青き馬、伝説の馬の元騎手と会う
あのマッチレースの敗北以来クロスは特訓をしていた…その中身は凄まじいものだった。
『うおおおおぉぉぉぉーっ!!』
クロスは自分よりも上の世代の馬をごぼう抜きをする…
「クロスの特筆した点は…瞬発力…なのか?」
時には瞬発力を鍛える為に坂を物凄い勢いで駆け上がり…
『おらおら!どうした!?』
クロスがそう言っても先頭に立てる馬はいない…それどころか次から次へとクロス以外のペースが落ちてゆく…
「…絶対に先頭を譲らない勝負根性…が武器か?」
時には持久力を鍛える為に他の馬達に先頭を譲らずに走り続けたり…
『誰もいないな…それじゃ行くか!』
牧場スタッフに見つからない場合は心肺機能を鍛える為にこっそりと山に行ったりしていた。
『暇だ…ストレッチでもして筋肉でもほぐすか…』
また夜は馬房へ入れられるので自らストレッチをして柔軟性を高め、ストライドを伸ばすように努めていた。
そんな毎日を過ごし、クロスが一歳となってからしばらくしたある日…訪問者が二人やってきた。
「さて…そろそろですよ、先生。」
そう言ってやってきたのはクロスの馬主の風間だった。
「流石に広いですね…風間さんのところの牧場は…」
先生と呼ばれたもう一人の男が風間にそう言って機嫌を伺う。
「武田先生にはカルシオ18を凌ぐ逸材の馬を預かって貰いたいと思っている…」
カルシオ18とは…カルシオが2018年に産んだ馬の子供のことを指しており、三冠も取れると話題になっている馬だ。
「本当ですか!?」
武田が風間に先生と呼ばれるのは彼が調教師だからだ。調教師にとって期待馬を預かってもらえることは名誉な事である。それ故に武田が喜ぶのは無理なかった。
「もちろん…昔先生がグリーンやカーソンの騎手を勤めていたことは忘れませんよ。」
一方…風間が武田を贔屓しているのは昔武田がアイグリーンスキーやカーソンユートピアの騎手を勤めていたからである。騎手から調教師に転向するのは珍しくも無い…
「あれがうちの期待馬…クロスです。」
そう言って風間が紹介したのはクロスだった…
「もしかしてあの馬アイグリーンスキー産駒の馬ですか?」
ニジンスキーはノーザンダンサー産駒なのに関わらず雄大な馬格をしていた。ニジンスキー産駒のアイグリーンスキーも同じく雄大な馬格をしている。そしてアイグリーンスキー産駒のカーソンユートピアを含めた馬達も九割以上が雄大な馬格だ…クロスも例外では無く雄大な馬格だった。
「ん?そうだが?」
風間は武田の言葉を肯定し、正直に言った。
「グリーンの仔を預かってもらえるなんてラッキーですよ。騎手時代から憧れていたんです。もし、調教師になったらグリーンの仔を育てたいって…」
「そうか…頼むぞ。」
「ところで…名前は決まっているんですか?」
クロスと言う名前はあくまで呼びやすくする為の名前で競走馬登録をすれば変わる…それは世間では当たり前だった。
「名前か…そう言えば考えていないな。」
「まあ有馬記念が終わった時にでも決めましょう。それはそうとこれを…」
武田はそう言ってひとつのあるものを渡した。
「これは…?DVD…?」
「この中身はカルシオ18の資料です。もちろん競馬記者の関係者から貰って来たものです。」
「そう言えば先生はこれを見たのか?」
「はい。あの馬は物凄い馬ですよ…あの馬が三冠は確実とまで言われている理由がよく分かりました…」
「なら後で見てみるか…」
そう言って風間は資料をしまった。
「ところで…クロスに乗っても大丈夫ですか?出来れば乗りたいのですが…」
武田は興味深そうに風間に聞いた。
「まあ訓練は積んでいるし大丈夫だろ…おい!牧場長!」
「何でしょうか?」
「クロスを連れて来い!」
「はい!ただいま!」
そう言ってクロスを連れて行った牧場長だった。
『ふ~…全く…この牧場にあの糞爺くらいの力を持った馬なんていないのか?』
そう言ってクロスは退屈そうにする…無理もない。クロスはグリーンに敗れて以来特訓をしたのはいいが風間牧場の全ての現役馬を相手に勝ってしまったのである。中には天皇賞秋の3着馬もいた…
「おーい!クロスこっちへ来い!」
牧場長が呼んだのでクロスはおとなしく従うことにした。
『うん?お客さんか?』
クロスは武田の事を見てそう言ったが普通は通じない…グリーン以外との馬とも会話を試みようとしたが無理だった。
「クロス…お前も喋れるのか?」
だが武田にはその言葉が聞こえた…
『え?聞こえるのか?おっさん…』
「まあな…俺は騎手をやっていた時にグリーンとも会話した事もあるし、だいたいの馬の気持ちもわかるもんだ。」
『元騎手が俺に何のようだ?』
「と…申し遅れたな…俺の名前は武田晴則。調教師だ。よろしく…」
『よろしく…』
牧場長からしてみればクロスと武田が話しをしている場面はどうしても武田が独り言を言っているようにしか見えない。
「何をやっているんだ?あの人は?」
当然グリーンが現役時代の時にいなかったスタッフは全員武田が独り言を言っているように思われるのである…
武田は一から説明し、クロスに乗せて貰うように頼んだ。
『なるほど俺の腕…と言うか脚を見込んで乗せてくれと…?』
「そういうことだ…頼めるか?」
『わかった。とっとと乗れ。』
「すまないな…」
『それで最初は何をする?』
「そうだな…最初は馬なりで1600m程走ってくれ。」
『わかった。』
400m地点を通過した頃…
「馬なりとはいえ最初から全力で飛ばすか?本番じゃもっと落としたほうがいい…」
武田がそう言ってクロスにアドバイスをする…
『そうか?これでも遅い方なんだが…』
「ラストの直線まで力を溜めろ。今回はお前の末脚を見たいんだ…」
『ちっ…わかったよ。』
そして直線に入り…武田が指示を出した。
「よし!全力で走れ!」
クロスはその言葉を聞くと重心を低くし…四本バラバラに動いていた脚が右前足と左後足、右後足と左前足を共に合わせて二本ずつ地を蹴る…
『了解!』
そしてクロスは返事をすると、あのマッチレースを思わせるような末脚が爆発した。
「…」
武田はクロスの余りの末脚の速さに無口になりただひたすらしがみつく…
『どっせーい!』
クロスは変な掛け言葉と同時にゴールした。
「すごいな…クロス。グリーン以上の素質を持っているんじゃないのか?」
『当たり前だ。糞爺の野郎に勝つためにひたすら努力したんだ…このくらいのことは出来て当たり前だ。』
「糞爺って…グリーンのことか?」
『ああ…あいつはもうくたばりぞこないのジジイだからな…』
「そうか…グリーンももうそんな歳になったのか…」
武田はグリーンとともに出たレース…あの苦い思い出のダービー、海外遠征による影響を心配した凱旋門賞、そして同期の三冠馬をねじ伏せた有馬記念を思い出していた…
「と…いかんな。それよりもお前のライバルになり得るカルシオ18の資料があるんだが…見るか?」
『見る。』
「よっしゃついて来い。風間さんも俺が一緒なら文句は言わないだろう。」
一人と一頭は意見が合致し、風間のところに行くことになった。