第91話
深い深い森の中……
鬱蒼と生い茂る草木たちが陽の光のほとんどを遮り、暗くひんやりとした空気が漂う。
強力な魔物も現れ、一般人ならば侵入は即死に繋がってもおかしくない場所だ。
しかし、俺とステラはそんな事を気にせずに狼に跨り疾走していた。
「流石、有名暗殺集団だね……普通こんな奥にアジト作らないよ……」
それもそうだろう。
奥に行けばいくほど危険度は増す。
武装した盗賊達でも森の奥には住まない。
「あの子たちに会いに行きにくくなるんじゃないの?」
「街には何度も戻る事になるだろうし、遠いと言っても片道30分も掛からないだろう。その内行くよ。」
何度も何度も行くと周囲に俺が関わっていると思われかねない。
それに、領主にも目をつけられた以上、少し期間をあけようと思っていた。
だが、しばらく会っていないから、ちゃんと考えておかないとな……
「そろそろ見えてくるぞ。」
俺は一度ロメリアと先に来ていたので場所を大体覚えている。
それに、今は飛鳥も飛ばせている。
おかげで魔物との遭遇は最小限にできている。
「あ、見えた……って案外ちゃんとした屋敷……」
「確かに俺も最初は洞穴か、さびれた廃墟かと思っていたんだけどね。」
俺の目の先にはちょっとした旅館のような屋敷が建っていた。
森の中にこんな屋敷があれば気付かれそうなものだが、こんな所に来るようなのは大抵人間じゃない。
来たとしても、口封じをすれば良いだけの話なのだろう。
そんな所からして、マカ・マナフとは存外自由な気質の持ち主が多いのだろう。
「そんな所、メリアだって嫌だよ。」
建物から出てきたロメリアが言う事は最もだった。
普通に考えれば、資金が潤沢なのにも関わらず、洞穴か廃墟ぐらしなんて割に合わないだろう。
「私はユウが居ればそれでいいけどね。」
「洞穴は遠慮したいけどね。」
洞穴は危険な事ばかりだ。
住まないで済むなら普通、そちらを選ぶだろう。
だが、そんな事はどうでもいいのだ。
「取り敢えず、俺はどこで寝ればいい? 案内してもらえるか?」
「じゃあ、メリアに着いてきて」
そう言うと、ロメリアは建物の中へ入っていく。
それに着いていき、中へと入る。
すると中は、本当に旅館の様だった。
「そう言えば、二人ともその大きめのバック以外に持ち物は無いの?」
「元より、定住するつもりは無かったからからな。移動しやすいようにしていたんだ。」
「相当念入りね。ますます君の素性が気になる……別に見せろって訳じゃないけど、仲間なんだから力を貸すよ?」
「すまないが、今はまだ……いずれ話せればいいとは思うが……」
俺の贖罪の為に利用しているのだ。
いずれ、礼を言いたいとは思う。
だが、今はまだ早すぎる。
「そう……けど、気をつけた方がいいよ? ここから先、君の事を様々な知りたがりが調べ出すはずだから……」
「バレたなら、仕方ないと諦めるしかない……影に身を窶した時点で覚悟は決めている。」
逃げるか、永遠に口を閉ざすか……
そのくらいの覚悟は決めているつもりだ。
背を預ける以上、経歴は気になってもしかたない。
開け広げる気はないが……
「なら良かった、ほら着いたよ。ここが君の部屋。隣がステラの部屋。」
「別に一緒の部屋で……」
「助かる。二人づつ部屋が貰えてよかった。」
「くッ……!」
何故か隣のステラから悔しがる声が聞こえてきた。
しかし、あまり突っ込まない方が良さそうな気がしたので無視する。
「鍵はこれね。お風呂は共有だから札が使用中になってたら入っちゃダメだよ。食事は持参だから注意ね。」
どうやら、鍵を付けるくらいにはプライバシーを守ってくれると言う事か。
これは実際問題、結構嬉しい。
俺は秘密にしたい事で溢れているからな……
「それと丁度、依頼が入ってきているから明日から仕事だよ。今日はゆっくり休んで」
「そうか、じゃあお言葉に甘えて休ませてもらうよ。ステラも部屋見ておきなよ。」
「はーい。」
荷物を置く為に部屋に入る。
ユウは気付かない……
先ほど、ロメリアが一瞬怪しげな笑みを浮かべていたのを……
「ふふ、鍵はついてるけど……プライバシーを守るなんて誰も言ってないよ……」
自分の部屋に戻ったロメリアは水晶玉のような物を見つめながら悪い笑みを浮かべる。
その水晶玉にはユウの部屋の映像が映っていた。
そう、ロメリアはユウの部屋の中にあらかじめ監視用法具を仕込んでいた。
しかも、死角が消えるように10個近く仕込んである。
「重武装の君の事、丸裸にしてあげるから……」
ロメリアはユウにかつてない胸の高まりを感じていた。
彼の顔すら覚えられないと言うのに、彼女の頭には彼の素性を明らかにする事しかなかった。
それにはあり得ないと自分を説得させる為……という理由をこじつけているが、本当は期待で溢れていた。
「まずは本当の名前が知りたいなぁ……どうすれば本当の名前口走るかなぁ……そう言えば、隠匿の法具外さないかなぁ、本人と照らし合わせる事ができないとしても一度見てみたいな……色々と手掛かりになるかも……」
地方によって独特な髪形だったり、瞳の色だったりで調べれば出身地が掴めるかもしれない。
一応、彼はマスクはしていないので私も何度も見ている事になるが、彼の事を思い出そうとすると記憶に靄がかかる。
しかし、一度外した顔を見ればその顔は思いだせる。
隠匿の法具をつけた彼とその素顔の彼は同一人物だと言う事を刻み込めば、もう隠匿は看破したも同然。
問題があるとすれば、隠匿の法具をつけた彼を固有の人物として記憶出来なければならないという事。
まぁ、服装や装備、声には隠匿が掛かっていないからそれほど難しくはないけど……
「あと、お金の使い道なんかも分かるかな……って、なにこれ……物が少ないとは思っていたけど……中身全部、最低品質の安物じゃない……節制に努めているってのは聞いてたけど本当みたいね……宿もそれなりに安い所だったし……高そうな物って言っても精々、あの首につけてるペンダントくらい……」
外套は安そうだし、身だしなみにお金をかけるタイプでもなさそう……
ってことは、彼にとってあのペンダントは何か特別な意味があると見てよさそう……
(今度話す時は、このペンダントの話を突いてみよう……)
もしかしたら、思わぬボロがでるかもしれない。
思い出の品となるとボロが出てもおかしくない。
とはいえ、望みは薄いが……
この法具に気付かないあたり、粘り強く探っていれば案外なんとかなるかもしれない。
「これからもよろしくね。ディザスター君……」
薄暗い部屋の中、仄暗い笑みを浮かべるロメリア。
ロメリアが浮かべた笑みに、恋愛などのような甘い感情は一切含まれていない。
どこか悪者が浮かべるような悪だくみをする時のような笑みだった。
一方、もう一人笑みを浮かべている人物……いや、悪魔がいた。
「私にとっても、マカ・マナフ入りは吉報ね。あの二人は中々しつこいみたいだし……」
あのユウの姉とティアが執拗なまでの捜索をしている事はユウよりも知っていた。
しかし、あんな2人なんていらない。
あの2人がユウをここまで追い詰めたのだから……
そう、あの2人が……
「けど……前にユウの表層に現れたあの凶暴な人格は一体……」
英傑の饗宴のオープニングセレモニーにおいていつものユウとは異なるものが表層に現れた。
前後のあのバカな女の言動から私は“過去のユウの意識”が現れたのだと思っていた。
事実、ユウもそうなのだと思っているようだ。
しかし……
「ユウの過去は知っているけれど……どうしても何か引っかかって……」
過去のユウは……
本当に、あれほどに研ぎ澄まされた害意を放っていたのだろうか?
確かに、ユウの過去は凄惨なものである事は知っているし、それがユウの性格を捻じ曲げるに足るものであった事も……
しかし、あのユウの姉を気取った女の所為で感情が見えなくされている所為で確証が持てない……
ただ、私の思い込みであるがユウがもし過去の出来事によって構成された性格をもっているならそれはもっと臆病な気がするのだ。
あのように刃を表に晒すのではなく、もっと刃を内に秘めながらも触れれば壊れてしまいそうな儚さを漂わせていると思うのだ。
「もし、あれが過去のユウの残影でないとしたら……」
私には思い当たる節が一つだけあった。
しかし、そんな事はあってはならない。
頭の中を巡る悪い考えを斬って捨てる。
「それもこれも全部悪魔なんて不便な身体の所為! あぁ、嫌になっちゃう!」
そう吐き捨てベットに大の字に倒れこむ。
一難去ってまた一難……
頭は悩まされ続けるばかりだ。
しかし、ユウと共にある事が出来るのならば……
それも悪くはない。
ステラの名を持つ悪魔は、大切な彼と過ごす幸せな未来を夢想する。




