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第92話

心地よい小鳥のさえずり、温かい陽の光。

あの薄暗く冷たい、気持ちの悪い静けさだけが残る拷問部屋とは大違いだ。

こんなにも心地よい空間が暗殺者集団の根城だと誰が思うだろうか?

いや、まず居ないだろう。

突然、こんな事を思っているのは別に文句や不満があってという訳ではない。

ただの気まぐれだ。

強いて言うなら、余裕が出来たからだろう。

ここがティアや姉ちゃんにバレることはそうそうないだろう。

そう思うと張り詰めていた緊張の糸が少し解れ、久しぶりに気持ちの良い眠りにつけた。


「と言っても、この法具は念の為着けとかないとな……」


隠匿(ハイディング)の法具……

10もの数を身につけて俺は自分の事を隠している。

これがあれば、いくらティアや姉ちゃんと言えど見ただけで正体がバレることはないだろう。

それに、指名手配もされているようだし、念には念をというやつだ。

寝ている間ですら幾つか身につけている。


「さて、朝食はどうしたものか……持参とは聞いてなかったからちょっとした携帯食しかない……」


俺はこれでも構わないんだが、ステラにはまともな食事を用意したい……

というのも、日々世話になっているのもあるし……

ステラは年頃(……多分)の女の子だ。(悪魔だけど)

それに対して乾パンと干し肉では栄養不足だろう。(悪魔に必要かは分からないが……)

だから節約には励んでいるが、ステラの事に関してだけは惜しまない。


「とはいえ、買う店もないし……仕方ない、狩ってくるか……」


これでもそれなりに早く起きたつもりだ。

恐らく、今からなら朝食時までには間に合うだろう。

捌くのに時間が掛からなければ、の話だが……

少し陰鬱な気持ちになりながらも部屋の扉を開き廊下に出る。


「ん? あぁ、起きたの? 早いね。」


廊下を出るとそこにはまだ眠たげな瞳のロメリアがいた。

この様子だと朝は弱いのだろうか?

だとすれば貴重なマカ・マナフメンバーの弱点発見だ。

役に立つとは思えないが……


「ちょっと狩りに行こうかなって思って、朝食とか全然用意してなかったから……」

「あぁそうか、メリア言ってなかったもんね。じゃあメリアがあげよう!」

「いいのか!? 助かる! けどロメリアはちゃんと食べるものがあるのか?」

「大丈夫、大丈夫! 基本、みんな部屋に蓄えてあるから、困った時は言って」


正直、動物を捌くのは苦手なのだ。

技術的にも生理的にも……

あの眼がこちらを見ているような気がして……

いや、やめよう。

考えただけで気が滅入る。


「確かお弁当にして保存してたはず……」


そう言うと、ロメリアは自分の部屋に駆け戻り30秒も掛からず戻ってきた。

まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()かのような……

いや、考えすぎか……

それに彼女はもう“仲間”だ。

なんの根拠もなく疑うなんてするべきじゃない。


「はい、どうぞ。手作りだから味は保証できないけどね。」

「ありがとう。いつかこの借りはしっかり返す。」


そう言って手渡された弁当を受け取る。

風呂敷で包まれ、中身は分からないがこれで急いで狩りをする必要はなくなった。

結局はそのうち狩りにいく事になるだろうけど……


「はい、ダメ!」

「ん!?」


その言葉とともに頭を小突かれる。

正直、状況が全く理解できない。

何かダメなことがあったのだろうか?


「こういうのは一度中身の安全を確認しないと! あと、貸し借りのあたり自分で決めておかないとあとでふっかけられちゃうかもしれないんだから!」


ようやく理解が追い付く。

そういことか……

裏の世界に踏み込んだというのにも関わらず、不注意である。

そう言いたいのだろう。

確かに、その通りだ。

生まれが違う俺ではそういう細かい注意が身体に染みついていない。

ティアに拾われていなかったとしたら、俺は今頃身ぐるみを剥がされ無一文で人知れずのたれ死んでいただろう。

しかし……


「けど、もう今ロメリアは仲間だろ? 仲間を信じる事が出来ないとダメだろ。」

「…………甘いね。」

「ん? 何か言ったか?」

「いや、何も言ってないよ。まぁ、今日はいいけど次見たら隠匿(ハイディング)といてもらうよ?」

「それは流石に無理だ。」


ロメリアが何か小さな声で呟いたような気がしたのだが違ったようだ。

それは兎も角、ロメリアの言う事はもっともだ。

今まではそれを人にあまり関わらない様にすることでなんとかしていた。

しかし、これからは隙あらばこちらを欺こうとするような裏の世界の住人たちと関わらなければならない。


「それじゃあ、俺は食材確保の為の狩りに行ってくるから」


さっき貰ったものはステラの為だし、備蓄するにこした事はないだろう。

それに、毎朝こうやってするのはあのダグラスの訓練の代わりでもある。

魔法(アーツ)を使い狩りをしてもらい、その負荷の中で自らも狩りに出る。

これが中々ハードで体力を使う。


「いや、今日はやめた方がいいんじゃないかな? 多分、今日は任務が入ると思うから」

「そうなのか?」

「うん、君の事を試すっていうか、取り敢えず一回君がどんな事が出来るのかを詳しく見る為に良い感じの依頼を取ってきたって張り切ってたから……シスの事だし無茶苦茶な依頼を持って来てるかも……」

「シスってのはあのリーダーっぽい青年の事?」

「そうそう、一応“っぽい”じゃなくてリーダー」


これはいわゆる“新人いじめ”という奴をうけるのではないか?

表社会では教育という名目でそんな事はありふれていると聞いた。

つまり、裏の世界のこの危ない仕事での“教育”とはどういったものになるのだろうか?

数回死線をくぐらせる程度は軽く振られるんじゃないだろうか?

今日、俺は一生分の幸運を使いきったとしても死ぬのではないだろうか?


「死なない程度に頼む……」

「んー、多分想像しているのとは違うんじゃないかな? 今日は肉体的ダメージというよりも精神的にキツイと思う。あの人は“そっち系の方”が得意な人だし」


気持ちが段々と落ち込んでいく……

正直、肉体的苦痛ならばある程度無理が利くし、疲労も無理が利く。

しかし、精神的とはよろしくない。

触手まみれの魔物と素手で戦わされるなんかだったら自信がない。


「言い方が悪いなぁ、“荒事が苦手なだけ”だよ。おはよう。」

「はぁ、荒事が苦手なんてよくそんなでまかせが……おはようございます。」


すぐ近くの部屋が開き、シスが出て話に加わる。

それに驚くこともなく、呆れたように呟き慇懃無礼に挨拶を返す。

確かに、でまかせもいいところだ。

彼は間違いなく一線級の戦闘能力の持ち主だ。

まず、このマカ・マナフという組織に属している人物たちは間違いなく一線級の戦闘能力を持っている。

この一瞬の立ち振る舞いにおいても隙がない。

もし、この場で俺が刀を抜こうとこの二人は冷静な判断を下し対処するだろう。


「おはようございます。で、どうやら依頼があるようですけどどんな物なんですか?」

「それは後々言うよ。取り敢えず、今回の依頼は君一人で完遂してもらう。僕らはそれを観察する。一切手伝わない。報告と現場に向かうまでは手伝うけどそれだけだ。」

「手伝わない、か……」


てっきり、連携などの面をまず見るのかと思っていたが、まず個人での能力を見たいという事か……

ますます依頼内容が怖くなってきた。

内容が城攻めとかで無い事を祈るよ。


「早速、昼には出発だからそのつもりでね。」

「はぁ……」

「えっ!?」


そのシスの言葉を聞いて、驚きを隠せない。

それとは対照的にロメリアはやっぱりかとでも言いたげな顔で溜め息をついている。

まるで当たり前の事かのように昼に出発だなんて……


「目的地は?」

「ロマリア帝国主都ガンダルギス。」


詳しい場所は分からない……

しかし、しかしだ……


「隣国じゃないですか!!!」


叫ばずには居られなかった。

よりにもよって緊張関係にあるっていうロマリア帝国。

すぐ傍が国境とは言え、距離もあれば関所を通らなければならないなんて……

それもすぐに出発……

もはや、ツッコミどころが多すぎてその言葉を叫ぶのが精いっぱいだった。

しかし、万感の思いを込めた叫びは……


「そうだね。」


軽く流されてしまった。

しかし、その言葉に冷静になる。


(そうか……俺はもう試されている訳か……)


適応力……

それが無い動物は淘汰されるのみ……

それが大自然の掟。

人間だってそれは同じ事。

なんでもないような顔をしている青年を侮ってはいけない。

一挙一動に、言葉の端々に何かしらの意味が込められていると考えるべきだ。

きっと、目の前にいるのは青年の皮を被った老獪な仙人か何かなのだ。

そう、考えると諦めがつく……

また一歩大人になれた気がする。


「はぁ……分かった。狩りの予定は中止だ。」


溜め息を吐きながらもロメリアの言葉どうり狩りの予定は諦める事にしよう。

ロメリアから貰ったものをステラにあげればステラの食事は確保できる。

俺に関しては多少無理が利く。

多分、一週間は食事を抜いてもなんとかなる。

まぁ、嫌だから試したことはないが……

その辺りを思い出すと改めて自分が人間では無くなった事を実感する。

まぁ、それはどうでもいいとして……

途中に通るだろう市街地で何か買えば済む話だ。

一週間、食事を抜く事はないだろう。


「理解が早くて助かるよ。」

「取り敢えず、ステラを起こすとするか……」

「シスは思いつきで動いてるから早めに慣れた方がいいよ。」


ちょうどいいし、首都で買いだめでもするか……

食料は常に備蓄すること。

これだけは肝に銘じておこう。

しかし、一番最初にこんな事を思い知らされるとは……


「さて、メリアも準備しようかな……」

「今日も張り切っていこう。」


シスのその言葉を受けてもやる気が全く湧きあがらない。

こんな男が用意した依頼が一筋縄でいく訳がない。

鬱蒼とした気持ちをなんとか奮い立たせステラを起こしに向かう。

どちらにせよ、これは俺が選んだ道……

いまさら変えるつもりなどないし、変えることもできない。

この程度で弱音など吐いていられない。

依頼なんて幾つもこなしてきたのだ。

それをいつも通りこなせばいい。

簡単な話だ。

そう自分に言い聞かせた。

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