青き馬、ライバルのデビューを見る
そしてミドルテンポことミドルのデビューの日が来た。マジソンは放牧されており現在は風間牧場にいる。
ミドルテンポの新馬戦は6頭しか出ない小さなレースだった。
『そういえば今日はミドルのデビューの日だったな。』
馬房からテレビをつけるとミドルの単勝オッズは4.5倍の2番人気だった。
『おいおい…冗談だろ?』
ボルトがそう驚くのは無理なかった…驚いた理由はミドルが2番人気だということではない。超良血馬なら新馬戦で1番人気になることはよくあることだ。寧ろ母親が未出走馬であるミドルが2番人気になれたということが運が良いのだ。
『なんでマオウがここにいやがる?!』
そう…1番人気の馬の名前はマオウだったのだから。マオウは超良血馬であり、関係者から評価も高かった。それ故にダントツの1番人気となった。
【いよいよ三冠候補と噂されているマオウのデビュー戦ですね。マオウは体重421kgとやや小柄な体格ですが…その体重の軽さが仕上がりのしやすさといっていいでしょう。まさしく絶好調といった感じがします。】
評論家のいうとおり、マオウの体重は牡馬の中では軽い方だ。ディープインパクトやドリームジャーニーなども小柄な馬格だが体調を崩すということはすくなかった。
そして全馬がゲートインが完了し終わった。
【さあ今年初めての新馬戦スタートしました。1番人気のマオウですが現在最後方におり、追い込む形をとりました。2番人気のミドルテンポは4番手に控えています。ここからどういった競馬を見せるのでしょうか?】
ミドルはやや差しのペースで走り、マオウは追い込みのペースで走っていた。
【現在先頭から最後方まで8馬身ほどの少し遅いペースで走っています。これでマオウは間に合うのでしょうか?】
スローペースである以上、追い込み馬が不利になる。その理由は逃げ馬も末脚を残してしまいリードを取られている分不利になってしまうからだ。
『ミドル…奴の末脚は半端じゃねえぞ…クォーターホースの血が混ざっていると思ったくらいだ。』
クォーターホース…サラブレッドよりも小柄だがスピード、俊敏性が優れた馬の種類の名称で400mまでは無敵と言っていいくらいに速い。シルキーサリヴァンもその末脚からクォーターホースの血が混ざっていると勘違いされたくらいだ。
【さあここでミドルテンポが先頭に立って直線へと入りました!そして大外からマオウが一気に来た!ミドルは並ばない!並ばない!一気に抜き去った!ゴールイン!2着のミドルテンポに15馬身差、3着に24馬身差をつけて勝利しました…】
ここでマオウがいなければミドルの圧勝だった。だがマオウがいたことによりミドルに限らずこの新馬戦に出た馬のデビュー戦は惨敗した…ということになる。ちなみに6馬身につき1秒の差がつく為ミドルよりも2.5秒、3着の馬よりも4秒も速い…補足としてベルモンドSのセクレタリアトは31馬身差であり2着に5秒以上も差をつけたことになる。
「カイブツメ!!」
ボルトはそう怒鳴り、TVの中のマオウを睨むがまるで意味がない。
『ミドル…あいつが相手じゃ運が悪すぎた。お前は3着の奴に9馬身も差をつけているんだ。大した馬だよ…お前は。』
ボルトはマオウのラスト3Fのタイム29.3と表示された掲示板を見て悔しがる…
後に武田からミドルのラスト3Fのタイムを聞いたところ32.5という驚愕のタイムを叩き出したことを聞き、どっちも新馬戦の馬ではないと改めて認識したのは当たり前のことである。
~8月1週~
ボルトの調教も終え、段々と体重を絞り込みスピードも付いてきた。そんなある日のこと…
【外国人が来日するのは東京オリンピックだけが理由じゃないんです!】
TVをつけるといきなりTVのアナウンサーがそう言って注目を集めた。
『そういえば今年は東京オリンピックの年だったな。』
この年は東京オリンピックが開催され、日本は外国人で賑わっていた。
【現在競馬界にものすごい馬がいることは知っていますか?その馬の名前はリセット…】
しかし東京オリンピック以上に話題になっていたのがリセットだ。
【あ~聞いたことある…あるね。】
出演者がそういって顎に手を添える…
【リセットちゃんは女の子なのにとんでもない競馬をして見せたんです。どうぞ。】
リセットの皐月賞、日本ダービーの映像が流れ、出演者を驚かせた。
【凄いね…CGじゃないの?】
【CGじゃありませんよ。この娘は…】
それからアナウンサーはリセットの解説をした。
【リセットちゃんは今度菊花賞…10月の最後の週の日曜日に出走する予定です。これで菊花賞を制すればディープインパクト以来無敗での三冠馬となります。外国人の方もリセットちゃんが気になっているようで来日しています。】
リセットは牝馬で史上初の牡馬三冠馬…それもディープインパクト以来無敗での三冠馬になろうとしていたのだ。放牧している牧場に外国人の競馬関係者が来訪するのは当たり前だった。
【では次】
ピッ!
『ったく…もっといい番組はないのか?ミドルは未勝利戦の準備でいねえし、マジソンも放牧中…つまらん。』
ボルトはリセットの特集にうんざりし、チャンネルを変えた。
『これは英国の競馬場か?パドックにアブソルートとドラグーンレイトがいる…となるとキングジョージか。アブソルートのレースがどんなものか気になるし見てみるか。』
その一方で…英国では日本人が多くいた。その理由はドラグーンレイトの出走するKGⅥ&QESである。ドラグーンレイトは去年皐月賞、NHKマイルC、日本ダービーの変則三冠を無敗で達成し、その後KGⅥ&QES、凱旋門賞、BCターフに挑んだ。その結果は全て2着だった。今回、去年の1着の馬はいないがその弟はいる。ドラグーンレイトの闘志もTV越しからよく伝わり、陣営も自信たっぷりにコメントした。
1番人気は英2000ギニーと英ダービーを制した無敗馬アブソルート。
デビュー前から評価は高く、兄を超えるとまで言わしめ欧州の競馬界では話題となっていた。
2番人気は去年の年度代表馬ドラグーンレイト。
去年の有馬記念を日本最強馬マジソンティーケイを一捻りし、今年のドバイシーマクラシックを世界レコードで勝ち、それが評価されたのと日本人の応援馬券で2番人気となった。
3番人気は仏ダービー、愛ダービー馬スターヘヴン。
7戦6勝連対率100%、今年の仏ダービと愛ダービーを快勝した馬であり、唯一の敗北もアブソルートが出走した英ダービーでの2着である。
かくして歴代屈指の実力馬達が集結した。
【KGⅥ&QESスタートしました!現在先頭に立ったのはやはり逃げるドラグーンレイト!馬群の中ほどにアブソルートとスターヘヴンが並んでいます。】
日本人の実況アナウンサーの声がボルトの頭の中に入る。
『アブソルートはやや先行型なのか?後でおっさんに聞いてみるか。』
【さあ最後の長い直線に入って先頭はドラグーンレイト!ドラグーンレイトが先頭!大外からアブソルートとスターヘヴンが来た!スターヘヴンが抜け先頭に躍り出た!しかしそれを許さないのは日本王者ドラグーンレイト!アブソルートはどうした!?】
『期待外れだったな…アブソルートも。現時点じゃスターヘヴンの方が上か?』
ボルトはアブソルートが早熟だと判断し、成長が終わったと思って溜息を吐いた。
【大丈夫!!アブソルート!アブソルートが先頭!】
溜息を吐いた途端、アブソルートがごぼう抜きし、先頭に立った。
『なんて野郎だ…今年はどうなってやがる。』
【そのまま4馬身、5馬身、6馬身と抜けてゴールイン!ドラグーンレイトとスターヘヴンは2着争いか?】
『またかよ…世界共通で今年の3歳勢強すぎないか?』
全くその通りであり、日本では無敗の二冠馬リセットや朝日杯FS馬ベネチアライトに敗れた馬達が古馬の重賞路線で勝ちまくり、世界では日本古馬トップのドラグーンレイトが破れた。まさしく生まれた時代が違えば最強馬の候補になっていただろう。
『…後二ヶ月間今までよりもハードにトレーニングを積まないとダメだな。』
ボルトはTVを消し、自らの士気を高めた。それだけアブソルートという馬が化け物じみていたのだ。
更に時が流れ…マジソンは放牧が終わり、ミドルは未勝利戦を勝ち、共に厩舎に戻り3頭は宝塚記念前の調教を行っていた。
「俺達には関係ないがあいつらの考えることはわからん。見ろこれ。」
そう言って武田はとある馬二頭のレース予定表を見せて3頭に愚痴っていた。
『これがどうした?クラビウスかダンジョンのローテーションなら別におかしくはないだろう…』
その中身は次走が毎日王冠あるいは京都大賞典だった。どちらもGⅡではあるがGⅠの次に格式が高いレースである。そしてその次に2000mのGⅠ、天皇賞秋をエントリーしていた。
「確かにクラビウスとダンジョンもこのレースに出るが…これはトロピカルターボとゴールデンウィークのローテだ。王冠がターボ、大賞典はゴールだ。」
毎日王冠や京都大賞典は古馬混同のレースであり、クラシック登録していない影の実力者達も集まる超ハイレベルのレースだ。
『…本気か?賞金に大差ないのに何故出走させるんだ?』
「…ターボ陣営もゴール陣営も98年クラシック世代のように見習ったんだろう。」
98年クラシック世代とは…エルコンドルパサー、スペシャルウィークなどの馬の世代の事で最強世代と呼ぶ声も多い世代だ。その世代の皐月賞馬セイウンスカイはゴールデンウィークと同様に京都大賞典へ、エルコンドルパサーやグラスワンダーは外国産馬という理由から毎日王冠へと駒を進めた。京都大賞典には春の天皇賞馬メジロブライト、有馬記念馬シルクジャクティス、ついでにシルバーコレクターのステイゴールドがいたがセイウンスカイはそれらを一蹴し優勝した。逆に毎日王冠は宝塚記念馬サイレンススズカがエルコンドルパサー、グラスワンダーを子供扱いして影すら踏ませる事なく優勝した。この時に限りどちらも伝説的レースで下手なGⅠよりも有名なレースだ。その理由としてはどちらも逃げ馬が勝ち、片や旧4歳馬のトップ、片や古馬のトップ…この二頭が有馬記念で戦ったら…と思うと観客達は盛り上がった。
『しかしそんなことをして大丈夫なのか?あの二頭は?その時の最強世代も耐えられなかっただろう?』
しかし残念ながらそれは叶わず、セイウンスカイは菊花賞から衰え、サイレンススズカは秋の天皇賞の故障で安楽死。どちらも秋で燃え過ぎてしまったという感覚があった。
「エルコンドルパサーは少なくともJCでグリーンに迫る2着を確保したんだ。グラスワンダーは有馬記念を勝った。古馬のステイゴールドもその後GⅠ取っただろう?長期的な目で言ったら成長のないレースよりも成長のあるレースを出したほうがいいだろうしな。」
このレースに勝たずとも経験を積んで、二頭の成長に繋がるのは間違いはない。
「先生!もう一頭毎日王冠に出てくる3歳馬がいました!」
諏訪がそういって資料を渡すと武田は信じられないと言わんばかりに口を開けた。
『どうした?おっさん!?』
「まさかトーマが出てくるとはな…98年以来のハイレベルの毎日王冠になりそうだ。」
NHKマイルC、安田記念馬トーマが毎日王冠にエントリーしていたのだ。




