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青き馬、調教を受ける

安田記念…そのレースは1マイル…つまり1600mのGⅠであり、春の最強マイラーを決めるレースの一つである。過去の覇者はタイキシャトルやオグリキャップなどの伝説のマイラーからウオッカやギャロップダイナ等の天皇賞秋を勝った馬がいる。しかし、今回の安田記念に武田厩舎所属の馬はいなかった。

【トーマが大外から来ている!200mを切ってトーマが先頭~っ!!そのまま2馬身離してトーマ1着!2着は3歳馬ロレアルゴー、去年の短距離王者のマークファンライスは3着!なんと3歳馬がワンツーだ!】

安田記念はあっさりと終わり、あまりにもあっけない勝負だった。

「…」

その勝負を見た武田は唖然としてしまった。トーマは弥生賞をマグレで勝った馬と言われているがハイレベルとも言われる皐月賞を3着を取れるだろうか?そしてNHKマイルCに続いて1600mのGⅠを2連勝できるだろうか?…普通の馬には出来ない。武田は慌てて今回の宝塚記念の出走馬を確かめるべくインターネットを使って今年の3歳馬の動向を調べた。

リセットは放牧されており、直接菊花賞に行く予定らしく少し安心したがダービー2着馬のゴールデンウィークと3着馬のトロピカルターボは宝塚記念に出走するとわかった。


「厄介なことになったぜ。」

武田は愚痴っていた。その理由は宝塚記念はグランプリレースである。グランプリを得意とするステイゴールド産駒のラストダンジョンとステマ配合のクラビウス、三冠馬オルフェーヴル産駒トロピカルターボ、そして今年のダービーで2着に食い込んだスペシャルウィーク産駒のゴールデンウィーク。リセットがいないとは言え通常の年に比べて豪華なメンバーが揃っている。

「…だがリセットへの置き土産にはちょうど良いかもな。」

逆に言えばそのメンバーをまとめて倒せば不安要素無しに打倒リセットの目標を掲げることが出来る。

「そうとなりゃ決まりだ!」

武田はそれだけ言ってどこかへと消えてしまった。


『あのおっさん、馬使い荒くないか?』

ブツブツと文句を言いながらもボルトは諏訪に引き連れられて坂路のコースに着いた。

「武田先生、今日はボルトどうします?」

「2本マジソンと併走させる。ボルトにはお前が乗れ。俺はマジソンに乗る。」

『おいおい、マジソンは平気なのか?』

「その後の2本は一杯で頼む。」

『デビュー前の2歳馬が坂路調教4本なんてどこのミホノブルボンだ?まあ平気だけど…』


ミホノブルボン…無敗で二冠を制した馬だ。彼は元々スプリンターの馬だが坂路で鍛えて距離を克服したというエピソードがある。その内容は1日坂路調教4本という超ハードな調教だ。普通の馬はデビュー前で1本やっただけでもバテバテになるにも関わらず、彼はケロッとしていた。それどころか当時古馬ですら3F31秒台を出せば良いタイムと言われていたが彼は29秒台という脅威的なタイムを出したのだ。

そんな彼だが坂路調教で身につけたのは瞬発力もそうだが勝負根性だ。彼は一定のペースを保ってそのまま逃げ切る精密機械…だと思われがちだが実際には勝負根性の塊である。

それを裏付けるのはミホノブルボンの新馬戦である。彼はその新馬戦で逃げ馬として致命的な出遅れをしてしまい追い込みの体勢を取らざるを得なかった。しかし、彼は勝った。本当にスピードだけでこんなことが出来るだろうか?いや出来ない。スピードでごり押しするサイレンススズカはサニーブライアンを警戒し、ダービーで中団で構えていたが我慢出来ずに掲示板にも乗らなかった。ミホノブルボンの勝負根性がダービーを制したと言ってもいいくらいだ。

話しが逸れたがミホノブルボンは坂路調教を何本もこなせたおかげで名馬になれたのだ。故に武田厩舎も坂路調教は欠かせないものである。


「マジソンはどうするんですか?」

「マジソンはその後1本をミドルと併走、最後は馬なりだ。」

「えっ?マジソンの方が少なくないですか?こいつがマジソンよりもタフだとは思えませんよ?」

「お前、それでも調教師になる男か…風間社長から聞いたんだがこいつは3000mの仮想レースでマジソンに勝ったんだぞ?しかも当時の日本レコードのおまけつきだ。」

「だからといって調教で調子が出る訳じゃ…」

「ゴダゴタうるせえ!いいからやるぞ!」


ボルトは武田に無視されたのでマジソンと話していた。

『大変だな…ここは。』

『まあ、諏訪さんは頑固だからな…とは言え、武田先生と同じくらい馬に乗るのが上手いから安心しな。』

『なるほどな…通りで本職がいるにも関わらず諏訪を乗せるわけだな。』

『本職…?あ…』

マジソンの視線の先には下位リーディング騎手達が武田と諏訪を睨みつけていた。

『武田のおっさんは気づいて無視しているだろうが諏訪の方は気づいていないみたいだな…』

『そんなものさ。嫉妬とか羨望ってのは…』

『お二人の話しも終わった事だし、そろそろ準備でもするか…』

『だな。』

ボルトは諏訪を、マジソンは武田を乗せて、定位置に着いた。


『こいつは驚いた…確かに武田のおっさんと同じかそれ以上に乗り方が上手いな。』

ボルトは感心していた。諏訪の乗り方がペースを落とすべきところで落とそうとするしペースを上げるべきところで上げようとする。

そして何よりも感じないのが体重だ。武田も橘も乗り方が上手いとはいえボルトに乗ると体重の関係から負担が掛かるが諏訪は全くと言っていいほど負担がかからない。体重が重くなるほど馬にとってはキツイものだ。事実テンポイントなどはそれが原因で故障し死んだのだ。

『だろ?俺も諏訪さんを乗せて何回も走ったんだ。諏訪さんはデビュー前の馬を教育するのが上手いんだよ。』

『なるほど徐々に体重をかけて走らせるって訳か…』

『まあそうだがそろそろじわじわと負担が来るかもしんないぞ。気をつけろ。』

マジソンはボルトに警告するとボルトに負担がじわじわと来るようになった。

『おっ…本当だ。』

『そろそろおしゃべりも止めるか。』

『だな。』

その後、ボルト達は坂路を駆け上がり、順調に進んで行った。


「ボルトの感想はどうだ?諏訪…」

「人を乗せることがまだ慣れていないって感じですね。ただ…」

「ただ?」

「まだまだ馬格は大きくなるとは思います。デビューはそうですね…10月頃になるんじゃないでしょうか?」

「お前の力をもってしても10月か…デビューが遅い所はグリーンそっくりだな。」

「どうします?」

「まあ逆に言えばそれだけ鍛えられるということだ。10月までたっぷり鍛えてやれ。」

「わかりました。」


そしてボルトは坂路一杯の調教を終え、馬房へと戻っていった。

『そういえば最近の記事はどうなっているんだ?』

ボルトは新聞を読むとそこにはアブソルートのエピソードが書かれていた。

『何々…アブソルートの血統は父は大種牡馬カーソンユートピア、母は英オークスを含めGⅠ7勝をしたヴィクトリカ。近親にはGⅠ馬が多数おりラムタラの再来と言われている…イージーゴアの記事でも読んでいるのか?俺は…』

イージーゴア…日本の競馬界に大きな影響を与えた大種牡馬サンデーサイレンスの現役時代のライバルであり、かつてはセクレタリアトの再来とまで言われていた。イージーゴアはアブソルートのように騒がれていたのだ。

『JCになったらリセットもサンデーサイレンスのように言われるんだろうな。』

今でこそサンデーサイレンスは日本の競馬界に多大な影響を与えているが当初の評価はこれまでにないほど最悪であり、マトモに走る訳がないと言われていた。その後サンデーサイレンスはダービー、BCクラシックなどを勝ち評価を上げたがその激しい気性と零細血統が災いし、輸入当時ですら評価は賛否両論だった。米国では売った事を後悔するどころか感謝されたくらいである。

しかしサンデーサイレンス産駒が活躍し始めるとその評価は覆された。フジキセキ、ダンスインザダーク、サイレンススズカ、ステイゴールド、スペシャルウィーク、アグネスタキオン、ハーツクライ、ディープインパクト…競馬の知識がある者なら誰もが聞いたことがある名前だろう。この馬達は全てサンデーサイレンスの子供達だ。もしもサンデーサイレンスが日本に輸入されていなかったらどうなっていただろうか?おそらくこの馬達は生まれておらず日本競馬界は発展しなかった。


もっとも風間は96年にサンデーサイレンス系の飽和状態を危惧して非サンデーサイレンス、いや非ヘイルトゥリーズンの馬達を使い生産した。結果風間牧場にいるマジソンの母父は春の天皇賞馬メジロブライトであり、一般的な血統表に大種牡馬ノーザンダンサーが書かれているとはいえサンデーサイレンスはそこには書かれていないので種牡馬価値は高いだろう。


話は逸れたがサンデーサイレンスは当初評価が最低だったにもかかわらず醜いアヒルの子の話が笑い話になり得るほどその状況を覆したのである。リセットも同じだ。かつてはセリで300万円という超低価格で落とされたにもかかわらず今では日本競馬界を代表する無敗の二冠馬だ。


『宝塚記念まであと数週間…マジソンはグランプリレースは得意じゃないしな。どう克服するかね。』

ボルトは新聞をその場にそっと置いた。


~宝塚記念~

【さあ春のグランプリレース、宝塚記念、今年はどの馬が勝つんでしょうか?】

そして数週間後、宝塚記念の日がやって来た。

【1枠2番、クラビウス!去年の菊花賞馬であり、最後のステマ配合の馬はここで再びGⅠを勝つことが出来るのでしょうか?現在3番人気です。】

クラビウスと同じ年代のステイゴールド産駒は2頭しかいない。その理由はステイゴールドが2頭種付けしたその日に死んでしまったからだ。そのうち1頭はメジロマックイーンを父に持つ馬…つまりクラビウスの母だった。もう一頭は父親がキングカメハメハだった…そのため馬主達は最後のオルフェーヴルやゴールドシップと同じステマ配合であるクラビウスを求め評価額がつり上がったというエピソードがある。

【4枠9番、ラストダンジョン。去年の宝塚記念馬が堂々と入場してきました。現在2番人気です。】

ラストダンジョンもステイゴールド産駒であるがステマ配合ではない。しかしその実力は本物でステマ配合以外のステイゴールド産駒ではGⅠ最多勝利をしている。

【5枠10番、トロピカルターボ。皐月賞まで無敗だったポープフルSの覇者はどのような競馬をするのでしょうか?現在4番人気です。】

トロピカルターボは3歳馬であり、皐月賞まで無敗であり、その皐月賞は2着、そしてダービーは3着と好走している…その善戦する様子から2歳GⅠを1勝しかしていないにもかかわらずこれだけ人気を集めた。

【6枠12番、芦毛の魔術師マジソンティーケイ!連勝している勢いは間違いなく本物!現在1番人気です。】

マジソンの調子はまさしく絶好調で4歳から連対率は100%であり5歳になってからは無敗…抜群の安定感を誇っている。それ故に1番人気になった。

【7枠14番、ゴールデンウィーク!父スペシャルウィークはここで涙を飲みました。果たして父の無念は果たせるのでしょうか?現在5番人気です。】

リセットに続いてダービーは2着だったがGⅠを勝っていないこともあり5番人気となった。しかし武田はその実力は間違いなく本物だと思っておりマジソンもダンジョンよりも注意を向けている。

【さあ、各馬ゲートに入り…整いました。第61回宝塚記念スタート!!】

2020年、春のグランプリが始まった。

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