青き馬の動向について揉める
二日間連続更新じゃぁぁぁっ!
「先生、一体どういうことですか!?」
諏訪が怒鳴り、武田を問い詰める。
「まあ落ち着け。諏訪」
「春の変則三冠に安田記念、挙げ句には宝塚記念なんて馬鹿げている!」
春の変則三冠。皐月賞、NHKマイルC、東京優駿の三つのレースのことで、それら全て制すると変則三冠馬と呼ばれるが過去に達成した馬はドラグーンレイトただ一頭のみである。
それ以外で変則三冠全てのレースに出走した馬の最高の成績はタニノギムレットでの東京優駿のみであり、キングカメハメハとディープスカイは皐月賞不出走という有り様だった。
尚、ディープスカイとドラグーンレイト以外の二頭は三歳時に故障しており、かなりハードのローテーションであることが伺える。
それに加え、東京優駿の次の週に行われる安田記念、春のグランプリレース宝塚記念に出走するというのだから気が狂っているとしか言いようがない。
「俺だって馬鹿けているとしか思えねえ。馬だけにな」
カラカラと笑う武田に諏訪が掴みかかるが武田はそれを払い、投げ飛ばした。
「諏訪、お前の気持ちもわからないでもない。だがマオウに勝つには色々な連中と戦って強くなるしかない。短い距離から長い距離まで全て対応出来るようにな」
「そんなことをする意味がないでしょう!」
「あるんだよ。春の変則三冠は三歳の様子を知れるが、安田記念や宝塚記念は三歳古馬混合のレース。20世代の連中にどれだけ通用するかを知るには一番良いレースだ」
「それだったらマイル戦の二つを削って下さい! あまりにもハード過ぎます」
「カムイソードがボルトに勝てなかったのはマイル戦じゃなかったからだと言われている」
「別に良いでしょう。マイルの舞台で何を言われようとも!」
「ボルトチェンジは本来スプリンターだ。それはお前も知っているだろうが。そのスプリンターにも関わらず短距離を避けると逃げたと思われる」
「しかしですね……今回カムイソードに勝ったのは距離がカムイソードにとって長すぎたから勝てたのであってマイル戦だとマオウ以上の末脚を発揮します」
「だからどうした。ねじ伏せれば良いだけだ。アイツは弥生賞で善戦したお陰か皐月賞とNHKマイルCに出走登録していてローテーションがキツいのは向こうも同じだ。タフネスなボルトがこれ如きで倒れるようなら種牡馬入りさせてやれ」
「あんた馬を何だと!」
「それに風間さんはな、あのときマイル戦に目を向けなかったのを後悔している」
「あのとき?」
「1997年のことだ。ボルトの親父が凱旋門賞三勝した後、マイルCSに出走登録してJCに出走するかJCに直接行くかのどちらか迷っていたんだ。結局伊勢先生の勧めもありJCに直接行くことになったが、マイルCSを勝ったタイキシャトルのファンに【タイキシャトルはマイル戦ならグリーン以上】と言われて続け、グリーンがあのときマイルCSに出走していたらと風間さんは後悔し続けているんだ。俺に期待のボルトを預けたのは伊勢先生にどれだけ頼んでも出来ないことをして貰いたいんじゃなかろうかな」
「……ちくしょう、付き合いますよ! 先生にああだこうだと言っても馬主がバックにいたんじゃ意味がない。勝ち目もありますしね」
「諏訪お前……」
「勘違いしないで下さいよ。カムイソードとの併せ馬の調教の日が皐月賞とNHKマイルCと被っただけなんですから。残りのGⅠレース、日本ダービー、安田記念、宝塚記念は強敵ばかりですから本気でやらないと勝てませんよ」
「そこだよな……ダービーはまだ良いとしてだ。安田記念には去年の覇者であり最優秀三歳牡馬のトーマと香港スプリントの覇者ロレアルゴーが、宝塚記念には香港国際レースを制した二頭が居やがる。幸いリセットは海外遠征に行っているから、かち合うことはないが厄介な奴らばかりだ」
香港国際レース。香港で行われる国際GⅠレースである香港スプリント、香港ヴァース、香港マイル、香港カップの4つのレースのことでありトーマ達20世代の4頭が去年日本馬による完全制覇を成し遂げていた。
「でも勝てないということはないでしょう?」
「無論だ。もし安田記念や宝塚記念にリセットが出走登録していたら全力で止めた。今のボルトにあいつは勝てん」
「そう言えばマジソンは宝塚記念どうなるんですか?」
「マジソンは今年の春の天皇賞の結果次第だ。負けたら引退だ」
「メジロマックイーン、フェノーメノですら成し遂げられなかった偉業の挑戦ですか」
メジロマックイーン、フェノーメノ共に天皇賞春を連覇し三年連続で天皇賞春に出走登録していた。しかしメジロマックイーンはライスシャワーに阻まれ、フェノーメノは出走前に引退した。
「俺の最大の相棒、アイグリーンスキーも忘れるな。馬鹿たれ」
武田はアイグリーンスキーの主戦騎手であり、JCを三連覇した後、天皇賞春の三連覇に気合いを入れていた。しかし故障していることが判明し、天皇賞春には間に合わず出走するには宝塚記念まで待たなければならなかった。
「……でしたね。そういえば先生、最近フェノシン配合ってのが流行っているらしいんですが」
「フェノシン配合? ステマ配合──父ステイゴールド、母父メジロマックイーンの馬達のことであり、オルフェーヴルを始め数多くのGⅠを勝利してきた──の亜種か?」
「ええ。父フェノーメノ、母父シンキングアルザオの配合です」
「そりゃまた運命だな」
武田がそう発言した理由はフェノーメノはステイゴールド産駒であり、シンキングアルザオはメジロマックイーン産駒であることに理由がある。ステマ配合は父ステイゴールド、母父メジロマックイーンの配合であるのに対してフェノシン配合は父父ステイゴールド、母父父メジロマックイーンである。ステマ配合を父母ともに一代遠くしたのがフェノシン配合の最大の特徴であると言える。
「調整こそ難しいんですがシンザン記念を勝ったラージモンスターを始め、いずれも素質馬ばかりでスタミナ勝負に滅法強いですよ」
「カムイソードがいなくなってもダービーや菊花賞の舞台で厄介な相手がいるな。フェノシン配合はマークしておこう。諏訪、スプリングSわかるか?」
「はい。今のところ、スプリングSの有力馬はそのフェノシン配合のラージモンスター、ディープブリランテ産駒のディープブリブリテが挙げられます」
ここにボルトがいたら大爆笑するであろう馬、ディープブリブリテ。彼の名前には一悶着ある。
ディープブリブリテの馬主は、ディープブリブリテに当初フェアリーブリランテという名前を名付けようとしていた。しかし競走馬の名前はカタカナ9文字、英文字18字以内でなくてはならずフェアリーブリランテではカタカナ10文字となり登録出来なかった。そこで父ディープブリランテの名前を洒落てディープランランテと登録した筈であった。
しかしその馬主の字があまりにも汚くディープブリブリテと解読されてしまった。名前をつけ直そうにもつけ直すことは出来なく、ディープブリブリテという名前になってしまった。
何にせよボルトからしてみれば天敵である。
「流石だ。よく知っているな」
「そりゃこの業界にいる身ですから」
「……諏訪、耳を貸せ。ここからはボルトの弱点を話すことだ」
武田が真顔になり諏訪の耳元に口を寄せる。
「何でしょうか?」
「実はな、ボルトの弱点はそのディープブリブリテなんだ」
「どういうことですか?」
「ボルトに聞いたら名前がおかしくて笑ってしまい、力を発揮できないらしい。それを克服させてほしい」
「わかりました。もし皐月賞でやられたら堪ったものじゃありませんしね」
こうしてボルトに新しい調教メニューが加わった。
そうとも知らないボルトはマジソン達と談笑していた。
『ボルト、弥生賞制覇おめでとう』
『おめでとうボルト!』
ミドルとマジソンがボルトの弥生賞制覇を祝い、そう声をかけた。
『ミドルそういうお前だってチューリップ賞制覇おめでとう』
『ありがと。後は先輩の阪神大賞典だけね』
『阪神大賞典そのものに不安はないが問題は本番だ』
『天皇賞か』
『そうだ。親子三代による天皇賞春連覇は去年成し遂げた。残る偉業は三連覇だけだ。この偉業は誰にも成し遂げてねえ。それだけに俺をマークする連中が増える』
『まあな。誰だってマークするリセットやアブソルートも例外じゃない』
『アブソルート、アブソルートで何か忘れているような気がするんだが……何かあったけか?』
『アブソルートがリセットに負けて、アブソルートの馬主がリセットの馬主、調教師、騎手に計15億円払うとか払わないとかそんなトラブルじゃない?』
『それだ。馬主がいうにはノーカンとか言って凄い揉めているって話だったな』
『そりゃハナ差で決着が着いたからな。ウオッカとダイワスカーレットの天皇賞秋、スペシャルウィークとグラスワンダーの有馬記念くらいには揉めるだろう』
ボルトが例えで出したその二つのレースは今でも二着の馬の方──つまりダイワスカーレットとスペシャルウィークが先にゴールしていると言われるくらいの差であり、ファン達からは擁護され、アブソルートもまた同じように擁護されている。
『そう言えば、競馬場の客がそれで揉めていたな』
『マジソン、阪神大賞典頑張ってくれよ』
『おう』
マジソンティーケイはその後阪神大賞典で逃げ切り優勝。ゴールドシップ以来となる阪神大賞典三連覇を成し遂げた。
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追記
ディープブリブリテという馬名について
馬名を決める際に放送禁止用語や名馬に酷似した名前、性別がわからなくなる名前──例えば牝馬にミスターと名付ける──は審査に弾かれ、通常は却下されますがフィクションなので通過したという設定にしています。




