青き馬、宝塚記念を見る
【おっとトロピカルターボが出遅れ、最後方からのスタートとなりました。逆に好スタートを切ったのは芦毛の魔術師マジソンティーケイ。現在先頭に立っています。先行集団の最後方にはゴールデンウィーク、次の馬群の中、10番手あたりに去年の菊花賞馬クラビウス。そしてその馬群から…2馬身ほど離れて最後方の2頭、ラストダンジョンとトロピカルターボが並走しています!】
マジソンは長距離に強く、サニーブライアンやセイウンスカイのようにスタミナで粘り逃げ勝つ馬だ。一昨年の菊花賞や去年と今年の天皇賞春もそうやって逃げて勝った。しかし一昨年の皐月賞はそうも行かなかった。一昨年の皐月賞はスタミナよりもスピードで勝負し勝った。
そう…宝塚記念の2200mという距離はマジソンにとっては微妙なのだ。
2000mまではスピード任せに逃げ切ることが出来るがそれ以上だと厳しくなるし、スタミナで逃げ切るには2400m以上必要となる。ではそれを克服する為に武田がしたこととは何か?
【マジソンがさらに突き放して現在二番手から4馬身ほど離しました。ここで各馬散らばり始めました。20馬身ほどの縦長の展開です。】
マジソンによる緩急のペースに釣られる馬、釣られない馬を利用して縦長の展開にすることだ。
『上手いな…マジソン。』
それが出来るのは今回の宝塚記念のメンバーとマジソンならでは技だ。マジソンは逃げ、ゴールデンウィーク差しに近い先行、クラビウスは完全に差し、トロピカルターボとラストダンジョンは追い込み…他の馬からしてみればどの馬も脅威だ。それ故に騎手は迷い、動くか動かないか…それだけで縦長の展開が出来上がる。
『でもそれだけじゃマジソン…封じ込められないことはわかっているんだろう?』
ボルトのいうとおりこのままでは縦長の展開になっただけで状況はほとんど変わりない。
【ここで1000mの通過タイムは1分3秒から4秒程度でしょうか?これは遅い!スローペースです。】
『(…スローで縦長の展開か。考えたな。スローで縦長の展開となると後方の馬は完全に不利。追い込み馬のダンジョンやターボ、差し馬であるクラビウスも封じるには最良の手だな。でもよ…ゴールデンはどうする?ダービーこそあまりのハイペースのせいか差しに近かったがゴールデンは現代競馬の理想とも言える先行しつつ直線で伸びる脚を持っている。GⅠに出る馬を任せられる騎手も馬鹿じゃねえ…スローだと迫られるぞ…)』
GⅠを走る騎手ともなればペースを誤ることは少ない。誤るとしたらマジソンに策があるのか?と疑問を抱いたまま走るくらいだ。
【各騎手、慌ててペースを上げました。あっとマジソンはその波に呑まれ馬群の中に沈んだ!】
「ナニヲヤッテイル!」
ボルトは片言で怒鳴り、隣の馬房にいたミドルを驚かせた。
【直線に入ってゴールデンウィークが先頭!内からクラビウス、大外からラストダンジョンとトロピカルターボが来ている!】
『終わったな…ここからの距離じゃ…届かねえ!』
【トロピカルターボが先頭~っ!!クラビウスとラストダンジョンはゴールデンウィークを抜かせない!このまま3歳馬がワンツーか!?】
『ボルト…諦めるのはまだ早いよ。』
ミドルはボルトが見るのをやめたのを見てそれを止めた。
『あん?もうマジソンは馬群の中に沈んだだろ?あそこから逆転なんて…』
ボルトは再びTVを見るとそこにはマジソンが一気に伸びる映像が映し出されていた。
【大内からマジソン来た~っ!!マジソンティーケイ現在クラビウスを抜かし、9番のラストダンジョンを抜かし3番手まで上昇!】
『馬鹿な…!?』
ボルトはマジソンの走りを見て驚いていた。
『先輩が馬群に呑まれる前にペースを上げたのよ…それも超ハイペースで。』
それをミドルはマジソンの作戦の内だと指摘したがボルトは首を振った。
『違う…!そうじゃねえ。マジソンのフォームを見てみろ!』
今のマジソンはまるでオグリキャップを彷彿させるものだった。オグリキャップはナリタブライアンと似たフォームで頭を下げ、出来るだけ重心を前に落とすフォームだ。マジソンは調教でボルトのフォームを見ている内にそのフォームを真似るようになったのだ。
【マジソンティーケイが先頭に躍り出た!】
そしてトップに立ち、通常であればそのまま引き離せる…ダンジョンもクラビウスも引き離していった。
【しかし二頭の3歳馬達も許さない!】
だがそれを許さないのが3歳馬勢だ。歴戦の古馬勢ですら諦めたというのに今のマジソンに食いつく勝負根性はかなりのものだ。
『負けるな~っ!行け~っ!!』
『行け~っ!!』
ボルトはらしくなく叫び、ミドルも叫んだ。
【トロピカルターボ、ゴールデンウィーク、マジソンティーケイ各馬並んだ!ゴールイン!…激戦です!】
『またかよ…』
ボルトはマジソンが去年の有馬記念同様に鼻差の決着に持ち込んだことに溜息を吐いた。
『大丈夫…絶対先輩が勝ったに決まっているよ!』
ミドルはボルトを安心させようとするが…ボルトは首を振った。
『だといいんだがな…』
そしてそれから十数分…審議が終わり掲示板に数字が載った。数字は以下の通りだった。
10
14
12
2
9
つまり1着から順にトロピカルターボ、ゴールデンウィーク、マジソンティーケイ、クラビウス、ラストダンジョンとなっていたのだ。トロピカルターボは父子宝塚記念制覇という偉業を成し遂げ、レイをかけていた。
『そんな…先輩が3着…?』
ミドルはマジソンが負けたことにショックを受けていた。
『そう言うな。マジソンがあそこから追い込んだだけでもすごい事だ…マジソンは逃げ馬なのにあんな末脚を発揮するなんて…もしもあと少し距離が長ければ勝っていたかもしれない。』
『…』
『今回は運が悪かった。宝塚記念という舞台やタイミングもそうだが何よりも今までよりも敵が強かった…不運な馬だよ。あいつは。』
マジソンは強かったがそれ以上に今年の3歳世代が強かった。これはグリーン・ブライアン世代でも起こったことでナリタブライアンの兄ビワハヤヒデはグリーンに宝塚記念でボロクソに負け、その後故障し引退…ナリタブライアンは有馬記念でもグリーンの2着とその実力を見せた。稀にそう言う世代は現れるのだ。
『そうね…先輩は運が悪かっただけ…距離が伸びるJCなら負けっこないもの!』
だがマジソンが負けたのは宝塚記念の距離の補正が合わなかったから負けた…という評価もあり競馬ファンからも絶賛されている。
『確かに…だが決して楽じゃねえよ。アブソルートやリセット、ドラグーンレイトも出てくるんだ。今の時点じゃ敵にもならねえ…』
無敗で英ダービーを勝ったアブソルート、日本史上最強牝馬リセット、そして国内無敗のドラグーンレイト。かつてない程にJC出走予定の馬は豪華だった。
『そういえばあと何週辺りでお前のデビュー戦が来るんだ?』
ボルトは話題を変え、ミドルのデビュー戦の時期を尋ねた。
『確か7月の1週目辺りかな?』
これはオークスと同じ週に入厩した馬にしてはかなり早い方だ。それだけミドルの身体が出来上がっていることを証明している。
『7月の始めかよ…随分早いな?俺なんか10月だぞ?』
一方ボルトはそれよりもかなり遅く早めにデビューしたいとウズウズしていた。
『ボルトのそのデカイ馬格じゃ調整も大変でしょ?だからその時期なんじゃない?』
しかしボルトの馬格はかなり雄大であり体重が620Kgを超える勢いで成長していた。そんな馬格をもつボルトと400Kgを少し超えたミドルとではまるで大人と子供の差があった。
『それもそうだ。』
ボルトはミドルを見下げそう言った。
『…なんかムカつく!』
ミドルは子供らしくそっぽを向いて馬房の奥へと行ってしまった。




