほどではなかったのが幸いし、すぐに笑いを治める。
『マジソンてめえ……』
ボルトがマジソンを睨み付け、火花を散らせる。
「そこまでだお前達。他の馬が脅えるだろう」
『マジソン、後で覚えておけよ。具体的にはヅカでな』
『宝塚記念でか。そのときは王者として──』
『宝塚記念で王者として迎えられると思っているのか? 俺が宝塚記念に出る時は皐月、マイルC、ダービー、安田全て無敗で勝った時だ。それに対してお前はグランプリ4戦して1勝しかしていない。ましてや去年の欧州三冠馬アブソルートのいる宝塚記念だ。アブソルートと俺に人気が集まるのは必然で精々お前は日本の古馬代表にしかなれない』
『俺が天皇賞春を大差で勝てば──』
『それに加えて3分10秒切りだな。そうでもしない限りは三強扱いされないな』
『そんなに速く走れってのか?』
『無理ならしない方が良い。体力の消耗を抑える無難なやり方か、日本最強古馬の意地でやるかどちらを選ぶかはお前の好きな方にしろよ』
『……後輩の癖に偉そうなこと抜かしやがって。だがそのアドバイスは受け取っておく』
『ツンデレ乙』
ボルトのその言葉にマジソンの頭の中にクエスチョンマークが埋まった。
そして翌週、皐月賞当日。天気は快晴、馬場も良馬場とこれ以上ないまでに良タイムが出せる中山競馬場にてある一頭の馬が注目される。
【さあ、ホープフルSや弥生賞を勝利したボルトチェンジですが解説の大内さん。どうなんでしょうか】
勿論、注目されたのは我らが主人公ボルトチェンジ。ボルトはまず人の言葉を喋ることで話題になり、人気先行と評価されがちだった。
しかしホープフルS、そして先日の弥生賞を勝ってそれがフロックではないことを示しただけでなく、ボルトが出走したレースで負けた馬が有力馬として挙げられていることもあり、断トツで指示されておりかつてのトキノミノルの皐月賞の支持率を超えていた。
【ええ、間違いなく彼は勝ちます。私も騎手として、競馬評論家として馬を見てきましたが、私が騎乗した馬、しなかった馬、全ての馬に騎乗したとしてもこの状態のボルトに勝てる馬はJCの時のリセットくらいのものでしょうか】
【それは皐月賞の時のリセットでは勝てないと?】
【そうですね。ボルトチェンジはどこからでも競馬が出来るのに対してリセットは基本的に逃げしか出来ません。JCの時の追い込みは出遅れが原因ですからね。それで勝ってしまうリセットが異常なのですが】
【ええ、対抗のカムイソードは少し入れ込んでいますがこれは大丈夫何でしょうか?】
【中には自分が負けたら殺意剥き出しになる馬もいますからね、シンボリルドルフが負けた直後に荒れたなんて話は有名でしょう。カムイソードもその類いと思われます】
『流石、皐月賞だ。プレッシャーが半端ないぜ』
「お前でもプレッシャーは感じるんだな」
『当たり前だ。俺に求められているのは完全勝利だ。プレッシャーを感じない方がおかしい』
「それもそうだな。だがボルト、弥生賞やホープフルで捩じ伏せたようにこの皐月賞でも捩じ伏せてやればいいのさ」
「ソウダナ」
橘の言葉にボルトが落ち着き払って冷静になる。
そしてボルトがゲートに入り、次々と他の馬もゲートに入る。
【皐月賞スタート! 先頭に立ったのはハマノシンキングそして後ろにディープブリブリテ、そして大きく離れて四番手ラガールート、フラッシュカウント、ツムジカゼと続いています】
800mを通過し、ボルトは隣にいるディープブリブリテに話しかけた。
『レベルアップしてやがるな……てめえも、ハマノも、そしてカムイも』
ディープブリブリテにそう語りかけるが声が聞こえないディープブリブリテは無反応だ。それにも関わらず、ボルトが言葉を続ける。
『だがリセットを捉えるには、ちと遅いな。いくぞ橘!』
「おうっ!」
橘がボルトチェンジに合わせたフォームに直し、スパートをかける。
『勝負だリセット!』
妄想から産み出されたリセットを捉えるようにボルトチェンジが前にかけていき、その場にいた全員が目を丸くさせた。
【おっとここでボルトが上がっていく、ボルトチェンジが上がっていく! 1000mの通過タイムは57秒、ちょっと早すぎないか!?】
『これが俺の全力だ』
それからボルトは1馬身、2馬身ともがく後方集団を置き去りにし、直線に入った頃には既に10馬身近い差がうまれていた。
「これでリセットに届くか?」
『馬鹿いうな、ようやく2馬身差だ』
だがこの一頭と一人は別次元の話をしていた。仮想リセットのみを標的にしており、ボルトの得意な末脚で1馬身、半馬身と差を縮める。
『あと少しだっ!』
中山競馬場特有の急坂をまるで平地のように駆け抜け、仮想リセットにクビ差まで迫り、後ろからアブソルートが迫ってくる。
『後ろだと?』
自分の妄想のなかではアブソルートはいないはず、それにも関わらず現れたのは他の馬が足音をたて本当にやってきてボルト達にアブソルートの幻覚を見せたということに他ならない。
そのアブソルートが徐々にこの皐月賞に出走した競走馬に姿を変えていく。
『カムイソードだと!?』
カムイソードが徐々に迫り、ボルト達に余裕がなくなったのか妄想していたリセットが消えていき、そのままゴール版へ駆け抜けた。
後書きらしい後書き
牝馬云々について議論がありますが大体こんな感じなんですよね……まあメジロラモーヌの場合、どうしようもないですからね。ラモーヌ自身やラモーヌの後輩にあたるメジロドーベルも牡馬に弱かったですし。
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