青き馬、毎日王冠を見る
~東京競馬場~
東京競馬場は京都大賞典よりも盛り上がりを見せていた。そう、毎日王冠だ。98年の毎日王冠と同様に古馬対最強世代3歳馬というレースだった。
~1998年~
98年の毎日王冠は宝塚記念馬サイレンススズカ、無敗のNHKマイルC馬エルコンドルパサー、同じく無敗の2歳王者グラスワンダーが出走しGⅠ級…いやGⅠそのもののレースとなっていた。
【サイレンススズカだ!グラスワンダーは伸びが足りない!2馬身ほど離れてエルコンドルパサーが迫るがサイレンススズカだ!サイレンススズカだ!グランプリホースの貫禄!どこまで行っても逃げてやる!】
結果はサイレンススズカの圧勝。エルコンドルパサーは2着、グラスワンダーは5着に終わった。この時彼らは京都大賞典を勝った皐月賞馬セイウンスカイや京都新聞杯を勝ったダービー馬スペシャルウィークなどよりも格下とされていたがその評価は後々のGⅠレースで覆された。
JCではエルコンドルパサーがスペシャルウィークに先着。有馬記念はグラスワンダーがスペシャルウィークやセイウンスカイを下して優勝。そう…秋までの3歳最強馬達が揃って毎日王冠でサイレンススズカに敗れた外国産馬二頭にやられてしまった。
つまり
サイレンススズカ>エルコンドルパサー>グラスワンダー>最強世代内国産馬
という順番になってしまったのだ。もちろん国内GⅠを一勝しかしていないサイレンススズカが海外GⅠを勝利したエルコンドルパサーよりも格上などとはありえないと認めない人も多い。だがエルコンドルパサーの騎手によると3歳馬と古馬の差ではなく同期であっても勝てないと発言するくらいサイレンススズカとの差はあった。そのおかげかサイレンススズカは2000mでは最強とされ年度代表馬アイグリーンスキーにも勝てると天皇賞秋の時点では評価が高かった。結果は故障が発生して安楽死だが…それでも三冠馬ナリタブライアンを差し置いて年度代表馬になったグリーンを打ち負かす夢を与えたのは違いない。
~2020年~
そして今日、東京競馬場には15万人を超える人々が集まった。
【1枠2番、トーマ。NHKマイルC、安田記念とGⅠを2連勝した実力馬がこの毎日王冠で挑戦状を叩きつけて来ました。この馬はどこまで通じるか?現在単勝オッズ2.9倍の3番人気です。】
トーマは勝ったらクラシックの主役を担うと言われている弥生賞に加え1マイル…つまり1600mのGⅠレースNHKマイルCと安田記念を勝ったがそれでも3番人気だ。その理由は今年の宝塚記念に出走していないのが原因だ。今年の宝塚記念はハイレベルとも言え掲示板に乗った馬はゴールデンウィークを除きすべてGⅠ馬だ。そのゴールデンウィークですらリセットのダービー2着という素晴らしい成績を残している。そんな宝塚記念を勝った馬が一頭入場した。
【もの凄い歓声で迎えられたのは4枠5番、トロピカルターボ。前走の宝塚記念では古馬No.2のマジソンティーケイを破り、GⅠ2勝目を挙げました。単勝オッズは1.9倍。堂々の1番人気です。】
トロピカルターボは皐月賞ではトーマに先着する2着、ダービーこそ3着だったが2着のゴールデンウィークとほぼ同着の鼻差、宝塚記念においてマジソンティーケイを破っている。それ故に1番人気に支持された。
【7枠12番、ラストダンジョン。5連敗中とは言え府中の舞台ではマジソンとの対戦成績は3勝1敗とマジソンすらも凌ぐ!単勝オッズは2.7倍の2番人気です。】
ラストダンジョンが支持されているのはマジソンを何回も破っているこの府中の舞台だからこそだった。一昨年の日本ダービーとJC、去年の天皇賞秋とJC…全てダンジョンとマジソンが出ている。
そのうちダンジョンが一着になったのはダービーと天皇賞秋。マジソンが一着になったのは去年のJCのみ。一昨年のJCはダンジョンは2着、マジソンは4着という結果だった。成績だけ見るとマジソンが成長したかに見えてダンジョンが衰えたかのように見えるが実際は違う。問題はその中身だ。去年のJCはマジソンと凱旋門3着とはいえドラグーンレイトと鼻差だったサムライブレードと大接戦し鼻差で負けた程度だが…それ以外は全てマジソン相手に4馬身以上の差で先着あるいは勝利しているのだ。
去年の有馬記念は中山競馬場であるため支持率が落ち、結果もそんなに良いとも言えるものではなかった。だがこの東京競馬場ではマジソンすらも凌ぐことを誰もが知っている為2番人気という支持を得た。
【さあ毎日王冠スタート!ポーンと飛び出していったのはなんとトロピカルターボだ!これは意外な展開です。】
トロピカルターボは追い込み馬である。それなのに飛び出していったのは何か理由があるに違いないと感じたのはジョッキーの中で半々、ジョッキーがミスをしたと思ったのも半々だ。だがそれを気にしておらず冷静にいたのが1人いた。ラストダンジョン騎乗の橘である。橘はどうやったらマジソンに勝てるのか…それだけを考えダンジョンに乗り続けていた。それ故にマジソンの奇抜さに慣れてしまったのだ。この程度のことはなんでもない。
【最後方にラストダンジョンがついています。さあもう一度前の方から見ていきましょう。】
『しかしわからねえな…ターボが飛ばす理由が。』
それを見ていたボルトはトロピカルターボに不気味さを感じていた。奇策は敵の不意をついて成立するが…いくら何でも追い込み馬が逃げていくなど無謀だ。
【先頭は相変わらずトロピカルターボままで1000mを通過。通過タイムは58〜59秒!これは平均ペースです。】
『…そういうことか。奴らの目的が見えてきたぜ…』
ボルトはその違和感の正体に気付き、トロピカルターボが何をするか理解してしまった。
トロピカルターボはオルフェーヴル産駒の馬だ。それ故に瞬発力も豊富にある。それを生み出しているのは父オルフェーヴルと同じピッチ走法にある。
ピッチ走法の特徴は足の回転を速くすることで強烈なスピードを生み出し加速力とパワーを上げる代わりに一歩一歩が小さくトップスピードも遅い。ピッチ走法を自転車のギアに例えると1や2など小さいギアで漕ぐのと同じことだ。
つまり坂のない時計の出るような地形では不利な分、坂が急な中山競馬場や坂の距離が長い東京競馬場等では有利になる。
ピッチ走法を使う馬の例はミスターシービーなどが挙げられる。
その逆のストライド走法についても解説しよう。ストライド走法は自転車で例えるならトップギアにあたるものでトップスピードは出やすい分、筋力も必要であり加速が遅くなる。またピッチ走法や普通の走り方に比べ小回りの効く競馬場に弱くカーブに弱いという弱点もある。
それを使う馬の例はリセットの祖父トウカイテイオーやナリタトップロードなどが挙げられる。
しかしだ。今のトロピカルターボはストライド走法だ。ピッチ走法の馬がストライド走法に変えることは難しく、セクレタリアトやディープインパクト等の超が三つもつくほどの名馬しか出来ない。
『あのヤロー…ここからスローにさせて逃げ切る気だな?』
そう、ストライド走法のまま走れば知らず知らずの内にトロピカルターボの速度は落ちる。しかも騎手はトロピカルターボがストライド走法に変えた事実に気づかず直線へと向いた。
【ここからが勝負!さあ先頭はまだトロピカルターボ!そしてトーマとラストダンジョンが大外からやってきたぞ!】
『トロピカルターボ…こいつはやはり只者じゃねえか。生まれた世代が悪かっただけの化物だな…』
ボルトもトロピカルターボを認め、TVを見るとトロピカルターボがいつものピッチ走法に戻し、一瞬の切れはないがそれでも逃げ馬としては十分なくらいな末脚で先頭を維持し続ける。
【トーマは三番手は確保!ラストダンジョンが凄い脚だ!】
トーマは力尽き、三番手を確保するとそこからダンジョンの脚が切れ、トロピカルターボに追いついた。
【並んだぁ〜っ!!そしてそのままゴールイン!ターボかダンジョンか!?】
『僅かに外だな…橘が主戦騎手で助かったぜ。』
14分後、そこには掲示板に12の数字が一番上に載っていた。




