第90話
目の前にそびえるは質実剛健と言った感じの屋敷。
しかし、その堅固な守りはそう易々と突破出来るものではない。
的確な位置に配置された兵士だけでなく、一般人では到底手の届かない金額の魔法陣などの防衛網が幾重にも張られているのだろう。
それがここの領主の誠実さと優秀さを物語らせる。
思わぬ来客により予定が一日ずれてしまったが、今日俺は一人で領主に会いに来た。
ちなみにステラは留守番だ。
「そこのお前、少し止まれ。」
門番らしき兵に制止をかけられる。
今思えば、俺は呼ばれたと証明する手段がないのだが、それはいいのだろうか?
少しばかり不安になるが、その時はもう行かなくて構わないんじゃないか?
そんな悪知恵を働かせるが……
「……災厄だな? 少し待っていろ。」
どうやら、門番は優秀な男のようである。
俺の悪知恵が陽の目を見る事は無かった。
門番の男は屋敷に使いを走らせる。
つい最近、マカ・マナフに加入した俺としてはあまり気の進む事ではないのだが……
領主の招集を無視するのもリスクが高い。
俺みたいな大罪人がどんな顔して領主と話せばいいんだよ……
心の中で愚痴を吐いていると先ほど屋敷に向かった使いが戻ってきた。
「コイツが案内を担当する。着いていけ」
「では、こちらに……」
導かれるがままに着いていく。
その道中では何人もの屈強な騎士がまるで厳戒態勢かのような緊張感を放っていた。
もしかしたら、かなり警戒されているのかもしれない。
だが、今思えばあの酒場でマカ・マナフのメンバーに一度襲われているのだ。
そう思えばこの厳戒態勢にも納得がいく。
「こちらの部屋で少々お待ち下さい。」
案内された部屋はそれなりに華やかではあったが、豪華絢爛とは言い難かった。
とはいえ、不満などないしそれで全然構わないのだが……
すぐ傍のソファーに腰掛ける。
すると、扉が開く音が耳に入る。
「忙しい中すまないね。」
入ってきたのはあの日見た領主で間違いない。
俺は立ち上がり、すぐに頭を下げる。
「いえ、こちらこそ遅くなりすいません。」
「別に構わないよ。まぁまぁ、座ってくれ。」
その一言でまた座る。
テーブルを挟んで前のもう一つのソファーに腰かける領主。
護衛などを連れてきていない為、俺の目の前に居るのは領主だけだ。
「単刀直入に言おう。俺と共に来ないか?」
いわゆるスカウトだろう。
丁度つい最近、されたばかりだ。
そして、どちらにも着くことは許されないし、どちらに着かないという選択肢もない。
「断らせていただきます。」
「給料なら不自由はさせない。それでもかい?」
「はい、前言を翻すつもりはありません。」
完全に言い切る。
一切の期待すら残さない。
領主の鋭い眼光が俺を射抜く……
だが、迷いなどない。
道を引き返すつもりなど毛頭ない。
「怯まない。迷わない……余程しっかりとした芯があるようだね。そして自信も……」
「例え、控えているあなたの臣下達が踏み込んできたとしても、俺の意思が変わる事はありません。」
「やっぱり、気付いていたか……」
そこらに俺は“目”を撒いていたから丸見えだった。
扉の所に二人、天井裏に一人……
そして、少し離れたところからここを覗いている黒い外套が一人……
「私に着いてこれば君は確実に裕福に生きていけるはずだ。それなのに何故、私の話を蹴った?」
「俺が求めているのは……贖罪。あなたの下は明るすぎる。」
「贖罪、か……」
もう、俺は表舞台に立てない。
いや、立ってはいけない。
命果てるその一瞬まで贖罪に身をやつし、誰にも気取られぬように果てる。
それが定め……
「君が欲しいという気持ちは変わらない。もし、気が変わればその時は来てくれ。」
「恐らくそれは無いでしょうが、ギルドに依頼を出されれば受けさせて頂く機会があるかもしれません。その時はよろしくお願いします。」
「あぁ、そうさせてもらうよ。」
「では、このくらいで失礼させていただきます。」
俺は立ち上がり、部屋を出ようとする。
しかしその時……
領主が俺の事を引き止める……
「あぁ、そうそう……マカ・マナフには気をつけてね。」
その言葉に思わず心臓が跳ね上がる。
まさか、俺がマカ・マナフに入った事に気付かれているのか?
しかし、その可能性を考えてすぐに否定する。
そうでなければおかしい。
これは昨日の話だ。
気付いたにしては早すぎる。
「それがどうかしたのですか?」
俺は極めて平静を繕い、そう返す。
先ほども顔には出ていなかったので大丈夫なはずだ。
事もなげに領主は言う。
「あの酒場での闖入者はマカ・マナフの可能性が非常に高いと見ている。そして、あの襲撃は恐らく君を狙ったんじゃないかとね?」
「俺が……ですか? 理由がないのでは?」
「確かにそうなのかもしれない。だが、狙われている可能性があるという事を常に忘れないで欲しい。」
「分かりました。肝に銘じておきます。では……」
「デイル、出口まで案内してあげなさい。」
領主がそう言うと、扉が開かれ男が入ってくる。
良かった……
実はもし、これで案内が無かったら俺は迷子になっていたかもしれない。
豪華ではないけれど広いんだよな……
「では、こちらに……」
デイルと呼ばれた兵士に案内されるままに着いていく。
当然、迷う事などなく入口の門につく。
そのまま送りだされ、俺は帰路につく。
「その内、引っ越しも考えないとな……」
小さくそう呟く。
そう言えば、マカ・マナフのアジトがあるみたいだしそこに寝泊まりしようかな?
そんな事を言いながら、俺はこちらを遠くから覗いていた黒い外套の下へ向かう。
恐らく、あんな格好をしているということはマカ・マナフのメンバーだろう。
木に登っている外套は真っ直ぐにこちらを見ている。
「覗きなんて少し趣味が悪いんじゃないか?」
どうやら、見ていたのはロメリアのようだ。
こういうのを見られていてあまりいい気はしない。
釘を刺す意味でも棘のある言葉を口にする。
しかし、彼女は飄々とした様子で答える。
「ゴメンゴメン。けど、メリアだって君を疑っているわけじゃないんだよ? 君はメリアが推薦した……のに、こういう嫌な仕事を他の人に押し付ける訳にはいかないでしょ?」
「……すまん。今のは俺が悪かった。許してくれ。」
正直、最近の口調の所為かロメリアはいい加減な性格のイメージがついてしまっていたが、この話はしっかりと通すべき筋を通している。
俺はそういうものは嫌いじゃないし、むしろ好ましく感じる。
そうとも知らず、俺は嫌味を吐いたのだ。
完全に非はこちらにある。
「いや、別に謝らなくてもいいから! そう思って当然だし君にも悪意があった訳じゃないんでしょ?」
「あぁ、だが……」
「じゃあ、奢って! それでチャラ? オーケー?」
「分かった……それでいいなら……」
そんな事でいいのか?
そう思うのだが、本人が望むのならそうするべきだろう。
俺もどうすればいいのか分からない以上、最善の選択なのかもしれない。
「それじゃあ、行こう!」
ロメリアは纏っていた外套を脱ぎ、木から飛び降りてくる。
元気な声をあげ、心底楽しそうな笑みを浮かべている彼女があの悪名高きマカ・マナフに属しているなど誰が思うだろうか?
いや、間違いなくいないだろう。
領主との面会で疲れていたのだろうか……
知らず知らずの内に俺はこの時間を愛おしく感じていた。
「待て待て! どこの店に行くんだ!」
先にどんどん進んでいくロメリアを追いかける。
俺は今、初めて贖罪、恐怖、寂寥……
ありとあらゆるものをステラに消してもらうようなその場凌ぎの誤魔化しではなく、本当の意味で忘れる事が出来たのかもしれない。
「ん? おう、災厄じゃねぇか……って、なんだ? 今日はステラちゃんと一緒じゃないのか?」
結局、いつもの依頼を受けている酒場に来ていた。
店主のディエゴが忙しそうにしている中、俺を見つけて声を掛けてくる。
「あぁ、今日はな」
「全く、次はどんな女を連れてくるんだ?」
「人聞きの悪い事を言うな、二人とも仕事関係の仲間だ。」
俺がまるで女癖の悪い最低野郎みたいな言い方じゃないか……
男女交際の経験すらなく、姉ちゃんにだって手玉に取られているというのにも関わらず、そんな事が出来るわけがないのに……
「まぁ、こっちは繁盛するし、華があっていいんだがな。」
「戦う事しか頭にない“野郎”ばかりが集まって何が華だ? こんな所じゃ開く華も開かねぇよ。」
「てめぇ、言うじゃねぇか?」
「お前が言い始めたんだろ? 早く仕事をしろよ。」
「くそ、覚えてろよ!」
そんなチンピラ臭が漂う陳腐な言葉を残して慌ただしい仕事へと戻っていく……
珍しく賑わっている店内の隅のテーブル席にロメリアと腰かける。
「こんな事を言うのもなんだが、こんな所で良かったのか?」
「いいの。少し騒がしいくらいが話しやすいでしょ?」
確かに秘密が多い俺としてはその方が嬉しい。
それに、隠し事の専門家がそういうのだ。
この方がいいのだろう。
「実はメリア、覗きだけじゃなくて盗み聞きもさせてもらったんだけど……どうして伏兵に気付いたの? 彼らの潜伏は完全という訳じゃないけれど素人目には到底分かるものじゃなかったけど……あれは玄人ですら気付けるか怪しいのに……」
「魔法で小動物達を潜ませておいたんだよ。その視界を共有して見つけた。ロメリアの事もそれで見つけた。流石に消えられていれば見つけられなかったと思うけれどね。」
「けど、君は姿を消している私を見る事が出来たよね。」
「そうだね。あれは俺の魔法の極のようなものだからね。あまり乱用は出来ないけど役に立っているよ。」
あまり話すと悪魔やあの脱獄の日の話をしなければならないから多くは話せないのだけれど。
乱用出来ないという事は言っておいた方がいいだろう。
「すまないが、あまり魔法については説明できない。少しややこしい事情があって」
「あぁ、別に構わないよ。この目で見ているから知りたい事はある程度分かっているから。」
「助かる。それと少し頼みたい事があるんだが、マカ・マナフのアジトで住む事って出来るか?」
「突然、どうしたの? あの宿に不都合でもあるの?」
「どうやら領主やらに宿が見つかっているみたいだし、ちょっと事情があってあまりあそこには住みたくないんだ。」
領主に宿を見つかっているという事は、あの領主がティアと繋がって何かの手違いで俺の下へ来てしまうかもしれない。
限りなく可能性としては低いがそれは避けたい。
「別に構わないけど、遠いよ?」
「むしろ好都合だよ。」
「じゃあ、話は通しておくから、準備が出来たら教えて。」
まぁ、俺は必要最低限の物しか持っていないから準備だってやろうと思えば30分も掛からない。
おかげで、俺の部屋は生活感が消え失せている。
しかし、マカ・マナフに入ったというのに、俺はメンバーとの連絡手段を一切持っていないんだが……
「どうやって伝えれば?」
「あぁ、そうそう。連絡手段を伝えてなかったね。と言っても実は今まではそんなもの無かったの。」
「えっ!? 今なんて?」
「無いの。連絡手段なんて。みんなアジトで過ごしているから。だからさっきの君の話は渡りに船だったわけ。」
「あぁ……そう言う訳。」
意外だったな……
まさか皆で同じ場所に住んでいるなんて……
本当なら、この時点で遠慮させてもらっているところだけれど、姉ちゃんの言っていたような“女は狼”発言を気にする必要はないのかもしれない。
みな、暗殺者とは言えその程度は弁えているはずだ。
それにティアとは何も無かった……
あの言葉はいつもの姉ちゃんの考え過ぎだったんだろう。
「取り敢えず、この後にでもアジトの方に案内するから……なんだったら、準備が出来次第、勝手に荷物持って来ても構わないよ。」
「もう、そうしようかな……すぐに準備出来るだろうし……」
まるで昔からの仲の良い友達のような会話を交わす。
もしかしたら、マカ・マナフのメンバーの中で一番心を置けるのは彼女かもしれない。
そんな事を考えながらもゆっくりと時間は過ぎていき、日も落ち始める。




